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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第4章 結婚
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76. 家名

 陛下が夜会始めの挨拶を終えると楽隊が穏やかな曲を奏で始め、私にとって本日3つ目の大仕事である夜会が開始された。



 流れとしては、夜会も婚約式の時とそう変わらないようだ。

 違う点と言ったら、今回は久しぶりにイサラも姿を見せていた点だろうか。


 フレイラさんにはマイス殿下と遭遇しないように、夜会には欠席して貰った。避難先は王城で私に充てがわれている部屋だ。あそこなら他国の王族とは言え、無闇に立ち入れない場所にあるから少しは安心だ。

 当然、各国代表と挨拶をした際にマイス殿下からもフレイラさんの所在について問いかけられたけれど、体調不良を理由にあげて対応した。すかさず「では見舞いでも」と言い出したので、「女性には殿方にお会いできないような不調もあるのですわ」とかイサラの口調を真似てでっちあげて回避した。さすがにマイス殿下もそれ以上何も言ってこなかった。

 神殿行きについても神殿側からの招待という形を取ったので、特にマイス殿下からは非難されずに済んだ。ただ一言、「フレイラをよろしくお願い致します」と社交辞令を述べて来たのみだ。



 一通り各国の王族やその代理たち、主立った国内の有力者たちとの会話を終えると、久しぶりにイサラ、ミラーナと共に3人揃って再会を喜んだ。

 こうしているとイサラが嫁ぐ前の夜会を思い出す。私たちはよく3人でつるんで壁際に張り付いてたっけ。

 そんな3人が、こういう……元王族で降嫁したイサラと王太子妃になったミラーナ、元王太子の妻となる私という形で繋がってくるとは思いもよらなかった。少なくとも私は王族の許に嫁ぐつもりなんて全くなかったから、不思議な気分だ。


「ちょっと予測とは違いましたけど、大体わたくしの思惑通りですわ!」


 と、イサラは満面の笑みを浮かべる。

 対してミラーナが可愛らしく小首を傾げた。


「イサラの思惑とは?」

「それは勿論、友人を身内に引き込んでしまいましょう作戦ですわ。ハルトとリクに関しては特別何をしなくても時間の問題で何とかなると思っていましたが、ミラーナにはどの弟とくっついて貰おうか悩んでいましたの。そうしたら折よくノイスとの婚約話が出たではありませんか! わたくし、ここぞとばかりにノイスにミラーナを沢山売り込みましたの。そうしたら、ノイスが……何て言ったと思います!?」


 イサラが興奮している。

 こういう時は恋愛至上主義の彼女が喜ぶような事を、ノイス王太子殿下が言ったのだろうと予想出来る。

 何と言ったのかまでは予想出来ないので大人しく聞いていると、


「自分も前々からミラーナの事が気になってたって言ったのですわ! こうなったら後はもう、ミラーナにノイスを好きになって貰うだけだと思っていたら──」

「姉上」


 大興奮のイサラの言葉を、ひやりと底冷えするような声が遮った。

 声の主を振り返れば案の定、笑顔なのにどこか恐い顔をした、ノイス王太子殿下が立っていた。

 さすがのイサラも黙り込む。


「人には秘め事と言うものがあります。いくら姉上でも、それ以上の情報漏洩は見逃せませんよ?」

「そ、そうですわね。つい興奮してしまって」

「姉上は相変わらずですね」


 ノイス殿下は笑顔を浮かべているけれど、その目は全く笑っていない。先日の、勝手に結婚式の日取りを決めておきながら黙っていた国王陛下を前にした時のハルトの笑顔を思い出す。

 さすが兄弟。顔は似てなくても、変な所が似ているもんだなぁ。


「そうそう、リク。兄上が探していましたよ。まさか今日の主役が2人もこんな隅にいるとは思いも寄らず、見つける事ができなかったのでしょうね」


 にっこり。

 ノイス殿下は相も変わらず柔和ながらもどこか胡散臭い微笑みを浮かべながら、用件を告げる。

 王太子様に探して貰っていたなんて恐れ多い。

 そう思って、慌てて私は謝罪しようとした……けれど、それを制してミラーナが前に出た。


「あら、殿下。それは嫌味ですか?」

「とんでもない。ただの本音ですよ」


 私はミラーナが発した言葉に耳を疑った。

 一方ノイス殿下は笑顔を崩す事なく、ミラーナの言葉にすぐさま切り返す。

 あれぇ、ミラーナ。何でそんな恐い顔してるのかな……?


