77. 神殿へ
この国では結婚式の翌日を婚姻を結んだ者に限り、新婚者の為の休息日と定めている。
故に、今日は私やハルト、ノイス殿下やミラーナも休息日だ。
そんな休息日。
私は普段通りハルトより早く目を覚まして、しばしの間ハルトの寝顔を眺めながら幸せな気分に浸る。
いやぁ、眼福眼福。やっぱり欲目なしで見てもハルトはかっこいいし、私の欲目フィルターをかけるとそこにちょっとかわいさが加わって見えるんだよねぇ。
そんな事を考えているうちに幸せそうに眠るハルトを愛でたい衝動に駆られるけれどぐっと堪え、私は身支度を整えて一旦自室に戻った。
自室と言っても王城でずっと暮らしていくわけじゃないし、近々決まるであろうハルトの役割如何で王都どころかイリエフォードでもない場所に居を構える事になる可能性もある。
故に、部屋に私物はほとんどない。そもそも私物自体がそんなに多くないんだけども。
部屋に戻っても目に付く場所にあるのは、机の上に置かれている図書館から借りて来た本くらいだろうか。
私はその本を手に取ると、ソファに座ってぱらぱらと捲っていく。やがて栞を挟んだページに辿り着くと、そこからはじっくりと内容を読み始める。
この本には僅かながら、白神種に関する記述がある。
イザヨイやシスイたちリドフェル教に属する白神種が長命である事や、イザヨイが使った古代魔術を破壊する不思議な能力について気になったので、何か情報はないか調べている所だ。
しかし白神種に関する記述がある本自体が少なく、この本にもその特徴的な純白の頭髪と血の色ような赤い瞳、色白の肌といった外見の記述が度々登場するものの、その他の情報となるとなかなか見つからない。
散在している情報の断片を繋ぎ合わせる事で辛うじて、白神種は人族に分類されているけれど厳密には異なる事、感覚器官が鋭い事、精霊に愛されやすい性質を持つ事が読み取れた。
もし本当に種族が人族と異なるというならば、寿命70年程度の人族とは比べるべくもなく白神種が長命であるという可能性はゼロではないだろう。
それでも1500年という途方もない年月を生きているなんて想像もつかない事だから、未だに信じられない気持ちの方が大きいんだけども……。
精霊に関しては、実際イザヨイもシスイも精霊を従えていたし、その精霊たちもかなり高位の精霊である事はその能力の高さから窺えたから、本当の事なのだろうと判断できる。
何故そんな事を気にして調べ始めたのかと言うと、魔力暴走事故そのものにイザヨイやシスイ、彼らの仲間やマスターと呼ばれる男性が関与していない事は何となくわかっているけれど、少なくともマスターと呼ばれる男性が魔力暴走事故の被害者のひとりなのは確かだろうと判断したからだ。
そして今、彼らは膨大な魔力を集めようとしている。マスターと呼ばれる男性の、復讐のために。
嫌な予感しかしない。
場合によっては、また魔力暴走事故が起きかねないのではないかと思う。
それくらいの事はきっとイザヨイたちも気付いているだろうし、私とシスイの会話を聞いていたらしいタツキも気付いているだろう。
それを踏まえて、これからどうするかを考えなければいけない。
タツキは魔力暴走事故の原因を探るのは手伝わなくていいって言ってたけど、状況的にそんな事を言ってる場合ではない気がする。
このままリドフェル教を放置すれば希少種の誘拐は続くだろうし、もし悪い予感が的中して再び魔力暴走事故が起こればまた、前世の私たちのような目に遭う人たちが出てくるかも知れない。なので、放置はなしだ。
なしだけど……相手の手の内が全く見えない状態でどうにか出来るとも思えない。
とにかく今は調べられるだけ調べて情報を集めておいて、状況によっては魔王や勇者たちの力も借りてリドフェル教を止めなければならないだろう。
そんな事を考えている内にページを捲る手が止まっていた。
駄目だ、集中出来ない。
私は本を閉じて机の上に戻す。ちょうどそのタイミングで、隣室との間にある扉がノックされた。
