69. 決別
魔王ゾイ=エンの怒気は、空気を震わせる咆哮と共に叩き付けられた。
ゾイの足下には白豹の亡骸が転がっている。
「何故、何故私たちばかりがこんな目に遭わなければならない! 人族が村を滅ぼしさえしなければ、こんな事にはならなかったのに!!」
二次覚醒した魔王種は五感が鋭く、それ故に視力もやたらいい。
だからこそ、私には見えてしまった。
魔王ゾイが、ぼろぼろと涙を零している姿が。
慟哭に似たその叫びは、氷の刃となって胸に突き刺さる。
「人族め……! 人族めぇっ!! 村の皆と、ゼイン様の仇だぁぁっ!」
半狂乱状態に陥っているゾイの金色の目がギラリと鋭く光る。
膨大な魔力の流れを感知して、魔王ゾイ=エンが自らに身体強化魔術を施した事を察する。
察したその時には、ゾイが目にも留まらぬ速さでハルトに肉薄していた。
金目の魔王種と言ってもやはり獣族故か、肉弾戦を好むようだ。
しかし今回ゾイが自らに施した身体強化魔術の強化度合いは、これまでの比ではない。
恐らくその肉体の限界を超え、命を落とす事も厭わずに、目的を達成する為だけにその魔力全てを身体強化魔術に注ぎ込んだのだろう。
「くっ……!」
ハルトはギリギリ反応したけれど、ゾイの攻撃を防ぐにはまだ遅い。
間に合わない。
「ハルト!!」
咄嗟に割って入ろうとするけれど、私でも今のゾイの動きには追いつけない。
ゾイの鋭い爪が、ハルトの首に向けて振りかぶられる。
それを目にした瞬間、全身が粟立った。
殺されてしまう。
このままでは、ハルトが殺されてしまう……!
間に合え! 間に合え!!
そう強く念じながら走り、同時に私はゾイと同じく自らの限界を度外視して、身体強化魔術を自分に施す。
例え今ここでこの体が壊れようとも、ハルトを死なせる訳にはいかない!
この時私を突き動かしていたのは、その思いひとつだった。
ぐん、と走る速度が上がる。
ゾイの爪はもうハルトの首を捉えようとしていた。
あと少し! もっと早く!
頭の中にはその言葉だけが浮かんだ。
私は燃料をつぎ込むように、何度も何度も自らに身体強化魔術を重ねがけする。
刹那の間に何度も魔術を発動させていると言う異常さに対する意識など、この時の私には全くなかった。
ゾイの爪がハルトの首にかかる。
その時になってようやく、私はハルトを突き飛ばしてゾイの爪からハルトを逃がす事に成功した。
突き飛ばすと同時に、瞬時に古代魔術の結界を構築。
そう、瞬時に構築する事が出来た。
自分でも吃驚するほど、感覚が研ぎ澄まされている。
意識が恐いくらい明瞭で、同時に周囲の時間の進みが遅く感じ、一方で私自身はまるで周囲とは違う次元に隔離されて時間が引き伸ばされているような感覚になる。
私が放った古代魔術の結界が、魔王ゾイを捉えた。
しかし第六感なのだろうか、ゾイは目を見開いて何かに突き動かされるようにしてその場を飛び退いた。
展開された結界の中に、ゾイの左後ろ足だけが取り残される。
嫌な音を立てて、結界に取り残された足が本体から引き千切られた。
「ぐぁぁぁああ!!」
さしもの魔王も、その痛みからは逃れられない。
おびただしい血を流しながら、魔王ゾイ=エンはのたうち回った。
それでも強い恨みの籠った視線はハルトに向けられている。
これまでのゾイの発言から察するに、この魔王はかつてハルトによって倒された魔王ゼイン=ゼルに心酔している様子だった。
それ故に、殊更ハルトが憎いのだろう。
ならば尚更、私は魔王ゾイ=エンを生かしておく訳にはいかない。
私は左右の手のひらをゾイに向ける。
周囲の仲間に被害が出ないように指向性を制御しながらも、瞬時に古代魔術の攻撃魔術と結界魔術を構築する。
左右同時に、異なる古代魔術の魔法陣が浮かび上がる。
これまで魔力操作で術式を書き出す作業に時間を要したのが嘘のように、一瞬で空中に魔法陣が描き出された。
右手側で選択した攻撃魔術の属性は炎。
炎は火竜を取り込んだ私にとって、最も相性がいい属性だ。
左手側で選択した魔術は結界。
今度こそ魔王ゾイ=エンを隔離し、攻撃魔術をその結界内で発動させる為だ。
構築された炎はタツキが発動させた炎の玉と同じく光を放ちながら球形に成形された。
