85. 悪夢の始まり
天歴2526年、春。
とうとう始まったギニラック帝国とオルテナ・ランスロイド同盟の戦争は、予想を超える早さで周辺国を巻き込むものへと変質していった。
アルトンに関しては、シグリルとレスティのおかげで戦乱の中心部にありながらも戦禍に巻き込まれずに済んでいるようだ。レスティからの定期的な念話での報告によると、アルトンよりも魔族領側の中部や南部に戦火が広がりそうだ、という話だ。
魔族領の中部と言えば西の端にギルテッド王国があり、南部と言えばフォルニード村が、そしてそれ以外にも魔族領南中部には多くの魔族の集落が点在している。ギルテッド王国はフィオがいるから何とかなるだろうという、妙な安心感がある。
けれどその一方で、フォルニード村にはマナとセン、加えてフレイラさんとブライもいるのに何故だろう、フォルニード村の事を考えると、どうしようもなく不安な気持ちになった。
その予感は、的中した。
オルテナ帝国が、狂人・ゴルムアを戦争に投入した。
ゴルムアは軍隊同士の戦場を嫌ってか、制止しようとする同胞を惨殺して魔族領を南下し始めた。そうして辿り着いた先は、南中部に点在する魔族の集落。
目に付く集落を片っ端から急襲したゴルムアは、魔族を相手に人族とは思えないような破壊と殺戮を展開し、驚異的な勢いで南下し続けた。
……このゴルムアの動向に関する情報は、ギルテッド王国にいるレネからもたらされたものだ。星視術の千里眼を使ったらしい。
あまりに悲惨な光景を目にし続けて体調を崩しながらも、状況を逐一私とフォルニード村のマナに伝えてくれた。
そして夏を迎える頃、ゴルムアは遂にフォルニード村手前の集落に辿り着き……そこでも、虐殺が行われた。
辛うじて生き残った集落の獣人がフォルニード村に逃げ込み、集落で起こった出来事をフォルニード村の代表者であるラーウルさんに知らせた。
レネからゴルムアの情報を得ながらもどうする事も出来ない状況にあったラーウルさんは、周辺の集落に警戒するように呼びかけていた……が、最悪の事態を回避する事はできず。
魔族とて生まれ育った故郷を手放す事には強い抵抗感があり、どの集落もそこから離れる者が少なかった。それ故の悲劇だった。
ゴルムアがフォルニード村近くまで迫ってきている。
その情報は、フォルニード村復興作業に携わってそのままフォルニード村に棲み着いている、念話術師のランサルさん経由でアールグラント王国側にも伝えられた。
「このままでは復興しかけているフォルニード村が再び壊滅させられる恐れがあります。それも、人族の手によって……。そんな事、許せるものではございません。もしこれに抵抗する事が我が国を戦争に巻き込む結果になると言うのであれば、私の身分と役割を、どうか剥奪して下さい。私は私個人として、フォルニード村の一員として、フォルニード村を守ります!」
ランサルさんの必死の訴えは多くの賛同を得た。
国王陛下も状況を重く見て、このまま静観していては手遅れになると判断。遂に決断を下す。
「オルテナ帝国皇帝の弟君が、我が国が友好を結ぶ魔族領南部のフォルニード村近辺で殺戮行為を繰り返している。魔族領南部は極めて我が国の国境に近い場所でもあり、そこで殺戮行為を繰り返す事は我が国を脅かす行為である。よって、アールグラント王国は自国防衛のため、友人たるフォルニード村防衛のために兵を派遣する」
陛下の朗々とした宣言に、前庭に集められた騎士や兵たちから割れんばかりの歓声があがった。
ゴルムアの暴挙を放置するオルテナ帝国は明らかにアールグラントとの友好を軽んじている。アールグラントの国民はその事に不満を募らせていた。それと同時に、いつゴルムアが国境を越えてくるとも知れぬ状況に、恐怖を抱いていたようだ。
この防衛を目的とした派兵には賛成派が大半を占め、反対したのは主にオルテナ帝国やランスロイドと取引のある商人たちだったが、彼らもその財産や家族はアールグラントにある。そのアールグラントを脅かしているのが自分たちの取引先の国であるという事で、最終的には彼らも渋々ながら賛成派に回った。
