67. 魔王ゾイ=エン
ハルトの一声を合図に、私たちは巨城跡に踏み込んだ。
進みながら先陣を切るハルト、続くフレイラさん、そして自分自身に身体強化魔術をかける。知覚、感覚強化を続けてかけて、結界魔術も構築した。
タツキに関しては自ら身体強化魔術や結界魔術を施しているのがわかったから、そっとしておく。
そうして広大な巨城跡を歩くことしばし。
私たちは恐らく魔王ゾイ=エンがいるであろう塔の下までやってきた。
目の前に聳え立つ塔は、遠目から目測していた以上に巨大だった。
その大きさに圧倒されて、思わず塔を見上げる。ほぼ同時にハルトも塔を見上げた。
そこに、小さな隙が生じた。
横合いから白い影が突進してきた。狙いはハルトだ。
それに気付くなり頭で考えるより先に体が動く。
私は影とハルトの間に飛び込むと、固さ重視の結界の盾を展開。しかし、結界が砕ける音と同時に襲ってきた衝撃に弾き飛ばされた。
あっという間に数メートル後方まで吹き飛ぶ。
「ハルト! リクさん!」
フレイラさんの声。それを認識する間もなく甲高い音が響く。
慌てて身を起こして視線を先程まで自分たちがいた場所に向けると、そこには真っ白な体毛の、豹のような獣がいた。
体長は前世で見た豹よりも遥かに大きく、四つ足で立っている状態ですらフレイラさんの身長と変わりないように見える。
その白豹が、爪や牙による攻撃をフレイラさんに向けて繰り出していた。
速い。
いくら獣型の魔族とは言え、魔王種でもないのにあんな速度が出せるはずがない。
もしかして、あの白豹が魔王ゾイ=エン?
しかしその瞳の色は金ではなく青だった。
魔王種ではない獣型魔族が、あれほどの速度と威力の攻撃を繰り出せるとするなら……向こうも身体強化魔術を使っていると考えるのが自然だろう。
その白豹が次々と繰り出す攻撃を辛うじてフレイラさんは剣で防いでいるものの、少しずつ後ずさりしている。
しかもよく見れば、頬や腕に赤い筋が見える。血だ……!
タツキもフレイラさんの近くにいるけど、接近戦であることと、あまりの速度で展開される攻防に手出しできずにいる。
治癒魔術で援護はしているけれど、攻撃魔術を使うタイミングや結界を張る隙が見つけられずに歯噛みしているのがその表情から読み取れた。
「リク、思いっきり身体強化魔術をかけてくれ」
ハルトが剣を引き抜きながらそう言うなり、走り出す。
私も急いでサラの腕輪を外すと、すぐさま身体強化魔術を各人にかけられる限界ギリギリラインを見極めて、ハルト、フレイラさんの順でかけていく。
知覚、感覚強化も併せて施し、結界魔術も重ねがけする。
そして最後に自らにも同様の手順で強化魔術をかけ、白豹との戦いに参戦…しようとして、悪寒を覚えて背後を振り返った。
そこには、白豹と同じような容貌の黒豹が佇んでいた。
いつの間に……。
「お前は……魔王種だな?」
ぎらり、と金色の瞳が光る。
金色の目、獣型の魔族。塔の内部にあった気配とも一致する。
今度こそ間違いないだろう。
「そう言うあなたは、魔王ゾイ=エン?」
こちらに向けられている金色の目をじっと覗き込みながら、確信を持って問いかける。
すると金目の黒豹は目を細めた。
「いかにも。お前は魔王種でありながら、何故勇者を庇った?」
魔王種特有の不思議な虹彩をした金色の瞳が一層鋭さを増し、真っ直ぐ射抜くようにこちらを見る。
同時に、威圧をかけられた。
耐えられないことはないけど、妙な迫力があってつい後ずさってしまう。
「勇者とか魔王とか、関係ないでしょ。私は仲間を守っただけ」
負けていられない。
こちらからも威圧すると、黒豹──魔王ゾイ=エンは憎々しげに、その顔に皺を寄せた。
「あの勇者を仲間と呼ぶか、魔王種の娘……ならば、お前も私の敵だ!」
ゾイが地面を力強く蹴り、突進してきた。
反射的に回避行動を取る。
直線的な突進に対して素早く側方へと回避すると、豹ならではのしなやかさでゾイは方向転換し追撃してきた。
その足下が大きく盛り上がる。ゾイは咄嗟に跳躍してバランスを崩すのを回避した。
「リク!」
タツキのフォローだ。
助かった。
魔王ゾイ=エンは私たちから少し離れた場所に着地した。その目は未だに憎悪に満ちている。
ゾイは一体何をそんなに憎んでいるんだろう?
