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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第3章 魔王討伐
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72. 凱旋②

 一騒動、二騒動あったけれど、ギルテッド王国に到着した3日後、私たちはフォルニード村を目指して出発した。

 メンバーは私、ハルト、タツキ、フレイラさん、マナ、セン、そしてギルテッド王国で待機していた、御者を勤めてくれるアールグラントの騎士4名だ。



 後に気付く事だけど、この時私はすっかりゾイの村を襲った人族の件を忘れていた。

 何せギルテッド王国に到着して早々あの状況だったしね……。

 重ねて“飛竜の翼”のギルテッド王国を拠点にする宣言に加えて、結婚式の話題もあったせいで、私の頭の中はすっかり混乱していたのだ。

 そしてこの後も続く怒濤の出来事のおかげで、私が忘れていたこの件を思い出すのは、全てが落ち着いてからの事となる。

 この時この件について忘れていた事が結果的に良かったのだと知るのも、かなり後、ゾイの村を襲った人物の正体が判明してからだった。




 ギルテッド王国から先は馬車は2台に分乗する。

 分乗の配分は、現在は男性陣、女性陣で別れている……はずが、タツキが何故か女性陣側に乗っていた。

 そして私たちから離れてフレイラさんに何事か話しかけようとして、私とマナが魔王種である事を思い出して内緒話は諦めたようだ。

 小さくため息をつくと、フレイラさんに問いかける。


「フレイラさん、このまま人族領に戻るつもりなの?」


 一体何を言っているんだろうと思ったけれど、問われたフレイラさんはタツキの問いに柔らかい微笑みを浮かべた。


「覚えててくれたのね。ありがとう、タツキくん。でも私、思ったの。このままオルテナ帝国から逃げようと思えば逃げられるかも知れないけれど、やっぱりけじめは大事だわ。きちんと神殿と帝国側にマイス殿下との婚約を解消して貰えるように、かけあってみるつもり」


 えっ、何、何の話?


「それで無事婚約解消出来たら、約束通りタツキくんの調べもの、手伝わせてね」

「……フレイラさんが、そう決めたのなら」


 納得しきれていない様子ではあるけれど、タツキはフレイラさんの申し出を受け入れる。

 私としては、全く話が見えてないんだけどね!?


 ……いや、待てよ。今フレイラさんは「マイス殿下との婚約を解消」って言ってたよね。

 そうか、そう言う事か。フレイラさんはマイス殿下と婚約してるのか。お互いあれだけ嫌い合ってるのに何で婚約してるのかは謎だけど。

 でも話の流れからすると、フレイラさんはこの婚約を解消したがっていて、今回の調査にかこつけて帝国からの逃亡を計画していたって所だろうか。

 で、それをタツキに相談していたと。


 でも何だろう。

 今あのふたりの会話に割って入るのは憚られた。

 なので聞くとは無しにあちらの会話を聞きながらも、私はマナと話をしよう……と思った所で、タツキに伝えようと思っていた事があったのを思い出した!


「そうだ、タツキ! 例の暴走事故の件、手掛かりが掴めたよ! 状況的には難しいかも知れないけれど、もしかしたら事故の原因がわかるかも知れない!」


 おぉ、危ない危ない。伝えるタイミングを逃しているうちに伝える事自体を忘れる所だった!

 そう思いながらそこまで言って、マナと目があって自分の失敗に気付く。

 まずい、情報元がフォルニード村を壊滅させた黒い神官服ことリドフェル教使徒のシスイだとは言い難い状況……。それに、マナには関係のない話だ。この話題は今ここで出すべきじゃなかった!


