第十一話 宣告
「……ああ、あっという間に終わってしまったな。後はこちらで片付けをするだけだ。正確には次の戦闘に向けての調整もある」
「あら。次の戦いも決まっているの?」
「今回は三回戦まであると聞いている。そして、今は二勝でこちらのストレート勝ち。最後に一戦残して勝利した形にはなるけれど、お情けでもう一度戦おうという上層部の考えらしい。……まったく、今の戦争はエンターテインメントに特化してしまっているから、こういったわけの分からないことが多すぎる」
「でも、あなたはそれにまったくといっていいほど関与していないでしょう?」
「それもそうだ」
俺はアンナの言葉を聞いて失笑した。
「でも、俺だって寄与しているんだぞ。少なくとも、戦いに関して……ではないけれど。遠回しに見れば、そのように見える、ってだけかもしれないけれど」
俺は皮肉混じりにアンナに言った。
アンナは表情を変えることなく、そうね、とただ呟いた。
ただ、それだけだった。
◇◇◇
ネフィリムが戻ってくるとなったら、整備棟は大騒ぎである。ネフィリムが居たスペースの清掃を実施する必要や、パイロットの体調を速やかに確認する必要があるために医者もスタンバイしている。
俺は何をしているかと言えば、パイロットが通る予定となっている通路の清掃をしているというわけだ。
しかしながら、ネフィリムなどの軍事技術は発達しているのに、どうして清掃に関する技術は発達しないものか。未だにモップで清掃しないといけないって、何か科学技術の進歩を感じない。もっと人間の兵士にも直接メリットを感じられるような科学技術の発展をしてくれないものだろうか。
「精が出るねえ」
そう冷やかしの言葉を投げかけてきたのは、シオリだった。
「何だ。未だネフィリム到着まで時間はあるはずだったが」
「時間はあると言っても、急に戻ってくるかもしれないだろ? そんなときに医務室に居たら急な患者がやってくるかもしれないからね」
「……要するに職務放棄かよ」
「失敬な。私はここでネフィリムを待機しているという大事な職務の最中だよ?」
「それを職務放棄、というんだよ」
埒が明かないので少し休憩しよう。
そう思って俺はモップを通路の柵に立てかけた。
「……サボりかい?」
「お前に言われたくないね。俺はきちんとした休憩だ」
「手厳しいねえ」
シオリは小さく溜息を吐いて、柵に腰掛ける。柵と言っても腰ほどの高さまでしか無いため、そこに寄りかかるのはあまり安全とは言い切れない。
しかしながら、俺がそれを指摘使用と思ったが、それよりも早くシオリは俺に視線を合わせた。
「……あの子、乗れてあと一回が限度だよ」
それは、死刑宣告に近いものだった。
「そうか」
俺は、ただそれしか言えなかった。
シオリは寄りかかるのをやめて、一歩近づく。
「何も感情を抱かないのか。あんたの仕事が増える、ってことは辛いことにはならないのかい」
「……別に、そんな感情を抱かせるために、俺をこの役職に就かせたわけでもないだろう?」
「相変わらず、あんたと話すときは言葉が少なくて助かるよ。いや、ほんとうはそれではいけないことなのだろうけれど。……でも、普通は辛いことなんだよ。あの役職は。でも、あんたは進んでそれに就いた。契約書にサインを交わした」
「今更理由を聞くつもりか。もう遅いと思うが」
「そういうことじゃない。私が聞きたいのは……」
「ラルース! そっちの清掃は終わったのか!」
階下から声が聞こえて、俺は柵から身体を乗り出す。
「とっくに終わっていますよ。もしかしてもう到着したんですか?」
「そうじゃないが、お前が手を止めていたからもう終わったのかと気になっただけだ! 終わったのなら、道具を片付けて待機していろ!」
了解と短く答え、俺はモップを手に取って通路を歩き始める。
ある程度歩いたところで踵を返し、シオリのほうを向いた。
「それじゃ、俺は仕事があるんで」
「ラルース。さっきの話は忘れていないでしょうね。彼女の限界はもう近づいている、ということ。それは即ち……」
「俺の仕事が近づいている、ということですよね」
再びシオリに背を向け、俺は歩いていく。
「そんなこと言わずとも、大丈夫ですよ。自分の責務はしっかりと果たします」
そして、俺はモップを片付けるため通路の端にある道具入れへと向かうのだった。