私の疑問が伝わったわけではないだろう……けれど、まるで私の疑問に答えるように、唐突にゾイが叫んだ。
「何故お前は人族に加担する! 人族は我ら魔族を襲い、滅ぼそうとしているのだぞ! お前は人族の残虐非道な行いを知らないとでも言うのか!?」
ぞわりと肌が粟立ちそうな暗い瞳を向けられる。
憎悪を通り越した、深く暗い感情が伝わってくる。
その感情に宿る闇の底知れなさに気圧されて思わず口を噤むと、それを問いへの肯定と受け取ったのだろう。
ゾイが牙を覗かせながら口を開いた。
「知らぬならば教えてやろう、人族の非道さを! やつらは、人族は、何の罪もない私の村を魔族の村だというだけで滅ぼしたのだ! 村の誰かが人族に害を成したわけでもないのに、罪もない私たちを魔族だという理由だけで、笑いながら、逃げ惑う女や子供までもを無慈悲に惨殺したのだ……!」
魔族は種族ごとに集落を作る習性がある。もちろん単独行動する魔族もいるし、フォルニード村のように異種族と集落を形成することもある。
ゾイの口ぶりから、豹型獣魔族たちも例に漏れず集落を形成していたようだ。
魔王ゾイ=エンのあの憎悪の根底には何があるのだろうと思っていたけれど、生まれ故郷である集落を、何の落ち度もないのに理不尽に蹂躙されたのが原因か……。
その恨みの深さがその瞳に宿る闇となって現れているのだろう。
「あいつは、まるで狩りを楽しんでいるかのようだった。その癖、その行いは生きる上で何ら必要のない、無意味な殺戮……! 狩りとは生きるために必要な、神聖な行為であるはずなのに……あの人族はただ殺戮を楽しみ、殺した者を命の糧にするわけでもなく、無惨にも切り刻んだ」
その時の光景を思い出しているのだろうか。
魔王ゾイ=エンは声を震わせながらも強い語気で、人族の残虐さを語る。
確かに、そのような人族がいないとは言い切れない。
人族だって全員が全員、魔族に友好的な意識を持っている訳でもないし、その中に一握りくらいはいるであろう殺戮願望が強い魔族嫌いの人族が、魔族領でどんな凶行を引き起こすかなんて予測も出来ない。
けれどそれは、魔族にも言える事だ。
人族に友好的な魔族もいれば、ゾイのように人族を嫌う魔族もいる。そして欲望に忠実な戦闘狂、魔王ルウ=アロメスとその配下たちのような魔族もいる。
だから、同情はするけれど、人族は皆悪であると断じるようなゾイの物言いには反発心を覚える。
私も多少は種族の違いを気にする事もあるけど……でも、仇の属する種族を一括りにして憎むなんて考えは極端すぎる。
私とはまるで考え方が違う。
「村で生き残ったのは私とゾルだけだ。わかるだろう、人族の恐ろしさが。罪深さが。わからないだろう、私の悔しさが。人族に対する憎しみの深さが……!」
暗く沈んでいたその瞳に、急激に光が戻ってくる。
過去語りで掘り出された憎しみが魔王ゾイの闘争心に炎を灯し、燃え上がらせる。
そして、魔王ゾイは吼えた。
「人族は滅びるべき種族だ! 二度とあのような悲劇を起させぬよう、一刻も早く消し去るべき種族なのだ!」
ゾイの言葉に、ざわりと、怒りが足下から湧き上がるようにしてこみ上げてくる。
