79. 予感
結論から言うと、空間魔術。出来ました。
アルトンの窮状を知った直後から私とタツキはひたすら魔術の知識を出し合い、時にはハルトから神聖魔術の術式を聞いたりして、材料に出来そうな情報をまとめあげた。
タツキの読み通り神聖魔術には一般的な他の魔術とは一線を画した術式が組み込まれていたけれど、空間魔術に流用するのには向かず。
結果的に、結界魔術と星視魔術が材料として最適である事がわかった。
結界魔術に関しては以前サラやブライを交えて話し合った際に出た通り、結界そのものが空間を改変して異空間に繋げる事でダメージを受け流している事がわかっている。なのでそれを応用して異空間への入り口として転用する流れになった。
星視に関しては、魔力を特定の手法で伸ばす事で過去も未来も空間も越えて行ける事、そして物への干渉によって対象の情報を引き出す鑑定や探知も役に立つ事が判明。結果、空間魔術を作るなら星視術を基礎にするのが一番早いと言う結論に至った。
この際にタツキにも星視術師の才能があったので、こっそり星視術を伝授している。
そしてこの空関魔術を開発するにあたって、星視術を流用している事は他の面々には黙っておく事にした。星視術には、過去視と未来視以外は他言無用という決まりがあるので。
故に、基礎に据えると言ってもそれが星視術だとわからないくらい改変する必要性がある。
しかしその辺は私とタツキにかかれば何とでもなる。
更に、タツキが喚び出した小型形態のブライが途中から魔術開発に参加してくれて、より一層魔術開発が捗った。
どうやらタツキは大急ぎで亜空間で行っていたブライの再構成作業を進めてくれたらしい。
そうしてブライが魔術開発に加わってくれたおかげで予定より早く理論をまとめ、基礎となる魔法陣を組み立てるところまで辿り着けた。
予想以上に早い展開だ。
目覚めたばかりでもブライは知識の宝庫たる竜の知識を遺憾なく発揮して、しかも星視術にも精通していてたのでブライが加わるまでの間に私とタツキで組み立てた術式への理解も早く、正に即戦力と呼ぶに相応しい活躍を見せてくれた。
「そういえばタツキは、ブライの何を再構成していたの?」
昼休憩の際に魔法陣の微調整をしながらふと気になった事を尋ねてみたら、タツキは「ふふっ」と意味深な笑みを浮かべた。
「ブライは未覚醒の神竜だからね。神竜として覚醒する前に基礎能力を引き上げて、神竜として覚醒する際の能力を底上げしようと思ったんだよ。“魔力は万物の素”って、僕が昔言ってたのを覚えてる? その魔力の特性を活かして、ブライの魔力と僕の魔力を使ってブライ本体の組成から何から何まで、分解したり組み替えたりして再構成してたんだ」
心底楽しげに教えてくれたのはいいんだけど、タツキがさらっと口にしている内容が途方もなさ過ぎて、言いたい事はわかっても私の理解の範疇を軽く越えていく内容故に返す言葉が何も浮かばなかった。
とりあえず、ブライの外見はぱっと見では何も変わっていないように見えるけど、よく見れば側頭部についている魔石の色合いが異なっていた。
以前は黒曜石のような色合いだったそれは、今は満天の星空のような…魔王種の虹彩に似た不思議な光の粒がちりばめられている魔石に変わっていた。側頭部に接続している辺りは透明度が低いけれど、先の方に向かって徐々に透明度が増している。
他に変わった点と言ったら、どれくらい能力が底上げされているのか確認しようと感知能力を全開にして意識を向けたら、全身に鳥肌が立つくらい、以前よりもブライの地力が上がっていた事だろうか。
今戦ったら、以前戦った時以上に勝負にならないかも知れないな……。
そうして組み上げた空間魔術は夜間、天幕から離れた、できるだけ広い場所を探して実験した。
今の私は魔力が簡単に枯渇してしまうので、ブライが魔術を行使して実験開始。
1度目は失敗。入口側の魔法陣の上に置いた石は消えたけど、出口側に現れなかった。探ってみたら、通り道として造り上げた異空間の途中に取り残されてしまっていた。
