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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第4章 結婚
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84. 幸福な日々と開戦

 陛下が密使を送った半月後、モルト砦からシグリルが竜の姿をしたレスティに乗って王都にやって来た。

 過去に風竜の襲撃に遭ったアールレインでは所々で驚愕の声や悲鳴が上がったけれど、レスティが魔術を用いて空に虹を架けるという粋な計らいをしたおかげで悲鳴は感嘆の声に変わる。

 やるな、レスティ。


「シグリル! レスティ!」


 私はシグリルとレスティが来る事をレスティの強すぎる気配から感知していたので、メイドさんガードと共にふたりを出迎えた。

 上空に向かって声を張り上げ大きく手を振ると、前庭の直上でレスティから飛び降りたシグリルが風属性魔術を駆使してふわりと地面に着地する。

 間もなく人化したレスティもシグリルの隣に着地した。


「お久しぶりです、リク様。あの……沢山お話したい事はあるのですが、陛下より大至急登城するようにと連絡を受けておりますので」

「また落ち着いた頃にゆっくり話せばいいだろう。行くぞ、シグリル。リク、くれぐれも無茶などせず体を労るようにな」


 シグリルはぺこりと頭を下げると、レスティを伴って大急ぎで陛下の許へ向かって行った。



 後にハルトから齎された情報によると、シグリルは陛下からの依頼を快諾し、謁見したその場で魔術師団及びアールグラント王国の各種身分や役職を解除され、特別任務が与えられたそうだ。

 魔術師団やアールグラントでの身分や役職が解除されるのは、万が一特別任務中に何かあってもその身分や役割を隠蔽するため……つまりは、アールグラント王国が知らぬ存ぜぬを通すために必要な措置だ。


 密偵であるトロイさんもシグリルと同じ立場にあり、直接王国から雇われているわけではない。

 王国とトロイさんたち密偵の人たちとの間には沢山の仲介人がいて、彼らを辿り切れれば王国中枢に辿り着ける。が、当然仲介人もそう簡単には尻尾を出さない人選をしているし、互いに信頼と仕事に対する誇りで以て繋がっているので、裏切りはほぼない。

 何故なら、裏切った瞬間に同業者全体の信用を落とす上に彼らの誇りをも傷つける事になる為、当然のように同業者からの恨みを買ってしまうからだ。

 その結果どうなるかに関しては、想像に易し。二度と太陽の下を歩けない生活を送る事になるのだろう。


 シグリルはそんな世界に足を踏み入れたのだ。

 仲介人を通して報酬は届けられるけど、何かあっても助けはない。けれどシグリルはそれを知って尚、この任務を引き受ける決意をしたようだ。

 シグリルがどの様な思いでこの任務を引き受けようと思ったのかはわからない。けれど同伴しているレスティが真剣な表情でシグリルに寄り添っているのを見て、シグリルの決意が固い事はわかった。


 そうして任務を拝命後、挨拶もそこそこにシグリルとレスティは息つく間もなく出立した。

 私たちはただ、竜の姿になったレスティとその背に乗ったシグリルの姿が空の彼方に消えていくのを見送る他なかった。



 その一方でタツキはアールレインの北方に聳え立つグラル山地の麓に、アールグラント側での貯蔵庫を兼ねた転送魔法陣用の地下室を魔術を駆使して作り上げていた。

 地下室が完成すると魔力操作を応用して特殊な石板に転送魔法陣を焼き込んでコードを作成。

 シグリルたちが出立した翌日、アールグラント側での準備が整うと私やハルトにすぐにでもアルトンに向かう旨を伝えにきた。


「今すぐじゃなくても大丈夫かも知れないけど、早めに準備した方が安心だからね。早急に転送魔法陣が正常に稼働するか確認したいし、シグリルとレスティに魔法陣の扱いについても説明したいし」


 そう言い残してタツキはシグリルたちを追ってアルトンに向かって飛び立った。

 精霊ではなくなったと言っていたけれど相変わらず急ぐ時の移動手段は空中移動のようで、その姿は空に吸い込まれるようにしてあっという間に消えて行った。




「申し訳ないが、アルトンから来た5名に関しては全ての決着が着くまでこのままアールグラントで過ごして貰う事になる。今戻ろうとしてもランスロイドを安全に通過出来ない可能性が高いし、魔族領経由で戻るのも厳しいだろうからな」


