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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第4章 結婚
98/144

 84-4. 命の認識

* * * * * タツキ * * * * *


 天歴2524年。春の終わり。

 リクが元気な男の子の赤ちゃんを産んだ。

 ようやく落ち着いてきたから、甥っ子の顔を見に来ませんか? という連絡が念話術師経由で届いたのは、リクが子供を産んで10日ほど経ってからの事だった。


 その連絡を受けて、僕は大急ぎでグラル山地麓の物資転送施設からアールレインへと向かった。

 礼儀としてアールレインに入る時は町を囲う外壁門から徒歩で入る。なので街中は競歩よろしく全力の早歩きで王城に向かった。

 そのせいか、王城に着く頃にはちょっとだけ息が切れていた。こんな風に息切れしたのは初めてかも知れない。

 僕は王城の城門前に到着すると、邪魔にならないように端に寄って息を整えた。


「おや、タツキ様ではありませんか?」


 やっと息が整った頃、不意に声をかけられた。

 聞き覚えのある声に振り返れば、久しぶりに見る顔がそこにあった。


「イズンさん!」

「お久しぶりです。随分と大きくなられて」


 天然なのか何なのか、イズンさんは人の良さそうな爽やかな笑顔を浮かべてそう宣った。

 僕は僕で説明する時間が惜しかったので笑って誤摩化す。


「イズンさんはどうしてここに? イリエフォードの引継ぎは終わったんですか?」

「えぇ、無事引継ぎを終えたので、他の者たちよりも一足先にこちらに来ました」


 他の者たち……。

 確かに、ここにはイズンさんしかいない。ラルドさんはまた、まんまと面倒ごとを押し付けられてしまったようだ。

 イズンさん……天然っぽいけどそういう所はちゃっかりしてて、さらっと同僚を人身御供として差し出しちゃうからなぁ。しかもラルドさんが不幸体質なせいか、いつもイズンさんのちゃっかりに巻き込まれて貧乏くじを引くのはラルドさんなのだ。

