74. 結婚式
フレイラさんを無事神殿に向かわせる事が出来るようにと、私とハルトはあれこれと策を講じてアールグラント国王の協力を取り付ける事に成功した。
詳細は伏せようとしたけれど結局白状させられ、正直に「互いが望まぬ婚約は不幸」である事を訴えた。
その結果、予想外にも陛下から賛同が得られた。
この時ふと思い出したのは、イサラに見合いを勧めたのは陛下だけど、諦めの境地に達したような態度を取りつつもイサラとイサラの想い人の見合いをセッティングしたのも陛下だったと言う事。
私とハルトの件も含め、何やかんやで義務よりも本人の意思を尊重してくれる傾向にあるのは明らかだ。
国王と言う立場上表立っての協力は出来ないけれど、来賓への手厚いもてなしに関しては元々かなり気合いを入れていたらしく、更に気合いを入れて構想を練ると約束してくれた。更にマイス殿下にはこっそり目を光らせておいてくれる事になった。
ちなみに私たちに知らせずに結婚式の手配をしていた件に関しては、この件を請け負ってくれた時点で手打ちとした。
国王陛下に協力を請う際の、目が全く笑ってないハルトの笑顔もきっと、協力を得る一助になっていたに違いない。
何せ今回の件、ただの王族の結婚式って訳じゃないからね。
王太子であるノイス殿下も同時に結婚式を挙げると言う事は、ハルトにとっては結婚と同等かそれ以上の大きな転換点になるからだ。
この国の習わしで、王太子が婚姻を結ぶと同時に成人している国王と王太子以外の王族男子は、アールグラントを名乗れなくなる。
王太子が即位するまでは王族として活動するものの、名乗る家名は国王陛下より贈られる新たな家名を名乗る事になり、王太子が即位すると同時に陛下から贈られた家名のまま公爵位を得る。
現時点で成人している国王以外の王族男子はハルトとノイス殿下だけなので、今回この条件に当てはまるのはハルトのみだ。
そんな重要な事柄が絡むにも関わらず、本人に知らせずに話を進めようとしていた事を、ハルトは言外に咎めていた。
滅多に機嫌を損ねない長男の威圧はさぞ肝が冷えたのだろう。あの時の陛下の顔は今まで見た事がないくらい、強張っていた。
そんなやりとりをしつつ、それぞれが当日の衣装合わせをしている間に、イリエフォードからお父さんとクレイさん、シタンさん、ハインツさんが到着した。
ハルトが特に腹心である事を明言している面々だ。
残念ながらイリエフォード騎士団団長であるシタンさんが出張るので、副騎士団長であるイズンさんとラルドさんは領主代行のターブルさんと共にイリエフォードで留守番だ。
「急な話でちょっとびっくりしたけど、よかったね、リク」
到着して早々にお父さんに会いに行くと、久々に見るあの穏やかな笑顔で言われて苦笑する。
確かに急だったのだろう。
どうやらサラも片棒を担いだらしい王族方が画策したこの結婚式に関して、お父さんも全く知らされていなかったらしい。
しばらくイリエフォードを空ける事になる為、大急ぎで仕事を片付けてこちらに向かって来たようだ。不眠でも大丈夫なお父さんとは裏腹に、クレイさんやシタンさん、ハインツさんの目の下には隈が出来ていた。
「ハルトも、リクをよろしく」
「リクの方がしっかりしてるから頼りなく思うかも知れないけど、絶対大事にするから任せてくれ」
お父さんとハルトが握手を交わすと、ハインツさんが口笛を吹いて囃し立て、その顔にニヤリと情報屋らしい捉え所のない笑みを浮かべる。
「しっかしあの小さかったハルトが結婚かぁ。感慨深いなぁ。そりゃ俺も年を取るってもんだぜ」
からかうような口調で言うハインツさんに、ハルトもハインツさんに倣ってニヤリと笑む。
「ハインツは昔病気で亡くした奥さんが忘れられないんだってな? 俺もハインツを見習って一途にリクだけを大事にしていくつもりだから、これからもよろしくな、先輩」
「うぉっ!? おいっ! その情報、一体どこから仕入れた!?」
「王族の情報網も侮れないだろう?」
珍しく慌てふためくハインツさん。
対してハルトは楽しそうに笑っている。
私は情報源がどこだか知ってるんだけどね……。
城にはお抱えの隠密部隊がいて、ハルトにも幼い頃は護衛を兼ねた監視役の隠密がついていたらしい。