しかし内包されている爆発力は比べるべくもない。
古代魔術とは、都市をも瞬時に消し去り、竜をも害せる一種の禁術。
結界に関しては睦月には破壊されたけれど、あれはイレギュラーだろう。
あんな滅茶苦茶な能力がその辺にごろごろ存在しているとは思えない。
そんな事をごちゃごちゃと考えていても、引き延ばされた時間軸の上にいる状態の私の体感時間と現実での時間経過の差が大き過ぎて、状況は1ミリも動いてはいなかった。
ちょっとだけ恐くなる。
けれど、今は恐怖を抱いている場合ではない。
私は両手に宿した魔法陣を放った。
これでもう、魔王ゾイ=エンもいなくなる。
そうなれば人族も安心だし、ハルトが狙われる事もなくなる……。
そう思ったのに。
邪魔が入った。
私が放った古代魔術と魔王ゾイ=エンとの間に、魔王ルウ=アロメスが割って入って来たのだ。
その動きを見るに、どうやらルウも私と同じく引き延ばされた時間軸の上にいるようだった。
不敵に笑みながらもその特殊能力を行使して、古代魔術をただの魔力へと還元するルウ。
折角これで終わるはずだったのに。
そう思うとじわりと怒りが沸いてくる。
《お前、そのままじゃ死ぬぞ》
ルウが語りかけてくる。
口から発せられる音ではなく、念話だ。
魔力認識なんてやった覚えはないのに……。
でもあちらから念話を送って来た事で、私側からもルウの魔力が認識出来た。
《ゾイも死ぬなら、それでもいい》
こちらからも念話をルウに送るとルウは一瞬悲しげな表情を浮かべ、しかしすぐに不敵な表情に戻り、「ははっ」と声をあげて笑った。
《ならその望み、絶たせて貰おうか。俺様は、死を覚悟している奴が大っ嫌いだからな!》
そう告げると同時にルウの姿が掻き消える。
気付いた時には強く肩を押され、後方へ吹き飛ばされていた。
ルウが触れた肩から、違和感が体中に広がって行く。
魔力の流れに敏感だからこそ、何が起こっているのか理解する事が出来た。
身体強化魔術が解除されているのだ。
こんな芸当まで出来るなんて……さすが紫目の魔王種とも言うべきか。
引き延ばされていた時間感覚も、地面に接触すると同時に解除された。
私は盛大に地面に背中を打ち付け、あまりの衝撃に息が詰まる。
それでもルウに押された勢いは殺し切れず、そのままかなりの距離の地面を転がった。
ようやく止まった所で私は呼吸を再開するも、舞い上がった砂煙を吸ってしまって咳き込む。
「姉さん、大丈夫?」
不意に声をかけられてそちらを見れば、すぐ横に呆然とした表情を浮かべた睦月が立っていた。
今の一瞬で一体何が起こったのか、理解出来ていない顔だ。
そりゃそうだろう。
それがわかるのは、恐らく私とルウだけだ。
何とか咳を落ち着けると、睦月の問いにどう答えたらいいものか迷いながら、さっきまで自分がいた場所を見遣る。
ゾイや私たちがいた場所と、ルウと戦っていた睦月たちがいる場所は巨城の対角線ほども離れていた。
ここから向こうまでほぼ一瞬で移動してきたのも驚きだけど、肩を押した程度で人ひとりをここまで吹き飛ばすとは……本当に、魔王ルウ=アロメスは想像以上に──いや、想像を絶するほど強いようだ。
でもおかげで目が覚めた。
危うくルウにまで喧嘩を売る所だった。
あんな化け物相手に喧嘩を売って勝てる訳がない。
視線の先では、ルウが嬉々とした表情で再度こちらに向かってこようとしていた。
それをハルトとタツキが押し止めようとしている。
少し離れた場所で、フレイラさんだけは、痛みでのたうち回っている魔王ゾイ=エンをじっと見つめていた。
その後ろ姿が何故か悲壮感を滲ませている。
そんなフレイラさんの事も気になったけれど、睦月たちの目的も気になる。
聞くなら今しかチャンスがないように感じて、睦月たちへの質問を優先する事にした。
「……睦月たちは、どうしてここに来たの?」
睦月の問いには答えず、不意打ちのようなタイミングで問いかけた。
唐突な問いに、睦月は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
それからしばし考える素振りを見せ、
「それは」
「答える義理はない」
口を開いた睦月を制するように、シスイがその声を遮った。
まぁ、そうなるだろうなとは思っていたけれど。