防衛とは言え、抵抗する事を決めてからの陛下の動きは速かった。すぐさまランスロイドとの国境を閉鎖、騎士や兵士の人選や編成に取りかかった。
当然、ノイス殿下やハルトもそれを補佐する。
戦争開始と同時にめまぐるしく展開し始めたその様子を、私は見ている事しか出来なかった。
2歳になったセタを抱えて私室から前庭を見下ろし、慌ただしく王城と城門の向こうとを行き来する馬車や伝令の姿を眺める。
ぎゅっと、セタが私の服を掴んだ。セタに視線を向けると、不安そうな顔で見上げてくる息子と目が合う。
いけない、いけない。つい険しい顔になってた。
「大丈夫、大丈夫だよ、セタ。お母さんが絶対守るからね」
何とか笑顔を作ってみたけれど、遅かったようだ。
みるみるうちにセタの目に涙が溜まり始め、
「うっ、うぅっ……うあぁぁぁん!」
ついに泣き出してしまった。
必死に宥めようとしたけれど、セタはその後しばらく泣き止んでくれなかった。
不安は日々増している。
鈍化させていても元々感覚器官が優れている分、私はそれをひしひしと感じていた。
国民の不安の原因は、兵が派遣されて間もなくゴルムアが再びフォルニード村に近い魔族の集落を襲撃した事にある。
しかしその情報は国民の不安を煽るからと、陛下の判断で一旦伏せられる事になった……はずなのだが、情報がどこからか漏れてしまったようだ。
そんな中、ハインツさんも情報収集で昼も夜もなく走り回っていた。
「城内にオルテナ帝国やランスロイドの間者がいてもおかしくないからな。むしろ今まで尻尾を隠し続けて来たのに、ここぞとばかりにその存在を匂わせるとは……。もしかしたらこの戦争、最初から念入りに計画されていたのかも知れないぞ。アールグラントを巻き込む事は織り込み済みで、な。何せ戦争前からオルテナ帝国はアールグラントに、邪悪な魔王を2度も退けた勇者を擁しているんだから、魔王と戦う際には当然協力してくれるだろって言って来てたみたいだしな」
たまたま廊下で行き合ったので状況を聞いてみれば、疲れ果てた顔をしながらも声を潜めて話してくれた。
恐らくその「邪悪な魔王を2度も退けた勇者を擁しているんだから、魔王と戦う際には当然協力してくれるだろう」という部分が、ハルトが以前半ば酔っぱらいながら愚痴りかけてた「オルテナ帝国が面倒な事を言ってきた」に該当する案件だったのだろう。
「いずれにせよ、ハルトは神殿から戦場に出す事は止められているから大丈夫だとは思うが……。シタンやイズン、ラルド辺りは出兵要請が来るかも知れないな」
そう言い残して、ハインツさんはひらひらと手を振りながら廊下の向こうへと去って行った。
ハインツさんだって人ごとじゃないだろうに。
あれだけ情報収集に長けた人だ。もしかしたら……。
いや、私が考えても詮無い事だ。幼い子供を抱えている今の私に出来る事は、何もない。
私はゆっくり頭を振ると、ハインツさんとは反対方向へと歩き出した。
その時。
背筋に悪寒が走った。
同時に、脳に直接声が響く。
《リク、助けて! センが……! センが!!》
念話だ。
この声は……マナだ!
《マナ? 落ち着いて。何があったの?》
《説明してる暇が……あぁっ、何、何なのあの化け物! 古代魔術を構築する隙がないの! 結界が張れない! ラーウル様、逃げて! フレイラ、ここはいいから逃げて、ブライの所に行って! ──リク、さっきのは忘れて。やっぱり助けに来ないで。フォルニード村はもう駄目。アールグラントの守りを固めて……!》
緊迫した状況のようで、マナは念話と口頭での会話がごちゃ混ぜになってしまっているようだ。
そしてここでマナからの念話が切れた。その後何度呼びかけても、マナからの返事はない。
絶望感が襲ってくる。
ゴルムアって、そんなにとんでもない化け物なの……? マナとセンに加えてフレイラさんとブライもいるのに、それでも太刀打ち出来ないほど?