「どうぞー」
扉の向こうの人物が誰なのかは気配でわかるので、入室の許可を出す。
感知した気配通り、扉を開けて現れたのはハルトだ。
「おはよう。相変わらずリクは起きるの早いな……」
欠伸を噛み殺しながらぼやくハルトに、私は苦笑を向けた。
「おはよう、ハルト。ハルトは忘れてるかも知れないけれど、そもそも私は眠る必要がない種族だからね。長時間眠っていたくても、どうしても目が覚めちゃうんだよ」
そう答えると、ハルトも苦笑を浮かべながら、私の隣に座った。
すぐにテーブルの上の本に気がついて手に取る。
「古代種の考察?」
「白神種について調べてたの」
「あぁ……なるほど」
ぱらぱらとハルトはページを捲っていく。
速読しているのか、ページを捲る速度は速いながらも、視線の動きはしっかりと紙面の端から端まで辿っている。そして要所要所でしっかりとページを捲る手が止まる事から、ちゃんと内容に目を通している事がわかる。
速読、羨ましいなぁ。
その後は朝食を摂って、普段の休息日とそう変わらずのんびりと過ごしていた……のだけど、昼頃に猛烈な眠気に襲われて起きていられなくなり、昼以降はずっと眠っていた。
何故なのかは自分でもよくわからない。ただ、無性に眠かった。
既に沢山眠ったけれど、まだまだ眠い。
時々眠りが浅くなって目を覚ますと、ベッドの淵に腰掛けて本を読んでいたハルトが心配しながらも甘やかしてくるので落ち着かず、しかし気付くとまた眠りに落ちている…という事を何度となく繰り返していたら、あっという間に日が落ちて外がすっかり暗くなっていた。
妖鬼である私がこんな強烈な眠気に襲われるのも珍しい。
今世で抗えないほどの眠気に襲われたのなんて、ブライと戦った後、魔力切れを起こした時くらいだろうか。
……あぁ、そうか。魔力切れが原因かも知れない。
アールレインに戻ってから魔力を消耗した記憶はないんだけど、一応確認しておこうかな。
そう考えて、自らの体内を巡っている魔力に意識を集中して、魔力量を確認してみる。すると吃驚するくらい体内に残っている魔力が少ない事が判明した。
つまり、この眠気は魔力切れが原因だったという事だ。魔力切れを起こす原因なんて思い付かないんだけど、不思議だなぁ……。
しかもほぼ半日眠っていたのに、全く魔力が回復する気配がない。何でだろう?
「まだ眠いか?」
心配そうにハルトが顔を覗き込んでくる。
何とか起き上がったものの、今なら座ったままでも…何なら歩きながらでも眠れてしまいそうなくらい眠い。
なので素直にこくりと頷く。
「明日、神殿に行くのは止めとくか……」
「それは、駄目。神殿には行かなきゃ……フレイラさんが……」
辛うじて意識を保ちながら話していると、部屋の扉がノックされた。
この部屋も廊下と私室との間に応接室が置かれている構造になっていて、今ノックされたのは廊下側の扉のようだ。
ハルトは応接間を通り抜け、廊下側の扉を開けるとノックした相手に応じる。
その声を遠くに聞きながら、ふと窓外を見遣った。昨夜の夜会の賑やかさが嘘のように静かな夜だ。
そんな事をぼんやり考えていると、間もなくハルトが戻って来た。
「リク、タツキとフレイラが夕食を一緒に食べないかって言ってるけど、どうする? 休んでるか?」
「大丈夫……ちょっと、原因というか……眠気をどうにか出来そうな方法を、思い付いたから」
すぐにでもまた眠りに落ちてしまいそうな意識を頭を振って引き戻し、ベッドから降りてクローゼットの前まで移動する。心配そうにハルトも後ろからついてきた。
クローゼットを開けると目に付く場所に私が旅の間使っていた荷物がきちんと整えて置かれていた。私は荷物の中から魔石を詰めた袋を探り当て、魔石をひとつ取り出す。
そして魔石の中に圧縮されている魔力に意識を集中し、そこに込められている魔力を自分に引き寄せるようなイメージで魔力を操作する。すると魔石から引き寄せた魔力がじわじわと自分の魔力として吸収され、同時に眠気が遠ざかって行くのを感じてほっと息をついた。