 タツキがアルトンに向かうのを見送った後、昨日の謁見の間での出来事を説明してくれたハルトの言葉に、応接間に集まっていたアルトンの面々は複雑な表情を浮かべた。


「救援を要請しておきながら、自分たちは安全な場所で待たないといけないのか……」


 リッジさんが悔しそうに拳を握りしめる。


「みすみす命を捨てさせるわけにはいかないからな。もし希望があれば、アールグラントの国民として受け入れる用意もある」


 そう告げるハルトに、全員の視線が集まった。


「俺は直接面識はないけど、これまでの話を聞く限り、アルトンの領主殿は領民の命を守ろうとしている。ならば俺はその意志を尊重したいと思うし、陛下も同じ考えでいる。表立って手助けは出来ないけれど、俺と陛下の目的はシグリルとレスティにアルトンを守り切って貰うだけでなく、それを踏まえた上でアルトンが安心して暮らせる状態に戻るのを待って、ここにいる全員を無事に領主殿の許へ帰す事なんだ。その目的を達成する為にも5人には安全な所にいて貰いたいと思うし、きっとアルトンの領主殿もそれを望むだろう。まぁ、絶対帰れるように手を尽くすから、戦争が落ち着くまでちょっと待っててくれ」


 この言葉を聞いて、リッジさんたちは返す言葉を失ったようだ。

 しばしの逡巡の後、アールグラントに残る事を了承した。



 執務があるからとハルトが去った後、リッジさんたちは今後の身の振り方を相談し始めた。

 アールグラント国民になるか、あくまでもオルテナ帝国の人間としてこの国に留まるか。

 話し合いは夕刻まで続いたようだ。


 そして翌日、私はリッジさんたちが出した結論を直接確認しに行った。


 結論としては、リッジさんとララミィさんがアールグラントの国籍を取得する事にしたらしい。ララミィさんは元々この国で仕事をするのだし、定住するのが望ましいだろうと判断したようだ。

 一方でアーバルさんとラセットさん、ローシェンくんはまだ国籍については迷っているようで、とりあえずアルトンに戻るまでの間はララミィさんの新しい任地であるイリエフォードで暮らす事にしたそうだ。


 イリエフォードなら安心だ。何せ私がこの国に来て一番長く暮らしていた街だ。

 時々偽物を扱う商人が現れるけど、それを除けばあの街が安心して暮らせる街である事は私が良く知っている。


 私は嬉々としてイリエフォードのお勧めのお店や景色のいい場所などをリッジさんたちに教えた。

 冒険者ギルドもトップからして気さくな人物なので、安心して働けるよ! とララミィさんには特に念入りにその良さをアピールしておいた。

 もう大丈夫そうだけど、一度作ってしまったトラウマはいつ再発するとも限らないしね。


 そんな話をしていると、


「リク、お前の旦那は凄いな。王族故にってのもあるのかも知れないが、言葉に妙な説得力があると言うか…昨日のあの言葉にはやられたぜ。俺たちは絶対にアルトンに戻って、また以前のように暮らす事が出来ると思わされちまった」


 リッジさんがそう零して、この言葉にアーバルさんやラセットさん、ララミィさんも頷く。

 ふふふ。そうでしょうとも、そうでしょうとも。

 自分が褒められたわけではないけれど、嬉しくなってしまう。


「ハルトのカリスマ性には私もこの国に来て割と早い段階でやられたよ。今も王家から独立したのに、直接部下についてる人たちはこの先もハルトについてくるつもりでいるみたいだし、人望も厚いんだよ。それに、ハルトならきっと約束を守ってくれる。みんな絶対に、またアルトンで暮らせるようになるよ」


 そう告げると、リッジさんたちは微笑みを浮かべてうんうんと頷く。

 お……何だ何だ、急に温かい目でこっちを見て来て。


「リクちゃんはハルト様に惚れ込んでるのねぇ」


 ふふ、と小さな笑い声を上げながら言ったのはラセットさん。

 え、そう言う意味の温かい目なの?