ついさっきまでは考えの違いだと思えた事が、今の言葉で一気に拒絶に変わった。
ゾイの言葉の矛盾に気が付いたからだ。
私は怒りに任せて強くゾイを睨みつけた。
「──それを、あなたが言うの? 魔王ゾイ=エン……!」
故郷を滅ぼされたゾイの怒りはごもっとも。
ただ、その結果ゾイが行った行為は承認できない。
「だったら、今あなたがやっている事は何? 仇である特定の人物ではなく、無関係な人族の命を奪ったのは何故? 人族のみならず魔族をも襲い、フォルニード村を滅ぼしたのは何故!?」
自らも理不尽に命を踏みにじっている事に、どうして嫌悪感を覚えないのか。
後悔とは、一体何のためにあると言うのか……!
「あなたが大切な人たちを失って人族を憎むのは仕方がないのかも知れない。けれどあなたはフォルニード村を壊滅させ、人族領との境界にあった関所も破壊した。そこにいた、あなたの仇ではないであろう多くの命を蹂躙した……!」
この時私の脳裏に浮かんでいたのは、壊滅させられた関所の過去視の光景と、フォルニード村の惨状だった。
無数の魔物に襲われ、必死に抵抗するも恐怖と絶望の中で命を落とした関所の人族たち。恐らく同じようにして絶望を味わわされた、フォルニード村の魔族や人族たち。
命こそ落とさなかったものの、大切な人を失ってしまった人もいる。マナも、母親を失った。よく見知っていたであろう人々も失った。
──そして、故郷をも失った。
「あなたが言う人族の行為とあなたがこれまでやってきた行為に、どれ程の違いがあるって言うの! その行為がどれほどの悲しみと憎しみと恨みを生むのか、あなたは知っているはずなのに……!」
今世で感じた事のない程の怒りが込み上げてくる。
私が怒るのはお門違いかもしれない。
けれど、自らが被った不幸を自ら拡大させているゾイの行為が、どうしても許せない。
本来の仇とは関係のない、無辜の命を沢山奪っているのに。
なのにこの魔王は言うのだ。自分は何も悪くないと。
奪われる痛みを知りながら、奪う立場になったら奪われる痛みを忘れてしまうものなのだろうか。それとも私がおかしいのだろうか?
考えれば考えるほど、怒りで目の前が真っ赤になるような感覚が強くなる。
過去視で見ただけなのに、関所のあの恐ろしい光景と絶望感、恐怖……全てが自分が味わった事のように思い出されて、家族を失いながらも気丈に振る舞っていたマナの姿を思い出して……。
もう私には、目の前のかつて被害者だった魔王ゾイ=エンが敵にしか見えなくなっていた。
圧倒的悪にしか、見えなくなっていた。
しかしそんな私の怒りを、一瞬にして凍り付かせる一言が魔王ゾイ=エンの口から発せられた。
「では問うが、お前は不必要に生物を殺していないと言えるのか? 魔物には魔物の生き方があろう。時には人を襲うかも知れない。だが、常に狩られるほど奴らは凶悪か? お前たちは何故、仇でもないのに魔物を殺める?」
ひゅっと吸い込んだ空気が喉を凍らせるような感覚に陥る。
威圧も怒りもすっかり鎮まって、私は立ち尽くした。
魔物を狩る理由……?
狩られるほど魔物は凶悪か……?