その元ハルトの護衛兼監視役だった隠密の人──トロイさんに、ハルトが調べさせたのだ。
と言っても情報はあっさり手に入ったらしいけれど。
何でも元々アールレインで活動していたハインツさんには情報屋仲間が多く、基本的に情報屋仲間は互いの情報を簡単には漏らさないらしいんだけど、ハルトの部下となった事を知っている情報屋仲間がぽろっとうっかりを装ってハインツさんの情報を零してくれたらしい。
と言っても零したのは、亡くなった奥さんがいたという話だけで、いつ結婚したとかいつ亡くなったとかは話してくれなかったらしいけど。
結局ハルトはトロイさん含む隠密の話は一切漏らさず、ハインツさんも最後には諦めたようだ。
「いいか、ハルト。リクは俺にとって親友の大事な大事な娘だからな。さっきの言葉、忘れるなよ? もしぞんざいに扱ったら、即刻ハルトの悪評を情報屋界に流すからな!」
「絶対に大丈夫だって断言出来るけど、よく覚えておくとするよ」
「よし!」
そう言ってこちらもがっしり握手を交わす。
いいなぁ、男の友情。
そうして凱旋から半月後。
私の中では大きな転換点とも言える、人生の大舞台に立つ日が訪れた。
前世でも今世でも人生初の婚姻だ。
絶対緊張とか不安とかで挙動不審になると思っていたけれど、不思議とそんな事もなく。
あれかな、ノイス王太子殿下とミラーナも一緒だからかな。
それとも今世がハードモード過ぎて、神経が図太くなっているのかも知れない。
もしくは……。
そんな事をぐるぐる考えている間に、メイドさんたちがドレスを着せてくれて、髪も化粧も綺麗に整えてくれた。
彼女たちの仕事の邪魔をしないように思考の渦に身を投じていたけれど、仕上がりに自信があるメイドさんたちに「さぁさぁ、鏡の前に!」と大鏡の前まで連れて行かれ、思考の中から現実に意識が引き戻される。
そしてメイドさんたちに促されるがままに、鏡に映る自分を見た。
お、おぉぉ……馬子にも衣装!
アールグラント式のナチュラルメイクながらも、衣装に合わせてこれまでよりも気合いの入った化粧をされているのがわかる。
髪も綺麗に結い上げられていて、ちょこんと乗せられているピンクゴールドのティアラは繊細で控えめながらも存在感がある。
首飾りや耳飾りはティアラと揃いになっていて、顔周りの装飾品としてのバランスが取られていた。
今回はさすがに角用アクセサリーは無しだ。
ドレスの色はシャンパンゴールド。これはちゃんと理由があって、相手の瞳の色、もしくはそれを連想させる色の衣装を身に着けるのがアールグラントの結婚式衣装なのだとか。
ちなみにノイス殿下は瞳の色が青灰色なので、ミラーナは淡い水色のドレスを着るらしい。
それにしても、結婚式衣装だからか、美しいドレープが入った裾が異様に長い。
更に言うなら、ヴェールがない代わりに肩から薄地のマントを付けるんだけど、それも同じく長い。
自分で踏む事はないにしても、この長い裾とマントを引きずって歩くのは骨だな、と思う。
私はまだしも、ミラーナはこんな重い衣装で大丈夫なんだろうか。
それとも、重さを感じないくらいたくさんの裾持ち要員がいるのだろうか。
「いかがです? リク様」
一通り自分の姿を確認した私に、期待の視線を向けてくるメイドさんたち。
いかがです、と言われても……。
「素敵な衣装ですね。それと、綺麗に髪を結ってくれてありがとうございます」
自分自身の褒めるべき点を見つけ出すのは難しい。
化粧のおかげで普段よりは綺麗な気もするけれど、やはり衣装負けしている気がしてならない。
なので素直に衣装とメイドさんたちのヘアメイク技術を褒めると、メイドさんたちはむっとしたりしょんぼりしたり、様々な反応を見せた。
「リク様はもっとご自分に自信を持って下さいませ。こんなにも可愛らしいのですから、ハルト殿下がご覧になったら絶対惚れ直すに決まってます!」
「そうです、そうです! あっ、私、殿下のお支度が整っていらっしゃるか確認してきます。終わっていましたら、すぐにでもお連れ致します!」
「えっ!?」
いやいや、いいんだよ! 無理に連れてこなくても!
……と、止める間もなく礼を失しない程度に急いでメイドさんがひとり、部屋を出て行った。
くぅっ、魔王種の私を出し抜くとは、やはり侮り難し、人族……!