「惚れてなかったら夫婦になんてなれないよ。ラセットさんだってアーバルさんの事、大好きじゃない」

「そっ……それは、そうだけど」


 仕返しとばかりに返せば、ラセットさんは頬を染めてアーバルさんとは反対の方へ顔を背けた。ラセットさん、照れちゃって可愛いなぁ。

 そんな感想を抱いたのは私だけではないらしい。当初私に向けられていた微笑ましさを湛えた眼差しは、今やラセットさんが独り占めしていた。



 この5日後、リッジさんたちは住まいなどが落ち着いたら連絡をくれるという約束をして乗り合い馬車に乗り込み、イリエフォードに向けてアールレインを発った。

 フレイラさんやタツキ、シグリル、レスティに続いてリッジさんたちも傍からいなくなってしまうのはちょっと寂しかったけれど、フレイラさんやタツキ、シグリルたちとは定期的に念話でやり取りしているし、リッジさんたちが向かうのもイリエフォード。馬車で6日もあれば行ける距離だ。

 だから私は寂しさをぐっと堪えて、大きく手を振って乗り合い馬車を見送った。



 そうして半月後。

 リッジさんたちから無事住居が決まったという手紙が届いた。

 そこにはイリエフォードにいる、アーバルさんと顔見知りのイズンさんからの手紙も同封されていて、ハルトの任地が正式にアールレインに移り、イリエフォード領主の後任が第3王子のケイン殿下に決まった旨が書かれていた。

 それに伴ってイリエフォードの体制が再編され、引継ぎが終了し次第イズンさんとラルドさんもアールレインに異動してくるそうだ。

 これでハルトの腹心の部下が全員ハルトの許に集合する事になる。

 婚約式からこっちはずっと落ち着かなかったから、ハルトの腹心の部下が揃うのは……およそ1年ぶりになるだろうか。


 そう思うと色んな事があった1年だったなぁ……。

 ハルトに婚約を申し込まれて、婚約式をして、フレイラさんと出会って。ルースさんたち“飛竜の翼”と共に魔族領に向かう途中でマナと再会したり、魔物の群れと戦ったり…白神種のシスイと遭遇したりもした。

 レネには星視術を教えて貰って、過去視でイザヨイ──睦月の存在を知った。

 あとは……フォルニード村の復興が始まったり、魔王フィオに会ったり。魔王ゾイ=エンと戦ってるはずが、睦月やシスイたちも現れたり、魔王ルウ=アロメスまで乱入してきたり。

 結婚もした。今は私の中に、もうひとつの命が宿っている。


 あぁ、本当に色んな事があった。

 密度が濃い1年だったなぁ……。




 それから暫くして、イリエフォードの領主交替に伴う再編で周囲が慌ただしくなり始めた頃。私のお腹が膨れ始めた。ちょうどその頃、タツキがアルトンでの作業を終えてアールグラントに帰国し、グラル山地麓の地下室の管理をすべく再びアールレインから離れた。

 その一方でお父さんはミアさんを伴って私とハルト、サラの許にやってきた。


「陛下とハインツが顔見せくらいしてこいってうるさくて」


 そう言いながらも「改まって紹介するのは何だか照れるね」と、お父さんは傍らにいるミアさんを紹介してくれた。

 サラは普通に「初めまして」とお辞儀していたけれど、私はミアさんを見た瞬間、思わず飛びつきそうになってしまった。ミアさんは私が幼い頃、フォルニード村で私とサラに手を振ってくれた片角、隻眼の超美人のお姉さんだったのだ!

 サラはあの時とても小さかったから、覚えていなかったんだろうなぁ。


「ミアさんっていうお名前だったんですね! 覚えてないかも知れませんが私が小さい頃、フォルニード村で会った事あるんですよ」


 私の言葉にお父さんが驚いた様子でミアさんに「そうなの?」と問いかけると、ミアさんはにこりと微笑みながら頷いた。


「覚えているわよ。あの可愛らしい同族の姉妹がこうして無事生き延びてくれていて、ほっとしたわ。まさか、こういう形で再会するなんて思わなかったけれど」


 覚えててくれた!

 その事に喜んでいると、ハルトもミアさんを見かけた事があるらしく「あの時見かけた人がイムの後妻になるなんて……妖鬼が希少だからなのか、世間が狭いからなのか、こんな事もあるんだなぁ」と呟いていた。




 私が自分のお腹が膨らんできた事と新しいお母さんを新鮮がっているうちに、胎動も始まった。

 魔力が削られる以外は特に不調はないので、何やかんやで快適かつ順調な妊婦ライフを満喫している気がする。

 相変わらずメイドさんガードはついているけども。


「リク様は全く体調に変化はないようですね。妖鬼故なのか、魔王種故なのか」


 定期的に治癒術師さんやお医者さんたちが集まって状態の確認をしてくれるけど、そちらの見解としても魔力が削られる以外はむしろ同種婚の妊婦さんよりも体調が安定しているという判断らしい。