術式と魔法陣を見直して行った2度目は半分成功、半分失敗。対象が1つなら成功、複数だと半分程度が異空間に取り残された。
魔法陣に神聖魔術の特殊な術式を応用したものを加えてから行った3度目も半分成功、半分失敗。問題は数ではなく、転移させる物体の体積の問題だった事が発覚。
術式や魔法陣に改良を加えながら4度目、5度目……と、毎夜のように実験を繰り返す事7回。
明日にはアールグラントで最もエルーン聖国に近い都市である、交易都市ゼレイクに到着するという段階になってようやく体積問題も解決して、空間魔術は一応の完成をみた。
完成した空間魔術は、発動させるとまず最初に転移対象を認識する。ここに鑑定・探知の星視術を流用。
正確に対象を認識したらそれを術式に読み込み、続いて転移先の状況を認識。ここにも鑑定・探知の星視術を流用し、転移先に異常がなければ転移の術式が発動。結界魔術の流用で入口と出口が作られ、未来視・過去視・千里眼の星視術を流用して空間同士を繋げて道を作り出す。
最後に、繋げた道の出口側から入口側に存在する対象を引っ張る形で転移。この際結界魔術が発動して、対象を保護する。
最後の難関だったのは、この結界魔術が転移用の異空間に及ぼす影響を検証する事だった。
しかしこれは案外簡単に解決した。結界魔術が転移用の異空間に全く何の影響も出さなかったのだ。
色々と探った結果、やはり結界魔術は空間魔術と同系統の魔術である事がわかった。今回オリジナルのつもりで作成した魔法陣と、結界用の魔法陣にいくつかの共通点が見つかったのだ。
同じ術式を持つが故にいい意味で干渉し合うらしく、試しに果物を転移させてみたら傷ひとつなく、潰れたりもせずに転移出来た。どうやら転移用の異空間を通る間、結界魔術の効果が倍増しているようだ。
まだその理由は解明できていないけれど、これは思わぬ収穫だ。問題があるとしたら、術式も魔法陣も複雑過ぎてその都度展開するのが厳しいという事だろうか。
あと魔力も相当消耗するようなので、並の魔術師では一度の転移だけで魔力切れを起こしかねない。
とりあえず解決策として、前者に関してはあまりメジャーではないけれど石盤に魔法陣を描いたもの──コードを使う事で対応する事にした。
コードはスクロールのように持ち運びには適さないけれど、破損しない限りは何度で使えるのが利点だ。
後者に関しては、そもそも誰でも使えるようなものにするのは危険な魔術なので、魔力消費を抑える必要はないと判断した。
あとは……うっかり人が立ち入った場合、発動しないようにする方法を考えないと。
今の所食料運搬しか想定していないから、うっかり人が入り込んだ時にどのように作用するのかがわからない。「生物が立ち入った場合は発動しない」などの条件付けは、術式に組み込むしかないんだろうな……。
と、そんな所まで魔術開発が進んだ所で交易都市ゼレイクに到着した。
交易都市と言うだけあって、街中は賑わっている。
ゼレイクはアールグラントにとって、東大陸南部のエルーン聖国、セレン共和国、ヤシュタート同盟国との玄関口になるので、自然と交易が盛んになったのだ。
道行く人たちは珍しい品物に目を輝かせながら歩いているけれど、私たちに限ってはゆっくり観光をしている暇はない。
同行者の騎士たちが物資の買い付けに向かい、私たちはクレイさんが手配してくれた豪華な宿に到着するなり各自部屋で休息を取る。道中天幕で休む形を取っていたので、全員疲れの色が濃くなっていた。
今日はここで一泊するけれど、明日にはエルーン聖国に向かうべく早い時間帯にゼレイクから出立する。
なので今夜は全員、今後に備えてしっかり休む事にしたのだ。
タツキは空間魔術が一応の完成を見ると、すぐさま出入口をどこに作るかなどの構想を練り始めた。
リッジさんやアーバルさんもタツキに付き合ってアルトン側での出口の設置箇所の提案をしたり、フレイラさんの事情を知って、何とか自分たちだけでこの危難を乗り越える方法はないものかと考えているようだ。