「原因がわかったというか……何でだかはわからないけれど、魔力切れ状態になってたみたい。今もまた魔力が少しずつ減ってる感覚はあるけど、こうして魔石から魔力を供給していれば大丈夫だと思う」
「それはつまり、リクの魔力が何らかの理由で削られ続けてるって事か?」
「うーん……多分ね。根本的な解決にはならないけど、とりあえずこれで凌げるみたいだからちょっと様子を見よう」
私は魔石を入れた袋を手にハルトを振り返った。
しかしハルトはまだ心配顔のままだ。
「ちゃんと医者とか治癒術師に診てもらった方がいいんじゃ……」
なんて事を言ってくる。
医者や治癒術師って言ってもねぇ……。
「魔力が減少するのって病気なのかなぁ」
「じゃあ、浄化魔術をかけてみるか?」
「うーん、それもちょっと……。干渉系魔術が原因だったら感覚的に干渉されてる事がわかるはずだから、違うと思うんだよね。そんな心配しなくても他に異常はないし魔力さえ供給しておけば大丈夫だから、もう少し様子を見ようよ」
ね? と安心させようと思って微笑みかけると、ぎゅっと抱きしめられた。まさか結婚翌日にこんな状態になるなんて思いもしなかったから、不安にさせてしまっているのかも知れない。
私はハルトの背中をぽんぽんと優しく叩いて抱擁に応えた。
「……そう言えば、タツキたちを待たせてるんじゃないの?」
「あっ、そうだった!」
身を離して私を見下ろしてくるハルトの目が「どうしよう」と言っているかのように見える。
心配性だなぁ。
「行こう? タツキもフレイラさんも昨日からずっと閉じこもりっぱなしだったんだし、退屈してるんじゃないかな。向こうもこっちも気分転換を兼ねて、一緒にご飯食べようよ」
「……そうだな」
ようやくハルトも小さいながらも笑顔を浮かべた。
その表情を見て、改めてほっとする。
そうして私たちは連れ立って、部屋の前で待たせているタツキたちの許へと向かった。
食事中、魔力切れについてタツキに相談してみた。
するとタツキは「リクの魔石ならもうどうにもならないくらい大量にあるから、もう少し持っておいてもいいんじゃない?」と言って、精霊石の中に溜め込んでいた魔石をポーチが一杯になりそうなくらい取り出してくれた。これだけあれば当面は安心だ。
その様子を見ていたフレイラさんは高価な魔石を大量に目にして固まっていたけれど。
食事を終えると明日以降の予定について話し合う。
アールレインから神殿のある聖国エルーンの首都イリスに向かう経路は、3通りある。
まずひとつ目はセンザを経由して、聖国エルーンに最も近いアールグラントの都市である交易都市ゼレイクに向かう経路。この経路を使うとアールレインからゼレイクまでおよそ10日かかる。
ふたつ目は東南東にあるギルフィリという街を経由してゼレイクに向かう経路。こちらもアールレインからゼレイクまでおよそ10日かかる。
みっつ目は、アールレインからゼレイクまで直進で向かう経路。これが最短コースで、およそ9日でゼレイクに到着する。
その後はどの経路を通っても関所まで1日半、関所から聖国エルーンの神殿が置かれている首都イリスまではおよそ5日の行程になる。
「最短で行こう」
「駄目だ、センザを経由しよう」
先程からこの2つの意見で割れているのは私とハルトだ。
ハルトの意図はわかっている。私を心配して、町を経由する事でしっかり休息が取れる経路で行こうとしているのだ。
けれど私としては一刻も早く関所を通過して聖国エルーンに入国して、フレイラさんを安全圏まで逃がしたい。
私自身は魔力が減り続けているだけで他に体調に不調を感じていないから、特に問題ないと考えている。
まぁハルトたちを休ませる必要性はあるかも知れないから、折れてもいいんだけど……。
「僕も最短がいいと思う。リクの症状を見てると時間の経過で魔力が削られているから、一刻も早く落ち着ける環境に行ける方が安心だよ」
と、助け舟を出してくれたのはタツキだ。
