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No.001 俺は今日、旅に出る 

「エイジイィィィ! 行くなあぁぁぁ~」

「ええい、その顔でひっつくな! 怖いし、汚いから」


 俺は脚をぶんぶん振りまわし魔王を引き剥がす。うえぇ~、鼻水や涙で凄い汚くなった......


 ここは魔王城と呼ばれる魔界の中心にある城の王の公務室。俺は今日、待ちに待ったある報告をしに来たのだが......


「本当に旅にいってしまうのか!?」


 今なおボロボロとみっともなく泣き続ける魔王が俺に問いかける。これが全人間が恐れる魔王様なのか10年ほど経った今でも信じられない。


「ああ、やっと無詠唱でも問題なく魔法が使えるようになったからな。これであんたの言った条件『幹部全員の特訓の成果を出す』をクリアしたってわけだ」

「くぅ、まさか本当に達成するなんて......」


 俺の言葉に悔しそうに唸る魔王。どうやら自分の出した条件は俺じゃクリアできっこないとでも思っていたみたいだ。まったく、人間死ぬ気になればなんとかなるものなのだからあまり舐めないでもらいたいな。


「俺はやるときめたからには本気だ、まあ達成するのに10年もかかっちゃったけど」

「いやいや、人間があれを全てクリアしただけでも相当だぞ?」


 俺が溜息をつきながら呟くと魔王が律儀にツッコミを入れてくれた。そう思うならさっさと旅に出る許可を出してほしいものなのだが......


「とにかく! さっさと許可を出せ」

「嫌だな。別にいいではないか、我もだが皆エイジの事を友達だと思っている。このままずっと魔界で暮らすのではダメなのか?」

「ダメだ。ほら、さっさと俺の魔法を解除しろ!」

「嫌だと言っているだろう!」


 子供が母親に買って―とねだるように駄々をこね始めた魔王。多分、俺の心配をしてくれてるのだろうけど床でじたばたする魔王を見てるとなかなかイラっとくるので茶番を終わらせる。


「あんた本当に魔王なんだろ? だったら自分の言った事くらいちゃんと守らないで王なんて務まるのか?」

「くっ......」


 俺のもっともな指摘でやっと駄々をこねるのを止めてくれた。こんな事もあろうかと考えておいた対魔王用の言われたら困るセリフを考えておいてよかった。


「約束なら守らないと、な......」 


 凄く嫌そうにしながら魔王は立ち上がり、右腕を上げて俺の待ち望んでいたセリフを言った。


「魔王サタンの名において宣言する。ここに人間族エイジの魔界出発の許可を出す」


 その声が聞こえるや、ガタンという音が聞こえる。音の正体は俺の周りにバラバラになった鎖やら南京錠だ。

 これは『契約』という魔法で作られたもので、これを掛けられてしまうと魔法をかける際に宣言た内容を実行しなければいけなくなる魔法だ。


「ありがとう、魔王!」 


 俺とは正反対のテンションの低い魔王に精一杯の元気な声でお礼を言う。なぜか魔王が悔しげな顔して睨んでくるけど気にしない。


 それにしても......10年か......


予想以上に掛ってしまったが、これでやっと俺の夢に向かって歩き出せるのかと思うと心が躍る。無意識で体全体が震えている気がする。


「あの小さかったエイジが独り立ちか......」


 どこか懐かしむようにそう呟く魔王。凄くじじくさ、ってこの人の歳だととっくの昔に100歳は超えてたな。


 そんな魔王の言葉に反応してかまだ小さかった頃の事が無意識で思い出していた。

 



 俺、エイジは当然人間の領土で生まれた。かなり上手くいっている商人夫妻の間に生まれた子供であまり不自由なく暮せていた。そして両親の仕事の都合上、よく色んな村や町を訪れていたのは忘れられない懐かしい思い出だ。


