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いいこと

 数日後の昼過ぎ、前田拓也は一人で海女小屋に向かっていた。


 事前に、ミヨから


「海女のみんなが、いつもお世話になっている拓也さんを、取れたての食材でもてなしたいって言っています」


 という趣旨の誘いを受けていたからだ。

 拓也は、最初


「そんな、こっちが世話になっているぐらいだ」


 と辞退しようとしていたのだが、


「みんなで宴会みたいに楽しく過ごしたいだけだと思います」


 というミヨの言葉に、まあ、それならば参加しようかな、という事になったのだ。


 実際のところ、海女達と拓也は『沈没船の小判探し』で共同作業を実施し、双方共に利益を出している。

 また、海女ちゃん達にとっては、磯メガネや足ひれ(フィン)など、便利な現代の道具を貸し出されていることもあり、拓也に恩を感じているのも確かだった。


 なので、その彼女たちがご馳走してくれる、というのであれば、拓也は恐縮こそすれど、何の疑いも持つことはなかった。


 ただ、海女たちからすれば、拓也の嫁である『優』が参加することは避けたいところだったのだが、そこは姉御(あねご)が悪知恵を働かせ、ミヨに


「拓也さんだけにどうしても相談したいことがあって……できれば一人で来てください」


 と話させていたのだ。

 こういう真面目な相談や約束を、拓也は真剣に受け止め、一人で来るであろうことを予測した上での策略だった。


「……さあ、鍋の準備も出来たし、酒も用意したし……これで『おもてなし』するだけだな」


 姉御は上機嫌で、ミヨを含む七人の少女達に声をかけた。


「……ああ、良い匂い……早く食べたいな……早く来ないかな……」


 娘の一人が、待ちきれないと言った様子で鍋を見つめていた。


「こらこら、主役は拓也殿とミヨだからな」


「はぁーい……ミヨ、いいなあ……」


「いえ、あの……なんか、申し訳ないです……私の為に、こんなにしてもらえるなんて……」


「いいんだって。これから、面白い物が見られる……」


 と、そこまで言ったところで、若いその娘の口を、両隣の、やや年上の女性二人が塞いだ。


「……面白い?」


 ミヨが、怪訝な表情を浮かべた。


「ははっ、ミヨ、気にしなくていい。あんたは、『ずっと拓也さんの側で働きたい、ずっと側に居たい』っていう自分の気持ちを素直に打ち明けたら良いだけだからさ」


 慌てる二人の女性に、ミヨはますます不信感を抱き、姉御に、どういうことですか、と訊ねた。

 すると、彼女はため息を一つついて、


「いや、今そいつ等が言った通りさ。段取りも決めた通り。最初に、このご馳走やお酒で拓也殿に喜んでもらって、みんなで宴会をして打ち解ける。その後、『おもてなし』をして、拓也殿の機嫌が良くなったところで、あんたと拓也殿を二人っきりにしてあげるから、素直に自分の気持ちを伝える。それだけだ」


 その内容であれば事前に聞いていたものと違いはない。

 しかし、ここで一つ、気になる単語が出て来た。


「あの……ご馳走やお酒で喜んでもらうのに、そのあとで『おもてなし』ってどういうことなんですか?」


 この質問に、周りの女性達は意味ありげな笑みを浮かべて……姉御の指示もあって、『おもてなし』の内容をミヨに伝えた。

 彼女は、真っ赤になって狼狽した。


「そ、そんなの、不謹慎ですっ!」


「そうか? 若い男ならば、皆喜んで受け入れるはずだけどな。あんた、恩返ししたいんじゃなかったのか? 喜んでもらいたくないのか?」


 姉御が、ちょっと真剣にミヨを諭す。


「そ、そんな……でも……」


「それに、私達は『最後まで』おもてなしするつもりはないさ。いわば寸止め、悪く言えば『生殺し』の状態で拓也殿とあんたを二人だけにしてやるよ。そこであんたは、自分の正直な気持ちを伝えるんだ。『(めかけ)でいいから、側に居たい』って。そうすりゃ、拓也殿……落ちるぜ」


 ミヨは、自分の鼓動がどうしようもないぐらい高鳴っているのを感じた。


「もちろん、私達はそれで帰るからさ。みんな、絶対に覗いたりするなよ!」


 姉御の言葉に、何人から不満の声が漏れる。


「馬鹿、我々に取っちゃ『末の妹』のミヨが、惚れた男と初めて結ばれるんだ、みんな協力してやれっ!」


 彼女の叱咤に、みんなしぶしぶ納得し、


「後で話は聞かせておくれよ」


 とか、


「ここまでお膳立てしたんだから、絶対にうまくやりなよ」


 とか、みんな励ますような、おもしろがるような雰囲気で、ミヨに声をかけた。


(……大変な事になった……)


 ここまで準備されれば、自分だけ逃げ出すわけにはいかない。

 ミヨは、どうしよう、どうしよう、と何度も独り言を呟いた。


「……ミヨ、どうするかは、最後はあんたが決めるんだ。ただ、私もみんなも、あんたにも幸せになってもらいたいって思ってる。ずっと苦労してきたのは知っているし、あんたのこと、認めているんだ。その気持ちだけは分かってくれよ」


 姉御がミヨの背中を押す。

 みんなが自分の事を思って今回の段取りをしてくれたのだと、ミヨは自分を納得させる。


「……拓也さんが来たっ!」


 見張りをしていた娘の声に、娘達の顔がニヤリと歪む。

 ミヨは、さっきの考えをいくらか打ち消し、やはりかなりの部分、おもしろがっているんだろうなとため息をついた。


次回に続きますm(_ _)m。

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