ついさっきまで怒りに囚われていたせいか、うまく頭が働かない。
でも、この質問をされる事に違和感がある。
何だろう、このもやもやする感じ……。
「……案外頭が悪いんだね、魔王ゾイ=エン。その言葉、そっくりそのまま自分に還ってくるってこと、わかってる? 不必要に生物を殺していないかリクに問うって事は、自分が不必要に生物を殺している自覚はあるって事だよね。だったら何故自分の故郷が滅ぼされたのか……わかるよね?」
そう言いながらタツキは、すっかり固まってしまった私と、タツキの言葉に目を剥いた魔王ゾイ=エンの間に割って入る。
私が威圧と怒りを引っ込めたのと入れ替わるように、今度はタツキが強烈な威圧を撒き散らす。
そのタイミングでハルトが走ってやってきて私の隣に並び、剣を構えた。
遅れてフレイラさんもハルトの反対隣に並んで剣をゾイに向ける。
無意識中に背後の気配を探り、先程の白豹の気配が完全に消えている事を確認する。恐らくハルトかフレイラさんが仕留めたのだろうと、あまり働かない頭で判断した。
「ねぇ、ゾイ=エン。今更自分の行いを正当化しようとしたって手遅れだよ? あぁ、それと、魔物の件だけど。魔物は狩るに値するほど凶悪な生物だよ」
ゾイに嘲笑を差し向けながら、まるで散歩でもするかのように、タツキはゆっくりと魔王ゾイ=エンに向かって歩き出す。
その何気なさが却って不気味で、魔王ゾイ=エンはじりっと後ずさった。
ゾイは四つ足で立っている状態でもタツキより目線が高い。
なのに、自らよりも小さなタツキに恐れを抱き始めている。
そんな事はまるで意に介さずタツキは歩を進め、その度にゾイが後退する。
「魔族にはわからないでしょう? 人族は魔族ほど強靭な肉体を持たないし、魔族ほど優れた感覚器官を持っていない。その分知恵を働かせている。ただ魔物を狩るとは言っても魔物の生態や性質を調べ上げ、必要な分だけ狩っているのは知ってる? 自分たちが対処できる程度まで狩ったら、後は手を出さない。決して狩り尽くさない」
タツキは歩を止めない。
ゾイも後退し続ける。
「何故脅威でありながらも狩り尽くさないか、わかる? 人族は知ってるんだよ。魔物には魔物の役割がある事を。人族はね、世界のバランスを考えて調和を取る種族なんだよ。それを殲滅しようなんて考えているお前は、世界を滅ぼしたいのかな?」
タツキが立ち止まった。ゾイの後退も止まる。しかしすぐにゾイは大きく後ろへと飛び退いた。タツキが放つ威圧が、更に強まったからだ。
その場にいたくなくなる程の強烈な威圧。
タツキからは明確な怒りこそ感じ取れないけれど、この強烈な威圧感から察するに、心の奥底で怒りを燻らせているのではないかと思う。
「フォルニード村には、僕もお世話になった人たちが沢山いたんだよ。奪われる痛み、お前ならわかるよね? 魔王ゾイ=エン」
直接威圧を向けられていない私やハルト、フレイラさんまでもが震え上がるほどの冷徹な声音。
すっとタツキが手を前へと差し出す。
まるでゾイに返答を促すような動作。
しかしその指先には圧倒的な魔力が集められている。
対してゾイはちらりとハルトに視線を向けた。
「……全ては、あの勇者が──勇者ハルトさえいなければ、あのような輩の手を借りずとも魔王ゼイン=ゼル様が我らの悲願を叶えてくれるはずだったのに! 何故我らばかりが耐えねばならない!」
半ば錯乱しながらそう叫び、魔王ゾイ=エンが地を蹴ってタツキに……ではなく、ハルトに向かって突進した。
突進しながらも何らかの魔術を行使しようとしているようだ。
空気中の魔力がゾイの方へと流れて行くのを感知する。
感知こそ出来たけれど、思考が半ば止まっていたせいで反応が遅れた。
しかし最大限まで身体強化したハルトはすぐさま反応した。
剣を構えたまま、待ち構える事なく魔王ゾイ=エンに向かって走り出す。