 今にも火花を散らしそうな2人を前に、思わず私はイサラに身を寄せ、イサラも私に身を寄せるとひそひそと話し合う。


「あの、この2人の関係って、今日結婚式を挙げた新婚夫婦って事でいいんですよね……?」

「そのはずなのですが……何でしょう、この薄ら寒い空気は」


 あまりの光景にイサラとふたりで身を震わせていた、その時。


「あ、ここにいたのか」


 耳慣れた声が聞こえ、私とイサラが声の主の方へと視線を向けた。ハルトだ。

 ハルトが姿を見せた途端に、嘘のように先程までの寒い空気が消え去る。


「これはこれは、姉上、お久しぶりです。お話中申し訳ありませんが、リクを借りていきますね」

「まぁ! 借りると言うのであれば、むしろこちらこそリクを借りていた身ですわ。長々とお借りして申し訳ないですわ」

「いえいえ。では、失礼します」


 何やら急いでいる様子のハルトにエスコートされて、夜会会場の隅から国王陛下のいる壇上へと移動する。

 向かった先では結婚式の際に聖句らしきものを唱えていた位が高そうな神殿関係者がひとり、陛下の隣に立っていた。

 その男性はこちらの姿を認めるなり恭しく一礼する。


「先程の婚姻の儀では事前にご挨拶に伺えず、申し訳ございませんでした。リク様。私はイフィラ教団の教皇をしております、ゲオルグ=フレッド=ゼスティスと申します。この度はハルト殿下とのご結婚、おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます、ゲオルグ様。リク=セアラフィラです」


 ハルトはノイス王太子殿下が婚姻を結んだので既に王家の家名であるアールグラントを名乗れなくなっている。

 けれど現時点ではまだ新たな家名を得ていないので、その伴侶となった私も現時点では家名を持たず、名乗れる名はこれまで通りリク=セアラフィラになる。

 ゲオルグさんが既に王家の一員から外れているハルトを殿下と呼ぶ事に関しては……まぁ、家名も定まっていないので許容範囲なのだろうと判断する。


「可愛らしい奥方ですね、殿下」

「急ぎの御用だと聞いておりましたが、猊下」


 からかいの視線を向けてくるゲオルグさんに、ハルトは笑顔で本題に移るよう促す。どうやらハルトはあまりゲオルグさんが好きではないらしい。

 そんなやり取りをしているハルトとゲオルグさんを眺めて、陛下はちょっと疲れた表情を浮かべた。陛下にとってこのふたりの組み合わせは、悩みの種のひとつなのかもしれない。陛下の纏う気配が諦めを滲ませている。


 それにしても教皇か。教皇って教会のトップだよね?

 これはまた、凄い人のお出ましだ。


「相変わらずですね、殿下。では早速本題に移りましょう。先日神殿経由で殿下やリク様、そして恐らくこの王城内にいらっしゃるであろうフレイラ様に、神殿からの招待状が届いたかと思います」


 どうやらゲオルグさんは、私たちが神殿側にお願いして神殿に招待して貰えるようにかけあった事を把握しているようだ。そこに何かしらの意図がある事を汲み取ってか、表向きの情報で会話を進めてくれている。


「実はイフィラ教には神の代行者と呼ばれる者がおりまして。その者より、神殿に来て頂く際には“ユハルド”様にも必ず同行して頂くようにと、殿下方に伝えて欲しいと言われましてね。私にはさっぱりわからないのですが、どうやらとても重要な事らしいのです。なので、神殿にいらっしゃる際には必ずその“ユハルド”様も同行して頂けるように、ご手配をお願い致します」


 ゲオルグさんの言葉に私とハルトは顔を見合わせた。

 ユハルドって、タツキのことだよね?

