73. 水面下で
凱旋から1週間が経過した。
お祭り騒ぎだったアールレインも大分落ち着いて、城に着くなり疲労で倒れたハルトとフレイラさんも何とか回復した。
いや、普通にね、魔王を倒したその足であまり休息も取れずにあんなに急いで帰って来たらそりゃ倒れますよ。
それを強要した国王陛下を、心の中でこそっと鬼畜認定しちゃいましたよ。
結局あれだけ急かされた理由は未だに聞けていない。
そもそも凱旋した日に謁見の間で面会して以降、アールグラントの王族方とは殆ど会ってない。
ミラーナすらも何やら忙しそうにしていて、廊下ですれ違っても軽く挨拶をしている傍から侍女に急かされるので、ろくに会話も出来ていないし、他によく見かけるアールグラントの王族と言ったら、まだ幼い第5王子のスレイ殿下と第4王女のエル殿下くらいだ。
他に王城で再会したのは、いつの間にかイリエフォード魔術師団所属から王城勤務になっていたサラ。サラも元気そうで、私たちが不在だった間、アールグラント含む人族領への魔物の大群による襲撃はなかった事を教えてくれた。
けれどサラも何やら忙しいらしく、凱旋したその日に会って以降、全く捕まらなくなってしまった。
その一方で、どうもやたらと神殿の関係者らしき人々の出入りが激しい気がする。
それと、じわじわと各国要人が城に集まって来ている気がするのは気のせいだろうか……。
そうして主に休養を取りながら過ごしていたある日の事。私、ハルト、フレイラさんはある人物から面会を求められた。
案内された場所は謁見の間に近い応接室で、既に来客は到着しており、私たちが来るのを待っていたようだった。
「お久しぶりです、ハルト殿下、リク殿。初めまして、フレイラ殿」
そこにいたのは、イリエフォードにいるはずの冒険者ギルドのギルドマスター、オーグさんだった。
相変わらず溌剌とした気力に満ちている。
「冒険者ギルドのギルドマスターがお出ましと言う事は、アレですか?」
何やら察したらしいハルトが問いかけると、オーグさんはニヤリと笑った。
「お察しの通りです、殿下。この度は殿下並びにリク殿と親交がある私めにこの役が回って来ましてね。大変光栄な事です」
そう言いながら恭しく礼をすると、3つの小箱を応接室の机の上に並べた。
高級そうな立派な箱は黒で、しかし真ん中の黒い箱だけは何やら箔押しの紋章が刻み込まれている。
「真ん中が殿下の、こちらがリク殿の、こちらがフレイラ殿の分になります」
一体何が入っているんだろう?
私とフレイラさんは首を傾げながら示された箱を手に取る。
中身を知っている風だったハルトも、何故かきょとんとした表情で紋章が入った箱を手に取った。
そしてオーグさんに促されて、各々手元の箱を開ける。
入っていたのは、黒いプレート。
冒険者ギルドのギルドカードだ。
黒はランク7を示す。
しかしランク7を持っているのは勇者か魔王クラスの者のみ。
ハルトは魔王ゼイン=ゼルを討伐した際にランク7のギルドカードを手にしたと言っていた。
今回は魔王ゾイ=エンを討伐した事で、私とフレイラさんにランク7のギルドカードが贈られたのだろう。
ちらりと見れば、フレイラさんの手にも黒いギルドカードがあった。
となると、気になるのはハルトに贈られた物だ。
既にランク7であるハルトには、一体何が贈られたのだろう。
そう思ってハルトの手元を見ると、金で縁取られた黒いギルドカードがそこにあった。
ハルトは完全に困惑している。
ひょいとそのギルドカードを横から覗き込んでみると。
「ランク……8?」
思わず呟くと、机を挟んだ向こう側に立つオーグさんが頷いた。
「これまで2度も魔王を討伐した勇者はいませんでしたので、上層部も大分悩んだようです。その結果、殿下には新設したランク8をお贈りする事になりました」
「……これは、受け取れません」
オーグさんの説明を聞くなり、ハルトはギルドカードを箱に戻し、オーグさんに差し戻した。