ぞっとした。ぞっとすると同時に、これまで感じていた以上の危機感を抱いた。
そんな化け物が、もし魔族だろうが人族だろうが、無差別に襲って来たら?
マナが懸念していたように、アールグラントにも危害を及ぼそうとしてきたら……?
私はすぐさま今来た廊下を取って返した。
自室に戻るとメイドさんに「大事な用事があるから、セタの事をお願い」と伝える。しかしすぐにセタが大泣きし始めてしまって、手がつけられなくなってしまった。
仕方なく私が抱き上げると泣き止んで、ぎゅっと服を掴んで離れなくなる。
「やはりリク様の方がよろしいのでしょう。もし他の者が代行出来るご用事ならば、代わりになる者を呼んで参りますが」
そう提案されながらも、私はじっとセタを見た。ぐっと力を込めてこちらを見上げてくるセタの目は、何かを決断した時のハルトを思わせる芯の強さがある。まだ涙で濡れたままではあるけれど、いい目だ。
「あのね、セタ。お父さんもお母さんも、セタの事が大好き。とても大切なの。セタはお父さんとお母さんの事、好き?」
「ん!」
射抜くように見てくるセタを見つめ返して、私は問いを発した。
セタは力強く頷く。
「じゃあ、お母さんのお願い、聞いてくれる?」
「んっ!」
即答だ。
真剣な顔で頷いてくれている。
「じゃあセタ。お母さんのお願い、ちゃんと聞いてね」
「……?」
今度は首を傾げられてしまったけれど、気を取り直して。
「お願いだから、セタはお留守番してて? いい子でお留守番出来たら、今度はお母さんがセタのお願いを聞いてあげるから」
ね? と笑いかけると、セタは一瞬きょとんとした顔になる。
けれどすぐににっこりと天使のような笑顔を浮かべ、「うん!」と頷いた。
可愛い可愛いっ……!
愛しくてどうしようもなくて、本当は一時たりとも離れたくないんだけど!
私は意を決して「よしっ!」と気合いの声を上げると、私の声に吃驚したメイドさんたちに「ちょっと行ってくるね」と伝えつつセタを預け、自室を出た。
向かうはハルトの執務室。
目的はただひとつ。
フォルニード村への救援に向かう事のみ。
ハルトの執務室に辿り着くと、そこでは部屋の扉も閉めずにひっきりなしに人が出入りしていた。
ちらっと覗いたけれど、ハルトの姿は見えない。
「あっ、リク様! どうかされましたか?」
「ラルドさん。ハルトはここにいないのですか?」
ちょうど通りかかったラルドさんが声をかけてくれたので、周囲を見回しながら問いかける。
するとラルドさんは困ったような顔になった。
「ハルト様は現在、陛下と王太子殿下と共に会議室に籠っておりまして……」
会おうと思っても呼び出すのは無理だ、と言う事か。
なるほど。ならば私にはもうひとつ、ハルトと連絡をとる手段がある。会議の邪魔をしてしまうかも知れないけれど……。
「わかりました。お忙しい所、お邪魔してしまってすみません」
「いえ! 何かお困りの事があったら仰って下さいね!」
「お気遣い、ありがとうございます」
私はぺこりとお辞儀をするとラルドさんと別れて中庭に向かい、東屋に入るなり椅子に座って意識を集中する。
そしてハルトに念話を飛ばした。
《ハルト、今忙しいのはわかってるんだけど、急ぎの用があるの。今すぐじゃないと間に合わないから、このまま聞いて貰えないかな》
《……今すぐじゃないと間に合わない? 何があったんだ? あ、いや、もし来れそうなら、会議室の方に来てくれ。その様子だと、北の動向に関する事だろう?》
《うん。それじゃあ、すぐそっちに向かうね》
念話を送るとすぐさまハルトからも反応があった。幸いハルトは、私が伝えようとしている用件が重要なものであると察してくれたようだ。
私は椅子から立ち上がると急いで会議室を目指した。
走るわけにもいかないので、早足で移動してようやく会議室に到着する。幾つかある会議室のうち、どの部屋かは一目瞭然。部屋の入り口をがっちりと近衛騎士が固めていた。