そんな中で私は魔石から魔力を補給しても半日保つか保たないかという状態なのを心配されているようで、休める時はゆっくり休むようにと周りから口酸っぱく言われて大人しくしている。
本当に何なんだろう。
ブライは何か気付いている風だったけれど、問いかけても答えてくれなかった。
曰く、「今知らずともいずれ、そう待たずにわかる時が来る」との事だ。
……ただちょっとだけ、ブライのその言葉を聞いて“もしかして”と思った事がひとつだけある。まだ予感がしているだけで確証も何もないから、ブライが言う通りいずれわかる時を待っている状態なんだけど。
でもそれでこの現象っていうのもなぁ……さっぱり理解出来ない。やっぱり普通とは違うのかも知れないなぁと思いつつ、ソファに腰掛けながら悶々としていた。
ちらりと隣で書類とにらめっこをしているハルトを盗み見る。
今ハルトが見ている書類は、街の入口で出迎えてくれたゼレイクの領主から預かった書状のようだ。
口頭で領主が言っていた言葉通りの内容ならば、恐らくその書類に書かれているのは関税に関する内容なのだろう。
私はあまり政治の事とか経済の事とかはわからないけど、さっと書類に目を通した時に一瞬だけハルトが見せた渋い顔から、無理難題が書かれているのだろうと予測できた。
「無茶な事を言って来てるの?」
「んー……まぁ、そうだなぁ。最初ふっかけて、後から提案値を減らす事で案を通しやすくしようとしてるんだろうな、これは。ただ、それにしてもふっかけ過ぎだろうって内容だな。何れにせよ、俺に渡されても困る案件だ。どうしても目を通して欲しいって言うから預かったけど、俺には国庫を動かす力はないからな」
そう言ってハルトは廊下に控えているクレイさんを呼ぶ。
すぐさまクレイさんが一礼しながら室内に入ってくると、ハルトはクレイさんに「この嘆願書は領主に差し戻して、直接王都に送るように伝えてくれ」と指示を出しながら書類を渡した。
クレイさんは書類を受け取ると改めて恭しく一礼して部屋を出て行く。
本当、元騎士とは思えないほど完璧な執事さんだよね、クレイさんって。
っていうかハルト、今領主に差し戻す書類と一緒にそれとなく別の紙も渡していたような……。
「気付いたか。あれは指示書。ゼレイクの領主のふっかけ方が異常だから要注意人物だと王都側に知らせるように、クレイに指示を出したんだ」
私の視線の動きから察して、ハルトが小声で教えてくれる。
いつの間にそんな指示書を用意してたんだろう。気付かなかった……って言ってもちょっと私、さっきまでぼーっとしてたからなぁ。注意力散漫になり過ぎている気がする。
と、これまたぼんやりしながら考えていると、ハルトが私の額に手を当てた。
相変わらずじんわりと温かい体温が伝わってくる。
「熱は……ないか。いつも通りだな。調子はどうだ? まだ悪いか?」
「うーん。調子が悪いというか、ちょっとぼーっとするけど熱があるとかじゃなくて、気が入らない感じかなぁ」
「そうか。調子が悪くなりそうだったら早めに言ってくれよ」
「うん」
まぁ、病気じゃないと思うんだけどねぇ。
翌朝からは再び聖国エルーンに向けて移動を開始した。
リッジさんとアーバルさんはここから先、アールグラントの護衛騎士に混じって馬に乗って同行する事を希望して来たので、今は希望通り馬車の横を並走している。
元々アーバルさんは哨戒兵だし、リッジさんもそれなりに名の売れた冒険者なので、騎乗して護衛する姿は妙に様になっていた。
道中では一度、私がうっかり魔力の補給をし忘れて一時的に爆睡してしまったけれど、それ以外は特に問題なく関所に辿り着き、神殿からの招待状を見せるとあっさり関所も通過出来た。
通過後の聖国エルーンの景色は、アールグラントとさほど違いはなかった。
豊かな草原が広がり、時々魔物が現れたり、道行く商隊とすれ違ったりしながら街道を進んで行く。
そうして関所からおよそ5日後。
ほぼ予定通りに私たちは聖国エルーンの首都イリスに到着した。




