貪欲
海女小屋に案内された拓也は、ミヨを含む八人の若い娘が勢揃いして、歓声を上げて出迎えてくれたことに驚いた。
少し風が冷たくなっている時期ということもあって、全員、薄い襦袢のような衣を纏っているが、それでも露出度が高く、彼はそれだけで目のやり場に困っているようだった。
次に、用意されている食材を見て、さらに目を丸くしていた。
アワビ、トコブシ、ウニ、カニ、伊勢エビまで。
タイやヒラメの刺身も用意されている。
お酒も用意され、味噌汁はワカメがたっぷり入って具だくさん。
ご飯は白米の他、赤飯も炊かれており、まるで祭りか、いや、結婚式でもあるのかというような豪華さだ。
「前に、小判を拾って大儲けさせてもらったお礼だよ。いつも食材を高く買ってもらって世話になっているし……遠慮せずに食べてくれ、私達も食べるから」
と、リーダーである姉御が、恐縮している拓也を座らせた。
そして拓也がほんの少し、おちょこに口をつけたところで、宴が始まった。
ミヨが初めて連れて来られた日のことや、海底に沈んだ小判探しの思い出など、話題には事欠かない。
ミヨ以外、みんな快活であることも手伝って、彼女たちの酒も進み、大賑わいとなった。
拓也も料理に舌鼓を打ち、とても喜んでいるように見えた。
ここまではいい。
普通に今まで世話になっているお礼だし、彼も喜んでくれているようだし、ミヨにとっても楽しかった。
ただ、この後の事は、少し気が重かった。
やはり、優の存在が気になっていたのだ。
ミヨにとって、優も自分を助けてくれた恩人だ。
今回の作戦、その優を裏切ってしまうことにはならないか。
その事を姉御に伝えると、
「別に、嫁の座を奪い取る訳じゃなくて、妾になりたいっていうだけだろう? だったらなんの問題もない。むしろ、拓也殿は商人なんだから、妾の一人もいないと泊が付かないってもんだ」
と笑われて終わったのだが……。
やがて宴も進み、あまり酒に強くない(慣れていない?)拓也が酔ってきた頃、姉御達は目配せを行い、頷きあった。
「ふう……炭火のせいで、小屋の中が暑くなってきたな……」
姉御はそう言って、纏っていた襦袢を脱いだ。
すると、他の娘達も口々に、
「たしかに、暑いなあ……」
とか、
「なんか、我慢できない……」
とか言いながら、姉御同様に襦袢を脱ぎ始めた。
もっとも、これで海女本来の『上半身裸』の格好に戻っただけなのだが……案の定、拓也はどぎまぎしている様子だった。
「私も、暑いから……ちょっと外の風に当たってきますね……」
「ああ、けどちゃんとすぐ側で待っているんだぞ」
姉御に釘を刺されながら、ミヨは外に出た。
始まった。
始まってしまった……真の『おもてなし』が。
彼女自身も、海女として何度も拓也に裸を見られているので、『いまさら』ではあるのだが、この後二人きりになり、彼と結ばれるのかと思うと……鼓動の高まりが収まらない。
それと共に、ズクン、と胸の奥が痛む。
何度も、その名前の通り優しい優の顔が浮かんでは消える。
……だめだ。
やっぱり、彼女を裏切る事は出来ない。
正式に妾にもなっていないのに、お嫁さんがいる拓也とこっそり結ばれるなんて、許されることではない。
それが可能になるのは、少なくとも拓也さんと優さんに許可をもらって、正式に妾となった後の話だ。
決めた。
二人だけになったとしても……今日は、自分の気持ちを素直に話して、妾になりたいって言うことを話すだけに留めよう。
拓也さんが……姉御達に『その気に』させられていて、私に迫ってきたとしても……それは、きっぱりと断ろう。
それで嫌われるかもしれないし、ここまでお膳立てしてくれた姉御達には申し訳ないが……やっぱり自分は、優さんを裏切れない……。
彼女が、そう決断をしたとき――。
「そ、そんなお礼は結構ですからぁ-っ!」
