70. 垣間見えた闇の奥底
魔王ルウ=アロメスが去った後、フレイラさんは疲労と心労でへたり込んでしまった。隣に立っているタツキが、フレイラさんが放置している怪我を治癒魔術で癒して行く。
ハルトも最後の気力を振り絞って魔力と練気を纏わせた光の剣を使ったようで、今は地面に大の字になって倒れ込んでいた。
その様子を横目に見ながら、私は魔王ゾイ=エンの亡骸に視線を向ける。
心臓をひと突き。
即死だったのだろう。その顔には苦悶の表情ではなく、驚愕の表情が浮かんでいた。
いくら手負いだったとは言え、ひとりで、たったひと突きで魔王を仕留めたフレイラさん。さすが神位種と言うべきか、底知れない何かがあるように感じる。まだ目にしていないだけで、ハルトの光の剣のような技を持っているのかも知れない。
私はゆっくりと右手をゾイに向ける。そして分解の能力を行使した。
魔王ゾイ=エンであった黒豹の亡骸が、蒼い光と紫の光に分解されて私の中に流れ込んでくる。
続いて少し離れた場所で絶命している、白豹──恐らくゾイがゾルと呼んでいた村の生き残りであろう獣族も分解し、吸収する。そうすることで彼らの能力だけでなく、その記憶も一緒に流れ込んでくる。
しかし今はその記憶を辿っている場合ではないだろう。ゾイにはフォルニード村を襲った際に仕向けたように、配下がいたはずだ。ゾル以外にも近辺に配下がいるかも知れない。
そう思って感知能力を全開にする。
しかし。
私は思わず背後……イザヨイたちと別れた場所を振り返った。
気配はない。それこそ、ゾイの配下と思われる魔族の気配もない。
けれど、リドフェルの使徒3人の存在に気付いたあの時のような、広域を感知しようとすると違和感を覚える感覚があった。
そうして振り返った先に、小さな黒い影がひとつだけ見えた。あの身長だと、シスイだろうか。
ひとりだけ残っていたのか……。
行くべきか、近寄らざるべきか。
悩んでいると、影が大きく手を挙げてこちらに向かって大袈裟な動作で手を振った。ちょっと恐い。けれど……。
ちらっと周囲の様子を窺う。
ハルトとフレイラさんは疲労困憊の様子で、指一本動かせないような気配すらある。タツキは……疲れてはいそうだけど、ルウとの戦闘直後から比べると大分動ける様子だ。ここはタツキに任せればいいか。
罠かも知れないけれど、リムエッタの言葉が本当ならば、彼らの“マスター”は私たちに手出しする事を禁じていたようだった。
そして彼らはその“マスター”との約束を守ろうとしている節があった。
その点だけを信じて、私は影の許へと走った。
向かった先では思った通り、シスイがひとりで立っていた。
「来てくれないかと思った」
第一声。
困惑と安堵を混ぜた複雑な表情でこちらを見る白神種の少年は、ちらりとハルトたちの方を見遣る。
「無事終わったようだな。こちらとしては、魔王ゾイ=エンの亡骸は引き渡して欲しかったが……」
シスイは改めて私に視線を向け直す。
どうやら分解・吸収能力を使っている所を見られていたようだ。
「まぁ、仕方がないか」
諦めたようなため息とともに、肩を竦めるシスイ。
「……それで、一体何の用? 私、一度吸収しちゃうともう戻せないから、ゾイを出せって言われても無理だからね?」
「それはもういい。ただ、イザヨイと、前世とは言え姉弟だったあんたの関係を、あのような形で壊すつもりはなかった。僕にとってイザヨイもマスターと同じく恩人だ。さっきのやり取りでイザヨイが傷ついたようだったから、何とかしたいんだが……何も思い付かない。どうしたら、イザヨイと二度と会わないなんて言葉を取り消して貰えるだろうか」
「……は?」
予想外の言葉に私は間抜けな声を上げた。
きっと表情も相当間抜け顔になっているだろう。
「誤解を解くためなら全てを話そう。別にマスターから俺たちの目的を話す事を禁止されていないしな。それでイザヨイとあんたの仲が戻るなら、どんな質問にでも答える」
「いやいや、ちょっと、えっ!?」
何言ってるの、この子は!?
