No.002 第一村人発見!魔獣に襲われてますが......
「あちゃー、今は夜だったか」
俺は空を歩きながら眺め、がっかりする。
魔界は人間領に比べると空気中の魔力が凄く濃い。そのせいか魔界の空はいつも禍々しい感じで暗く、時間帯が分からない。おまけに人間より強固な魔族は睡眠時間や生活リズムがまったく違うので俺の時間間隔は完璧に失われた。
魔界を出てしばらく歩くと禍々しい感じの空から真っ黒な空に徐々になってきている。俺的にお昼頃かと思っていたがどうやら人間側の土地だと夜らしい。
明るければ身につけた魔道具の説明書を読めるのだが、どうやらしばらくお預けのようだ。
「さて、これからどうするべきか......」
具体的な行動だけなら既に決まっている。だが、それを実行するための伝手もなければ人間側の常識的な知識も不足しているため実行には移せない。
おまけに人間側の領土で使われるお金も持っていない。しばらくは魔族領で持ち合わせすべて使って買った食糧やら日用品があるのでなんとかなるが、それが無くなった時どうやって生きようか......
「とりあえずお金を何とかしなきゃか」
とりあえずの目標を決めてどうやって稼ごうか悩みだす。すると......
「ん?」
幹部の特訓の中で覚えた様々な技術の中に『魔力感知』と呼ばれる物がある。
魔力は生きる動物なら大小違いはあるが必ず持っている。『魔力感知』とはそれを利用し、周囲の魔力の移動を感じとってある程度の生物の動きや数を把握する事ができる技術だ。
一見、大変そうだが魔力操作とある程度の集中力があれば案外簡単にできる便利な技術だ。これが使えるようになると周囲の敵の状況が分かるので不意打ちなどに対応できるようになる。
俺だと100M前後までだが、特訓すればもっと感知範囲を伸ばせる。これを教えてくれたアイナという幹部は1KM先も感知できるようになる。
そして今、一瞬ではあるが何か複数の魔力体が一つの魔力体を追いかけるのを感じた。
「こんな夜の森で何してるんだ?」
俺は好奇心が湧いてきたので追いかけてみる事にする。
「"求めるは風 大地を駆け抜ける疾風の早さなり 加速"」
長ったらしい魔法を発動させるための詠唱を唱え終ると体が軽くなったように感じる。この魔法は魔力を風に変換して強化する魔法だ。
俺はビュンという音を立てながら先ほど感知した方向に向かって道から森の中に移動した。
数秒ほど走ると暗かった視界の中に光が見えた。さらに近くまで走るとそれは松明の火で松明を片手に持った15歳ほどの女の子が魔獣に追われていた。
魔獣とは人間が魔族となったように高い魔力をもった個体が暴走した獣の事だ。彼らにも知能があり、一部の魔獣は話せたりもするが、大抵は人の言葉を話せない。
女の子を追いかけてる魔獣は確か......狼の魔獣だ。犬かもしれないがパッと見じゃ分からんな。どっちにしてもどちらも夜行性ではないのでおそらくあの女の子の松明の火で起きてしまったのだろう。
別に危害を加えたわけじゃなさそうだからどうしようか悩む。
魔獣も魔族と同じでほとんどは攻撃や怒らせるような事をしない限りは攻撃しない。今回は女の子の方に非があるっぽいから退治するのもなー。
「きゃ」
俺が魔獣をどうしうか悩んでいると先ほどまで走っていた女の子が木の幹に引っ掛かり転んでしまった。
「ひっ」
転んだ女の子を素早く取り囲んだ魔獣達。この後の展開は予想できるのでとりあえず助ける事にする。起こしただけで殺すのはどうかと思うからね。
「おい、お前ら。その辺りにしとけ!」
俺は魔法で強化された体を動かし、近くに飛びだす。おそらく魔獣と女の子からすれば急に現れた感じに見えただろうからびっくりしている。
グルルルルゥ!