改めて人族の底力を認識していると、しばらくして部屋の扉がノックされた。
ちらりとメイドさんがこちらに視線を向けて、入室の許可を出していいか確認してくる。
どうせ後で顔を合わせるんだし、今も後も大差ないかと覚悟を決めて、私はメイドさんに頷いて来客の入室を許可した。
メイドさんが部屋の扉を静かに開く。
その先には、ハルトの様子を確認しに行ったメイドさんと、ハルトが立っていた。
すっとメイドさんが脇に退けると、ハルトが室内に入ってくる。
途端に心拍数が跳ね上がった。
さっきまで全く緊張していなかったのに……!
一歩ずつこちらに向かって歩いてくるハルトに視線を向けたまま、私は完全に動きを止めていた。
ハルトの服装もかなり凝っていて、表地が白、裏地が濃紺の膝上までの上衣に白いスラックス、肩から紫色のマントを下げている。
上衣にもマントにも縁取るように金糸の刺繍が施されていて、王子様然とした佇まいが妙に似合っていて……。
今更ながら、「私、この人と結婚するのか」と認識した。
そう思ったら何だか気恥ずかしくなってきて、視線を床に落とす。
ハルトの顔がまともに見られない。
気付けば室内にいたメイドさんたちがいつの間にか退室していた。
室内には沈黙が流れているけれど、婚約式の時と同じく城の前庭が一般開放されているので、前庭からはお祭りのような賑やかな声が聞こえてくる。
そんな喧騒すらも、自分の心臓の音のせいで遠く聞こえる……。
「リク」
床に落とした視界の中に、すぐ目の前で立ち止まったハルトの足が見えた。
名前を呼ばれて、おずおずと視線を上げる。
目が合うと、ハルトは眩しい笑顔を浮かべた。
「綺麗だよ、リク」
「ひぇっ!? い、いや、それは、メイドさんたちが色々頑張ってくれたから……」
あたふたと手と頭を左右に振ると、ハルトが吹き出して笑った。
よっぽど私がおかしな動きをしていたのだろう。つい下を向きそうになる。
しかしすぐにハルトの手が私の頬に触れた。そのまま固まって動きを止めていると、ハルトが少し屈んで私に目線を合わせる。その表情が何とも言えない柔らかい表情で、心臓がきゅっとなった。
「リク。これから先ずっと、末永く一緒にいよう。リクには甘えさせて貰ってばかりだけど、これからもよろしくな」
そう言って、額に軽く触れる程度のキスをされる。
もし今、豪奢なドレスで着飾って綺麗に化粧をされていなかったらきっと、私はハルトに飛びついていた事だろう。
それくらい、ハルトの言葉で胸が一杯になる。
「私も、ハルトには気持ちを貰ってばかりだけど、私ももっと伝えられるように努力するから、ずっとずっと傍にいてね。傍に、いさせてね。私が幸せだって思う以上にハルトを幸せにしたいと思うから、私でよければ、その……どんどん甘えてくれていいんだからね?」
常々私は自分は言葉が足りないんじゃないかと思うくらい、ハルトは気持ちを口にしてくれるし、態度でも示してくれている。
なので今は私もちゃんと気持ちを口にしようと思った。
するとハルトは「それはありがたい言葉だな」と言いながら、ふわりと、正に前世の名前を体現するかのように、優しい陽射しのような笑顔を深めた。
「俺、前世でも今世でも、弱い自分を人に見せるのが苦手だったんだ。皆が頼ってくれるから、無意識のうちに皆が望む“ハルト”を壊さないように必死になってた。だけど今世でリクに会って、一緒に過ごすうちに、気付いたらリクを頼りにしてた。リクになら、弱い自分を見せても大丈夫だって思えるようになったんだ」
意外。
てっきりハルトの面倒見の良さや正しさを信じて突き進む行動力は、天性のものだと思ってた。
勿論持ち前の性格があったからこそ破綻せずにいられたんだろうけど……周りの期待を裏切らないようにそのように振る舞っている面もあったなんて、思いもしなかった。
一方で、今世で共に過ごした時間──特に婚約後のハルトを思い出すと、妙に納得出来てしまう。
ハルトは強いだけじゃない。弱さも確かに持っている。誰かに支えてもらいたい、助けてもらいたいと思っている気持ちが、時々垣間見えていた。旅に出て以降はその傾向が顕著だった。
そんな姿を、弱っている姿を、私にだけ見せてくれている事にも気付いてはいたけれど……。
「リクはどちらかと言うと、守ろうとする側に立ってるからかな。肩の力を抜いて、自分らしくしていても幻滅しないでいてくれる気がして。そう思ったら、やっと楽に息が出来るようになった気がしたんだ。俺、リクに出会えて本当に良かった。リクがこうして俺と共に歩む道を選んでくれて、今でも十分すぎるほど幸せだと思ってるよ」
なんて嬉しい事を言ってくれるんだ、この人は……!
