星空の下で
「ねえ、タクから見たら私達、やっぱりまだ子供なの……?」
星明かりの下、夜の温泉に浸かりながら、俺の腕に抱きついているユキが、ちょっと寂しそうにそう言った。
「いや、もう子供ってわけじゃないけど……まだ、大人でもないかな……」
「……ご主人様にとって、大人って、どういうことなんですか?」
反対の腕にしがみついたユキの双子の妹、ハルも、少し寂しそうに問いかけてきた。
「えっと……言ってなかったかな……俺達の時代、つまり仙界では、女の子は満十六歳……数え年でいうと、十七歳の年の、生まれた日を迎えないと結婚できない掟なんだ」
「「……えっ、そうなの?」」
二人同時に声を上げた。
「ああ、本当だよ。そして俺は仙人だから、向こうの掟に従わなくちゃならない。だから、あと一年と半年、二人に手出しできないんだ。まだ二人とも、大人と認められていないから」
現代における結婚に関しては、嘘は言っていない。
それに、十八歳未満の女の子に対して、結婚してないのに手を出す事は、やっぱり咎められることだろうから、これも嘘ではない。
「……なら、仕方ないね……タクの子供、早く産みたいのに……」
「私も……あと一年半、待ちます……」
二人とも、割と素直に納得してくれた。
もっと早く、仙界の掟……つまり、女性は満十六歳にならないと結婚出来ないことを説明しておけば良かった。
まあ、現代の法律をこの時代に持ち込んでも意味がないのは百も承知だが、やっぱり、まだ成長途中の彼女たちに手を出すのは、気が引けてしまう。
せめて、中学を卒業して結婚できる年齢、十六歳まで待ってもらおう。
そう決めてしまうと、美少女二人に裸で抱きつかれているこの状況、なんとか我慢して乗り切れそうだ……。
「それにしても、常磐様、巫女長だけあってすごくしっかりしてましたね……ご主人様と同い年でしたっけ?」
「同じか、一つ年下ぐらいだよ」
「じゃあ、私達と二つか三つぐらいしか違わないんだね……まだ結婚、してないよね?」
「ああ。っていうか、彼女、しばらくは誰とも結婚出来ないんだ……」
ぼそっと呟いたその一言に、二人とも、「えっ?」と声を出した。
「……本当は、言うべきじゃないのかもしれないけど……」
俺はそう前置きして、彼女の事を全て話した。
人身御供として、川が氾濫しそうになったとき、その身を神様に捧げる存在であること。
その恐ろしい儀式から救ってあげるために、機能限定版の『ラプター』を装着させてあげていること。
あと数年、ひょっとしたら十年以上、年齢的に人身御供としての価値が続く限り、その運命から逃れられないこと。
そのために、誰とも結婚出来ないこと、それどころか、この水龍神社の敷地内から出ることすら許されていないこと……。
二人の表情が、徐々に曇っていくのが分かった。
やっぱり、話すべきでなかったかな……。
いや、彼女たちも『巫女』として、この阿東藩でも活躍することがあるかもしれない。
そのときに、これだけ覚悟を決めた巫女がいると言うことは、知っておいて欲しかった。
「……私達、常磐様に悪い事したね……」
ユキが、ハルにそう話しかけて、二人で頷いていた。
「……悪い事?」
「はい……この温泉に一緒に入りましょう、って言っちゃったんです……困ったような顔をしてて、『行けたら行きますね』って言ってくれたんですけど……」
ハルが申し訳なさそうに話す。
「ここに? ……それは……無理だな……さっきも言ったように、彼女は神社の敷地から出られない」
「うん、そのこと知らなかったから……敷地から出られないなんて、前の私達みたい……」
「前って……あ、そうか、俺が仮押さえしていた頃か……」
「うん。私達は一月だけだったけど、ずっと、十年以上もって……常磐様、かわいそう……」
……なんか、しんみりした雰囲気になったな……。
と、その時。
なんか、がやがやとした声が近づいて来るのが分かった。
「……ここみたいね、湯気が出てる……」
と、脱衣スペースに現れたのは……かなり年上の、おばちゃん? ……いや、ベテラン巫女さんだ!
次々と入ってきて……全部で五人!
「こんばんは。お誘いに乗って来ちゃいましたけど……ご一緒していいですか?」
「はい、待ってましたよ!」
ハルが元気に答える……って、えっ?