今度は返されたオーグさんが困惑する。
「理由をお聞きしても?」
「今回、私は役立たずでしたから。魔王ゾイ=エンとは相性が悪く、ひと太刀も入れられませんでした。むしろ周りに守られてばかりで……足手纏いだった事でしょう」
「「何言ってるの!?」」
ハルトの反省の弁に、思わず私とフレイラさんが同時に声を上げた。
あまりの勢いに、ハルトは身を竦ませる。
「ハルトがいなかったら魔王ルウ=アロメスを退ける事は出来なかったんだよ!?」
「そうよ! それにハルトがいなかったら空中戦に持ち込まれた時点で全滅だったわよ!」
ずいずいと両脇から迫られて、ハルトは1歩2歩と後ずさった。
「オーグさん、聞いて下さいよ! 正直ね、魔王ゾイ=エンよりも魔王ルウ=アロメスの方がよっぽど脅威だったんですよ! 何だあの化け物って思うくらい強かったんですよ!」
「そうそう! 更に言うなら、あの魔王に唯一手傷を負わせられたのもハルトだけだったし!」
勢い良く訴えられて、オーグさんも後ずさった。
「そう言う事なので、ハルトが謙遜する必要性はないものと思います!」
「右に同じ!」
「はっ、はい、そうですね」
私たちの勢いに負けてオーグさんが同意の声をあげる。
そのまま視線をハルトに向けると、
「そういう事らしいので、それは受け取って頂けると有り難いです」
「……はい。有り難く受け取らせて頂きます」
困りきったオーグさんの様子に、ハルトは強張らせていた表情を緩め、改めて黒い箱を受け取った。
よしよし。
「それにしても、その魔王ルウ=アロメスは相当驚異的な相手なんですね?」
「向こうはただの戦闘狂なので、相手を殺すつもりは全くないんですけどね。だから誰も致命傷を負わされたりはしていないんですけど……。ただ、だからこそ絡まれるとたちが悪いんです。気に入られたら最後、一体いつまで付き纏ってくる事か……」
新たな魔王の情報に興味があるのか問いかけてきたオーグさんに、私は嫌々説明した。
けれど。
途中で「あっ」と思って口を噤むも時既に遅し。
フレイラさんが心底嫌そうな顔で項垂れていた。
「ごめん、フレイラさん。でも、ほら、私も何かいい方法がないか考えるし! そう気を落とさないで」
ルウは去り際にはっきりと「諦めない」と言っていた。でもフレイラさんのこの反応を見ていると、どうにかルウにフレイラさんを諦めさせる事は出来ないものかと考えてしまう。
しかし不意に、窓の外に視線を向けたフレイラさんの顔色が変わった。そして、こんな事を言い始めた。
「でもよくよく考えたら、最終手段としてルウ=アロメスの嫁になるのも手かも知れないわね」
えっ!? ちょっと、どうしたの急に!
そう思いながらもフレイラさんの視線の先を見て、そこにいる人物を認識すると同時に察した。
城の前庭に、先日から続々とアールグラント城に集まり始めた各国要人の後続が到着したようだ。
その中に、恐らくフレイラさんがこの世界で最も会いたくないであろう人物を見つけてしまった。
オルテナ帝国皇太子、マイス=モスレイ=オルテナ。
「そう言えばここ最近、国外の王族方や代理にあたる高貴な方々がアールグラントに集まって来ていますね?」
何気なく私たちの視線の先を追ったオーグさんがそう切り出すと、ハルトが「まさか」とつぶやき、
「オーグ殿、この度はご足労頂いてありがとうございます。こちらのギルドカードは有り難く受け取らせて頂きます。では、私は急用を思い出したので失礼します!」
そう捲し立てると、足早に部屋を出て行ってしまった。
残された面々は呆然と立ち尽くしていたけれど、私とフレイラさんもオーグさんにお礼を言うと、ハルトに続いて部屋を出た。
何だろう、嫌な予感がする。
「タツキ」
「フレイラさんの護衛をすればいいんだよね?」
「うん、よろしく」
私はタツキを喚び出すと、私の意図を察してくれているタツキにフレイラさんを任せて走った。
向かう先は……あぁ、何も考えてなかった!