 この世界でその名を知っている人はごく少数のはずだ。タツキが言うには、私、ハルト、お父さん、お母さんにしかその名を伝えた事がないと言っていた。他に知っているとしたら名付け親のイフィラ神くらいだろう。

 なのに敢えてその名を出して来た。そこから推測するに、その神の代行者という人は何らかの形で、本当にイフィラ神と繋がっているという事なのだろう。


「確かに、伝言承りました」

「では殿下は、そのユハルド様をご存知と言う事ですね?」

「はい」


 こちらから神殿に呼んで貰おうとしている事もあって、知らないと答えるわけにもいかないのでハルトは首肯した。

 するとゲオルグさんの目がすっと細められる。


「その方は、一体何者なのですか?」

「それにはお答え出来ません。猊下が知るべき事柄であれば、きっとイフィラ神が知らせて下さる事でしょう」


 これ以上探ってこられないようにハルトが予防線を張る。

 ゲオルグさんもハルトの言葉に反論できず、すぐに穏やかな表情を顔に貼付けた。

 その横で陛下がまた小さくため息をついている。陛下本人も曲者だけど、こうも周りが一筋縄でいかない人たちばかりだと心労が絶えないようだ。

 本当にお疲れさまです、陛下……。



 ゲオルグさんとの面会を終えて間もなく、夜会は通常よりも早い時間で終了した。この後陛下からハルトへ新たな家名が贈られる。これを以って、ハルトは王家から独立する事になるのだ。

 爵位を得るのはまだ先だけど、王家の一員だと名乗る事は今後なくなり、王家の臣下のひとりとなる。


 家名授与式典はそのまま夜会会場で行われる。故に、実は今日の夜会にはお酒の類は置かれていなかった。

 ちなみに夜会後に家名を贈る式典を行うのもアールグラントの習わしのひとつで、同じ家名を名乗れなくなる事を惜しみ、少しでも長く近しい家族である事を望む父王の心情を表しているのだとか。

 実際に新たな家名を得ると同時に王族との間に身分差が生じるので、生活する部屋も変わる。私よりも上階に私室を持っていたハルトは、王族の婚約者として部屋を充てがわれていた私と同じ階に私室を移動する事になるのだ。

 ただの部屋移動ではない。この城では私室のある階層は、そのまま城内での身分差を表すのだから。


「我が息子、ハルトよ。王太子ノイスの婚姻に伴い、本日よりそなたが名乗る新たな家名を与える。これまで我が王家の為、更には人族の為に多くの功績を残してくれた事に敬意を表して、”レイグラント”を授ける。今後はハルト=ロベル=レイグラントを名乗るがよい」

「有り難く頂戴致します」


 朗々とした陛下の宣言に対してハルトが恭しく臣下の礼を取り、私はその斜め後ろで淑女の礼を取った。

 すると、わっと会場に参列している人々から歓声があがる。

 えっ、急に何? どうしたの?

 あまりの歓声の大きさに思わず挙動不審になっていると、


《レイグラントはアールグラントの初代国王の御名だ》


 ハルトが念話で教えてくれた。

 そう言えば、レイグラントは婚約式前にみっちり詰め込まれたアールグラント史の一番始めに聞かされた名だった。その事を思い出して息を呑む。

 初代国王の名を家名として得ると言う事がどれほど凄い事なのか、遅れて実感がやってくる。

 だからあの歓声があがってるのか!


《っていうか、何でミドルネームまで変わってるの?》

《それは、アールグラントの王族に関して言えば、ミドルネームが立場を表してたからだな。イールは王子、メイアが王女、フォルトが国王、フォルテが正妃、セレンが側室だな》


 それは、知らなかった……!

 思い出そうとしても、これまで誰かに教えられたという記憶には辿り着けず。恐らくこれは常識の範囲か、若しくは私が知る必要性がなくて教えられていなかったかのどちらかだろう。

 でもよく考えたらノイス殿下もミドルネームがイールだった気がする。そうか、そういう事だったのか。

 恐らく立場を表す名はアールグラント特有のものなんだろうけど、正直ミドルネームとか縁がなかったから全く理解してなかった。


《じゃあロベルはどういう意味になるの?》

《……ロベルには別段役割を示すような意味はないな。ロベルは、真名に関係なく父上が俺に付けてくれた名前だ》


 それはつまり、私にとっての今世の名前である“セアラフィラ”と同じって事かな。

 それとなく斜め前にいるハルトの顔を盗み見ると、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。やっぱり名前って特別だよね。