「ちょ、ちょっと……二人とも、他の巫女さんにも声、かけてたのか?」
「うん。その方が楽しいと思ったし……それに、凜さんからも、『拓也さんが女好きかどうかは、他の女の人が温泉に入ってきたときに挙動不審になるかどうかで分かる』って言われてたから!」
あっけらかんと、ユキは答える。
何て恐ろしい作戦だ……。
いけない、ここで狼狽したら彼女たちの思うツボだ!
幸い、巫女さん達は全員、俺の母親と同じか、それ以上の歳みたいだ。
食べている物がいいのか、みんなちょっとぽっちゃりしている。
「じゃあ、ちょっとお邪魔しますね」
ベテラン巫女さんたちは、遠慮なく着ている物を脱いで裸になる。
繰り返しになるが、この時代、女性は風呂に入るために裸になるのは、現代で言うところの水着になるぐらいの感覚でしかない。
つまり、プールにでも入るぐらいの勢いなのだ。
「……拓也様みたいな若い方と一緒に入れるのは、久しぶりですよ!」
「ほんとに。さすがに同じ神社の男と一緒に風呂に入るのは気が引けるけど、拓也様みたいな男前と入れるのは光栄です!」
……いや、やっぱりプールとは違うようだ……ひょっとして、目的は俺?
「若い娘さん二人も、かわいいなあ。本物の私の娘みたいだよ」
一人の女性が、そう言って豪快に笑う。
「はい、皆さん、私達の本物の母上みたい……」
ハルのこの言葉に、俺ははっとさせられた。
彼女たちの母親、十歳ぐらいの時に亡くなったんだった……。
ひょっとしたら、ベテランの巫女さん達と話をするうちに、母親の事を思い出して、それでみんなで一緒に温泉に入りたいって思ったのかもしれないな……。
「仙人様、すきー!」
と、いきなり俺に抱きついて来た少女がいて、うわあ、とちょっと声を出してしまった。
「……瑠璃、か。ビックリしたよ!」
おかっぱ頭の、十歳ぐらいの小さな女の子、瑠璃が、いつの間にか裸になって、この温泉に入り込んでいたのだ。たぶん、ベテラン巫女さんたちと一緒に来たけど、彼女たちの影に隠れて気付いていなかったのだ……彼女たちの脱衣からは、ほとんど目を逸らしていたし。
「どーやったら、仙人様のお嫁さんになれるんですかー?」
と、瑠璃はユキとハルに真面目に質問したものだから……二人は顔を見合わせて、
「恋敵が現れたね」とか、「うかうかしていられないね」とか言って、笑っていた。
さっきまでのしんみりとした空気が一変、えらく賑やかな温泉となった。
しかも、俺以外、全員女性。
とはいっても、ユキとハルは何度も混浴したことがあるし、ベテラン巫女さん達は、ぶっちゃけ『おばちゃん』なので、なんとか興奮状態になる事はなく、堪えている。
瑠璃に対しても同様。
これなら、なんとか、なんとか凌げる……そう考えていた矢先。
「……あの、失礼します……私も入っていいですか?」
という、可憐な声。
……俺は、唖然としてしまった。
「……と、常磐!? 君は、神社の敷地から出られないんじゃ……」
「えっ? ここは、神社の敷地内ですよ?」
なっ……。
俺は、勘違いしていた。
社務所から十五分も歩いたし、建物もなかったから、てっきり神社の外だと思っていたのだ。
そういえば、ここに続く小道を歩いたときに、鳥居をくぐらなかったな……。
「家族水入らずのところをお邪魔すると申し訳ないかなって思っていたのですが……」
誘われて困った顔をしたのは、単に気を使っただけだったか……。
「大丈夫ですよ、みんなわいわい、賑やかな方が楽しいですし。それに、ご主人様……拓也さんもいますから!」
どぎまぎする俺に変わって、ハルが嬉しそうに答えた。
来てはいけない、などと否定することは、俺には出来ない。
これは……まずいっ!
今、なんとか自制を保っているけど、俺と歳の近い、小動物系の美少女である常磐まで入ってきたら……って、彼女がそんな大胆なわけないよな……。
念のため、俺は美しい星空を眺めていたのだが……。
「……白くて綺麗な裸……」
という、ハルの言葉に、思わず脱衣所を見てしまって……LEDランタンに照らされたその美しい裸体に、思わず息を飲み、体が熱くなるのを感じた。
今まで保ってきた理性が、常磐一人の出現で崩れそうになる。
……でも、なんで、彼女まで温泉に入りに来たんだろうか?