しっかりハルトを説得する材料も提示してくれた。
ハルトもタツキの言葉に一瞬黙り込むと、「それもそうか……」とつぶやいた。
「私も、リクさんがいいと思う経路を取るのが一番だと思うわ。結局自分の事は自分が一番わかってるものだし、リクさんくらい感覚が鋭ければ外から見ただけじゃわからない自分の状態を無意識に認識しているかも知れないし。リクさんが厳しいと思ったら、予定を変更して近くの町に向かう形にすればいいんじゃないかしら」
「……そうだな」
フレイラさんの後押しもあって、結局折れたのはハルトの方だった。
そうして翌日、私たちは堂々と正門から王都を出発した。
馬車の窓から王都を振り返る。
感知能力を全開にしても、特に怪しい気配は感知できなかった。
どうやらマイス殿下が追っ手を仕向けてきたりはしていないようだ。
出発の際、敢えて目立つように盛大に送り出される事で、マイス殿下がフレイラさんに接触し難くする戦法を取った。発案者は我らが王、アールグラント国王陛下だ。
出発前の見送りにマイス殿下も顔を出していたけれど、フレイラさんには体調不良の演技をして貰って、私が抱えて馬車まで運んだ。
マイス殿下が誰よりも魔族を嫌っているのを利用して、私が運ぶ形を取ったのだ。
おかげでマイス殿下からフレイラさんが声をかけられる事もなく、そのまま出発する事が出来たのだ。
乗っている馬車は貴族用の馬車にしては大きめの6人乗り。
現在この馬車には私、ハルト、タツキ、フレイラさん、そしてアルトンから来てくれたリッジさんとアーバルさんが同乗している。
王家から独立したとは言えハルトが高い身分である事には変わりないので、乗っている馬車も高位貴族が乗る物とそう変わらない立派なものだ。故に、リッジさんもアーバルさんも緊張してガッチガチに固まっている。
「やっと落ち着けるね。リッジさん、アーバルさん、お久しぶりです」
王都側の様子を窺っていたのは私だけではなかったようだ。
私と同じく王都側を警戒していたタツキは一息つくと、リッジさんとアーバルさんの方へと向き直る。
「おっ、お久しぶり。タツキくん」
今そんな和やかな会話出来る状態じゃないんだけど! という空気を全開にして応じたのはアーバルさん。
この前も思ったけど、どうやらリッジさんが一番身分の高い人間に対する耐性が低いらしい。普段は頼りになる兄貴分って感じなのに、今は巨大な彫像のようになっている。
そんな状態でエルーンのイリスまで持つのかな。大丈夫かな。
「そう固くならなくてもいいのに。俺も堅苦しく振る舞わなくていいならその方が楽だし」
リッジさんやアーバルさんに少しでも寛いで貰おうという意図も含めて、ハルトは一挙に口調と姿勢を崩した。多分ハルト自身が言っている通り、自分もその方が楽だからだとは思うけど。
「そう言われましても……」
辛うじて言葉を発する事が出来るアーバルさんが恐縮したように呟く。
その様子を見てハルトは少し考える素振りを見せると、
「オルテナ帝国はどうなのか知らないけど、アールグラントは王太子の婚姻を期に成人した王家の男子は王家から独立するから、今の俺はもう王族じゃないんだ。それに折角共に旅をするんだから、普通に旅仲間として接して貰った方が嬉しい。あ、でも貴族っぽい対応をした方がよければ、そのように振る舞いますけどね」
最後の方だけわざと口調と態度を貴族然とした調子で言う。
するとリッジさんとアーバルさんは互いに顔を見合わせ、それから私に視線を向けて来た。
どうしたらいいのかわからない、とふたりの顔に書いてある。
……仕方ない。
「リッジさんとアーバルさんは、“飛竜の翼”っていう冒険者パーティを知ってます?」
私が問いかけるとふたりはガクガクと頭を縦に振った。
どれだけ緊張してるんだろう、この人たち。動きが固すぎる。
