第十三話 契約
楽しいこと――と言ったところで具体的に何を思い浮かべるだろうか。
人によってはそれを食事の瞬間と口にする者がいる。道理だ。
人によってはそれを戦闘の瞬間と口にする者がいる。常識とはかけ離れているが、それもまた道理だ。
では、マリーディは何を選んだか?
「……デート?」
「……いけないかしら? 兵士が、デートをしたことがないなんてことは普通に有り得る話ではなくて?」
「いや、そういうことではなくてな」
俺はマリーディの話を聞いて頭を掻いた。
俺はあくまでも、パイロットの願いを最大限受け入れなくてはならない。それは確かに正しいことだったし、俺の『役職』でもそう定められている。まあ、許容するべき範囲はあるけれど、大抵の願いは受け入れている。
けれど、まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
デート。
それを聞いて過ぎるのは――あいつの顔だ。
「ねえ、どうしたの? 受け入れてくれないの? 受け入れてくれる、って約束じゃなかった?」
「約束じゃなくて、『契約』だ。……それに俺は一度も受け入れない等とは言っていない」
「……融通が利かない人間だね。あんたは」
「よく言われる。が、修正するつもりはない」
別に俺は俺の生き方を貫くだけだ。
まあ、その結果が……このオチになっていると思えば、きっと昔の俺を知っている人間からすれば嘲笑の対象になるのかもしれないけれど。
「……で、これからどうするわけ?」
「だから言っただろうが。お前のやりたいことをやるんだ。そのために俺は付き合う。で、デートだったか? とは言ってもこの辺りにそういうスポットは……」
一応言っておくが、ここは戦場のど真ん中。キャンプの中心だ。娯楽施設なんてあるはずがない。まあ、無いわけではないがそれは非公式なものだし、強いて言えば食堂でカフェテリアまがいのことをやっているくらいか……。
「別に良いわよ。あんたに任せる。その代わり、私を楽しませなさいよね」
「善処する」
そこはきちんと言ってほしいものだけれど、と言ってマリーディは歩き始めた。
「どこへ?」
「デートに行くんですもの。それなりの格好をしてくるわ。ちょっと待っていなさい。そ、れ、と。あなたもデートをするんだから、若干でも身だしなみは整えておくことね。レディを待たせることなく、完璧にしてきなさい」
「いや、俺はこれが制服だし、そもそも制服以外の着用は軍の法令でパイロット以外認められていない――」
「じゃっ、よろしく!」
そう言って、マリーディは立ち去っていった。
駆け出していく彼女の姿を眺めながら俺はふと思った。
マリーディのあんな楽しそうな様子を、そういえば久しぶりに見たな――と。
同時にそれは、彼女の楽しい光景を見る最後のチャンスになるわけだが、はっきり言ってそれはもう慣れた。
それは道理だろうか?
いいや――はっきり言って、間違っている。
けれどこれが俺の仕事だ。
これが俺の役職だ。
そうと決められた以上は――それに従うしかない。
◇◇◇
十五分後。
マリーディの部屋の前で待っていた俺は、ドアが開くのを待っていた。
問題はどこに彼女を連れて行くか、ということについて。
正直デートに行くと言ってもどこへ行けばいいのかはっきりと見えてこない。となればどうすれば良いか? 簡単なことだ。インターネットに頼れば良い。だから俺は端末を操作して、インターネットの海の中を潜っていた。
インターネットの海とは言っても、その海は水槽のようなものだ。外に出るには厳重なロックを解除しなければならないし、外に出ると監視が常につきまとう。それについては致し方ない――そう思うのだが、なら中でも監視をつけておけばいいのではないだろうか? と思うところもある。まあ、インターネットなんて痕跡を辿ることが容易だから中に関しては手薄にしているのかもしれないけれど。
インターネットで探しているのは、キャンプ施設の評判。要するに口コミだ。
口コミを探して、よさげなところを探す。とはいってもきっと軍施設でデートなんて初の試みだろうから、そんな口コミは出てこない。だからコメントの内容を精査していく必要がある。
「まさかこの役職になって、デートスポットを探す羽目になるとはな……」
そう俺が独りごちるのとちょうど同じタイミングで、マリーディの部屋の扉が開かれた。