咄嗟にハルトが向かいそうな場所が思い付かなかったので、感知能力を全開にしてハルトの気配を探る。どうやら執務棟の王族の執務室が集まる区画に向かっているようだ。
私はすぐさまハルトの気配を追いかけた。
程なくしてハルトを見つけて駆け寄ると、ハルトもこちらに気がついて立ち止まった。
「どうしたの、急に」
「いや、状況が状況だから、もしかしたらと思って……」
「何が?」
ハルトが思い至った事が何なのかわからず首を傾げると、ハルトは苦々しい表情を浮かべた。
「リクも知ってるだろう、父上のあの性格を。俺たちに帰還を急がせた。その割にその理由を全く告げず、沈黙を守っている。そんな中、他国の王族を中心とした要人が集まっている。ここから導き出せる答えはひとつしか思い当たらない」
私はひとつも思い当たらないんですけどね……。
相も変わらず首を傾げていると、ハルトは深い深いため息をついた。
「確かに俺とリクとの間では帰還してすぐにでも結婚しようって話はしてたけど、まさかその話を全く伝えてない父上に、先手を打たれるとは思ってなかった……。いや、まだ予測の範囲を出てないけどな」
「えっ」
ハルトの言葉から、一体ハルトが何を懸念しているのか、じわりと理解し始める。
さっきの嫌な予感、的中か……!?
「多分だけど、近々執り行われる事になっているのかも知れない」
何を、とは聞かずとも、さすがにもう答えに行き着いていた。
けれど、ハルトの答えを待った。
「婚姻の儀──結婚式が」
ですよねー……。
その後私の気配感知能力を駆使しつつ城の中を歩き回って、ようやくノイス王太子殿下を捕まえる事に成功した。
早速ハルトが各国の王族が集まっている件を問いつめると、ノイス王太子殿下は捉え所のない笑みを浮かべて「何だ、バレちゃったんですか」と宣った。
「あれだけ急がせておいて、いざ戻ったら逃げ回って急がせた理由を言わない上に、次々と各国の王族が来てたらさすがにわかるだろう」
「えぇ? でも私とミラーナの結婚式かも知れないって思いませんでした?」
「いや、むしろ最初からノイスとミラーナの結婚式が近々行われるって言われていたら、それを信じたと思うけどな」
「あぁ、なるほど。では今回は父上の判断ミスですね。きっと父上は兄上に問いつめられたら騙し通せないと思って顔を合わせないようにしてるんですよ」
ノイス王太子殿下、本当に捉え所がない。
のらりくらりと躱しているようでいて、切り込まれたらあっさり手の内を晒してみたり。
感情の流れを感知しようとしても雲を掴むような感覚で、こちらも捉え所がないからたちが悪い。
腹の内を簡単には探らせないと言う意味では、ノイス殿下は国王という立場に向いているのかも知れない。
「まぁ、諦めて下さい。今回の事で父上たちは、兄上やリクは強い力を持つが故にその力を求められたら断れない立場にあるという事を、再認識したんです。それに今回は半年ちょっとで戻って来ましたけど、もし魔族領北部の調査もしなければならなくなっていたら、数年間戻ってこなかったかも知れない。父上や母上たちはその辺を気にしてるみたいなので。
だから魔王ゾイ=エン討伐完了の連絡を受けるや否や、結婚式の手続きを最速で手配して、兄上たちが戻った後のタイミングで各国の王族方がアールレインに到着するように招待状の手配をして……それはそれは全力で、あらゆる手を尽くして最短で式の準備を整えていましたからね」
「……なるほど」
相変わらずアールグラント国王陛下はちょっとズレた所でもその実力を発揮しているようだ。
仕事はできるのに、何だか力を入れる所を間違えていないだろうか?
……あぁ、でもセレン共和国とヤシュタート同盟国の調査団の件に関してはこの上ない政治手腕を発揮してたか。
何だろうなぁ、何でちょっとおかしいんじゃないかなぁって気分になるんだろうなぁ。
「で、ノイスたちも一緒にやるんだろう? 結婚式」
「そうですよ。まぁ婚約式も一緒でしたしね。この際全部一緒でいいんじゃないですかね?」
軽いっ!
あまり重要だと思っていないのか、口調に迷いがない。
あれぇ、ミラーナ、この王太子様が相手でうまくやってけるの?
