第三話 邂逅
整備棟は四階ほどの高さがあるが、実際に人が足を踏み入れることの出来るスペースはほぼ一階に集中しており、二階以上は壁にくっつくように僅かな足場しか存在しない。
理由は単純明快。
俺の目の前に立つ、巨大な機械の塊――それが整備棟がそうなっている原因であり、また、整備棟が整備棟たる理由でもあった。
ネフィリム。体長二十五メートルを誇る巨大ロボットである。エネルギーを体内に保管している核融合炉で生成しており、その大半をネフィリム体内の兵器運用に使う。
世界にある国家の大半はネフィリムを所有しており、戦争もネフィリムを用いて実施する。他人事のような言い方になっているが、それはその通り。戦争が始まってもネフィリムにさえ任せておけば戦績の九割が決定すると言っても過言では無いからだ。
ネフィリムのマシンパワーがその軍の勢力とイコールであり、ネフィリムにトラブルが発生したとき、或いは発生しないためにいかにメンテナンスを円滑に実行するか。そこは人間が出来る数少ない戦場での項目であると言えるし、ネフィリムのパイロットは寧ろそこに重点を置くべきだと言っている。まあ、全員が全員そう考えているかと言われると微妙なところではあるが。お高く止まっているネフィリムだっているし、そこについては全員の気持ちを肯定するつもりはないけれど。
そして俺たちレイザリー軍第四部隊が『お仕え』しているネフィリムこそ、俺の目の前にある『ブラン』だった。
ブランは第二世代のネフィリムである。第一世代は初めて開発されたネフィリムであり、まだ使えていなかった兵器や調整中の部分もあり未完成の部分が多かったが、それをアップデートした初めての実用機が第二世代であり、その初号機がブランであった。
ネフィリム・ワンと開発コードをそのまま流用して呼ぶ人間もいるが、もっぱら戦場に居る兵士たちはネフィリム・ワンをブランと呼ぶ。それはネフィリムの躯体が白に塗られているからだといわれている。語尾をぼかしているのは、厳密にそうであると言われていないためだ。たぶんそうなのだろうくらいの感覚で皆呼んでいるだけに過ぎない。
「……あなた、そこで何をしているの?」
拭き掃除を始めようとしたタイミングで、俺は声をかけられた。
いったい誰がこのタイミングで――そう思って俺は顔を上げる。
そこに立っていたのは、金髪のツインテールをした少女だった。
顔は見た感じ少女然とした幼げな顔立ち。
声質は鈴を転がしたような、お嬢様みたいな声。
ボディラインを際立てるようなぴっちりとしたスーツは白と黒を基調にした非常にシンプルなものだった。
そして、俺はその少女を知っていた。
少女もまた、俺のことを知っていた。
「……ああ、『あなた』だったのね。どうして今日も吹き掃除をしているわけ?」
今日も、というのは昨日もおとといもここで俺の姿を目撃しているからだろう。
俺は立ち上がり、少女の顔を見るために少し目線を落として、
「これが俺の仕事だからだよ。……まあ、さぼりやすい仕事ともいえるかな」
「ネフィリムがメインで戦争している現状では、人間の兵士なんて仕事が無いほうがいいですからね。寧ろ、あればあるほど状況は悪化している。そう言ってもいいですから」
そう言って少女は目線を俺から外すと、その目線をネフィリムへと移した。
その表情はどこか悲しそうに見えた。
「……怖いのか。やっぱり」
少女は俺の言葉を聞いて、ゆっくりと、そしてはっきりと頷いた。
「そりゃそうよ。あなただって、『あれ』については知っているのでしょう?」
その言葉にこくり、と俺は頷いた。
「まあ、知らなかったらあんな仕事は出来ないわよね」
視線を再び俺に移す。金髪のツインテールがふわりと揺れた。
「あなたには感謝しているのですよ? あのような仕事ははっきり言って汚れ仕事と言ってもいいでしょう。志望者が居ないとも聞きました。けれど、あなたはずっとあの仕事を続けている。それも、表向きには誰にも感謝されていない」
「あれを知られたら……結果的に、ネフィリムすら使えなくなる可能性がありますからね。国としてはそれは避けたいのでしょう」
俺は小声で、かつ早口でそう言った。
出来ることならこのやり取りを聞かれたくなかったからだ。話をしていることは別に問題ないが、内容が内容だ。一応ぼかしているとはいえ、その詳細を聞かれては困る。それは俺だけではなく、パイロットも――の話になるが。
そして俺の様子を少女も察してくれたようで、
「ああ、そうだったわね。これはあまり口外しないほうが良かったことだったかしら。……おっと、そろそろ訓練の時間ね。それじゃ、よろしく頼むわね」
そう言って少女は一方的に話すだけ話して、そのまま立ち去っていった。
「おい、ラルース! 何をしているんだ、急いで拭き掃除をしろ!」
「へいへい」
ドルクスが階下から大声を出して俺に命令してくる。
俺は悪びれた様子を見せることなく、そのままゆっくりと拭き掃除という自分の仕事を再開させるのであった。