 私が思うに、体調が安定しているのは妖鬼だからだろう。

 種族として生き残っていくために寝食不要の体にまで進化した種族だ。生き残るための進化は他にもきっと沢山あるはずだ。

 例えば、妊娠による不調で命を落とさないように、不調そのものを軽減する進化とかしていてもおかしくはない。

 最近思うのは、私の魔力の削られ方が異常なのは異種族婚だからってだけじゃなくて、この辺にも理由がある気がする。

 私が気付いていなかっただけで、お母さんもサラを妊娠中は多少なりとも魔力が削られていたのではないだろうか。そうする事で、体調を維持していたのではないだろうか。

 その可能性は大いにある気がする。確認する手段はないけれど。


「しかし油断は禁物ですよ! 無事出産されるまでは、気を抜かないで下さいね」


 思考の海に沈みかけていると、サポートチームの責任者である治癒術師のエイクリーナさんがそう締めくくり、サポートチーム会議兼私と胎児の状態チェックが終了した。


 ハルトも毎回この会議には出席したがっているんだけど、ノイス殿下の補佐が忙し過ぎて一度も参加出来ていない。

 今はイリエフォードの領主交替手続きと、オルテナ帝国やランスロイドの動向調査を含めた対応に追われているらしい。

 ハルトがイリエフォードの領主になった時は私もイリエフォード側で色々と事務処理を手伝っていたので、その大変さは身に染みてわかる。

 あの時の王城もこんな風に忙しかったのだろう。

 現在も、イリエフォード側ではあの大変な事務処理に追われているんだろうな……。


 ちなみにハルトはイリエフォードで領主としての引継ぎが出来る状態にないので、ケイン殿下に領主の引継ぎをするはハルトの時と同じく、かつてイリエフォードの領主を務めていたターブルさんだ。

 出会った頃はまだちらほら白髪が混じっているくらいだったターブルさんのカイゼル髭も頭髪も、今やすっかりロマンスグレーに染まっている。

 ターブルさんはぱっと見厳めしいけれど、その見た目に反して人が良い。そして彼のイリエフォード愛は領主の鏡とも言うべきものだ。ターブルさんが領主としての仕事と共にその心構えも引継いでくれるならきっと、ケイン殿下もいい領主になるに違いない。




 そうして季節が巡り、春が終わりを告げる頃。

 ハルトがサポートチーム会議に一度も出席出来ないまま。

 オルテナ帝国とギニラック帝国も睨み合って動きがないまま。

 その日がやって来た。



 その日は何だか腹部が痛いような感覚があった。

 体調に変化があったら身辺の人間に伝えるようにエイクリーナさんから言われていたので、私は身の回りの世話をしてくれているメイドさんたちにその事を伝えた。

 彼女たちは出産予定日が近い事もあってか、常に2人は私の傍にいるように体制を整えてくれた。


 やがて痛みが強くなり、痛みの波が短くなってくると傍に控えていたメイドさんのひとりがすぐさま行動を開始。サポートチームとハルトに知らせが走り、知らせを受けた面々が駆けつけた。

 おろおろしているハルトを見たら、何だかローシェンくんが産まれる時のアーバルさんを思い出してしまってちょっと笑ってしまった。


 それから鐘1回分ほどの時間、私は今世で感じた事の無いような痛みと戦った。

 筆舌に尽くし難い痛みとの長い戦いを経て、無事、男の子を出産。

 ハルトは大喜びで、ちょっと涙目になりながら私の手を握って「お疲れさま」と「ありがとう」を繰り返し口にした。

 あれだけ喜んで貰えたなら、頑張った甲斐があったというものだ。

 私も嬉しくなってハルトの手を握り返し、微笑んだ。



 ちなみに息子くんはというと──見た目は全くの人族。角はない。

 頭髪は私と同じ白銀髪、生後数日経ってから時折開くようになったその瞳の色はハルトと同じ琥珀色だった。

 うぅむ、この子は魔族寄りなのか人族寄りなのか……。



「名前、どうしようか」


 出産とその後の慌ただしさが落ち着いた頃、すやすやと眠っている愛息子をでれっでれの表情で眺めながらぽつりとハルトが呟いた。

 私は疲れが抜け切っておらず、反応が遅れる。魔力が削られる事はなくなったものの知らず知らずの内に気を張っていたせいか、無事に健康な子が生まれて安心したらどっと疲れが出たのだ。