 完全に固まってしまった私を見て、タツキが察してくれたらしい。

 ふぅ、と小さくため息をつくと、


「うん、わかった。じゃあ今度ゆっくり話を聞くよ。何せそっちは急ぎの用件じゃないからね」


 やんわりとフォローを入れてくれた。

 うちの弟が優秀すぎて、姉としては有り難いのと同時に立場がなくてツラいです。


 そのやり取りからマナも特に話を掘り下げて来る事もなく、フレイラさんもタツキ同様察してくれて、その話題は綺麗に流れた。

 ちょっと私、色々と落ち着いた方がいいのかも知れない。

 こんなんでこの先大丈夫なのか、自分で自分の将来が心配だ……。




 ギルテッド王国を出発しておよそ2ヶ月後。

 私たちはフォルニード村に到着した。

 フォルニード村は人族と魔族が入り交じって、鋭意復興作業中だった。


 村に到着するとすぐに私たちに気がついた獣人族の青年が村の奥へと走って行って、村の代表者を呼んで来た。

 この時初めて知ったのだけど、フォルニード村の代表者の名前はラーウルさんと言うらしい。

 体格が大きく、半円の形をした耳を持つ、熊の獣人だ。


 ラーウルさんはハルトの姿を認めると、魔王ゾイ=エンを倒した事への感謝と、アールグラント含む人族からの復興への援助に対する感謝の意を伝えた。

 その後はマナが戻って来た事に驚き、復興へ意欲を燃やすマナの健気さに感動し、マナを囲んで改めて団結して復興するぞ! と声高に叫ぶ……などなど、ラーウルさん含むフォルニード村の生き残りたちは大忙しだった。


 そのマナからギルテッド王国からついてきてくれたセンが紹介されると、村の若い男性陣からやや不穏な空気が流れたものの、相手が赤目の魔王種とわかるやしょんぼりとした空気に変わる。

 マナの美しさにやられている村人は結構いたようだ。

 けれど、マナは気付いていなくても、周囲は一目でセンがマナに好意を抱いている事に気付いたらしい。

 それだけで諦められるものなのかとも思ったけれど……マナのセンに対する態度がどうも他の男性陣に対するよりも柔らかい気がする。


 ……私が思うに多分ね。セン、弟みたいに思われてるんだと思うよ。

 けれどそんな事に気付きもしない村の若者たちは、マナがセンに心を開いていると言う一点のみであっさり身を引いた。

 この誤解はセンの為にも解かないでおいてあげよう。

 センもショックを受けるだろうし、フォルニード村の若者たちを悪く思っているわけではないけれど、安心してマナを任せられそうな人物がこの場にセンしかいないからね。君たちにマナを任せるわけにはいかないのだよ。



 当初の予定ではフォルニード村にも3日滞在する予定だったけれど、フォルニード村にモルト砦から派遣されている念話術師のランサルさんから「陛下から、早くアールレインに帰らせろと頻繁に念話術師経由で連絡が来ておりまして……」と困り果てた顔で言われてしまっては仕方がない。

 翌日にはフォルニード村を出発する事になった。

 とは言ってもハルトはハルトでフォルニード村でこなさねばならない仕事があるので、最低1泊する事はランサルさんから伝えてもらった。

 渋々ながらもこればかりは了承されたようで、ランサルさんも肩の荷が下りてほっとした顔をしていた。


 しかし3日かけてこなす予定のフォルニード村での仕事をたった1日で片付けねばならなくなり、当然のようにハルトは激務に追われた。

 フォルニード村に到着してラーウルさんと挨拶した後は、執務用に優先的に建設された建物に缶詰状態になっている。

 現状フォルニード村にはアールグラントのみならずセレン共和国やヤシュタート同盟国から派遣された元調査団の面々もいるので、その代表者たちとの挨拶に始まり、各国責任者からの報告を受け、状況を把握する為に村の中を視察、報告と照らし合わせての確認、その後ラーウルさんを含めて今後の復興計画の確認、その上で必要な物資の確認、申請される書類への国王代理としての署名作業などの仕事がひっきりなしに舞い込んで来ていた。


 さすがにちょっと大変そうだったから、私も書類仕事の補佐をしてたんだけど……アールグラント勢から向けられてくる温かい視線が気になって集中出来ない。

 結局途中でタツキとフレイラさんに書類仕事の補佐を交代して貰って、私は復興作業の手伝いをした。

 こう見えてもかなり力持ちなのでね。力仕事もどんとこいだ。

 そんな意気込みで私が執務用の建物から外に出た後、アールグラントの責任者の騎士が温かい視線を送って来ていた他の騎士たちに雷を落としていたというのは、後々ハルトから聞いた話である。