「そう。でも、私からはちょっと言いたい事を言わせて貰うね」
私は立ち上がって服についた埃を払うと、黒い神官服たち──リドフェル教の使徒だと言う3人に、鋭さを意識した視線を向けた。
「私からしたら、あなたたちも敵だから。今世の私のお母さんを殺した黒い神官服の人たちは恐らく、睦月たちと同じくリドフェル教の使徒でしょう? 私の友達の家族を奪ったのも、フォルニード村でお世話になった人たちの命を奪ったのも、私が暮らすアールグラント王国の関所にいた人たちを殺したのも……ゾイとシスイ、それと睦月。あなたたちの行いだって事はわかってるんだからね」
私は睦月たちに徐々に威圧をかけた。
そんなもの、効かないかも知れない。
けれど、それだけ私が怒りを覚えているのだと言う意志が伝わりさえすればいい。
「竜を魔族領の南方にある人族領に向かわせたのも、あなたたちの仕業でしょう。ゾイは人族のみならずアールグラントの王子であるハルトを強く恨んでいるようだし、そのゾイと繋がりがあるあなたたちが彼の要望に応じて手助けしていたんじゃないかと思われても、何もおかしくないよね?」
先程の睦月とシスイの会話を思い出す。
彼らはゾイを“素材”とか“駒”とか呼んでいた。
そこから推測するに、リドフェル教とゾイの間には何らかの繋がりがあるのだろう。
そもそもフォルニード村に関しては、村を襲ったのはリドフェル教の神官服を身に纏った人物と魔王ゾイ=エンの配下だ言う目撃情報が出ているのだ。
両者に繋がりがないなんて言わせない。
問いかけながら私が更に威圧を強めると、リムエッタが小さく後ずさった。
シスイは平然と受け止めている。
睦月は眉間に皺を寄せて、私から視線を反らした。
反応こそ様々ではあったけれど、反論するつもりも、どうしてそのような行動を取っているのか話すつもりもないらしい。
「あなたたちが話さないのだからそっちの目的なんて私は知らないし、どんな理由があろうとも関係ない。けれど、これだけは覚えておいて。例え睦月が──イザヨイが前世の弟だったとしても、私はあなたたちを許さない」
一層威圧を強めると、さすがにシスイや睦月──イザヨイも、じりっと僅かながらに後ずさった。
睦月は敵だ。
だからもう、睦月の事は忘れよう。
ここにいるのは睦月ではない。イザヨイだ。
そう自分に言い聞かせながら私は3人に背を向け、戦場に戻るべく改めて自らに身体強化魔術をかける。
今度は限界を超えないように、ギリギリラインを見極めて。
「……本当はね、ちょっとだけゾイの気持ちもわかるんだ。大切な人を殺された恨みや悲しみ、怒りは何をしようとも晴れる事はない。ずっと燻ったまま、残り続ける。私がお母さんを殺された事で抱いた感情は、絶対に消えないんだよ。例え、あなたたちの行動が正しい事なのだとしても。自分が間違っているのだとしても」
「姉さん……」
ギリッと歯を食いしばりながら告げると、頼りない声を向けられる。
私は視線だけをイザヨイに向けて、目を細める。
そして、淡々と決別の言葉を贈った。
「さようなら、イザヨイ。二度と会わない事を、心の底から祈ってるよ」
次に会う時はきっと完全に敵同士だ。
それはイザヨイもわかっているのだろう。
ぐっと言葉を飲み込むと、
「さようなら、姉さん。俺も、二度と会わない事を祈ってる」
私と同じく決別の言葉を口にした。
それでいい。
思わず笑みを浮かべると、イザヨイもどこか懐かしさを覚える笑みを返して来た。
これでいい。
自らの身を置く場所を、私たちは自ら選んで決めているのだから。
その結果敵対してしまうのであれば、それは致し方無い事だ。
ただ、この場では争わない。
あちらはあちらで私たちに関わるつもりはないようだし、私も今は彼らに関わっている余裕がない。
関所やフォルニード村の仇である事は確実だし、リドフェル教と言う組織として見るなら私のお母さんの仇でもあるんだけど……今彼らに手出ししても間違いなく勝てないし、それ以上に得策ではないと本能的に感じ取る。
何故そう思うのかはわからない。けれどもしかしたら本当に彼らがしようとしている事が正しくて、それを第六感で感じ取っているのかも知れない。