もうこれ以上飛びつきたくなるような事を言われたら、耐え切る自信がない。
私だってハルトに負けないくらいの幸せを感じているつもりだれど、それをどう言葉で表現したらいいのかわからない。
今伝えたい事があるはずなのに、うまく言葉にならない。
頭を抱えたくなるほどのもどかしさの中、不意にある事を思い出した。
そう言えば以前、フレイラさんから色々とアドバイスを貰った時、言葉が出ない時は行動で表すのもありだとか言ってたような気がするな。
行動で表す。行動で……。
私はハルトの手を取った。
ハルトは首を傾げつつも黙ってされるがままになってくれている。
行動で、表す。
この幸せとこの愛しさを行動で表すとしたら一番は飛びつく事だけど、それは今出来ないから二番に甘んじて。
私はハルトの手の甲に唇を寄せ、口付けた。
「わっ!?」
さすがに驚いたハルトが慌てて手を引っ込める。王子様が女性から手の甲に口付けを受けるなんて、そうそう体験する事ではないだろう。それが恥ずかしかったのか、ちょっとだけハルトの頬の血色が良くなっているように見える。
そんなハルトを見上げ、私は思わず笑ってしまった。けれど同時に、言うべき言葉が頭の中にすとんと落ちて来た。
言いたい言葉がようやく手に入って、私はその言葉を一切飾る事無くそのまま口にする。
「愛してるよ、ハルト。2人で思いっきり幸せになろうね」
そう、この言葉が言いたかったんだ。
伝えたかった言葉を伝えられて、すっきりした気分になる。
一方で、ハルトは顔を真っ赤にしながら俯いて額に手を当てると、「リクが男前すぎる……」と呟いた。
けれど気を取り直して顔を上げ、改めて目線を真っ直ぐ私に向けてくる。
相変わらず顔は赤いけれど至極幸せそうな顔で微笑むと、私の言葉に答えを返してくれた。
「俺も愛しているよ、リク。絶対手放さないから覚悟しろよ」
言い終えるなり、照れ隠しなのかハルトは悪童のような笑みを浮かべた。
私もつられて似たような笑みを浮かべる。
「それはこっちの台詞」
「そっか。じゃあ離れる心配はないから、安心だな」
「うん」
互いの意志を確認していると、間もなく部屋の扉がノックされた。
ハルトが応じると、クレイさんが扉の向こうからそろそろ婚姻の儀の時間になる事を告げる。
いよいよだ。魔王と戦う前よりも余程緊張する。
「行こうか」
ハルトが腕を差し出してくる。
「はい」
私は婚約式前に散々叩き込まれた淑女の仮面を纏うと、ハルトのエスコートを受けて歩き出す。
するとすかさず扉の向こうにいたメイドさんたちが、私のドレスとマントの裾持ちをしてくれた。
婚約式でも使われた祭儀の間から先は、高い身分の、10歳前後の公子たちが裾持ちをしてくれる事になっている。けれど、それまでは彼女たちが裾持ちの代役をしてくれるようだ。
私たちはそのまま、祭儀の間に向かう。
祭儀の間の前には既にノイス殿下とミラーナがいて、彼らに並ぶと控えていた公子たちがメイドさんたちと裾持ちを交替した。
特別扉等はなく、祭儀の間の入り口に立っている司祭に促されて祭壇の前まで移動する。
祭儀の間には婚約式の時と同じくそれぞれの親族が揃って参列していて、その他に今回は神殿関係者らしい人々が10名ほど同席していた。
婚約式は国王陛下主導で行われていたけれど、結婚式もほとんど同じのようだ……と言うか、流れとしては大差ない。
異なる点を挙げるとするならば、まず読み上げる文言と、署名する書類の内容が違う。
相手を将来の伴侶とする約束を結ぶ婚約式と違って、今回は相手を永遠に伴侶とする約束を結ぶのだ。
あと婚約式と異なったのは、神殿から来た関係者の中で一番上位らしき人物が署名後の書類を受け取り、祭壇に捧げると、朗々と聖句のようなものを唱えた事くらいだろうか。
そうして厳かな結婚式──正式には婚姻の儀と呼ぶらしいけど、それを終えると、今度は2階の大きなバルコニーに移動する。例によって一般解放された前庭にいる人々に、婚姻を済ませた王族とその伴侶をお披露目する為だ。