 哀れ、ラルドさん。


「タツキ様はお急ぎのようでしたけど、どうかされたんですか? ……まさか、でん──ハルト様たちの身に、何か!?」


 僕が急いでいた理由を勘違いして、イズンさんはガッと僕の両肩を強く掴んだ。

 この人、本当にハルトに心酔してるよね。忠犬という言葉がしっくりくる。


「何かあったと言うか……ハルトとリクの子供が生まれたと知らせを受けて、急いで来たんです」

「えっ!?」

「あっ、だからちょっと急いでるんですよ。すみません、先に入城しますね」


 もう色々と説明している時間も勿体ない。

 僕は逸る気持ちを押さえながら肩を掴むイズンさんの手をやんわりと退けると、そそくさと城門を潜った。



 城に入るとたまたま書類を抱えたクレイさんが通りかかったので挨拶をする。するとクレイさんは多忙そうにも関わらず、リクの部屋まで案内してくれた。

 しかし部屋に通されて、何故クレイさんが案内してくれたのか、その理由を察した。


「ハルト……ここで仕事してるの?」


 僕は開口一番、リクの私室と廊下の間にある応接室で書類を広げているハルトに問いかけた。

 すると入室許可を出してくれたハルトは書類からこちらへ視線を移し、気まずそうに頬を掻く。


「いや、本来なら今は休憩時間なんだけどな……急ぎの仕事が溜まってるから、仕方なく」

「今は休憩時間など取れる状況ではございません、ハルト様。来月行われるケイン様の婚姻の儀の手配とマリク殿下の家名授与式典の準備が終わるまで、もう一息の我慢です」


 ぴしゃりとクレイさんに言われてハルトは肩を竦めた。


「我慢できるくらいなら、今ここにいないんだけどな」

「ハルトの子煩悩はちょっと異常だと思う」


 堂々と不満を漏らすハルトの言葉に、私室側の扉から現れたリクが呆れた様子でハルトをそう評価した。


「久しぶり、タツキ」

「久しぶり、リク」


 互いに挨拶を交わして微笑む。

 リクと会うのはどれくらいぶりだろう。前に会った時はちょっとお腹が大きくなってきた頃だったはず。

 今はもうリクの体型も元の体型に戻っていた。


「セタ、だっけ。見に行ってもいい?」

「いいよいいよ、会ってあげて?」


 リクは嬉しそうに声を弾ませると、僕の手を引いて私室の方へと歩いていく。


「じゃあ俺も……」

「ハルト様はまだお仕事が残っております」


 便乗しようとしたハルトはクレイさんに捕まって、そのまま執務棟の方へと連行されて行った。

 その姿を見送りながらリクがくすくすと笑っている。


「あれ、毎日やってるの?」

「そう、毎日やってるの。クレイさんもよく付き合ってくれてるよね」


 クレイさんは幼少時からハルトに武術を教えていて、長年ハルトに仕えてきたからあんな風に対応出来るんだろうなと思う。

 あれがイズンさんだったら間違いなく必要書類全てをここの応接室に取り揃えて、足繁く執務室とこの応接室を往復したに違いない。

 まぁハルトがあんな風に不満を漏らせるのも、相手がクレイさんだからこそなんだろうけども。



 リクに手を引かれて、僕はリクの私室に入った。

 そのまま真っ直ぐ、窓際に置かれた小さな子供用のベッドに向かう。


「まだ顔が定まってないけど、どちらかと言えばハルト似だと思うんだよね」


 そう言いながらリクはベッドの上で眠る子供を柔らかい表情で見つめた。

 前世今世合わせても初めて見る、かつてない程穏やかな表情だ。


「リクはすっかりお母さんなんだね」

「そう?」

「うん。そう見える」


 安心した。

 いや、心配はしていなかったけれど、何となく。


 リクは前世でも年の離れた弟妹の面倒をよく見ていたし、今世でも妹のサラを半ば独力で育て上げている。だから子供は好きだろうし、育児も苦ではないだろうと思っていた。

 ただ、実際その通りだった事が確認できて安心したのだ。


 それとは別に、気になっている事もあった。

 僕が守護精霊でなくなった際にハルトには出来るだけリクの傍にいて貰えるようお願いしてはいたけれど、ハルトはハルトで多忙なようだったし、リクの周りからは傍にいた親しい人たちがそれぞれいるべき場所に向かうべく、離れていってしまった。

 だから不安や寂しさを抱え込んでいないか、ちょっとだけ気になっていたんだけど……その辺も大丈夫そうだ。

 リクは強くなった。


 ……いや、違うか。

 もうリクは十分強かった。ただ僕が勝手に今のリクを、前世のままの弱い理玖(りく)だと無意識の内に思い込んでいただけだ。

 その事を自覚して、恥ずかしくなった。僕は一体いつまで前世の記憶を引きずっているんだろう、と。

 リクはもう前世の理玖とは違うのだから、ちゃんと認識を改めないと……。


 僕は恥ずかしさを誤摩化すように、改めて視線を小さなベッドの上に移した。

 そこでは小さな赤子が気持ち良さそうに眠っていた。白銀色の髪に柔らかい陽光が反射している。

 肌の色は白い。顔はハルト寄りかもしれないけれど、肌の色や髪の色はリク譲りのようだ。

 それに、この気配……。


「この子は、ちょっと変わってるね」

「えっ?」

「人族とも魔族ともちょっと違う感じ。やっぱり神位種と魔王種のハーフだからかな」


 首を傾げながらそう告げると、ガシッとリクが僕の肩を掴んだ。

 肩を強く掴まれるのは、本日二度目だ。

 リクは力を入れているつもりはないんだろうけど、握力が竜ベースだから人族が力一杯掴むのとそう変わらない強さだ。

 これで普段、ちゃんと力加減は出来ているんだろうかと心配になる。


「やっぱりそう思う?」

「……やっぱり?」


 聞き返すと、リクは表情を曇らせた。


「私もセタが人族寄りなのか魔族寄りなのか感知しようとしてるんだけど、全然わからないの。星視術でも判断つかないし……」


 リクはどうやらその事を不安に思っているようだ。これまでの明るかった表情が見る影も無い。

 そこまで気にしなくても大丈夫だと思うんだけど、それは僕が他人だからそう思ってしまうだけなのかも知れない。リクはこの子の──セタの親なんだから、そりゃ気にするよね。

 ここはひとつ、その不安を取り除いてあげようかな。


「大丈夫だよ。種族が判然としなくても、この世界に相応しい命である事には変わりないもの。そうでなかったら生まれてこなかったよ。それはリクも良く知ってるでしょ?」


 出来るだけ明るい声音で言うと、俯き加減だったリクが視線を上げてこちらを見てきた。だから僕は安心させるように微笑する。

 微笑しながらも、リクを安心させるための話題が前世に絡む事なので、さっと室内の気配を探ってみる。しかしどうやら傍付きのメイドさんたちは気を利かせて室外に出てくれているらしく、会話が届く範囲に人はいないようだ。