「ほらほら、威嚇なんてしても俺ビビらないからとっとと巣に戻ってろ」
俺がしっしっしと手ぶりでそう言うが当然言う事を聞いてくれる訳もなく、俺の方に飛びかかってきた。ったく、自分達より強いかどうかの判断もできないとは......
「"空撃"」
俺は右腕を突き出し、飛びかかってきた魔獣達に魔法を発動させる。たちまち空気の圧縮球が生成され、魔獣達に向かって発射される。
飛びかかっていた魔獣達は避ける事もできず吹き飛ばされ、暗闇の中に飛んで行った。おおー、飛んだ飛んだ。
一応、『魔力感知』で確かめると先ほどの魔獣と思う魔力体が大急ぎで圏外に消えていっていた。うん、分かってもらえて良かった良かった。もしまた来たら、もっと痛い目に合わせようとしていたので面倒が減った。
「あの......」
「ん?」
声をかけられ見ると先ほどの女の子がこちらを見ていた。
「助けていただいてありがとうごいます」
「いいよいいよ、あ、その松明はさっさと消して。それの火のせいで魔獣が起きて襲ってきちゃうから」
「あ、はい!」
俺に言われ、大急ぎで松明を消した。松明の火が消え、光源がなくなったため真っ暗になったので目が慣れるまで動かないように言う。
少し間が空き、静寂が訪れるが女の子の方が話しかけてきた。
「あの、あなたは勇者様ですか?」
勇者と言うのは人間の中でも強い者がなるもので、よくある物語のように魔王退治を掲げて魔界に攻め入る戦士の事だ。子供なら誰もが一度は憧れる人物であり、俺も小さい時はよく勇者が活躍する物語を読んだものだ。
まあ、その敵である魔族の事を知った後だと憧れも何も感じないわけだが。
「いや、そんな立派な役職はなった事ないな」
「けど、魔界と繋がるこの森にいて魔法も無詠唱で使えるじゃないですか」
魔法というのは体内の魔力を使って行う技術の事だ。先ほどの"加速"や"空撃"のように魔力を風に変えてそれを何かしらの形に変換して利用する技術だ。
魔法にはその魔法名を言う前に詠唱をしなければいけないが、特訓すれば詠唱なしでも使えるようになる。どうやら、場所と魔法のせいで勘違いしてるようだ。
「魔法は俺にその才能があったからだ。ここにいるのも旅の途中迷ってしまってその時に偶然見かけたから助けただけだ」
「そう、なんですか......」
本当の事を言っても信じてもらえないだろうから、俺が適当に理由を作って言うとそれを聞いた女の子が凄い落ち込んだ声を発した。そんなに俺が勇者じゃないのががっかりなのだろうか。悪かったな、助けたのが俺で。
「ところで何でこんな夜に一人で森の中にいたんだ?」
俺もお返しと言うわけではないが気になったので女の子に聞く。
「近くのトランの町に勇者様が来ているらしいので助けを請いに向かおうとしていたのです」
「こんな夜中にか?」
夜は辺りが暗くなり、戦いずらい上に夜行性の魔獣が活性化して攻撃してくる可能性があるため大抵は守りに徹して寝るのが基本だ。その上でわざわざ助けを請いに行くという事は......
「お前の村で何かあったのか?」
俺が女の子に思いついた事を聞くと、途端に暗い表情になった。何かあったらしい。
「何があったか俺に話してみろ。内容によっては手伝えることがあるかもしれないし。話すだけでも結構気がかるくなるもんだぞ」
人間、何か悩みがある時は誰かに愚痴のように言ってしまえばそれだけで気が楽になるものだ。俺ができるだけ優しくそう言ったため、女の子が恐る恐る顔を上げて、小さい声で打ち明ける。
「はい......実は私の村が盗賊に襲われて占拠してしまったのです」
旅にトラブルはつきものというらしいですが、本当なんですね。そう思わずにはいられなかった。