前庭には既にたくさんの人々がひしめき合っていて、私たちがバルコニーに立つと割れんばかりの歓声が上がった。
そんな彼らに手を振っていると、やたらと大柄な人とその肩に乗せられている女性の姿に目を引かれた。その2人は周りより目立とうとしてか、より大きく手を振っているように見える。
ん? 何だか、見覚えがあるような……。
改めてじっと目を凝らして2人の男女を見る。少々遠いながらも魔王種なおかげで何とか顔が視認できた。
そうして認識した顔に、懐かしさがこみ上げて来る。
「リッジさん! ララミィさん! あっ、良く見たら隣にいるの、アーバルさんとラセットさんだ! って事は、あの抱っこされてる子はローシェンくん……!?」
思わず身を乗り出しそうになって、慌てて留まる。
ただでさえ大声を出してしまったせいで、ハルトや国王陛下、お妃様たち、ノイス殿下、ミラーナから注目されてしまっていた。
「知り合いか?」
代表して問いかけて来たハルトに、こくりと頷く。
「大きな声を出してしまい、申し訳ございません。前庭に、オルテナ帝国の城塞都市アルトンで暮らしていた時にお世話になった人たちの姿を見つけてしまって」
陛下たちにもぺこりと頭を下げる。
しかし陛下たちは気を悪くした風もなく、むしろ穏やかな微笑みを浮かべて「なるほど」と納得してくれた。
「では後ほど会えるように手配しておこう。クレイ……あぁ、城塞都市アルトンでの知り合いならサラも知り合いだな? ならサラに同行して貰うのがいいか」
陛下は背後に控えていたクレイさんと、親族としてバルコニー手前の部屋に控えていたサラを呼ぶと、事情を話してリッジさんたちを応接室へ通すように指示を出す。
サラはアルトンにいた時まだ3歳だったからリッジさんたちの顔を覚えているか心配だったけれど、リッジさんたちの名前を聞いた途端に嬉しそうな顔をして「迎えに行って参ります!」と、元気に請け負うとクレイさんと共に階下へと降りて行った。
程なくしてバルコニーの下にクレイさんとサラが姿を現し、特に目立つリッジさんの許へと辿り着く。
サラはアーバルさんとラセットさんに交互に抱きしめられ、一言二言交わすと、リッジさん、ララミィさん、アーバルさん、ラセットさんが改めてこちらに視線を向けて手を振ってくれた。
私も彼らに手を振り返すと、クレイさんが彼らを城内へと促したようだ。
そのままアルトンの面々とクレイさん、サラの姿が前庭から消えた。
あぁ、早く直接会って話がしたいなぁ。
「良かったですね、リク」
余程私が嬉しそうな顔をしていたのだろう。
隣からミラーナが相変わらずの眩しい笑顔で声をかけてきた。
「うん、良かった。嬉しい」
彼らはオルテナ帝国の人間だ。
いくら親しかったとは言え、私が魔族だと知って嫌われたんじゃないかと不安だった。
けれど、さっきのサラに対する様子を見た結果、そんな心配は無かったのだとわかって心底ほっとしている。
ほっとすると同時に、もの凄く直接話がしたくなった。
「このお披露目の後は夜会まで少し時間があるから、その時に会っていらっしゃい」
正妃のハレナ様もにこやかにそう提案してくれ、その隣で陛下も頷いている。
普段のこの王族方は一筋縄でいかなくていつも振り回されてしまうのだけど、基本的には情に厚く、優しいのだと言う事を思い出す。
もうね、その事を忘れちゃうくらい日頃から、あれやこれやそれの件で振り回されているからね……。
「俺も一緒に行っていいか?」
思わず感動していると、ハルトが同行を申し出て来た。
「もちろん!」
お世話になった人たちだ、是非ハルトにも紹介したい。
そんな風に私たちが話している様子は、前庭の人々からは仲のいい王族一家の姿に見えている事だろう。
談笑して誰かが微笑めば前庭からの歓声も一際大きくなる。私たちはその歓声に応えて前庭の人々に手を振り、笑顔を振りまいた。
やがて鐘が鳴り、前庭の一般開放時間の終わりが告げられる。
暮れ始めた街に向かって名残惜しそうに去って行く人々を見送ると、私たちはこの日最後の行事である夜会に向け、城内に戻った。