私が会議室に近付くと彼らは慌てて止めようとしてきた。けれどちょうどいいタイミングで会議室の扉が内側から開かれる。扉の隙間から顔を出したのはハルトだ。
「リク。話は通しておいたから」
そう言って近衛騎士たちに私の入室は許可が出ているものであると言外に知らせる。近衛騎士たちもハルトの言葉を受けて、素早く扉の前を空けてくれた。
私は彼らに小さくお辞儀をしながら会議室に入る。すぐに背後で扉が閉まる音がした。
「来たか。急ぎの用件だそうだな、リク」
正面から声をかけられて、視線を声の主に向ける。
視線の先では、上座に座っている陛下が優しい眼差しでこちらを見ていた。
「大事な会議を中断させてしまい、申し訳ございません」
「よい。急を要する案件なのだろう?」
「はい。あの……すぐにでもお伝えしたいのですが、宜しいでしょうか?」
私がそう切り出すとすぐに陛下も国王の顔に戻る。
陛下の隣に立っているノイス殿下も、常に浮かべている笑みを消して真剣な表情で私を見てきた。
「リクがそれほど焦っているという事は、緊急事態ですね?」
「はい。今さっき、フォルニード村の友人から念話が届いたのですが……」
私は先程の念話の内容を陛下たちに説明した。
状況が明らかに緊迫していたこと。魔王種であるマナやセン、神位種であるフレイラさん、そしてタツキがフレイラさんの護衛につけた未覚醒ながらも神竜であるブライがいて尚、太刀打ち出来ないような敵がフォルニード村を襲っている様子だったこと。
最後にマナがフォルニード村はもう駄目だと告げ、アールグラントの守りを固めるように言ってきたこと。
私が話し終えると、室内に重苦しい沈黙が下りた。
どれくらいそうしていただろう。沈黙を破ったのは、ハルトだった。
「リクは、フォルニード村に行こうと考えてるんだな?」
この言葉にはっと顔を上げる陛下とノイス殿下。
「まさか」という思いがその表情と気配から読み取れる。
「今すぐにでも行こうと思っております」
「ならぬ」
「そうです、セタはどうするんですか」
陛下とノイス殿下は口々に反対の声をあげた。しかしそこに力はない。私の気性を知っているからこそ、言っても無駄な事はわかっているはずだ。それでも言わずにはいられなかったのだろう。
私はそんな陛下とノイス殿下に、順に視線を向けた。どちらも口を真一文字に引き結んで、息を詰めて私の返答を待っている。
答えなんて、わかっているだろうに……そういう所、似た者親子だなぁと思う。
「何と言われようと、私はフォルニード村に参ります。それと、セタは置いて行きます。私が不在の間、セタの事はサラに頼もうと考えております」
「何と……!」
傍らでは深いため息をつくハルト。正面では驚きに目を見開く陛下とノイス殿下。
予想していた返答ではあったんだろうけど、セタの存在が私を引き止めるのではないかという期待もあったのだろう。
けれど私の決意は揺らがない。だってマナとフレイラさんは友達なんだもの。センだってちょっと弟みたいな気持ちで見ていたし、ブライだって沢山手助けして貰って、私は一方的に友人だと思っている。
ランサルさんの事も気になる。フォルニード村そのものだって、私にとっては大切な場所だ。あの村にはミアさんとの思い出と、お母さんも含めて家族揃って訪れた思い出だってある。
セタの事も当然心配だし離れ難いけれど、セタはアールグラントの王城にいれば一定以上の安全が確保される。対して、フォルニード村のみんなは今も脅威に晒され続けている。
もしかしたらもう手遅れかもしれないけれど、今はフォルニード村の状況を把握する事が先決だと思うし、場合によっては救援の手も必要になるだろう。
そしてその役を引き受けるのに適任なのは、間違いなく私だろう。何せ念話で状況を伝える事が出来るし、多少ブランクはあるけれど戦う力も十分にある。