真っ赤になった拓也が、脱げかけの着物を引きずって、ほうほうのていで小屋から脱出して、なにやら呪文を唱え、その場から姿をかき消してしまった。
後から出て来た、ほとんど裸の姉御は、
「……ちっ、仙術で逃げられちまった……さすがは男、いざとなったら力強いねえ……」
そこまで呟いて、きょとんとしているミヨを見つけて、
「すまない、しくじっちまった。ちょっと強引すぎたかな……ま、幸か不幸か、あんたはその場にいなかったんだ、嫌われたりはしていないと思うが……念のため、今度会った時、私達もふざけすぎたと謝っておいてくれ」
と、サバサバした表情で語った。
ミヨは、自分のさっきの決心は何だったんだろう、と考え……そしてよく考えたら、彼が優を裏切るような真似をするわけがなかったんだと思い至って、思わず笑ってしまった。
それにつられて姉御も笑い……後から出て来た娘達も、みんな一緒に大笑いした。
「……けど、拓也殿、思ったより小心者なのだな……大物はもっと女好きのはずなんだけどな」
「……いいえ、拓也さんは十分凄い方ですよ。ただ、優さんの事、本当に大好きで、裏切れないと思っているだけなんです」
「……そうか……そんなもんかな……」
姉御は、何か釈然としていない様子だった。
その十数日後。
ミヨは、思いもかけない衝撃の事実を耳にした。
拓也が、新しく四人を妻にし、計五人の嫁を持つ身となった――。
頭の中がぐるぐると回るような、今までに無い衝撃を受け……呆然としながら海女小屋に帰り、姉御に報告すると――彼女は、豪快に笑った。
「はははっ、なるほど、拓也殿はやっぱり大物だったか。一気に四人も嫁を増やすとは、大した物だ。全員、別嬪なんだろう? ということは……あのとき、我々は相手にもされなかったってことか」
つまり、そういうことだった。
自分も含め、海女の全員が、これっぽっちも相手にされていなかったのだ。
「……ミヨ、これで分かっただろう? 拓也殿ほどの大商人であれば、嫁や妾を侍らせるものなんだ。あんたがその中に入れていないっていうことは……つまり、あんたの努力が足りないってことだ」
姉御の言葉が、胸に突き刺さった。
確かに、その通りだった。
今回、新しく嫁になった四人の事は、よく知っている。
全員、器量もいいが……それだけではなく、誠心誠意、拓也に尽くしていた。
一生、彼の為に働くと言っていたのを聞いたこともある。
また、自分が知る限り、彼女たちが拓也の悪口を言ったことはない。
海女たちが平気であれこれ言っているのとは対照的だ。
それほど忠義を尽くして、よほど頑張って、気に入られて、ようやく彼の嫁になれたのだ。
それに対して、自分はどうだっただろうか。
姉御達のなすがままに翻弄され、一旦は了承しておきながら、肝心なときに怖じ気づいて逃げ出して。
なにもかも、中途半端だったではないか。
これではダメだ。
自分を助けてくれた彼に、もっと誠心誠意尽くして、積極的にならなければ、とても妾になんかなれないのだ。
もっともっと真剣に、もっともっと貪欲に……。
ミヨは、涙を溜めていた。
「ん? どうした、悲しいのか?」
「いいえ……なんか……悔しいです……」
「ほおーっ!」
姉御が、にかっと顔を崩した。
「……あんたも、ようやく分かったか……うん、ならいいんだ。良い経験したな……それに、まだ間に合う。なあに、また付き合ってやるから……もう一度、最初からやり直そう。いつか、あの拓也殿の妾……いや、嫁になれるように、頑張れっ!」
「はいっ!」
ミヨは、明るく頷いた。
それは、自分の人生における目標を見つけた、満年齢で十四歳の少女の、決意表明でもあった。
こうして、また一人、拓也の嫁の座を狙う娘が誕生したのだった――。
次回(十一月中旬)は、本編(身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!)にて番外編の追加を開始する予定ですm(_ _)m。




