誘惑
※今回は、『身売りっ娘 俺がまとめて面倒見ますっ!』本編第十一話、ユキやハル、優と一回目の混浴を果たした後のお話となります。
旧暦の八月二十一日。
この日の午後、前田邸の一室にて、凛とナツがある密談を交わしていた。
お互い、それぞれの姉妹の長女として、現在の状況の確認と今後の方針を決めていたのだ。
凜がお茶を用意し、ナツがそれを恐縮しながら飲んでいた。
「……ナツちゃん、あなた……拓也さんのこと、好き?」
単刀直入な凜のその一言に、ナツは盛大にむせた。
「……ごめんなさい、いきなり核心ついちゃったかしら?」
凜はナツの背中をさすりながら、そう言葉をかけた。
「……ゴホッ……り、凜さん……いきなり、何を言い出すんですか……」
「だって、もう家族同然なんだし、この際本音を聞いておこうと思って……」
「そ……そういう凜さんはどうなんですか? 好きとか、嫌いとか……それ以前に、あの人の事を信用しているんですか?」
「私? ……うん、そうね、好きなのかも。なんていうか、ちょっと照れ屋なところもあって、かわいい弟のようで……それでいて、熱を出したユキちゃんやハルちゃんのことを真剣に心配してくれていた時のあの表情、そしてその後の行動力には、私でもちょっと惹かれるものがあったわ。信用していいんじゃないかしら」
「……私は……拓也殿が、というよりは、『男』が信用出来なくて……」
「……なにか酷い目にあったことがあるの?」
「……」
ナツは、返答を躊躇しているようだった。
「……そう、理由は聞かないけど……確かに、信用出来ない男の方もいるけど、私は拓也さんはそんな人じゃないと思うけどね……ただ、そうするとよっぽどのお人好しっていうことになっちゃうんだけど……仙人様って、みんなあんな感じなのかしら」
「私は、その『仙人』っていうのも、胡散臭い感じがして……」
「あら、でも、そう考えないと説明がつかないような事、いっぱいあったでしょう? 三百年後の世界からやってきた『時空の仙人』様……少なくとも、それは本当の事でしょうね。それに、あなたも本音のところでは、ある程度信用しているんでしょう? そうでなければ、ユキちゃんとハルちゃんに、拓也さんの背中を流させたりはしないでしょうしね」
「それは……あの二人が、熱を出した時に世話になったから、そのお礼に……二人とも、拓也殿に懐いていますし」
「……それと、あの二人だけでも、拓也さんに気に入ってもらって正式に買い取って欲しいから……そうじゃないかしら?」
凜の鋭い問いかけに、ナツは自分の考えが見透かされたのを悟ったのか、静かに頷いた。
「……いくら仙人様といっても、こんな短期間に五百両もお金を貯めて、全員を買い取るなんて出来ないでしょうしね……良くて一人か二人……安心して、私もあの二人が身売りされて慰みものにされるなんて、考えたくないから協力するわ。でも……もし、三人目を買い取れるのであれば、私は優を選ばせてあげたい……」
「……はい、それは私もそう考えています。たぶん、あの二人はもう恋仲……私達が何もしなくても、拓也殿は優を選ぶと思います。ただ……」
「……なにか問題があるの?」
「……いえ、ただ、やっぱりユキとハルは、まだ私の中では子供だと思っているので……拓也殿に気に入られたとしても、その……手を出されるのは耐え難いと思って。本当にあの契約、『正式に買い取るまでは手を出さない』っていうの、守ってもらえるのか心配で……」
「なるほどね……それで警戒してるのね」
そこで凜は、しばらく顎に手を当てて考え事をして……。
「……そういうことなら、私が悪者になって、試してみるわ」
「……悪者?」
「そう。私が、全力で拓也さんを誘惑するの」
「ゆ……誘惑!?」
「そう。それでも、拓也さんが私に手を出さないようであれば、あの人は本当の聖人君子か、異性に興味がない……つまり、普通の人じゃない。少しでも手を出してくるようであれば……まあ、普通の男の子で、かえって信用できるかもしれないわね」
「……凜さん、それ、笑顔で言うことですか?」
「そう? 私、笑顔だった?」
「ええ。まるで、楽しみにしてるかのような……」
「……そうかしら? うん、どんな反応するか……楽しみなのかもしれないわね」
「……でも、少しでも手を出そうとしたならば、それは契約違反です。私は拓也殿を成敗します」
「成敗って……それはいけないわ。私が誘惑するんだから……」
「分かっています、ちょっと、懲らしめる程度で。私は嫌われても……問題無いですから」
「……私も、拓也さんが本当に純情ならば、避けられるようになるかもしれないわね……誘惑に乗ってきたとしても、最後の一線は越えないようにするつもりだし……」
一瞬、凜の表情は曇ったが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。
「でも、多分そんな深刻な事にはならないと思うわ。ちょっとした手違い、拓也さんにしても、ちょっとした気の迷い。それで終わるようになるでしょうね……そう考えると、やっぱり楽しみかも」
「そうですね……それでは、せめて、私は凜さんが無理矢理乱暴されそうになったなら、助けに入るようにします」
「ええ……その時はお願いね。じゃあ……段取り、決めましょうか」
――こうして、拓也に取っては、ある意味恐ろしい小悪魔の罠が仕掛けられることとなった。
一番奥の部屋を薄暗くし、薄い襦袢のみを纏った凜が待機。
優に、彼が帰ってきたならば、その部屋に呼んでもらえるように指示。
悲鳴や大きな物音が聞こえてきたときには、ナツが駆けつけて、場合によっては拓也をちょっとだけ懲らしめる。
そして夕刻になり……作戦通り、何も知らない彼は、前田邸を訪れたのだった。
※この後、本編第一話へと続くことになります(^^;。