「……名前。そうだね、決めないとね」


 この子は王族じゃないからハルトのように真名は付けない。にも関わらず、私は名前候補を全く考えていなかった。

 何となく候補であろうともハルトと相談したいなぁと思ってたんだけど、ハルトが多忙な状況が続いていたので、ゆっくり休める時は休ませよう……などと思っている内に相談する機会を逃していたのだ。

 ある意味では今こそ相談するチャンスだ。ちゃんと名前を考えてあげないと。


「この国風にした方がいいのかな?」

「この国風、なぁ……」


 ふたりで首を捻りながら唸る。


「妖鬼風だったら、長い名前にして愛称で呼ぶのが一般的みたいだけど」

「あぁ、セアラフィラだからセア、サラフェティナだからサラ、とかな。イムもイムサフィートだもんな」

「そうそう。でもこの子は人族領で暮らして行く事になるだろうから……やっぱりアールグラント風がいいよねぇ」


 アールグラント風とか自分で言いながら、咄嗟に思い付かないんだけどね。


「難しく考えないで、日本人名からこっちの世界でも使えそうなのを考えるのも手かもな。俺の名前も案外しっくりきてたし」

「う〜ん……それはそれで、難易度が高いような」


 日本人名でアールグラント風の名前に使えそうなもの、ねぇ……。

 確かにハルトの名前は割とこの世界に馴染む名前なんだよね。

 私の名前も最初はちょっと不思議な響きに聞こえてたけど、段々と馴染んで来た感じはある。

 一方でタツキという名前だけは、いつまで経ってもこの世界では聞き慣れない響きを持ち続けている。

 日本人名と言っても馴染む、馴染まないがあるからなぁ。


 私が首を傾げつつあれこれ考え始めると、いい案が思い付かないこちらの様子を窺っていたハルトが口を開く。


「……俺、思ったんだけど。瀬田(せた)って、こっちの世界の名前っぽい響きじゃないか?」

「あぁ、それは確かに」


 瀬田。セタ。

 うん、男の子っぽい名前に聞こえなくもない。

 私が色良い反応を示すと、畳み掛けるようにハルトは身を乗り出して来た。


「セタ、いいと思わないか?」

「う、うん。いいと思う」


 何だ何だ、随分と推してくるな。


「ハルトはどうしてもセタにしたいの?」

「どうしてもっていうか……子供の名前を考えてたら思い付いて、思い付いたらもうそれ以外考えられなくなっちゃったんだよなぁ。リクが他の名前がいいって言うなら、そっちも参考にしようと思ってたんだけど」


 私からは特に意見もないようだし、だったら……と思って提案したのだろう。

 私は私でハルトがそれでいいと言うのであれば、特に反対する理由もない。何せ何も思い付かないからね……。

 薄情な母でごめん、息子よ。



 息子の名前が決まると、早速陛下に報告した。陛下も「セタ」と言う名を大層気に入ったようだ。

 すぐさまお父さんとミアさん、お妃様方を呼び出して、私たちの息子の名前が「セタ」になった事を知らせた。お父さんたちからも響きがいいとか呼びやすいとかハルトの名付けセンスが絶賛され、ハルトもそれが嬉しかったようで、私室に戻ると早速息子に向かって名前を連呼していた。早くも凄い子煩悩を発揮している。

 私もセタを構いたいんだけど……ハルトは仕事の時間中セタに構えないから、今は譲る事にした。むしろ、微笑ましいその光景を眺めているのもいいもんだなぁと、口許を緩ませながら見守る。

 そうしているだけで、幸せで胸が一杯になった。


 望まれて婚約して、大切に想って貰って、結婚して、絶望的だと思っていた子供も早々に授かって、こんなにいい事尽くめで……不穏な空気を忘れてしまいそうなほど穏やかで幸せな日々。

 このまま戦争なんて消えてなくなって、リドフェル教の希少種狩りも落ち着いたまま、今の平和な状態がずっと続けばいいのに。そう願わずにはいられないくらい、夢のような毎日だ。




 けれど、そんな日々がいつまでも続くはずがなかった。




 天歴2526年。

 雪解けと同時に、魔王レグルス=ギニラックとオルテナ帝国・騎士国ランスロイド同盟国の戦争が始まった。

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