「待って待って。そもそもね、二度と会わないなんて言ったのは、リドフェル教が私の今世のお母さんを殺したからリドフェル教に与する人とは相容れないって話なんだからね? シスイがあの時会話に割って入ってきたから、二度と会わないって結論になったんじゃないんだからね!?」
そう説明すると、シスイは驚きの表情を浮かべて「そう、なのか……?」と呟いた。
いやいやいや、ちょっとこの子、人の心情を察するのはあまり得意じゃないのかしら。というか、疎いのかしら。そんな雰囲気がある。
「だから、二度と会わないのがお互いのためなの。だってもし次に会う事があるとしたら、戦わなきゃいけない状況になってる可能性が高いでしょう? 私は自分も希少種だから希少種を守りたいと思ってるし、リドフェル教が“研究者”に与して希少種を狩るなら確実に敵になるし」
「“研究者”? あぁ、魔族や人属が勝手にそう呼んでいるようだな。だが僕たちは別に他の組織と組んだりはしていないからな。過去から現在にかけての希少種誘拐は、ほぼ確実にリドフェル教の行いだ」
あっさりと、シスイはこれまでの誘拐事件は自分たちの仕業だと暴露した。
あまりに自然に告げられて、衝撃で言葉が出てこなくなる。
「言い訳はしない。必要だから希少種を狩った。そうしなければ、マスターが暴走して世界を壊しかねないからな」
淡々とシスイは言葉を発する。しかしその感情は不安定に揺れ動いていた。
希少種を狩る事に躊躇いはない。けれど罪悪感はある。
僅かながらに伝わってくる感情から、そんな心情が読み取れる。
「僕たちは、マスターがいなければ今まで生きて来れなかった。マスターは命の恩人なんだ。出来るだけ穏便に、マスターが完全に壊れてしまう前に、マスターの願いを叶えたい。そのためには希少種が持つ膨大な魔力が必要だ。僕もイザヨイも他の皆も、あの人に救われてこの世界に生きる希望を見つけ出す事が出来たから、その恩を返したいと思って行動してるんだ」
そう前置きして、シスイは語り出す。
自分たちがこの世界で出会ってから、これまでの話を。
現在、イザヨイやシスイを含むリドフェル教に属している者たちは、ほとんどの者が北大陸、若しくは西大陸出身で、その大半が何らかの形で迫害を受けてきた人間だと言う。
特に白神種は北大陸出身者が多い。
イザヨイやシスイも例外ではないらしい。
東大陸では白神種は生まれて間もなく神殿に保護されるけれど、北大陸では白神種を怪しい儀式への生け贄としていた。
何も知らずに白神種として生まれていれば、その事に何ら疑問を抱かずに生け贄になるのが当たり前だと思っていられただろう、とシスイは言う。
けれど、イザヨイやシスイは前世の記憶を持っていた。
故に、生け贄にされると言う状況の異常さに気付いていた。
このまま大人しくしていれば順番が回って来て、儀式の生け贄にされてしまう。
しかし、「自分には前世の記憶がある」「この状況は異常だ」と訴えたとしても、誰も信じないだろう。
シスイはそう考えて、どうやって逃げ出すかを思案していたのだと言う。
そんな時、声を上げたのがイザヨイだった。
淡々とした様子で、さらりと「皆、おかしいんじゃないの?」と言ったそうだ。
イザヨイはそのまま悠然と歩いて、閉じ込められている洞から出ようとした。
慌てたのはシスイだけではなかった。
同じように前世の記憶を持つ白神種はイザヨイとシスイの他にも3人いたのだ。
急いでイザヨイを止め、他の白神種たちから隠れるように洞の隅に移動した。
そうして5人は互いが前世の記憶を持ち、しかも同じ町にいて、謎の事故らしきもので命を落としたと言う共通点を確認し合うと、洞からの脱出計画を立て始めた。
最終的に、次に生け贄が連れ出されるタイミングを狙う事になった。
生け贄を連れ出す時、洞にやってくる人間はたったの2人だ。
