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姉御

※今回は、本編第六十九話~第八十八話の間あたり、拓也の嫁が優一人だけの頃のお話です。

 季節は秋を迎えようとしていた。


 少しずつ風が涼しく感じられるようになってきたが、まだまだ海女達にとっては稼ぎ時だ。

 春先に海女になったばかりの、数え年で十五歳のミヨも、最初の頃こそ成果を上げられなかったものの、最近では先輩達に遅れを取らないほどにまで素潜りできるようになっていた。


 彼女は、今までに二度、前田拓也に助けられていた。


 一度目は、出会ったその日。

 盗賊にさらわれ、牢屋に閉じ込められていた時だ。

 彼とその嫁である優も、同じ牢屋に閉じ込められたのだ。


 ところか、前田拓也は本物の仙人だった。

 姿をかき消したかと思うと、次に現れた時には仙界の道具を所持しており、いとも簡単に牢屋の木材を切り刻んだのだ。


 その後、見張りの盗賊を倒し、見事脱出に成功。

 盗賊に脅され、拓也達を騙して牢屋に閉じ込めたミヨの父親のことも、許してくれた。


 これだけでも恩があるのだが、それだけに留まらず、その後生活が困窮し、一時は身を売る覚悟を決めていた自分と、その父親、母親にも、仕事を紹介してくれたのだ。


 ミヨに割り当てられたのは、今実行している海女の仕事だった。


 海女には簡単になれるものではなく、深くまで素潜りできるようになるまでに相当辛い思いをしたが、努力の結果、彼女は拓也の期待に見事応えたのだった。


 しかし……彼女は少し、真面目すぎた。

 もちろん、それ自体は本来褒められることかもしれないが、この海女達の中では、少し浮いた存在だった。

 仲間外れにされているわけではないが……彼女たちの会話に、ついて行けないのだ。


 特に、『娘組』という七、八人ほどのグループで集まっている時は、小屋の隅で小さくなって皆の武勇伝? をじっと聞いているしかなかった。


 このグループのリーダーは、メンバーから「姉御(あねご)」と呼ばれる、二十代中頃の女性だった。

 面倒見がよく、仲間からは頼りにされているのだが、口が悪く、怒りっぽい。

 強面の漁師に対しても、気に入らないことがあると怒鳴り散らすほどだった。


 実際に若い衆とケンカになれば、腕力では叶わないだろうが、さすがに彼等も女性に手を出したりはできない。なので、彼女の機嫌が悪くなると、苦笑いを浮かべながら、そそくさと退散してしまうのだ。


 彼女は、自分より年上の海女さんには敬意を表しているが、談笑するのは決まって若いメンバー、つまり『娘組』を集めてからだった。


 仕事の合間や終わった後に、食事をしたり、少しだけ酒を飲んだり。

 今日は鮑をいくつ取ったとか、昆布が大漁だったとか。

 ミヨも、基本的にはそんな話を聞くのが好きだったが、一つだけ苦手な話題があった。

 それが、『男性経験の話』だった。


 この地域の海女達は、ミヨが住んでいた地域よりもずっとオープンで……いわゆる『夜這い文化』が根付いていたのだ。


 一人の若い娘が、何日か前に漁師のだれそれが誘いに来て、

「彼の船で星空の下、一夜を共にした」

と、同い年ぐらいの娘達とキャッキャと騒ぐ。


 すると、姉御が

「そいつに女を教えてやったのは私だ」

 と言って、娘の甘い幻想をぶち壊してみんなで笑ったり。


『娘組』が集まると、たいていその手の話になってしまうので、ミヨは小屋の隅でじっとしているしかないのだ。


「……ところで、ミヨ、あんたはどうなんだい? そろそろ男の一人もできたんじゃないのか?」


 来た、と、ミヨは顔をしかめた。


「姉御、よしてあげなよ。おとなしい子なんだから、まだに決まってるだろう?」

「……そうなのか、ミヨ?」

 姉御にそう聞かれたら、無視するわけにはいかない。


「はい、えっと、まだ……」

 それを聞いて、姉御は、はあっとため息を漏らす。


「あんた、顔は綺麗なんだから、その気になりゃあ男の一人や二人、すぐ出来るだろうに。それとも、誰か心に決めた男でもいるのかい?」


「……いえ、心に決めたというか……」


 彼女の言葉に、驚いたように全員の視線が集まったのを見て、「しまった」と思ったが、もう遅い。


「……いるのかい、そんな男が!」

 姉御が目を輝かせてミヨを見つめていた。


「いえ、その……全くの私の独りよがりで……第一、その方にはもうお嫁さんがいますし……」

「嫁が!? ますます面白いじゃないか!」


 姉御のその一言で、ミヨは、自分がさらに失言を重ねてしまったことに気付いた。


「……姉御、たぶん、あの人ですよ……あの仙人様」


 姉御の隣の娘が、ニヤニヤしながら姉御に話しかける。


「……ははあ、なるほど。うん、そもそもウチらにあんたを紹介したのも、あの人だもんねえ。だったら、やっぱり面白いかもしれねえなあ」


「えっ……面白い?」

 姉御の意外な一言に、ミヨは顔を上げた。


「あの人はウチらみたいながさつな娘より、あんたみたいなおとなしい娘の方が好きなんだよ。みんなも、あの嫁見りゃあ分かるだろう?」


「……まあ、確かに」

「私、『妾にして』って言ったのに、まったく無視されちまったよ……」


 姉御の言葉に、娘達は笑いながら賛同の意を示す。


「あんたなら、妾ぐらいにはしてもらえるかもしれねえ。少なくとも、一夜を共に過ごすぐらいは簡単にできるだろうよ」


 姉御のその言葉を聞いて、ミヨは真っ赤になっていた。


「……でも、そんな、どうやって……」


「……うわっ! ミヨ、やる気だよ!」

「私達も、協力するからっ!」


 なぜか、みんなミヨに味方してくれる。

 しかし、彼女には分かっていた……単に、興味本位で、おもしろがられているだけだと。


「……いいことを思いついた」


 姉御の顔がニヤリと歪む。

 その表情を見て、ミヨは、絶対に悪い事を思いついたんだと確信していた。

次回に続きますm(_ _)m。

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