第二話 朝礼と整備棟
俺が移動宿舎の前に到着した頃には、もう朝礼が始まっていた。
「――で、あるからして、我々の国を守るために今日も最前線に立つ我々が力を合わせねばならない! 以上、朝礼を終了する。仕事にかかれ!」
どうやらもう終わったタイミングらしい。運がいいのか悪いのか。お咎めも無さそうだ。そう思って俺はそのまま朝礼にずっと出ていた体で、そのまま立ち去ろうとしたが――。
「待ちたまえ、ラルース・アンビリオン一級兵」
聞き覚えのある声を聞いて、俺はゆっくりと振り返った。
そこには予想通り、上司のミランダ・アルミューレ大尉が立っていた。
身長百八十五センチ、十七歳――だったと記憶している。俺の八つ下だからそこは間違っていないはずだ。ただしそれは俺が俺の年齢を間違えて記憶してなければ、の話になるが。
「何をのんびり突っ立っている、ラルース一級兵。私はお前に用があって話しかけているのだが?」
「……何か悪いことでもしましたか? 記憶にないのですが」
すまし顔で言ってみる。
しかしそれをスルーしてミランダは深い溜息を吐いた。
「もし自覚していないようであれば教えてやろう。……せめて朝礼だけは遅刻しないで出てくれないか。流石に私の苦労も積もり積もって、これ以上乗り切らない。お前が私の苦労など一切知らないとこの場で言い切るならば話は別だが」
「いえ、それは大変申し訳なく……」
「思っているなら一週間に二回は遅刻などしないよな」
冷めた指摘が耳に痛い。
「まあいい。お前の働きぶりはよく分かっているし、本国からもそれなりの実績であるというレポートも届いている。だから私はお前に何も言わない、それは自覚しているはずだ。分かるか?」
「ええ、もう、それは」
「……何だかもう今にでも逃げ出したいような顔をしているな。そんなに私の話が聞きたくないかね?」
顔に出ていたか!
何とか取り繕わねば、話が長くなりそうだ……!
「大尉。今、よろしいでしょうか」
その時、俺とミランダの間に、同僚の兵士から声がかけられた。ミランダは弱冠十七歳にしてこの移動宿舎のリーダーを務めている。だからいつでも彼女には指令や指示を待つ部下がたくさんいる。まあ、それだけではなく彼女のキャラクターを好きな兵士もなかにはいるというが、それはまた別の話。
兵士から耳打ちされた言葉を聞いて、ゆっくりとそちらに目線を移し、
「分かった。直ぐにそちらに向かおう。……良かったな、ラルース。私はこれから忙しくなる。何せこれからの経路を確認する必要があるからだ。お前もお前で仕事があるだろう? だからまずはそこに向かいたまえ。そこでも遅刻して、整備士のドルクスに怒られたくはなかろう?」
くくく、と笑いながらミランダは歩いていった。
くそっ、確かにその通りだ。俺の仕事は朝礼後速やかに開始される。しかしながら、それは移動宿舎から一番遠い位置にある――整備棟だ。そこへ向かわねばならなかった。
にもかかわらず、今は朝礼が終わってから十分も経過していた。あのミランダと話すとつい時間のスピードが速くなっているような、そんな気がする。あくまでもただの主観ではあるけれど。
一先ず、急いで整備棟に向かわねばならない。
俺の次のミッションは――半自動的に決定していた。
◇◇◇
整備棟に入り、挨拶をすると、開口一番ドルクスから声をかけられた。
「遅い!」
声をかけられた、というよりも怒鳴られたというのが表現としては正しいかもしれない。
しかし理由も聞かずにそう怒鳴られてはたまったものではない。
「すいません、大尉から話があったものですから」
「メッセージアプリを使って、連絡すれば良かろう」
「ですが……」
「まあ、いい」
今さら説明するが、筋骨隆々とした身長二メートルほどの大男――ドルクスは諦めたのか俺に背を向けて、話を続ける。
「とにかく、もう仕事は始まっているんだ。あと少しすれば、『シンクロ』実験が始まる。それまでには整備棟の、特にパイロットが通る部分は綺麗にしないといけない。それがお前の仕事だ。それくらい、理解しているよな?」
何も言わず、俺は敬礼する。
敬礼は見えていないはずなのに、ドルクスはゆっくりと頷いて、
「だったら仕事をはじめろ。遅刻しても仕事はきっちりこなせ。だったら俺は何も言わねえ」
随分と言っていたような気がしたけれど、それは彼の中ではノーカンなのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は二階へと上がる鉄の階段をゆっくりと、一歩一歩踏みしめながら登っていくのだった。