「僕らが魔力暴走事故に巻き込まれて命を落とした後、どうしてこちらの世界で転生する事になったのかを思い出してみて。僕らの魂はあの事故のせいで強い魔力を持ってしまったから、あちら側で生まれ変わる事が出来なくなっちゃったんだよ。それってつまり、その世界に相応しくない命はその世界では生まれ得ないって事でしょ。だからセタの事は心配しなくても大丈夫。ちゃんと望まれて……この世界に認められて、生まれてきたんだから」

「そ、そっか……」


 沈んでいたリクの顔から力が抜けて、ほっとした表情に変わる。良かった、何とか安心させる事に成功したようだ。

 リクは改めて眠っているセタに視線を向ける。窓から差し込む柔らかい光の中で愛しそうに我が子を見つめる姿が、神々しくすら見えてしまう。

 白銀色の髪のせいもあるだろうけど、一瞬、生まれ変わる為に去って行く魂を見送る時のイフィラ神の姿と被って見えた。


「……セタはね、私のお腹の中にいる時に、沢山魔力を引っ張って行ってたでしょ? そのせいか、凄く魔力保有量が多いの。だからこの子は、魔族寄りなのかも知れないって思ってたの」


 不意に、リクはそんな事を呟いた。

 確かに、セタの魔力量は妖鬼に匹敵する。人族ではあり得ない状態だ。ただし、それは普通の人族であるならば、だ。神位種は別格だ。

 セタの魔力の性質は魔族特有の、どことなく攻撃的な印象を受ける魔力とはちょっと違う。どちらかと言えば清廉な神位種の魔力の性質に近い。


「僕は、この子は魔族寄りというよりも、神位種寄りだと思うけど」

「やっぱりそう思う? 私も最近、そんな気がしてて。まさかと思うけど、この子……」


 リクが言わんとしている事に気付いて、僕は改めてじっとセタを見た。仮ではなく真の意味でイフィラ神の眷族になって以降、意識的に見ようとすればその魂の性質が見えるようになった。

 この力を手に入れて気付いたのは、神位種と魔王種は驚くほど魂の性質が似ていると言う事だ。ただ、似ていると言っても一部相反するような性質が備わっているから、同一にはなり得ないんだけど……。

 その部分を意識的に判別しようとする。けれど、セタの魂には神位種や魔王種のような性質はなかった。近いものはあるけれど、それは単純に両親の影響だろう。


「大丈夫。この子は神位種でも魔王種でもないよ」

「わかるの?」

「わかるよ。僕を何だと思ってるの」


 必死なリクの様子に、ついつい苦笑してしまう。

 するとリクも「そっか、そうだった」と納得してくれたようだ。


「タツキが言うなら間違いないね」

「うん。だから安心して?」

「うん、ありがとう」


 ふわりと、リクは柔らかい笑顔を向けてくる。良かった、これで不安は大分取り除けたかな。

 その事を確認すると、僕はふと窓の外を見た。


「……よし、甥っ子の顔も見れたし、リクやハルトが元気な事も確認したし。そろそろ戻るね」

「えっ、もう?」

「だって、いつ戦争が始まるかわからないでしょ? 今の所ブライからもレスティからも特に連絡はないけど、彼らも万能じゃないからね」


 そう告げると、僕はセタを起こさないようにそっと応接室に移動した。リクもついてきてくれたけど、見送りはここまででいいよ、と伝えて部屋を出る。

 イムやサラとは定期的に念話で話してるから会わなくてもいいかな……。陛下は……まぁ、いいか。なんやかんやで陛下も念話術師経由で定期的にやり取りしてるから、忙しい所を邪魔する必要もないだろう。それに、捕まると面倒な事になりそうだし。


 さて、戻るか。

 そう思って廊下を歩き出そうとした時。


「お戻りになられるのですか?」


 背後から声がかけられた。

 吃驚して振り返ると、そこにはクレイさんが立っていた。

 この人、元とは言え天才騎士と呼ばれていただけあって気配が読み難いから、急に声をかけられると本当に吃驚する。


「はい、みんなの顔を見れたので」

「そうですか。またいつでもお越し下さい。お待ちしております」

「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、僕は改めて廊下を歩き出し……視線を感じてもう一度振り返る。