常磐は、俺が彼女の方を向いていることに気付くと、ちょっと恥ずかしそうにしながらも、ゆっくりと進んで湯に浸かった。
すると、周りのベテラン巫女さん達が、
「さあ、遠慮しないで」
とか、
「憧れの仙人様がいるんだから……」
とか言って、常磐を俺の方に押し出してくる。
彼女、真っ赤になっている……。
ベテラン巫女さん達には、俺とユキ、ハルが夫と嫁の関係だとは知らせておらず、単に『家族』とだけ伝えているから、兄妹と思っているかもしれない。
普通、家族と聞かされて、双子の二人ともが嫁だとは思わないだろう。
ひょっとしたら、若い男性と滅多に接点を持つことのない、常磐への気遣いだったのかもしれないが……さすがに俺も照れてしまう。
やがて常磐が俺の目の前に来て、赤い顔のまま、下を向いてしまった。
それに対して、ユキとハルは変に気を使い、常磐を俺の左隣に座らせた。
さっきの、常磐の身の上話を聞いていたからなのか……。
ちなみに、右隣には瑠璃がしがみついている。
双子の嫁達は、ちょっとのぼせたのか、岩の上に座っていた。
「……綺麗な星空ですね……こんな開放的な場所でお風呂に入ったの、初めてです……」
常磐が、ドギマギしている俺に話しかけてくれた。
「ああ……」
なんかうまく返す事ができない。
「……同じ星空でも、こんなに違うんですね……拓也様が、この『ラプター』を授けてくださってから、全ての物の見方が一変しました……本当に、心からお礼を申し上げます……」
「いや……それを作ったの、俺じゃないしね。俺は本当に、大したことしてないんだ……でも、良かったよ。前よりずっと明るく、元気に見える」
「……ありがとうございます。こうやって、男性の方と方を並べてお風呂に入っているなんて……以前の私では考えられませんでした。ずっと私、現実から逃げていましたから……」
彼女と瑠璃は、機能限定とはいえ、時空間移動能力者となった。
今も、二人とも『ラプター』を装着している。
このことで、二人の身に危険が生じたとしても、一瞬で逃れることができる。
つまり、それで人身御供を回避できるようになったのだ。
「……君の人生が、いい方に、希望を持てる方に変わってくれたなら、それで十分嬉しいよ」
「……ありがとうございます……」
彼女は、少し涙ぐんでいるようだった。
……ふっと、肩が触れあった。
とくん、と俺の鼓動が高まる。
ちょっと彼女の事を意識しすぎたが……。
あわてて視線を逸らすと……その先では、ユキがじっと俺の方を見ていた。
う……まずい。
「……大丈夫だよ。ナツ姉にも、ユウ姉にも、凜さんにも言わないから……」
「そうですよ。私達は前田邸で、いつでも一緒に入れますけど、常磐様はたぶん、今日だけだから……」
うっ……双子の嫁達に、変に気を使われてしまった……。
でも、それを聞いて、常磐はますます赤くなっていた。
ひょっとして、彼女、俺の事を本当に……?
やばい、鼓動が急に早くなってきて……目の前が回る……。
「拓也様、大丈夫ですか?」
俺の様子がおかしいのに気付いたのか、常磐がのぞき込んできた。
その拍子に、白くて形の良い胸が見えてしまい……ますます頭に血が上った俺は、
「ご、ごめん、ちょっとのぼせたみたいだから……もう出るよ……」
とだけ言い残し、ふらふらと歩いて上がったのだが……何にも下半身を隠す物がなかったので、女性陣に見られてしまい……おぼろげな意識の中、キャアキャアと言う歓声? だけが耳に残っていた――。
その後、完全にのぼせてずっとめまいがしていたのだが、ユキとハル、そして常磐が、一晩中つきっきりで看病してくれたので、それはそれで嬉しかった。
ユキ、ハルの二人にとっても、水龍神社の巫女さん達とみんなで温泉に入浴出来たことは、本当にいい思い出になったようだった。
ただし……大勢の巫女さん達と一緒に混浴した結果、フラフラになるまでのぼせてしまったという事だけは、前田邸で他の三人の嫁にばっちり報告されてしまったのだった。