 そうして翌朝、私たちはマナやセン、フォルニード村の人々や復興作業に携わる人々と別れて、魔族領とアールグラントとの間にある関所に向けて出発する事になった。

 フォルニード村で聞いた情報だと、関所はほぼ復旧済みらしい。


 別れ際、マナが「皆、色々とお世話になりました」と深々と頭を下げ、改めて私に向き直ると「また手紙書くね」と微笑んだ。

 それからフレイラさんの手を取ると、「困った事があったら言ってね。ボクに出来る事だったら力になるから!」と言っていた。恐らく道中でのタツキとフレイラさんの会話から、マナもある程度事情を察したのだろう。

 対してフレイラさんは少し困ったような顔をしながらも、「ありがとう、マナ」とマナの手を握り返していた。



 フォルニード村を出発しておよそ1日半。

 私たちは無事関所に到着した。

 途中、私とタツキが分解した森の一部が更地になったままだったので、本来ならフォルニード村から関所まで2日かかる所をかなり短縮出来た。魔物にも、フォルニード村に向かった時と比べるとほとんど遭遇しなかった。


 私は目の前にそびえ立つ関所を見上げる。

 フォルニード村で話には聞いていたけれど、目の前の関所はここで惨劇があったとは思えないほど綺麗に再建されていた。

 思えばこの関所を通過してから戻って来るまで半年近い時間が経過してるんだなぁと、しみじみ思う。

 半年もあればここまで復旧できるのが、この世界の建築技術のひとつの水準のようだ。なかなか高水準だと思う。

 だってこの関所、石造りだからね!


 それでも関所の脇にある大きな慰霊碑が、あの惨劇が事実であった事をしっかりと証明していた。

 思わずその慰霊碑の前で手を合わせて目を閉じる。

 関所に火を放ったイザヨイや、あの大量の魔物を操っていたであろうシスイを見逃して、仇を討たなかった事を真っ先に詫びる。

 そして今後もきっとそれは叶わないであろう事も詫びてから、ハルトの命を……広範にはアールグラントを害そうとしていた魔王ゾイ=エンは打ち取った事を伝える。

 最後に「安らかにお眠り下さい」と締めくくって目を開けると、隣でハルトとフレイラさんも手を合わせて何やら祈っていた。きっと似たような事を告げているのだろう。


 ふと背後を見ると、タツキが複雑そうな表情で慰霊碑を見上げていた。

 それから私の視線に気がついて、困ったような笑顔を浮かべる。

 そっか。

 前世でタツキは、こうして手を合わせられていた側だったもんね。

 複雑な心境なのかも知れない。


「ねぇ、タツキ」


 私はタツキに小走りで駆け寄る。


「タツキは、私が仏壇の前で色々話してた事、聞こえてた?」

「あぁ、うん。ちゃんと全部聞いてたよ」

「いい事も、悪い事も?」

「リクが落ち込んで仏間でごろ寝しながらごちゃごちゃ何か考えてたのも全部、だよ」


 苦笑しながら答えるタツキ。

 そんなこちらの会話を、ハルトとフレイラさんも慰霊碑の前に立ったまま聞いているようだった。


「……私ね、あの時、ずっとタツキと話がしたかったんだ。本当はこうして、普通の姉弟として過ごしたかった」


 私はタツキの隣に並んで、慰霊碑を見上げた。

 今日は晴天だ。

 太陽がちょうど慰霊碑の背後に昇っていて、眩しさに目を細める。


「でもね、何となく、仏壇の前で話してるとね、誰かが聞いててくれてる気がしたの。どんなにつらい時も、仏間にいると、ちょっとだけ楽な気持ちになれた。そう思えたのはきっと、タツキがちゃんと話を聞いてくれてて、見守ってくれてたからなんだね。あの時は、ありがとう」


 何だか急にお礼が言いたくなって改めてタツキに向き直って頭を下げると、タツキが柔らかい微笑みを浮かべながら私の手を取ってぎゅっと握った。


「それは僕の台詞だよ。毎日話しかけてくれてありがとう、リク。リクが毎日話しかけてくれてたから、僕はずっと寂しくなかった。前世では僕が一方的にリクを知ってるような感じだったけど、前世でも今世でも、弟妹想いで優しくて一所懸命な、最高のお姉ちゃんだと思ってるよ」

「……タツキ!」


 あぁ、もうっ! やっぱりうちの弟、可愛すぎる!