そのハルトの反応速度を確認した上で、タツキも魔術を構築する。
差し伸べた手のひらの上に灯火が灯るように小さな火種が現れたと思ったら、それがあっという間に人の頭のサイズにまで膨れ上がり、炎の玉が形成される。
更にそこに魔力が注ぎ込まれ、炎が光の玉に変わった。
それだけでその炎の玉がとんでもない熱量を帯びている事がわかる。
タツキは造り上げた高温の玉をゾイに向け、放った。
魔王ゾイ=エンは背後から強烈な熱球に追われながらも避ける気配を見せずにハルトへと突進して行き、ハルトを喰らわんとするかのように大きく口を開けた。
ハルトもゾイが間合いに入るなり強く踏み込み、魔力と練気を混ぜ込んで剣に纏わせ、裂帛の声と共にゾイ目がけて薙ぎ払う。
その瞬間。
「喰らえっ!」
ハルトが剣を振るのを狙っていたのだろう。
叫びと共にゾイが上空へと跳躍し、準備していた魔術を放つ。
ゾイが目にも留まらぬ速度で跳躍したので、一瞬見失いかけた。
標的が消え、タツキが放った高温の玉もハルトに向かって真っ直ぐ進む。
同時に上空ではゾイが大口を開けて、竜のブレス攻撃と同じくその口内に集めた魔力をそのまま特殊魔術に変換して放った。放たれた魔力は無数の光線となって降り注ぐ。
ハルトはゾイが何かしらの攻撃を仕掛けてくると予測していたようで素早く剣を引っ込め、神聖魔術の結界とバックステップを駆使して特殊魔術から逃れると、思い切り地面を蹴った。
迫っていたタツキの魔術はハルトに届く手前で軌道が変わり、ハルトが跳躍するのを待って地面に着弾。
着弾地点から膨れ上がるようにして、熱風が吹き付けてくる。
ハルトはその熱風をも利用してあっという間にゾイのいる高空に到達した。
そして剣を振ろうとして、ゾイが間髪入れずに再度光線を飛ばしてきたので風属性魔術で回避する。
「リクさん、大丈夫?」
上空では怒濤の攻防が繰り広げられている中、動くに動けないでいたフレイラさんが近寄って来た。
似たような状態で立ち尽くしていた私も、フレイラさんの声で我に返る。
「え……? 大丈夫、大丈夫だよ」
一体何に対して心配されたのかわからなかったけれど、すぐに思い至って慌てて手と首を左右に振る。
きっとさっきの怒気と威圧はハルトやフレイラさんにも届いていたはずだ。
明らかに冷静さを失ってたし、その事に気付かれていたのだろう。そりゃ心配もされるか。
「なら、いいけど……。それにしても、あれじゃ手出し出来ないわね」
と、フレイラさんは上空を見上げる。
そこでは風属性魔術を駆使したハルトと、同じく風属性魔術を駆使しているゾイとの空中戦が繰り広げられていた。
精霊であるタツキも参戦してはいるけれど、正直な所、魔術に特化した金目魔王種でありながら身体能力の高い獣族でもあるゾイとまともに渡り合えるのは、ハルトくらいだろう。
ましてや魔王ゾイ=エンもあの白豹と同じく、身体強化魔術を使って身体能力の底上げをしている。
以前フィオが言っていたように、タツキは速度で制されるとかなり厳しい。
とは言っても多分、ゾイがハルトに固執せずにタツキに向かって行ったとしてもタツキなら勝てる気がするけども。
何せまだ奥の手を隠したままだし。
さっきもあれだけゾイに恐怖を植え付けておきながら分解能力を使わなかった点を考えると……多分だけど、タツキは自分がこの世界に干渉するのを最小限に収めようとしているんじゃないだろうか。
私の守護はしてくれる。
仲間の守護もしようとしてくれる。
けれど、歴史に残るような表舞台の決定的な場面では、サポートに徹する。
そんな姿勢が見え隠れしている。
フレイラさんも神位種なだけあって地力もあるし、今は限界まで身体強化しているから魔王ゾイ=エンと渡り合えるだろうけど、空中戦が出来ないと……。
そこまで考えた所で思い出した。
フレイラさん、攻撃系魔術得意だったよね!?