「陛下、ノイス。どんなに粘っても無駄ですよ。もう決めてしまったみたいですから」
身じろぎひとつせずにいる私や陛下、ノイス殿下の呪縛を解くかのように、再度沈黙を破ったのはハルトだった。
呆れた様子ながらも、口許には諦め混じりの小さな笑みを浮かべている。
「それで、リク。俺も同行した方がよさそうか?」
どうせ身内しかいないからと開き直ったのか、ハルトは普段通りの口調で問いかけてきた。
私は首を横に振る。
「ハルトは、ここに残るべきだと思います。セタの事もありますし、まだ内部は落ち着いていないのでしょう? それに、万が一何かあった時、この国を守る力が必要になるかも知れません。恐らく私より先にフォルニード村にはタツキも向かっているはずですので、援軍として向かう戦力としては私とタツキで十分だと思います。なので、ハルトは残って下さい」
きっぱりとそう告げると、陛下とノイス殿下から諦めの色濃いため息が漏れた。
陛下は自らの顎髭をひと撫でして改めてため息をひとつ吐くと、表情を引き締め直す。
そして、私が予想もしていなかった内情を口にした。
「リク。そなたが言う通り、現在内部では交易都市ゼレイクの領主がオルテナ帝国と繋がっている事が判明し、更にその資金源になっていた事が確認された事で内部へも疑いの目を向けねばならず、不安定な状況に陥っている。北の動向の監視と防衛への人手の捻出に加えてゼレイクへの対応も増え、今ハルトに抜けられてしまっては国内の状態を維持するのも危ぶまれる状況だ」
おぉ……何やら裏では私が想像していた以上に大変な事が起こっていたようだ。
そう言えばゼレイクの領主はハルトが怪しんでいたっけ……。
「故に、そなたの判断は正しい。そしてそなたの申し出はこの上なく有り難いし、今取れる手段としてはこれ以上ない最善策であろう」
そこまで言うと、陛下は椅子から立ち上がって私の傍まで歩いてきた。至近距離で陛下と接する事なんてこれまでなかったから緊張して、自然と背筋が伸びる。
しかし固くなっている私に反して陛下は慈愛に満ちあふれた表情を浮かべ、ふわりと私を抱きしめた。以前二次覚醒から目覚めた後、お父さんに抱きしめて貰った時に感じた温かさと優しい匂いが脳裏に蘇る。
「最善策ではあるが……私としてはリク、そなたも我が娘同然なのだよ。危険な地へ赴かせる事は、出来る事なら避けたいと考えている。魔王ゾイ=エンとの戦いに、ハルトやリク、タツキを向かわせた時の生きた心地のなさなど、もう二度と味わいたくない。それが私の国王としてではない、ひとりの人間としての気持ちだ。その事だけは、忘れないでいて欲しい」
愛情に満ちた柔らかい声音でそう告げると、そっと陛下は私から離れた。
その顔はもう私の義父の顔ではなく、既に国王の顔に戻っている。
「だが、リクよ。此度の件はそなたの申し出を有り難く受け取りたいと思う。どうか早急にフォルニード村へ向かい、こちらに状況を教えて欲しい。そしてもし必要とあらば、フォルニード村を窮地から救ってくれ」
先程の優しい声音から一変、威厳に満ちた陛下の言葉が私に差し向けられる。
この国王様は滅多に“命令”の形を取らない。常に最終判断を相手に委ねる“依頼”と取れる物言いをする。そんなところに人柄が出ているように思う。一癖二癖あるのは難点だけど、基本的には情に厚い人柄なのだ。
そんな敬愛すべき国主からの依頼。
自ら申し出た件ではあるけれど、この王様の為ならば、と思う気持ちがじわりと湧いてくる。
私は気を引き締め、自信に満ちた笑みを浮かべた。
俄然、やる気が湧いてきた。
「はい! 全力を尽くします!」
気合い十分に返事をすると、陛下はあまりの威勢の良さに目を瞬かせた。しかしすぐに相好を崩し、苦笑する。
そして、
「張り切り過ぎて、無茶をし過ぎぬようにな」
最後にきっちり、釘を刺してきた。