「彼らはすぐに順応してくれましたけどね。旅の間は仲間として気安く接して、必要な時だけハルトを高い身分の人間として扱ってくれていたのでお互い楽だったと思います。別に礼を失したからと言って罰する事はないですし、そもそもハルトが仲間に対して怒ってるの、見た事ないから大丈夫ですよ。むしろ気安く話せる仲間と旅をするのが凄く楽しそうでした。……あっ、私も口調を改めた方がいいのか。ついアルトンの頃の癖で、敬語になっちゃう」
まぁアレアとウォルは最後まで敬語が抜けなかったけれど、ある程度態度の切り替えはしてくれていた。実際ハルトもそんな風に、普通の冒険者として過ごせるのが楽しそうだった。
それを何とか伝えようとしてみたけど、ちゃんと伝わっただろうか。
リッジさんとアーバルさんは、再び顔を見合わせていた。
「あまり畏まらないであげてよ、ふたりとも。ハルトは冒険者の方が性に合ってるんだもんね?」
最後の一押しとばかりにタツキが言うと、ハルトは苦笑った。
「憧れ、だよなぁ。勇者になりたくなくて城を抜け出した時は、冒険者として生活する事を考えてたから」
ハルトは一番固まっているリッジさんと共通の話題になると思ったのだろう。かつて偽名を使い、冒険者ギルドで採取依頼を片っ端から受諾して旅の資金を集めていた頃の話をし出した。
やがて異名が付けられて、その異名が“採取錬金術師”とか“採取富豪”といった何とも微妙なものだったという話に差し掛かった所で、リッジさんがバッと前のめりになった。
「“採取錬金術師”のヨウト! まさか、ハルト殿下が!?」
「殿下じゃない」
「うっ……は、ハルト様が」
「様はいらない」
「うぅっ……ハルトが、採取錬金術師のヨウト……なのか?」
リッジさんが折れた。
ハルトは満足そうに頷きながら「そう。ヨウトは俺の偽名だよ」と肯定した。
「冒険者“ヨウト”って、そんなに有名だったの? 私が冒険者になった頃には聞かなかった名前だけど」
「バッカ、お前……あぁっ、でもリクには話さなかったんだよなぁ。普通、冒険者ギルドに入って暫くは採取依頼を受けて体力と忍耐力をつけながら、弱い魔物相手に戦って実戦に慣れていくのが基本なんだよ。それを先輩冒険者が初心者冒険者に教えて、後輩を育てるのが一般的だ。残念ながらリクは依頼を受ける前からただならぬ身体能力を見せつけてくれたからな、誰も初心者向けの話をしなかったんだな。あの時は俺も度肝を抜かれたもんだ」
リッジさんが遠い目をした所で、その隣に座るアーバルさんが「ぷっ」と吹き出し、口許を抑えて笑いを堪えているのか小刻みに震え出した。
アーバルさんは何故か、あの“番犬”エピソードを思い出すと条件反射で笑いが堪えられなくなってしまうらしい。
「それって例の、リクさんに“番犬”と”騎士様”の異名がついた時の話かしら」
「はい、その件です」
「私にも敬語はいらないわ」
「うっ……わ、わかった」
リッジさん、押しに弱いな。フレイラさんの要求にあっさり折れちゃったよ。
さっきのハルトとのやり取りである程度吹っ切れたのもあるのだろう。
そこからはリッジさんからもアーバルさんからも、徐々に纏う空気から緊張が抜けていった。
その事を確認したかったのだろう。ちらりとハルトがこちらを見て来たので、私は頷いてみせる。
「と、とにかく。通常ならば初心者には採取依頼を受けるように勧める。その時引き合いに出すのが“採取錬金術師”ヨウトだ。ヨウトの名前は冒険者ギルド界ではそこそこ知られてるからな、初心者に採取依頼を勧める際に採取依頼も頭を使えば効率よく資金稼ぎが出来る実例として良く用いられる。まさか本人に会えるとは思っていなかったし、まさかまさか“ヨウト”が当時のアールグラント王国の王太子殿下だったなんて、きっと誰も思いつきもしないんだろうけどな」
そう語りながらハルトを見るリッジさんの目は、どこか末恐ろしさを感じているような目をしていた。
いくら王族として英才教育を受けていたとは言え、若干9歳の子供が大人顔負けの荒稼ぎをしてたんだから、そりゃ末恐ろしいと思われても仕方がないね。
ちらりと視線を向けてみれば、当のハルトはちょっと得意そうな様子で微笑みを浮かべていた。