 私は言葉にならない衝動のままにタツキを抱きしめた。

 相変わらずタツキは苦笑しながらぽんぽんと私の背中を優しく叩くと、


「きっとね、睦月も、理緒もそう思ってたはずだよ。だから、全部が片付いたら、睦月を迎えに行こう?」


 小さな声でそう言った。思わず息を呑む。

 私はタツキを解放すると、まじまじとその顔を見た。


「シスイとの話、聞いてたの?」


 小声で問いかけるとタツキは小さく頷く。


「僕はシスイの考えに賛成。二度と会わないなんて言わないで、また一緒にいられるようにする方法を考えようよ。あの時、睦月が僕を兄さんって言ってくれたでしょ。僕、兄さんなんて呼ばれたの初めてで、嬉しくて泣いちゃいそうだった」


 そう言えばイザヨイがちらっとタツキの事を「兄さん」って言ってたっけ。

 ……そっか。そうだよね。睦月は私にとって前世の弟だけど、私だけの弟って訳じゃないんだ。タツキにとっても弟なんだ。だから私が勝手に「二度と会わない」なんて、決めていい事じゃなかったね。


「わかった、考えよう。とりあえず、もし次に会う機会があったら、真っ先にあの時の言葉は訂正しておく」

「うん」


 私とタツキは頷き合うと、改めて慰霊碑を見上げた。

 そうだ、イザヨイと一緒にいられるようになったら、まずはここに連れて来てきっちり謝らせよう。謝って許される事ではないかも知れないけれど、まずは謝罪だ。その後は私もイザヨイと一緒に償いの道を探ればいい。

 もしかしたらアールグラントに人的被害をもたらしたイザヨイと一緒にいる道を選ぶ事で、ハルトの隣にいられなくなるかも知れないけれど……ハルトは、理解してくれるだろうか。


 ハルトなら……。

 そう考えた所で思わずくすりと笑ってしまった。

 何となくだけど、確信を持って言える。ハルトなら一緒になって考えてくれるに違いない。


 慰霊碑の前では「関所に戻るぞー」と、ハルトがこちらに手を振っている。

 私とタツキはもう一度頷き合って、ハルトたちの許へと歩いて行った。




 アールグラント国王からの「早くアールレインに戻れ」コールはどこに行っても続いた。

 関所でも念話術師経由で伝えられ、関所でのハルトの仕事に関しては「モルト砦から派遣されてきた文官たちが代行しますから、どうぞ急ぎ首都へお戻り下さい」と言われてしまったので関所では1泊もせず、馬車の馬だけは疲弊していたので関所の馬に付け替えて、モルト砦を目指した。

 どうやらフォルニード村で1日とは言え出発を遅らせたから、国王陛下側が先手を打っていたようだ。

 そこまでして早くアールレインに帰らせようとしている理由がさっぱりわからないけれど、こうも手を回されていては従わざるを得ない。

 私は大丈夫だけど、こんな強行軍をアールレインに着くまで続けて、神位種とは言え人族であるハルトやフレイラさんは大丈夫なのかな……。

 その2人以上に、御者をしてくれている騎士たちも心配だなぁ。



 モルト砦ではシグリルとレスティが出迎えてくれた。

 けれど、その他の人々は激務に追われているらしく、砦の責任者であるアズレーさんや軍師的立ち位置のステルさんの代理としてシグリルとレスティが出迎えてくれたようだ。


「ご存知かと思いますが、国王陛下からハルト殿下方を一刻も早く王都に帰らせるようにと厳命されておりまして……。只今砦内ではハルト殿下のお手を煩わせぬよう、総出で報告書作成を行っております。あ、でもこの報告内容は殿下にお聞かせするものではなく、王都に提出する為のものですので、どうぞお気になさらず、王都へお急ぎ下さい。あぁっ、そう、そうです、センザにも必ずお立寄り下さいね」


