7.【リク】五歳 魂還り
サラも無事に生まれて、サラのあまりの可愛さに両親共々メロメロになっていたある日。
私は父にくっついて情報収集と物資調達をしに鬼人族の集落へ行き、立ち寄ったお店で鏡を発見した。
この世界に鏡があるとは……初めて知った。
けれどこれ、こっちでも呼び方は鏡でいいのかな?
純粋に気になったので、私は父の袖を引っ張った。
「お父さん、あれは何?」
無邪気に聞けば、父は私の指し示す方を見遣る。
「あぁ……あれは鏡だね。前に立つと自分の姿が映って見えるんだよ。ちょっと覗いてごらん」
ほうほう、こっちでもあれは鏡でいいのね。
好奇心もあって父に促されるままに走り寄り、鏡を覗き込む。すると。
「えっ……?」
私は、今世で初めて自分の容姿を目の当たりにした。
びっくりした。
私はそろりそろりと鏡から離れて父の元に戻った。
「どうしたの?」
聞かれて、思わず父の顔を見上げる。
白銀の髪、肌は色白、こめかみの上に一対の黒い角。
ここまでは同じだ。
親と違うのは、瞳の色。
両親とサラは湖面のような薄青から鮮やかな緑へのグラデーションだけど、私は魔王種の証である紫色の瞳。
これは本当に紫だった。我ながらきれいな色の目だと思った。独特の虹彩をしていて、瞳の中に小さく砕いた色とりどりの宝石をちりばめたような輝きがある。
そしてもう一つ。
話に聞いて触って確認してはいたものの、実際目にするのは初めてのそれ。守護精霊との契約の証である、額に埋め込まれた漆黒の小さな石……精霊石。
どこの厨二ですか。
あいたたた。
でもまぁ、瞳も精霊石も許容範囲だ。私は魔王種だし守護精霊と契約しているのだから、この世界の常識に則れば何もおかしなことはない。
問題は、顔だ。
父は優しさを湛えたなかなかの美男子。母は一言で言えば可愛い系の美女だ。
そして妹のサラは母によく似た美少女だ。
まだ生まれてそんなに経っていないから、顔が定まるまでまだ少しかかりそうだけど……現時点でこれだけはっきり美少女だとわかるんだから、きっと成長しても美少女になるのだろうと思うし、母に似ているというのもほぼ確定だろう。
対して、思いの外きれいな鏡面に映った私は前世そのままの目鼻立ちの、地味で素朴な顔だった。特筆して優れたところのない、周囲に溶け込むような……存在感の薄い顔。
私にしてみればこの顔は見慣れた自分の顔でほっとする。前世でも周りからは安心感のある顔だとよく言われてたし。
だからというわけでもないけれど、別に嫌いじゃない。
嫌いじゃないんだけど、何で私の顔は今世の両親にまるで似ていない、前世の幼少期と同じ顔なんだろうか。
いやいやいや、ないないない。
おかしいでしょう。
いくら似てなくても、ここまで似てない上に前世と同じ顔とか普通じゃないでしょう。
私は軽く混乱を来しながら、鬼人族の集落から出た後、両親に聞いてみることにした。
「ねぇ、お父さん、お母さん。何でサラはお母さんに似てるのに、私はお父さんにもお母さんにも似てないの?」
これはあれですか、前世でたまに耳にした「橋の上で拾った」系が実話だった感じですか。
そんなことを考えつつ問いかけると、両親は顔を見合わせてから吹き出して笑った。
え、ここ、笑うところ?
「セアは魂還りなんだよ」
父が笑いながらそう答える。
「魂還り……って、何?」
語感から咄嗟に思い浮かんだ言葉は「先祖返り」だった。
でもこの場合は先祖返りじゃないもんね。完全に血筋が違うどころか、世界からして違うし。
頭にハテナマークを幾つも浮かべていると、父が説明してくれた。
それを要約すると、魂還りとは前世の容姿を持って生まれた者を指す言葉らしい。
この世界では魂は時間・空間を超えて生まれ変わると考えられていて、別の世界があることは証明こそされていないものの、その存在は信じられているそうだ。
その別の世界も含めて魂は時空間を超えて行き来できて、時々前世の魂の記憶に引っ張られ、両親に似ない子供が生まれるのだとか。
「へぇ〜」
父の説明に、私は何とも微妙な反応しか返せなかった。
確かにこの顔は前世の私の顔だ。そう考えるとなかなか的を射ている思想だ。
だけど、「ほんとだ! 私、前世と同じ顔だ!!」なんて口が裂けても言えない。
何故かと問われれば色々思うところはあるけれど、大きな理由として今まで前世の記憶があることを両親に黙っていたことが挙げられる。
今更言うのも何だかなぁ……というのもあるし、そもそも何て説明したらいいのかよくわからない。
幸か不幸か私は元々凡人で、特に色々な知識を持って転生したわけじゃないから言ったところで何かが変わるとも思わなかったし。
しかし、そうか……魂還りか。
そのせいで、本来であればしっくりはまるのであろう妖鬼の容姿の中に平凡な前世由来の私の顔……なんて台無し感が半端ない事態が起きているのか。
酷すぎる。
正直、私の顔でこの姿だと「自己判定:ただの痛い人」だ。
あれだな、日本人顔は妖鬼向きじゃないんだな。
そう思う。
ふと隣を見る。
同じ年のはずなのに、精霊ゆえか相変わらず十二歳くらいの姿をしたタツキ。
タツキの顔は私とよく似ているけれどやっぱりどこか男の子っぽい顔。その髪は黒、瞳も漆黒。
まんま日本人で全く違和感がない。
じっと見ていると、視線に気付いたタツキがこちらを振り返って首を傾げた。
「どうしたの?」
「え、何でもないよ?」
誤摩化すように笑って視線を反らす。
私もせめて黒髪だったら……とか一瞬考えたけれど、この髪色は今世の両親と共通するものだから大事にしないとな、と思い直す。
顔こそ前世のままだけど、私はもうこの両親の子供なんだから。
しかしあれだ。
もしかして私、本当はこの両親の子供じゃないんじゃないの? とか一瞬思ったりもしたけど、よく考えてみれば私は自分がこの世界に生まれた時のことをちゃんと覚えてるんだった。私が生まれた時、両親ともすごく喜んで、でも魔王種だってわかって嘆いて、タツキを守護精霊にしてくれた。
私は紛う事無きこの両親の子供だった。橋の上で拾われたんじゃなかった。
そう思ったら、何だか心底ほっとした。
どうしても前世のことを頻繁に思い出すけれど、何やかんやで私もすっかりこっちの住人なんだなぁと、再確認した。