生け贄にされる白神種の両手を縄で括り、生け贄の前後に立って連行していく。
相手は大人2人。
当時最年長のナギと言う少女が6歳、次いでイザヨイが5歳、他の3人が4歳と皆幼く、どうにか出来る見込みはほとんどなかった。
けれど、前世で何かしらの武道を習得していたメンバーがいた。
年長者のナギとイザヨイだ。
ナギは前世でかなりやんちゃしていたらしく、どの武道を習っていたと言うよりも喧嘩慣れしていたと言う感じだったそうだ。
一方、イザヨイは合気道を習っていた。
……確かに、前世の睦月は合気道を習っていた。
この2人からシスイたち年少者も立ち回りについて教えられ、ナギとイザヨイの間でも互いに互いの知識を共有し……結果的に合気道の原型がなんだったのか分からないような、滅茶苦茶ながらも喧嘩と言う面で見れば有用な型が出来上がった。
そして計画実行の日。
シスイたちは主にナギとイザヨイの活躍のおかげで無事洞から脱出する事が出来た。
しかしそこで絶望的な事実を知る。
北大陸は、万年雪国であり、辺り一面が白一色だったのだ。
脱出したはいいけれど、そのままでは凍え死んでしまう。
しかも食料もない。
洞にいた時は最低限の食事が出されていたけれど、それももうないのだ。
その時、不意にイザヨイがこんな言葉を口にしたそうだ。
「これだけ常識外れの世界なら、魔法とかありそうだよね」
この世界の魔法は──正確には一般的に“魔術”と呼ばれているものは、基礎こそ詠唱にあるけれど、突き詰めれば魔力の流れを感じ取り、操れさえすればイメージからでも発動出来る。所謂、思念発動だ。
問題は、魔術を一切使った事のない者では魔力を感知する事と、魔力を操作する感覚を掴むのが困難だと言う事だ。
だからこそ、魔術は詠唱から入って魔力を感じ取り、操作する感覚を掴むのが常套手段なんだけど……。
けれど、何故か彼らはいとも簡単に魔力を感知し、操る事が出来たらしい。
「白神種は人族の中でも直感力に優れてるらしいから、そのおかげかな?」
思わずそう呟くと、シスイは驚きの表情を浮かべた。
「そうなのか?」
「東大陸では割と有名な話だよ。それに、詠唱を使わずに魔力を感知して操れたのなら、直感力は魔族以上に優れているんじゃないかな」
私が率直な意見を口にすると、シスイはふと自嘲気味に笑んだ。
「そうか……もし本当にそうならば、白神種は不幸体質なだけの種族ってわけじゃないのかもな」
なんて顔をするんだろうか、この子は。
いや、子って言う年齢じゃなさそうな雰囲気はあるんだけど、見た目が幼いせいか、つい年下のように見てしまう。
私はシスイの頭から帽子を取り上げると、やや乱暴にその頭をわしわしと撫でた。
「なにを!?」
「不幸だって思うから不幸だとしか思えなくなるし、不幸にばかり意識が向いちゃうんだよ。本当はいいことだってあったはずでしょう? 例えば、白神種だからイザヨイたちと出会えたとか。その、マスターさん? にも出会えたとか」
呆然とした視線を向けてくるシスイにそう告げると、私は笑みを向ける。
「それで? 無事北大陸からは脱出できたの?」
「……いや。ただ、イザヨイが火の魔術が得意だと判明したから、暖を取る事は出来た」
シスイはぐしゃぐしゃにされた髪を直しながら私から帽子を引っ手繰るようにして取り戻し、頭に乗せ直す。
小さな体に不釣り合いな大きな帽子を被ると、シスイの表情が少し読み取り難くなる。
私としては帽子は被らないでいて欲しいんだけど……シスイはそれを狙っているのだろうか。
「それに、人間はある程度は水だけでも生きられるからな……幸い僕が水の魔術が得意だったから、それでしばらくは凌いだんだ。だけど、結局水だけではどうにもならなくなって」
その時だった。
彼らが“マスター”と呼ぶ男性と出会ったのは。