 将来はお父さんお母さんの跡を継いで立派な商人になる! とか言いながら幸せに暮らしていが、俺が9歳の時に唐突にそれは終わった。


 確か、隣町が流行病のせいで薬が無くなったとかで急いで届ける事になり朝早くから馬車で走らせていた時の事だ。

 急ぎという事や朝早かったという事もあり、いつも頼んでいる護衛をつけなかったのが運のツキだったのだろう。


 隣町の近道と言う事で山道を走っていた馬車に山賊が待ち伏せていたのか集団で襲いかかってきたのだ。


 俺は眠くて荷台の方にいたのが幸いして初撃の弓矢に当たらなかったのだが、馬を操っていた両親は即死だった。

 あの時、周りの音で起きた俺の目の前に無数の矢が刺さった両親が写った時は恐怖以外の感情はなかった。あの時、よく気絶しなかったなと思う。


 だが、あまりその差はなかった。死ぬのが少し早いか遅いかだけの違いだったからだ。山賊は中の荷台にいた俺を見つけ出し、外に引きずり出した。相手は剣や短剣、槍に弓と人を殺すための武器を持った複数の大人だ。当然、子供だった俺は何も抵抗などできず死を覚悟した。

 

 俺は目をつぶり、武器で体を斬り裂かれ死んでいく姿を見ないようにした。


 だが、いつまで経っても恐れていた痛みは襲ってこなかった。


「はぁ、遅かったか」


 そんな声が聞こえたので恐る恐る閉じていた目を開ける。


 そこには黒と白のフリフリの服を来た白髪の少女がいた。そしてその周りには先ほどまでいた山族達が泡を吹いて倒れていた。


 その少女の手には武器のような物は持っていない。それなのに複数人いた山族を一瞬で倒したその不気味さに俺は先ほどまで以上の恐怖を感じた。おもしろくなさそうな顔だったその少女が俺を見てニヤリと笑った時ほど怖かった事など今だない。殺される! 直感でそう感じた。


 その少女はトトトと俺の前に来て満面の笑みで俺にこう言った。


「私の名前はエリリ。君、私と一緒に魔界に来ない?」




 その後、まあ色々あって今に至るわけだ。

俺の長い回想が終わり、魔王の方を見ると奥から宝箱のような物を取り出している所だった。


「なあ、何を取り出しているんだ?」

「我や幹部からの餞別だ。よっと」


 ドスンと重そうな音を立てて、宝机の上に箱を置く。


「餞別?」

「ああ、今からお前のする事は危険が付き纏う。幹部(あいつら)の特訓でそれなりに強くなったがそれでも人は死ぬ時がある。だからお前が死なないようこうして準備したわけだ。受け取ってくれ」


 魔王が箱の前に来るよう促す。俺はそれに従い。宝箱の前に立ち、中を確認するため開ける。


 中にはバックやコート、腕輪や指輪などが出てきた。その下には替えの服やら本も入っている。魔王の鼻水や涙のせいで今穿いているズボンがテカテカだったので凄くありがたい。

 どうやら宝箱の上にあった物は魔道具、その下に旅の必需品を用意してくれたようだ。新しくズボンを買わずに済んだので嬉しい。


「ありがとう、魔王。凄く助かったわ」

「そう思うならちゃんとまたここに帰ってくる事だな」


 素直にお礼を言うとプイっとツンデレみたいな態度を取った。

 本当に誰もが恐れる魔王なのか疑わしいが、考えるだけ無駄なのでこれ以上は言わないでおこう。


 俺は宝箱の中身を取り出してバックに詰め込む。サイズ的にかなりコンパクトで容量より機能性を取った物なので全部は入らないだろう、ってあれ?


「なにこのバック! サイズ的にもうパンパンになってもいいはずなのにまだまだ入るぞ」


 先ほどからもうバックの容量をはるかに超える量を入れてるがバックが膨らむ事はない。


「それはリナが作った『マガ・パック』という魔道具だ。中に『異界』という魔法を織り込んで倉庫並の容量を収納できるようにした自慢の一品だ、とか言っていたな」


 上位の魔法の事はまったく知らないのであまり理解できなかったが、要は不思議バックって事でいいだろう。


 先ほどの宝箱の中の本に魔道具の使い方をメモした物があるらしいので移動中に読む事にする。


「じゃあ魔王! ちょっくら行ってきまーす」

「ああ、何かあったらすぐに帰ってくるんだぞ! すぐにだぞ」


 俺は不思議バックを持って、外に遊びにような軽い感じで告げる。こういう時、こんな感じの方が見送る側は安心すると聞いたのだが、魔王には効かなかったみたいだが。


 こうして、俺の旅は人間の敵である魔族の王、そして今までお世話になった魔族のみんなに見送られて始まった。

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