何れにせよ、今ここでいくら考えても答えが見つかる気はしなかった。
なので今は目の前の事に集中する。
私は思い切り地面を蹴ってハルトたちのいる場所に向かう。
視線の先ではハルトとタツキがルウを相手に近接戦闘中だ。
見た所ハルトもタツキも身体強化魔術は解除されてしまったようだけど、それでもルウ=アロメスとそこそこ渡り合っている。
まぁ、ルウの方が多少手心を加えているのは私のみならず、ハルトやタツキも気付いているんだろうけれど。
それでも思っていた以上にハルトの動きは鋭く、タツキも魔術無しでもそこそこ対処していた。
もしかしたらハルトたちもあの、時間が引き伸ばされたような感覚の中にいるのかも知れない。
そんな考察をしながら更に視線を横にずらすと、少し離れた場所にフレイラさんが佇んでいた。
ただその様子は先程とは少々異なっていて、フレイラさんの手には血の滴っている剣が握られていた。
それを確認した時にはもう、背後には一切の気配がなくなっていた。
きっとリドフェルの使徒たちは去ったのだろう。
しかし背後を振り返っている余裕はない。
ハルトとタツキの方は大丈夫そうだけど、どうもフレイラさんの様子がおかしい。
私は全力疾走でフレイラさんの許へ向かい……その少し手前で、立ち止まった。
フレイラさんの前に広がる血溜まりに、目が釘付けになる。
その血溜まりの中に横たわるのは、黒豹だった。
ついさっきまでギラギラと復讐に燃えていた瞳にはもう、光がない。
魔王ゾイ=エンが、そこで絶命していた。
フレイラさんが仕留めたのだと理解するのに、数秒の時間を要した。
「……リクさん、これで、良かったのかしら」
話しかけられてフレイラさんに視線を戻す。
その声は少し掠れて、僅かに震えていた。
あちこちに傷を負いながらも治癒魔術で治す事なく放置しているせいで、ゾイの血のついたフレイラさんの剣に、フレイラさん自身の血も絡み付くように流れ落ちて行く。
あまりの光景に呆然とその立ち姿を見ていると、ふらりとフレイラさんの体が揺れた。咄嗟に駆け寄って支える。触れたフレイラさんの体は、小刻みに震えていた。
そして気付く。フレイラさんが、泣いていた。目に涙を溜めて、それでも目を反らさずにゾイ=エンの亡骸を見つめている。
少し離れた場所ではハルトたちが激しい戦闘を繰り広げているのが気配で分かる。
今は戦いの真っ最中だ。
わかっている。けれど。
私はここまでの道中でフレイラさんが決して見せなかった弱っている姿を、黙って見ている事は出来なかった。
フレイラさんの正面に回ってその視界からゾイの亡骸を隠すと、ぎゅっとフレイラさんの頭を抱え込むようにして抱きしめた。
「これで良かったんだよ、フレイラさん。だってゾイを生かしておいたら、もっと人族の被害が増えたもの。人族だけじゃない。魔族にだって、どれだけの被害が出たかわからない。それを止めるには、ゾイを倒すしかなかった。こうするしかなかったんだよ……」
慰めるように緑の髪を撫でると、フレイラさんは更に肩を震わせて私の胸に頭を押し付けて来た。
嗚咽を押し殺しながら、フレイラさんは泣いた。
フレイラさんはきっと、ゾイに罪悪感を抱いたのだろう。
オルテナ帝国で生まれ育った人間は、一様に魔族を嫌う。
嫌うなんて生易しいものではない。
存在が許せなくなるくらい、悪しき種族であると教え込まれて育つのだから。
その事は、フレイラさん自身から聞いた話だ。
そのオルテナ帝国人の性質上、魔王ゾイの故郷を滅ぼした人間がオルテナ帝国の人間であった可能性は高い。
恐らく、魔族と触れ合う機会もないようなオルテナ帝国人であったならば、ゾイの故郷を滅ぼした人間を賞賛するだろう。
しかしフレイラさんは違う。
私やマナ、道中で出会った魔族と関わった事で、最早生粋のオルテナ帝国人とは感覚を違えているのだ。
だから、罪悪感を抱いたはずだ。
魔王ゾイ=エンが凶行に走ったそもそもの原因が、人族の行いにあったと言う事実に。
そして結果的に、ゾイの故郷を滅ぼした人族を守る為に、ゾイの命を奪わなければならなかったという現状に……。
「何だ、何を気に病んでいるんだ? 神位種の娘!」
唐突に、すぐ横にやたら大きな声を上げながらルウがやって来た。