内心不安を覚えていると、ちらりとノイス殿下がこちらを見た。
「リクもそれでいいですよね?」
「……えぇ。何を言っても無駄でしょうから」
「さすが、わかってますね」
わかってますねって!
いろいろ突っ込みたい気持ちはあったけれど、ぐっと我慢する。
正直ノイス殿下に口で勝てる気がしない。
ノイス殿下はいい笑顔をこちらに向けると、「では、来賓の出迎えがあるので、詳細はまた後日!」と言って去って行ってしまった。
どうやら激戦を経て長旅から帰って来た私たちを気遣って、来賓の出迎えを一手に引き受けてくれているようだ。
ただでさえ王太子として国王の補佐をしていて多忙なのに、自らも結婚式に向けた準備をしつつ来賓の出迎えや対応もしているから、いつも以上に捕まりにくかったんだな……。
その事に関しては理解したものの、やっぱり釈然としないものを感じるのは気のせいだろうか。
ノイス殿下を見送った後、私とハルトは諦め切った表情で廊下を歩いていた。
ノイス殿下が気を遣ってくれていたように、私たちは休養を優先するように言われていて、特に何もする事がないのだ。
「あ、そうだ。フレイラさん大丈夫かな」
さっきタツキに護衛をお願いしたまま放置してしまっていたんだっけ。
探しに行こうかな。
「フレイラか。この先、どうするんだろうな。やっぱりオルテナ帝国に戻るのかな」
「多分、だけど……。でも神殿にも行くつもりでいるみたい。出来たらオルテナ帝国に戻る前に、エルーン聖国の神殿に行かせてあげたいんだけど」
正直、私の中でオルテナ帝国の王族はマイス殿下の印象のせいで、すっかり信用ならないイメージが付いてしまっている。
そんな所にフレイラさんを戻したくないと言うのが本音だ。
だからこそ神位種が本来所属している神殿を経由して、何とかうまくマイス殿下との婚約を解消できないものかと思ってしまう。
駄目かなぁ、出来ないかなぁ……。
「何だ、フレイラはオルテナ帝国に派遣されている事に納得してないのか?」
「いや、何だかマイス皇太子殿下の婚約者の立場にいるみたいなんだけど、婚約を解消したいっぽいんだよね…。詳しい話は聞いてないんだけど……。私としてもマイス殿下は警戒したい相手だから、フレイラさんが心配で」
私はハルトにオルテナ帝国の根底に魔族を嫌う性質がある事と、その事で婚約式の時にマイス殿下が不穏な空気を出していて、フレイラさんが私の護衛をしてくれていた事を話す。
「あぁ、確かにあの国はなぁ……」
「知ってたの?」
「リクがオルテナ帝国はいい所だって言ってたから、あの後調べて知ったんだ」
随分懐かしい話だ。
魔族領に行ってる間にも人族領では季節が巡っていて、今は初夏だ。私は春生まれだから既に17歳になっている。ハルトももうすぐ20歳だ。
私がハルトにオルテナ帝国を薦めたのは今世で再会した時、私が9歳の時の事だから……もう8年も前の話になるのか。
そうか……ハルトと再会してから8年という事は、オルテナ帝国からアールグラントに来てもう8年って事でもあるんだ。
何だかあっという間だなぁ。
「オルテナ帝国はアルトンしか知らないけど、アルトンに限って言えばいい人多いんだけどねぇ。まぁそれも、私が魔族だって知らなかったからなのかも知れないけど……」
もうみんな、私が魔族だって事を知ってるんだろうな。
むしろアルトンを去る前にはもう私が魔族だってバレてたよね。
何せイズンさんが手紙を持って現れた時に私がハルトと共に魔王と戦ったイムサフィートの娘だってみんなに知られたわけだし、教会から出されていた魔王討伐に関する知らせにははっきりと“妖鬼”のイムサフィートって書かれてたみたいだし。
それでもみんなで送り出してくれたけど……ちょっとだけ、本当は心の底では魔族への嫌悪感があったんじゃないかとか考えては恐くなる。
あの頃はまだ二次覚醒してなかったから相手の感情を感知する力も弱かったし、気付かなかっただけで実は…なんて。