 と、シグリルが説明している間にも、私たちの馬車が別の馬車に変更されている。

 これまでの幌馬車ではなく、貴族用の豪奢な馬車だ。その後ろを必要物資を乗せた幌馬車が追従するようだ。

 更に御者の騎士も交替して、彼らとは別に護衛騎士も20名ほど付けられた。


 国王陛下の意図がわからない。

 私、ハルト、タツキ、フレイラさんは顔を見合わせ、同時に首を傾げる他なかった。


 「道中気をつけてな」と、やけに砦に馴染んでいる水竜レスティとその契約主のシグリルに見送られて、私たちはモルト砦を出発した。

 馬車こそ貴族用になったけれど、走らせる速度は私たちが幌馬車で出していた速度よりも大分速い。

 一体どれだけ急かされてるんだと思う。



 しかし何かを問う暇もなく、馬を単騎で走らせるよりかは遅いけれど通常の馬車を走らせるよりかは早い日程でセンザに到着した。

 かなりの強行軍だったので護衛騎士たちも疲労が色濃い顔をしている。

 馬も大分お疲れだ。

 更に言うなら、ハルトとフレイラさんもぐったりしている。

 神位種の2人がこれなんだから、そりゃ護衛騎士たちもグロッキーになるよね……。


 センザに到着すると間もなく町長とセンザに駐屯している騎士団の団長が出迎えてくれた。

 しかし歓迎もそこそこに、「本日は我が(やしき)でお(くつろ)ぎ下さい。明朝にはご出立とお伺いしておりますので、せめてその間だけでも……」と、町長が憐れみの感情を隠しながら自らの邸へと私たちを案内してくれた。

 王族に憐れみなんて向けるのは不敬だと思って隠してくれたんだろうけど、私の感情察知センサーは優秀なのでね…わかっちゃいましたよ。

 それに不敬だなんて思わないから大丈夫。

 きっとね、日頃どんなに疲弊していても人前では王族として完璧に振る舞っていたハルトが体裁を繕い切れないくらい疲労しているのを見たら、誰だって憐れみたくもなるだろうから。


 唯一ぴんぴんしている……と言うか、火竜特性のおかげで無駄に頑丈になってしまった私は町長にお願いして、羊皮紙と紙を補充させて貰った。

 ちなみにタツキは精霊石に避難中だ。


 センザの町長の邸に到着すると、辛うじてハルトとフレイラさんは自分の足で移動を開始した。

 見ていて危なっかしいので、馬車から降りる時は補助したけど……大丈夫かな、あれ。

 結局食事もまともに取れない状態のハルトとフレイラさんは早々に床に就き、私も適当な時間に久々のふわもこ極上ベッドにダイブして眠りに就いた。


 そして翌朝。

 一晩眠って復活したハルトとフレイラさんは出された朝食をきっちり完食した。

 食欲が戻ったようで何よりだ。

 食事を終えると、それぞれ充てがわれた寝室に連れて行かれた。

 何が起こるのかと思ったら道中でボロボロになった服を新しいものに変えてくれるようだったのだけど、案の定、メイドさんたちの着せ替え人形にされる。

 えぇ、心得ておりますよ。

 着替えを手伝ってくれている時のメイドさんには逆らってはいけない。

 そう肝に銘じておりますとも。


 とは言っても、別にドレスに着替えるわけじゃない。あくまで旅装に適した服装……のはずだ。

 ただセンザを出るとアールレインまでの間に町がない。なので、ここで凱旋に向いた服装に着替えさせられるのはわかる。

 わかる……けど、あれ?

 ねぇ、メイドさんや。何故私の服装が白い騎士服なのかな?

 しかもちゃんと女性用にデザインを弄ってあって、下も私がよく着用しているキュロットスカートだったりして。ちょっと制服みたいで可愛いかも……っていやいや、そこじゃないそこじゃないっ!

 しかしツッコミを入れる度胸のない私は、されるがままに着替える事となった。


 着替えて廊下に出ると、フレイラさんもほぼ同時に廊下に出てきた。

 見れば騎士のいないオルテナ帝国に配慮したのだろう、あちらは勇者らしく装飾の凝った純白の革製の胸当てと、オルテナ帝国の国旗色である臙脂色のコートを身に着けている。

 さすが勇者様、格好良い! ……と言いたい所だけど、フレイラさんは小柄なのでどうしても可愛らしく見えてしまう。勇まし可愛いと言った感じだ。


 最後に廊下に出て来たハルトは、私と色違いの紺色を基調とした騎士服だった。

 何だかお揃いみたいで恥ずかしいんですけど。

 その感想はハルトも抱いたらしく、こちらを見て複雑な表情を浮かべた。

 まぁ、色まで一緒じゃなくて良かったね?