その後の話はどこか既視感を覚える内容だった。
寒さと激しい空腹感。
助けもなく、寄る辺もなく、全員が気力も何もかもを失って、全てを諦めていた。
誰かが言った。
「この世界は嫌だ。前の世界に帰りたい……」
恐らくその場にいた全員が同じ気持ちだった。
戻りたい。けれど、どんなに頑張っても戻れない。
死にたくなくてここまで逃げて来たけれど、結局ここで死ぬのならあそこにいても変わらなかった。
そう思うと考えるのも嫌になった。ただただ、疲れた。
誰も彼もが死の淵に立っていた。
けれど絶望すら感じられない。あるのは虚無感だけだ。
何もかもが意味を成さず、何もかもがどうでもいい。
もう何もしたくない。このまま消えてしまいたい……。
そう思った時。
目の前に手が差し伸べられた。
しかし誰も顔を上げなかった。
今更助けようとされても、もう遅い。
心が全く動かない。
「元の場所に戻りたいのか? ならば、戻してやろう」
久しぶりに聞く、人の声だった。
声をかけられた事で無意識のうちに視線を上げると、そこには豪奢な服を着た初老の男性がこちらに手を差し伸べていた。
鋭い目つきの中に、どこか温かい、優しい光を湛えているのが印象的だった。
「あぁ、そう警戒しないでくれ。君たちはこの世界に絶望しているのだろう? 私も、この世界に絶望している。だから共に、絶望から這い上がらないか?」
そう言いながら、男性は魔術で周囲の冷気を遮断して、自らの荷物の中から食料を取り出してシスイたちに分け与えた。
シスイたちは飢えた獣の如く与えられた食料に喰らいつき、辛うじて命をつなぎ止める事が出来た。
そんな彼らを優しい目で見守っていた男性が、こう提案したそうだ。
「私と共に来ないか? 衣食住を保証しよう。その代わり、私に力を貸して欲しい」
あ! 思い出した!
私はシスイの話す内容に既視感を覚えた理由にようやく思い至った。
そうだ。これは、この話の内容は、以前夢で見た光景そのものだ。
過去視の後、恐らくイザヨイからの干渉を受けて見た、あの悪夢の……。
しかしそれは口に出さず、私はシスイの話の続きを聞く事にした。
差し出された手を最初に取ったのは、イザヨイだったそうだ。
その場にいた5人の中で、唯一男性の言葉について考えて、結論を出せたのがイザヨイだけだったらしい。
他の4人は思考する事も出来ないくらい衰弱していて、ぼんやりその光景を見ていたシスイの記憶にあるのは、「お願いします、皆を助けて下さい」と男性に請う、イザヨイの掠れた声だったそうだ。
その後男性に保護された5人は……シスイから場所を教えて貰う事は出来なかったけれど、男性が暮らす館で共に暮らすようになり、男性から色々と教えられ、学び、力をつけて行った。
そうして過ごす事10年ほど。
ようやく男性が──シスイたちが“マスター”と呼ぶ人物が、どのような目的でシスイたちに協力を仰いだのかを聞かせてくれたらしい。
その目的の根底には、かつて幸せに暮らしていたにも関わらず、たったひとりの人物によって家族のみならず国すらも失ってしまったという、男性の過去があった。
男性は家族の仇を討とうと考えていた。ただ、相手は国をひとつ滅ぼしてしまうほどの力を持っている。故に、仇を討つとはいかないまでも、せめてその人物に一矢報いたいと願っていた。
男性から全てを奪った人物に……。
その人物の許に辿り着くには、気が遠くなるほどの膨大な魔力が必要だった。
男性は魔力を集める為に、一人で竜を狩っていたそうだ。
竜は魔石を持っているし、その身は余す所なく血の一滴まで、全てが魔道具の素材となるほどの魔力を秘めているからだ。
故に男性は当初、竜を狩る手伝いをして欲しいとシスイたちに持ちかけた。