つい俯くと、ハルトが慰めるように頭を撫でてくれた。
「考えの違いばかりはどうしようもない。簡単には割り切れないだろう。けど、まだ相手がどんな態度を取るかなんてわからないだろ? わからないうちから落ち込んでても仕方がない。俺がイズンから聞いた話から想像するに、きっと今リクがその姿のままアルトンに行っても、アルトンの人は喜んでくれると思うけどな」
「うん……ありがとう」
励まして貰ってちょっと元気が出たのでお礼を言うと、ハルトはもう一度私の頭を撫でて視線を窓外に移した。
「しかし、フレイラの件は複雑だな。あくまで神殿とオルテナ帝国の間の事だから、俺たちじゃ何も手が出せない」
「やっぱり駄目かな。せめて、オルテナ帝国に戻る前に神殿に行かせてあげたいんだけど……」
「うーん……あぁ、でもそれなら手がなくもないか」
ハルトはいい案が閃いたようで、ポンと手を打った。
期待を込めてその先の言葉を待つと、ハルトは「俺たちも他人事じゃないんだけど」と前置きしてからこう言った。
「魔王討伐報酬の受け取りを、神殿で受け取らせて貰えばいいんだよ」
そうと決まればハルトの行動は早かった。
すぐさま念話術師の元へ向かい、神殿と連絡を取る。
そして差し出がましいながらも、今回魔王討伐報酬が発生するのかを確認。
発生する事が確認できたので、すぐさま神殿側からこちらに持って来るのではなく、今後の為にも一度直接神殿を見学したいと伝え、神殿に招待して貰えないか交渉する。
勿論報酬が出る対象としてフレイラさんが含まれているのを確認して、フレイラさんも含めて全員を神殿に呼んで貰えるように交渉。
結果、神殿側からはあっさり許可が出て、ハルトと私の結婚式後、落ち着いた頃でどうだろうかと提案された。
それではフレイラさんがオルテナ帝国に連れ帰られてしまうかも知れない。一度オルテナ帝国に帰ってしまったらまたここまで来るのは大変だからと、オルテナ帝国側の意向でこの交渉自体が無駄にされる可能性がある。
なので、ハルトは結婚式の2日後にアールグラントを出立して神殿に向かう日程で再交渉した。
さすがに神殿側も困惑したようだったけど、王族であるハルトの執務日程の関係で他の日程では訪問が難しいのだろうと考えて、配慮してくれたようだ。神殿に迎える準備は整えておくから、こちらの都合のいいようにしていいという許可まで出してくれた。
何だ、神殿。お固いイメージだったけど、結構融通きくんだね。
無事神殿との交渉を終えて、私たちはその足でフレイラさんを探し出した。
フレイラさんはタツキと一緒に私に充てがわれている王城での私室にいた。
どうやらここが一番安全だと判断されたようだ。
確かにここならおいそれとマイス殿下も入って来る事は出来まい。
部屋に入ると早速ハルトが先程の神殿とのやり取りについてフレイラさんに説明した。
その裏に、フレイラさんを一旦神殿に向かわせる事でオルテナ帝国から保護する意図がある事は、フレイラさんも気付いたようだ。
「ありがとう、2人とも。そうよね、そもそも私は神殿に所属しているんだもの、神殿経由で婚約解消を申し出た方が一番安全だし、筋が通ってるわよね。問題は、マイス殿下の帰国日程ね。今回も婚約式の時と同じくらいアールグラントに滞在してくれたらいいんだけど……」
フレイラさんの言う事も最もだ。
通常は遠路遥々来てくれた高貴な方々を1日や2日で帰国させるのは失礼にあたるから、招待した国の方で何らかの催し物を開催したりするのが常だけど、魔族嫌いのオルテナ帝国皇太子殿下は果たしてそんなに何日も滞在してくれるだろうか。
勿論、招待国のもてなしを無下にするのも失礼にあたるし、国交上の問題になりかねないから早々に帰国したりはしないと思うけど。
これは、我が国の国王陛下に相談せねばならない案件かも知れないな……。
何としてもマイス殿下をアールグラントに引き止めて、フレイラさんが神殿に行けるようにしないと!