その背後では息を切らしながらも、散々ルウに遊ばれてボロボロになっているハルトとタツキの姿がある。2人とも戦意喪失して項垂れているけれど、どこにも致命傷は見当たらない。
それを見て確信する。本当にこの魔王は遊んでるだけなのだと。殺す気はなくて、ただ楽しそうだから、戦いたいから喧嘩を吹っかけているだけなのだと。
正しく戦闘狂中の戦闘狂だ。
ルウの行動理念について確信を得ながらも、私はルウからフレイラさんを隠すように姿勢を変えた。
この無神経な魔王に、傷心のフレイラさんをこれ以上傷つけられてはたまらない。
しかしそんな私の反応などおかまいなく、ルウは「そう隠さなくても何もしないって!」と、これまた大きな声で言う。
その声量が既に暴力だ。
ちょっと声のトーンを落として欲しい。
「なぁ、神位種の娘。お前、魔王ゾイを一体何だと思ってるんだよ。可哀想な被害者か? だとしたら間違いだぜ。あいつは復讐とか言いながらそれを言い訳にして、それを自分が生きる理由に仕立て上げて、人族だろうが魔族だろうが腹癒せに沢山殺して来たんだ。確かに元を辿れば被害者かも知れないが、結果的に加害者になったんだぜ? 討たれて何の問題があるって言うんだ?」
当然の事のようにルウが言うと、フレイラさんが少し顔を上げた。
涙を浮かべていて尚その眼光は鋭く、じろりとルウを睨む。
「そんな事、わかってるわよ。ただ、うまく気持ちの整理が出来ないだけで……」
そう言いながらも、結局フレイラさんは視線をルウから反らす。
するとルウが目を見開き、
「気に入った」
そう呟いた。
いや、呟いたのだろうけれど、その声量のせいで普通に言ったようにも聞こえたけども。
ぬっとルウが手を伸ばしてくる。
反射的に私はフレイラさんを更にルウから遠ざけようとしたけれど、力量の差で勝てる訳もなく。
ルウは伸ばした手で私からフレイラさんを奪い取ると、その高身長で小柄なフレイラさんを高く掲げた。
「お前、俺の嫁になれ! 小さくて弱そうなのに強気とか、何だこの可愛い生き物は!」
最後の意見には激しく同意するけれど、その前に発せられた言葉には激しく同意出来ない。
全員が呆気にとられている中、いち早く我に返ったフレイラさんが暴れ始める。
「ちょっと、離してよ! 何で急に嫁になれとかそういう話になるの!?」
その声で私とタツキも我に返る。
慌ててルウの手からフレイラさんを救い出そうとするけれど、そもそもルウの身長が高過ぎて手が届かない。
タツキも空中に浮かび上がってはいるけれど、ひょいひょいとフレイラさんを振り回して回避されて救出には至らない。むしろ振り回されてフレイラさんが目を回し始めたので手出し出来なくなる。
「何だよ、いいだろ? 俺は強いから、お前を守ってやれるぜ?」
「うぅ……ま、守って欲しいとか、思ってない、から……」
振り回されて具合が悪くなったのだろう。
フレイラさんの顔色が悪く、声からも覇気が失われている。
「ルウ! フレイラさんが嫌がってる。手を放せ!」
珍しくタツキが声を荒げ、効かないと分かりながらもルウに向かって威圧を放つ。
言われたルウは余裕の笑みを浮かべて「やだね」と軽くあしらう。
この無敵魔王め……。
しかしそこに一瞬の隙を生まれた。
いくら余裕とは言え、タツキほどの存在に威圧を向けられたら注意もタツキに向き、他への警戒が疎かになる。
その隙を見逃さずに放たれた光の刃が、ルウの両腕を切り落とした。
そんな芸当が出来るのはひとりしかいない。ハルトだ。
ルウの腕と一緒に落下したフレイラさんをタツキがギリギリ空中でキャッチする。
一方、両腕を落とされたと言うのにルウは楽しそうに満面の笑みを浮かべた。
「おぉ、やるなぁ、神位種の青年!」
そう言う間にも切り落とされたルウの両腕が消え、一瞬にしてルウの腕が何事もなかったかのように元通りになる。
えっ、何今の! 恐っ!
「その剣の腕と戦闘感覚の面白さに免じて、今日は手を引いてやる! だが、フレイラ、と言ったか。俺は諦めてないからな!」
そんな捨て台詞を残して、「はぁーはっはぁ!」と言う笑い声を響かせながら、魔王ルウ=アロメスはその背の翼で舞い上がると目にも留まらぬ速さで空の彼方へと去って行った。
……何しに来たんだろう、あの魔王。