 つい私も表情を綻ばせていると、視界の端で陛下が深く頷いたのが見えた。今度は陛下に視線を向ける。陛下は少し寂しそうに、けれど頼もしそうにハルトを見ていた。

 会場には沢山の王侯貴族がいて、こういう場ではいつも国王としての姿勢を崩す事のない陛下。でも今は、ちょっとだけ父親の顔になっている。

 それが微笑ましくて、歓声と拍手を背にしながら私は暫くハルトたち親子を眺めていた。




 家名授与式典が終わると、陛下の式典終了の宣言を経て会場にいた王侯貴族たちが解散していく。

 私とハルトは立場上、去って行く人々をノイス殿下やミラーナと共に見送った。

 最初に各国から訪れた王族方やその代理人たちを、続いてアールグラント王国の王族を送り出す。


 国王陛下はいつものように優しい光を湛えた目で私たちの顔を順に見ると満足そうに頷いて、ハルトとノイス殿下の肩に手を置く。そして「守るべき家族を得たのだから、その自覚を持って行動するように。何か困り事があったらいつでも相談に来なさい」と戒めと励ましの言葉を贈る。

 それから私とミラーナにも「不肖の息子たちだが、よろしく頼む」と、頷くのと見分けがつかないくらいに小さいながらも、頭を下げた。背後にいる自国の貴族たちに国王が頭を下げる所を見せないための配慮だろう。それでも陛下の息子たちへの愛情は私やミラーナにしっかりと伝わった。

 私とミラーナは思わず顔を見合わせて、互いに同じような気持ちでいる事を確認すると陛下に向き直り、とびきりの笑顔で請け負った。


 その後もハレナ様やシアルナ様、レイア様といったお妃様方からも陛下同様にハルトやノイス殿下の事を頼まれては請け負い、王子王女たちからは次々と祝福の言葉を贈られた。


 そうして王族一家を見送ると、今度はアールグラントの貴族たちが辞去すべくやってくる。

 イサラも旦那様と一緒に挨拶をしに来て、「また落ち着いた頃にお茶会でも致しましょう」と美しい笑顔を残して帰って行った。その時には是非、彼女たちの愛娘であるイスタちゃんにも会わせて貰いたいと思う。



 来客が全員去り、最後は私とハルトがノイス殿下とミラーナを送り出す。


「兄上、今更ですが、ご結婚おめでとうございます。正直私はリクが兄上の伴侶になるとは予想もしておりませんでした」

「あら、私は絶対ハルト様の伴侶にはリクがなるものだと思っておりました」

「それはそれは。そのご慧眼、羨ましい限りですね」


 ここでノイス殿下とミラーナの意見が食い違い、ノイス殿下の一言で一瞬空気がピリッとした。

 静電気かな? 夏なのに?


「ノイス殿下。あまり奥方をいじめすぎると、嫌われますよ」

「嫌だな、兄上。日頃から私自身を犠牲にしてミラーナの弱気を直そうとしているだけで、いじめてるわけではないですよ? 実際、強気なミラーナを引き出せるのは私だけです。つまり、本音のミラーナと語らえる男性は私だけという事です。ミラーナと本音で語り合うなんて、他の男性には到底出来ない事なんですよ。なので、ご心配には及びません。あと兄上、敬語やめて下さい。気持ち悪いです」


 歯に衣着せぬノイス王太子殿下の物言いに、ミラーナは真っ赤になり、ハルトは苦笑う。

 なるほど、ノイス殿下は相手の機微を見極めて突けるだけ突くけど、相手が怒るギリギリラインになると突然甘い言葉をかけて籠絡してしまうのか。それがミラーナ限定なのか、他の人にもそうしているのかは謎だけど。


「立場がありますから。そもそもノイス殿下が弟の癖にずっと敬語だった事にも私は納得していないので、お互い様という事で」


 意趣返しというほどではないだろうけど、ハルトがノイス殿下にそう返すと、ノイス殿下は小さくため息をついた。そして微苦笑を浮かべる。


「それについては、私の性格上難しいので……。そもそも兄上が順当に王太子のままでいてくれたら私としては全てが丸く収まっていたはずなんですけど……それを今更言っても仕方ありませんね」


 ノイス殿下は達観したような目でそんな事をぼやき、もう一度ため息をひとつ。気持ちを切り替えるように姿勢を正した。


「それでは兄上、リク。私たちもそろそろ退出します。明日から兄上たちとは大きく立場を変える事になりますが、これからも今までと変わらず接して頂けると助かります……と言うか兄上、私が王太子を引き受けた時の条件、絶対忘れないで下さいよ」

「忘れておりませんのでご安心を。最後になってしまい申し訳ございませんが……ノイス王太子殿下、ミラーナ様。ご結婚おめでとうございます。明日は良い休日をお過ごし下さい」