 クレイさんは先程と同じ場所に佇んだまま、じっとこちらを見ていた。


「あの、何か?」

「いえ、逞しくなられたなと思ったもので。ハルト様もリク様もタツキ様も、幼き頃より拝見しておりましたから、その成長を目にすると年寄りは感慨深く思うものなのですよ」


 年寄りって……と思ったけれど、確かに、出会った頃よりもクレイさんは大分顔の皺が増えた。身のこなしに大きな衰えはないけれど、やはり少し、以前のような鋭さはないように思う。

 その事に気付いて、忘れそうになっていた事を思い出した。


 そうだ、人は年を取る。僕らはまだ若いけれど、親世代は段々と年をとって、衰えていく。僕らよりも先に、命を全うする。

 こうして目の前に立つクレイさんも、滅多に会わないけれどシタンさんも、イムも、陛下も、お妃様たちも……僕たちよりも先にいなくなってしまうんだ。

 そしてハルトやリクやサラも……フレイラさんも、僕より先にいなくなってしまう。


 そう思ったら、急に寂しくなってしまった。まだその時が来た訳でもないのに、目頭が熱くなってくる。

 それに気付いてクレイさんが僅かに目を見開いた。


「おや、これは要らぬ事を申し上げましたかな」

「……いえ、ありがとうございます。そうですよね、人の命は有限で、魔王以外の魔族や人族は特に短命でしたっけ。ちょっと忘れてました」

「我々からしたら、短命という事もないのですが」


 珍しくクレイさんは声に出して笑うと、ふと先程の僕と同じように窓から北の空を見上げた。


「しかしその命も、無駄に散らさねばならない事もある……。一部の者とは言え、魔王と人族は対立する事をやめられず、争いが消える事はない。もうこれ以上ハルト様やリク様がこの無益な争いに巻き込まれて、命を危険に晒す事がないようにしたいものですが……」


 ……予感があるのかも知れない。

 クレイさんの思いは僕の思いでもあるし、クレイさんの抱く懸念は僕の中にもある。


 きっと勇者のいないオルテナ帝国や騎士国ランスロイドは魔王レグルス=ギニラックには勝てないだろう。

 問題はその後だ。

 オルテナ帝国やランスロイドを破った後、魔王レグルスが引き返してくれれば僥倖だ。でも恐らく、国の主でもあるレグルスは引き返さないだろう。何故なら、“人族”という存在そのものを危険視しているからだ。

 そして同時に、人族側でも魔王レグルスを脅威と捉え、打ち倒そうとするだろう。この世界はそういう風に出来ている。危険を排除する手段として、“戦う”という選択肢しか持っていないから……。


 そうなった時、人族側の最前線は間違いなくこのアールグラント王国になる。それはつまり、迫り来る魔王に対応する為に勇者であるハルトが出ざるを得ない状況を示す。

 ハルトが出るならきっとリクも出る。リクにとってはハルトの存在同様、アールグラントも守るべき場所だからだ。きっと僕らが何を言ったって、リクもハルトも行ってしまうのだろう。


「僕も出来るだけ尽力するつもりですが……恐らくそんな状況にまで発展したら、人族に友好的な他の魔王が黙っていないでしょう。もちろん、場合によっては魔王レグルスの側に付く魔王もいるかもしれません。けれど、こちらの味方も沢山いますから、きっと大丈夫ですよ」


 無責任な言葉かも知れない。

 けれどこちらに視線を戻したクレイさんは、相好を崩して微笑んだ。


「何故でしょうか。タツキ様が大丈夫だと言うと、本当に大丈夫な気がしてしまいます。おかげさまで安心致しました。ありがとうございます」


 そこまで言われてしまうとちょっと無責任過ぎたかな、と顔が引き攣りそうになる。

 けれど何とか笑顔を維持して、僕はクレイさんに改めて辞去の挨拶を述べるとその場を後にした。




 その後、僕はアールレイン北部にあるグラル山地の麓、そこに作った城塞都市アルトンへと繋がる転送魔法陣が置かれた地下室に籠っていた。

 地下室の上には陛下が手配してくれた守衛兵と彼らを指揮する騎士が数名駐在していて、簡易ながらも幾つかの家が造られ始めていた。

 陛下はどうやらここに小さな町を作るつもりでいるらしい。

 その意図は明確だ。


 ……うん、本当、あの国王様、気に入ったらとことん構いたがる性分なんだなと思う。

 気に入って気にかけて貰えるのは素直に嬉しい。嬉しいけど、自分の未婚の娘たちとの見合いをやたら勧めてくるのはいかがなものか。

 凄いデジャヴなんだけど。確かリクにも同じ事してたよね?