その事に気付くなり、私はフレイラさんの両肩をがっしり掴んだ。
「なっ、何?」
目を丸くして驚きながらも、視線は私と上空の戦闘、両方を行き来させている。
「フレイラさん、風属性魔術、得意?」
「得意と言うか……他の属性と同じ程度には使えるけど」
「それってどの程度!?」
「じょ、上級程度」
ずいっと迫るとその分フレイラさんは仰け反った。
しかしいい答えが聞けて私は満足して頷く。
「十分。上級レベルで使えるなら、空中戦も出来るよ。攻撃性を排除して、自分に強風を叩き付けるイメージで使えばいいだけなんだから」
そう言うと、フレイラさんははっとした表情で、改めて上空を凝視した。
「そっか……! 使っているのは風属性の攻撃系魔術だったのね!」
何かしらの魔術を使っているのだろうとは思っていたようだけど、どうやらハルトたちが行使している魔術が風属性の攻撃系魔術だとは気付いていなかったようだ。
ハルトとゾイが風属性魔術による空中戦に慣れているせいか、無駄のない風属性魔術の使い方をしていてわかり難かったのかも知れない。
「理論はわかった?」
「えぇ、風属性攻撃魔術から攻撃性を排除して、風圧のみを利用するのよね!」
「そう。私は風属性攻撃魔術が使えないから、フレイラさん、ハルトの援護をお願い。私も地上からでも出来そうなサポートはするから」
「わかったわ!」
さすが、ハルト以上に魔術行使能力が高い勇者様。飲み込みが早い。
フレイラさんはすぐさま地面を思い切り蹴ると同時に、下方から吹き上げるように風属性魔術を使って一気に上空へ舞い上がって行った。
それを目で追いながら、私はいつでも結界魔術が使えるように準備を始める。
上空に到達したフレイラさんは、ハルトにばかり意識が持って行かれている魔王ゾイ=エンに背後から切りかかった。
油断していたゾイは、回避が遅れて後ろ足の付け根に刃を受ける。
一拍遅れて、魔王ゾイ=エンの血が降って来た。
私は慌てて血を浴びないように立ち位置を変える。
さしもの魔王ゾイ=エンも勇者2人と高位精霊を相手取っていてはうまく立ち回れないようだ。
身体強化魔術で身体能力の底上げをしていても、対応し切れていない。
……あれ?
もしかして私、別にサポートしなくてもいいんじゃないかしら。
上空には優秀なサポート兼魔術火力のタツキがいるし、そもそも結界魔術ならタツキの方が上手い。
タツキがいれば十分フォロー出来るから、むしろ私は下手に手出ししない方がいいような……。
うん、私、いらないな。
とりあえず周囲を警戒しつつ、タツキの手が回らなそうな時は補助しよう。そうしよう。
そう決意して意識を研ぎ澄ます。
身体強化魔術で知覚と感知能力を引き上げているから、かなり広範囲の状況が認識出来る。
……ふと、認識範囲の一部に、違和感を覚えた。
何かが来る。
そんな気はするのに、ちゃんと認識しようとすると何事もなかったかのように気配が消える。
改めて広範囲で感知しようとすると、違和感が戻ってくる。
これは、一体……?
思わず違和感を覚えた方角に視線を向けた。
そして、気がついた。
向けた視線の先。
黒い神官服を纏った人物が3人、こちらに向かって急接近して来ていた。