 去ろうとするノイス殿下とミラーナに、ハルトは恭しく略式の臣下の礼を取る。

 私もそれに倣って略式の淑女の礼を取ると、「やっぱり兄上の敬語は気持ち悪いなぁ……」と言うノイス殿下のつぶやきが聞こえて来て、私とハルトとミラーナは思わず笑ってしまった。




 ノイス殿下とミラーナを見送ると、壁際に控えていたクレイさんが素早く移動して来てハルトに一礼し、私たちを先導して歩き出す。

 クレイさんが導く先にハルトの新しい部屋がある……と言っても、私の隣室なんだけど。


 部屋の前まで来るとハルトと別れ、自室に入る。

 自室には控えていたメイドさんたちがいて、あっという間にドレスから普段使いの服へと着替えさせてくれ……るのかと思いきや、「湯浴みをどうぞ」とか「髪を結い直しますね」とか、色々と世話を焼かれて再び身形を整えられた。


 されるがままになりながら、ふと視線を上げる。

 あれ? 部屋の様子が、今日最後に目にした……結婚式の支度をしに別室に向かう前に目にした様子と違う気がするんだけど。家具の配置が変わって、クローゼットが置かれていたはずの壁に見慣れない扉があるように見えるのは気のせい?

 そもそもこの部屋に避難していたはずのタツキとフレイラさんはどこに行ったんだろう……?


 そんな疑問が顔に出てしまったのか、


「タツキ様とフレイラ様は、マリク王子のご厚意で王子の部屋の方へ移動されています」


 と、すかさずメイドさんのひとりが教えてくれた。

 そっか。王族の部屋の方が安全だもんね。なら安心……。


「さぁ、お支度が整いましたよ、リク様」


 さぁさぁ、とメイドさんたちに連れられて、例の見慣れない扉の前に立たされる。


「あの、この扉は?」

「それは、開けてからのお楽しみでございます」


 にこにこ顔のメイドさんたち。何だろう、不穏な空気を感じる。

 メイドさんを代表してタツキたちの事を教えてくれたメイドさんが私に一礼してからコンコン、と扉をノックする。すると扉の向こうからも同じようにコンコン、とノックが返された。


「あちらもお支度が整ったようです」


 そう言って、メイドさんが扉のドアノブに手をかけた。

 その瞬間、部屋の間取り図とこの階層の部屋の配置が一瞬にして私の脳裏に閃く。

 あれ!? この壁の向こうって確か、すぐ隣の部屋なんじゃ……。


 気付いた時にはもう遅かった。

 扉が開かれ、その先には恐らく私も同じ顔をしているに違いない驚きの表情を浮かべたハルトが、私と同じく扉の前に控えているメイドさんの後ろに立っていた。


 目が合って、お互いに今状況を理解したばかりである事を確認し合う。

 まさか王城にこんな仕掛けがあるとは……。

 あぁ、日常生活をする上で感知能力を鈍化させていたのが裏目に出た。


 はぁ、とシンクロするように同時にため息を漏らす。

 それから困ったような笑みを浮かべたハルトが、こちらに手を差し伸べて来た。その意図を汲んで、私はやや緊張しながらハルトの部屋の方へと移動し、その手を取る。


「みんな、下がってくれ」


 ハルトの一声で控えていたメイドさんたちは一礼すると、私の支度を手伝ってくれたメイドさんたちは隣室同士を繋ぐ扉を閉め、ハルトの部屋にいたメイドさんたちもさっと室外へと去って行った。

 さすがプロ、去るのも優雅かつ素早い。

 思わず感心していると、ハルトは私の手を引いてソファに移動した。ソファの前に置かれているテーブルの上には、夜会でろくに食事が摂れなかった私たちに配慮して軽食が置かれていた。

 しかしハルトがそれに手をつける様子はない。


「食べないの?」


 問いかけてみたら、何故か苦笑されてしまった。

 何で笑われたのかわからずに首を傾げていると、ぐいっと引き寄せられてあっという間にハルトの腕の中に収まっていた。


「じゃあ、食べようかな」


 小さく耳元で囁かれてびくりと体が跳ねる。同時にその意図を察して、心拍数までもが跳ね上がった。

 えっ、えっ? いや、こっちじゃなくて、あっちをだね……!

 そう言いたいのに声が出ず、動揺している私を見てハルトが微笑んだ。


「これで名実共に俺のものだな、リク=セアラフィラ=レイグラント」


 そう口にしたハルトは、本当に幸せそうな顔をしていた。

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