 そう思う事にした。



 センザを出発する時、馬車と護衛騎士が変わっていた。

 やはり強行軍が祟ったようで、モルト砦から乗って来た馬車は痛むわ馬も疲れているわ、モルト砦から同行してくれた護衛騎士たちもグロッキーだわで交替させざるを得なかったに違いない。


 ここから王都アールレインまでは通常馬車で5日の行程になる。

 さすがに今回は通常の馬車と同じ速度で進む。

 いざ王都に凱旋という時になってハルトやフレイラさん、護衛騎士どころか馬車までもがボロボロでは目も当てられないからね……。

 後続には必要物資を乗せた幌馬車と、衣装と着付けの為に同行しているメイドさんたちが乗る馬車が続く。

 また同行者が増えてる。

 まぁ、これも想定内か。




 道中は順調に進み、特に魔物に遭遇する事もなく無事5日の行程を踏破した。

 日はまだ高い。先程昼食を摂ったばかりだから、正午を過ぎてからあまり時間は経過していないはずだ。

 窓外を見遣れば、目の前に迫ってくる懐かしさすら感じる大きな城壁と、その奥に見える立派な城。


 アールグラント王国の首都、アールレイン。


 城門に入る前に一度馬車が止まり、護衛騎士の1人が門番の元へ向かった。

 その間に私たちは衣装担当メイドさんたちに身だしなみチェックを受ける。

 特に問題はなかったようで、あっさり解放される。


 そうこうしているうちに城門が大きく解放され、中からぞろぞろと騎士たちが城門の外まで出て来た。

 一体何が始まるんだろう…?と思ったその時。


「「「勇者様方、お帰りなさいませ!」」」


 と、騎士たちが声を揃えて声を張り上げた。野太い帰還歓迎の声と同時に、門の向こう側から盛大な歓声が上がり始める。

 困惑する私たちを余所に、私たちが乗った馬車が走り出し、城門前に到着すると馬車から降りるように促された。

 えっ、えっ、このまま城まで行くんじゃないの?


 促されるがままに馬車降り、誘導されるがままに移動すると、門の前には天井が付いていない、豪華な装飾が施された馬車が待っていた。

 おぉ……これ、テレビで見た事ある!

 あれだ、パレード用の馬車だ!


 思わず感動していると、勲章を沢山つけた騎士に促されて半ば呆然としているフレイラさん、状況を何とか飲み込んだハルトがパレード用の馬車に乗り込んでいく。

 そして馬車の上からハルトが手を差し伸べて来た所で、ようやく私は状況を理解した。


「えっ!? 私もこれに乗るの!?」


 思わず声に出して驚くと、その声を聞きつけた城下街の人々から笑い声が上がった。

 「リク様も功労者なのに乗らなくてどうするのー!」「さぁ乗った乗った!」「凱旋だー!」「勇者様たちの凱旋だぞー!!」と、城下街の人々はすっかりお祭り気分で騒ぎ立てる。

 戸惑う私を見かねたハルトが馬車から降りてきた。そしてひょいっと私を抱き上げるとそのままパレード用の馬車に戻る。

 例によってお姫様抱っこだ。

 ひぇっ! こんな観衆の前で……!


「自業自得よ、リクさん」


 先に驚きから立ち直ったらしいフレイラさんがくすくすと笑っている。

 笑い事じゃないよ!?


「いやいやいや、降ろしてお願いだから!」

「断固拒否する。このまま城まで行こう!」


 周りのお祭り気分に引っ張られているのだろうか、ここまでの旅路で蓄積していた疲れが吹き飛んだかのような楽しそうな笑顔で言われてしまっては、強く出れなくなってしまう。

 ハルトの笑顔に負けて抵抗する気力を失った私は腹を括った。

 こうなったら開き直るしかない!


 沿道の人々から様々な声を投げかけられる。

 名前を呼ばれたり、感謝されたり、囃されたり。

 それに応えて私たちは手を振りながら、アールグラント城へ続く大通りを行く。


 結局城に到着したのは、日暮れ後の事だった。

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