第十二話 選択
マリーディはシャワーを浴びながら、自らの身体を眺めていた。
痣が、増えている。今まで増えていないと認識していたが、それはどうやら思い違いか、或いは気にしたくなかった――そのいずれかだったのかもしれない。
いずれにせよ、自分の身体に限界が訪れている。それは紛れもない事実だった。
ならば、これからどうすれば良いのか。
マリーディは、医務室での会話を思い出す。
「……限界は近い、か」
それは彼女のパイロット生命のことだった。
いや、或いはそれよりももっと大きな意味を持っているのかもしれない。
どちらにしても、彼女はその意味を理解していた。少なくとも、パイロットになるときに、そう義務づけられていたのだ。
「いつまでも戦えるわけじゃない。きっと、次の戦いではもっと痣が増える。もっと戦うのが辛くなる。もっと、あの……」
憎悪に満たされる。
あれに貫かれた時に、注ぎ込まれる『何か』。それはいくら科学者が解析してもわからない成分だった。だからこそ、最初はネフィリムの導入を反対する勢力があった。
だが、それでも戦争の人員を究極までそぎ落せることがわかってからは――その反対勢力の声も落ち着いた。
要するに、その勢力は自分やその家族が戦場で連れて行かれたくないだけの話だった。
そしてその要員は極端に減少することを知って、一種の安堵感を得たというわけだ。
自分が良ければそれで良い。
人間は酷も、シンプルなつくりをしている。
「……さてと、そろそろ上がるか」
シャワーを止めて、マリーディはタオルを手に取る。
濡れた身体から水滴を拭き取りながら、彼女は考える。
あと一回、もう一回しか『あれ』に乗ることが出来ない。
だとすれば、その先の未来はどうなる?
考えた先に見えるものは――絶望しかなかった。
「私はどうすればいいんだ。この先……?」
マリーディはタオルを顔に当て、声がなるべく漏れないように、泣いた。
その声は確かに、彼女以外の誰にも聞こえることはなかった。
◇◇◇
泣いてすっきりしたのか、或いは泣いていたことを悟られたくなかったのか、彼女は急いで外へ出た。
外に出ると、シャワールームの前でラルースが待ち構えていた。
「……出待ちならお断りするところだけれど」
「別にそんな理由で来たわけじゃない」
彼は彼女の手を取りながら、話を続ける。
「分かっているんだろ。自分にも、あとどれくらいの限度でネフィリムに乗ることが出来るのか、ってことを。だからこそ、俺はお前の前に現れた。ま、タイミングを狙っていたと言われればそれまでだけれど」
「……あんたが出てくると言うことは、やっぱり私はもう」
「ああ」
ラルースは頷く。
「お前があとネフィリムに乗ることが出来るのはもってあと一回。その後はネフィリムが元来持っていた毒にやられて……」
「知っているわ。それくらい」
マリーディはゆっくりと目を瞑る。
「けれど、けれどね」
そうして、マリーディは自らの肩を抱え込む。
「分かっていても、やはり怖いものは怖いわよ……」
彼女の怯えた様子を、ラルースはただ見つめていた。
何度もその光景を経験しているかのように、ただ冷静につとめていた。
「……だから、楽しいことをしないか」
「楽しいこと?」
マリーディは突然そんなことを言われて、首を傾げた。
対して、ラルースの話は続く。
「簡単なことだ。普通に考えてみて、ネフィリムのパイロットが常に戦場にいることは間違っている。いつかは死ぬ人生なのに、戦争のことしか考えられないのは非常に可哀想なことだ。もちろん、その感性は押しつけがましいものなのかもしれないが」
「だから、楽しいことを?」
こくり、と頷くラルース。
「さあ、始めようじゃないか。別に最後くらい、楽しいことをしたって問題ないだろう?」
そうして、彼女は――ラルースの言葉に頷いて、その手を強く握りしめた。