シスイたちは、命の恩人であると同時に「もしかしたら前の世界に戻れるかも知れない。」と言う希望をくれ、絶望の底にいる時に手を差し伸べてくれた男性の優しさと、これまで保護してあらゆる知識を与えてくれた事への感謝から、その申し出を受け入れた。
元々ただ生き延びたくて洞を脱出したものの、特に目的も何もなかったのだ。
恩人の願いを叶えると言うのも、人生の目的としてはそう悪くないと思ったのだそうだ。
「それにマスターが一矢報いたいと思っている相手は、僕たちから前世での命を、人生を奪った相手でもある。マスターだけでなく、僕らもその人物とは是非とも会って話がしたい。そして叶うならマスターの悲願と共に、前世の自分たちの仇を討ちたいと思っている」
シスイの話を聞いて、私も段々と夢の内容を明瞭に思い出してきた。
吃驚するくらい綺麗さっぱり忘れていたのに、話を聞くうちに、あの夢の中の光景がはっきりと思い出された。
そして確信する。
やっぱりあれは、あの時感じていた感情は、私ではない誰かの感情だったのだと。誰かと言うか……話の流れからすると、イザヨイの感情だったのだろう。
あの夢は、イザヨイの記憶を辿った夢だったのだと確信する。
夢の中で、彼らの“マスター”はこう言っていた。
「奴はお前たちがこちらの世界に来る原因となった事象を利用して、自らの望みを叶えた」と。
あぁ、タツキ。やっとはっきりとした手掛かりが掴めたよ。
何故あの魔力暴走事故が起こったのか。
これまでのシスイの話からすると、リドフェル教に所属しているのであろう“マスター”ならば、その全容を知っているはずだ。
「シスイ。その“マスター”さんに会う事って出来ないかな?」
「えっ」
唐突な問いかけに、シスイが目を見開く。
しかしすぐにシスイの表情が翳った。
「無理だな。マスターはもう壊れ始めている。あの人は2000年もの間、悲願を達成できず、ずっと耐えて来たせいで精神と肉体の限界が来ている」
「2000年!?」
えっ!? 嘘、人の寿命がそんなに長いはずがないっ!
私のその考えが伝わったのか、シスイはまた自嘲気味に笑った。
「全ては天歴254年に始まった。あの人は、その頃の時代の人だ。そして僕やイザヨイも、1500年くらい前からこの世界にいる」
「えぇっ!?」
意味が、意味がわからない!
そんな長命な種族なんて、竜族しかいないはずだ。
白神種は人族だし、あの“マスター”さんもどう見ても人族だった。
「詳しくは話せないが、長命と言えば精霊族や魔王になった魔王種もそうだって事は知ってるか?」
「精霊族は知ってるけど、魔王になった魔王種も!?」
半ばパニック状態に陥っていると、その様子がおかしかったのか、シスイがふっと笑った。
「僕たちは今、あの人の…マスターの悲願を達成させたいと思っている。ただ、もう時間がない。マスターが完全に壊れてしまうのが先か、僕たちがマスターの悲願を叶えるのが先か。その中で敵対してしまう事もあるだろうが……出来たらイザヨイとはいつかまた、敵としてではなく前世の姉弟として会ってやってくれ。マスターと同じく僕たちも、精神と肉体の限界が近いからな……」
突如、シスイの隣に水の精霊が姿を現す。
しかし以前見た透き通るような青白い姿ではなく、紅に色づいた姿だった。
「ゾイの手下は片付けておいた。というか、ゾイの代わりに素材になって貰う事にした。だから安心して帰るといい」
いつの間に……。
しかしこれで納得がいった。道理でゾイの手下らしい気配が感知出来ないわけだ。
「本当はあんたの魔力を狙ってたんだけど……まぁ、イザヨイの姉って事なら手出ししないでおく。マスターからも手出ししないように言われてるしな」
シスイは私の疑問には答えず一方的に告げると、精霊が魔術を代行する。
あっという間に見た事もないような魔法陣が空中に浮かび上がり──次の瞬間には、シスイと精霊の姿はその場から消えていた。