 今ここに町を作ろうとしているのだって、僕がひとりで人里離れた場所に引き蘢っているのを心配しての事だろう。

 僕を心配しつつ、表立って家を持てない人たち…例えば密偵のトロイさんとか、その辺りの人たちに家を与えようとしているようだ。

 一石二鳥を狙う辺りはさすがと言うべきか。いや、これは一石二鳥って言えるのかな……?

 あの国王様の思考回路はよくわかんないや。




 地下室に籠って転送魔法陣の動作のチェックをしては、定期的にアルトンのシグリルやレスティと連絡を取り合って、相互に問題がない事を確認する作業を幾度となく繰り返す。

 時折改善点を発見してはこちら側とアルトン側、両方で修正を施し、改めて動作を確認したりもする。

 その合間に気まぐれに相互に特産品を送り合ったりしているうちに、気付けばシグリルとレスティとは特産品について語り合う仲になっていた。


 引き蘢っている僕に代わってアールレインの特産品を集めてくれているのは、騎士のシェロさんとその奥さんであるロナさんだ。

 シェロさんはイサラが結婚する前までイサラの護衛を務め、今は王城所属の騎士をしているのだとか。

 一方ロナさんはトロイさんと同じく密偵をしているらしく、その関係でシェロさんがここの守衛兵を束ねる騎士として任命されたのだと言っていた。

 ちなみにロナさん、一時期イサラの護衛もしていたらしい。シェロさんとはその時に出会ったのだそうだ。


 シェロさんはちょっと気弱そうだけど、身のこなしからかなりの使い手である事がわかる。

 それでも奥さんのロナさんにはたじたじだ。

 ロナさんは密偵らしからぬ明るい性格で、押しが強い。こうと決めたら一直線なところが、かつての(あるじ)であるイサラとそっくりだ。

 聞けばシェロさんがロナさんと結婚したのは、ロナさんの猛烈な押しに負けたからだそうだ。

 何となく、納得してしまう。


 そんなふたりが心底楽しそうな顔で持ち込んできてくれる特産品は、どれも素晴らしいの一言に尽きる。

 食べ物も工芸品も、どこに出しても恥ずかしくないものを手に入れてきてくれる。

 どうやって見つけて来るのかと問いかけたら、イサラ付きの時にイサラが一押しだと教えてくれたものを持ってきてくれているらしい。

 さすがイサラ。最先端を行くセンスのみならず、自国の特産品にも精通しているとは。




 そうして過ごしている間、リクからは定期的に「セタがハイハイで動き回るようになったよ!」とか「セタが立って歩き出したよ!」とか「ちょっと言葉っぽい事を言うようになったよ!」とか……親馬鹿念話が届けられた。

 その都度「アールレインに遊びにおいでよ」と誘われるけれど、フィオからの念話でギニラック帝国が怪しい動きをしているという情報を得てしまったのでなかなか動けず。

 リクには申し訳ないけれど、その都度行けない事を伝えては謝っていた。


《どうも周辺の魔王が治める国々がどう動くか、揺さぶりをかけて様子を見ているようだね》


 フィオはそう言っていた。

 実際ギニラック帝国は他の魔王に対して共闘しないかと持ちかけてみたり、自国の戦力をちらつかせてどういう反応をするのか様子を見ている節がある。

 魔族領ではそんな緊迫した状況がもう1年以上も続いていた。


《正直な所、こちらの疲弊もあるからね。段々腹が立ってきて、時々ギニラック帝国とオルテナ帝国を滅ぼしに行こうかと思っちゃうくらいの状況なのさ。まぁ、そんな事をしたら他の人族や人族に友好的な魔王方から敵視されちゃいそうだからね、やらないけどさ》


 冗談には取れない、割と本気の声音で言うフィオの言葉が恐い。やりかねない。それだけ魔族領側も、このジリジリと身構え続ける状況に限界がきているという事だろう。

 それは人族領側でも同じだ。リクや陛下からの念話によると、アールグラントでもオルテナ帝国の動向に翻弄されて、上層部が相当疲弊してきているらしい。

 もしかしたらオルテナ帝国とギニラック帝国は裏で手を結んでいて、周辺国が忍耐の限界を迎えて動き出すのを待っているのではないか……なんて勘ぐってしまいそうだ。




 しかし。

 そんな事を考え始めていた天歴2526年。春。

 ついに状況が動いた。


 戦争が、始まった。

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