65. 魔王ゾイ=エンの根城へ
結局この日はリハビリをするマナを見舞って、私たちは近日中に出立するけどマナにはギルテッド王国に留まってもらう旨を伝えた。
マナは何か言おうと身を乗り出したけれど、結局何も言わないまま静かに頷いた。
すでにマナはフレイラさん経由で、フォルニード村のことと母親の件について聞いているようだった。であれば、きっとフォルニード村の──母親の仇を討ちたいはず。けれど今の自分の状態を理解して気持ちを抑え込んだのだろう。
なので「絶対戻ってくるから、ここで待っててね」とマナにお願いした。
絶対戻ってくる。つまり私が代わりに仇を討つことを伝えると、マナも真剣な表情で改めて頷いてくれた。
その後はタツキやフレイラさん、『飛龍の翼』の面々と最終確認を行なった。
フィオ曰く、ルース、レネ、アレア、ウォルが危険区域に出る必要が生じた場合にはギルテッド王国の兵士も同行してくれるそうだ。
安心感が格段に違う。これで心置きなく周辺の調査と後方支援をしてもらえるというものだ。
ほか、当初の予定ではギルテッド王国の次は魔族領北部にあるディートロア王国へ向かい、魔王タラント=ディートロアにも協力を仰ぐ予定になっていた。
しかしディートロア王国に向かう前に敵が明確になったため、ギルテッド王国を出立したらディートロア王国ではなく、魔王ゾイ=エンがいるという巨城ゴート=ギャレスへ向かうこととなった。
この件については、アールグラント国王陛下からも了承を得ている。
ディートロア王国への協力要請に関しては、ハルトとフィオの話し合いでも取り上げられたそうだ。最終的にはフィオが魔王タラントに簡単に状況を説明する役目を請け負ってくれたらしい。
フィオが言うには魔王タラントは現在存命の国を持つ魔王の中では最年長の魔王で、怒らせると恐いけれど普段はとても温和なおじいさまらしい。
ちょっと気になる。いつかお会いしたいものだ。
そんな感じで情報共有を兼ねた最終確認が昼前に終わり、明日には私、ハルト、タツキ、フレイラさんはギルテッド王国を出立することになった。
急ではあるけど善は急げだ。ハルトは会議づくめで大変だっただろうけど、ほかの面々は十分に休息が取れている。ハルトには道中でしっかり休んでもらえばいいだろう。
というか、ギルテッド王国に留まり続ける限りハルトは忙しいままだろうからね。ここを発ってしまった方が休めるだろうというのが私とタツキとフレイラさんの見解だ。
アールグラント王国側からもランサルさん経由で、多大なる支援を約束してくれたフィオへ感謝の意と、交渉を成功させたハルトへの労いの言葉が届けられた。
ちなみに現在アールグラントに駐留しているセレン共和国とヤシュタート同盟国の調査隊は、予定通りアールレインから出発。けれどその主目的を魔族領との国境付近の警戒に切り替えたらしい。
そのことは現在の状況を説明した上でセレン共和国やヤシュタート同盟国からも同意を得ており、同時に調査隊に参加している二百名中百名はアールグラントと魔族領のあいだにある関所とフォルニード村の復興作業に加わってくれることとなった。
さすが親子と言うべきか。一日かけてフィオをあそこまで説得したハルトの交渉手腕もすごいと思うけれど、アールグラント国王陛下の交渉手腕はハルトの上を行っている。
わずか一日二日で二国……いや、恐らくオルテナ帝国や騎士国ランスロイドとも交渉しているはずだから、四国を相手にここまで話をまとめあげたのだ。脅威的すぎて理解が追いつかない。
アールグラント国王からの連絡内容はすぐにハルトに伝えた。
話を聞き終えるとすぐにハルトはフィオの許へと赴いた。陛下からの感謝の言葉を伝えに行ったのだろう。
ハルトを送り出したあと、改めてマナの部屋に顔を出した。
マナが身体強化魔術と治癒魔術を使えると聞いてタツキ式リハビリ術を伝授したおかげか、すでに真っ直ぐ歩く分には問題無さそうなところまで回復しているようだ。
翼魔人のメイドさんも親身にリハビリに付き合ってくれているようで、マナがふらつくとすかさず転ばないように駆け寄っていく。このまま行けば、そう時間をかけずに元通り歩けるようになるだろう。
ちなみにマナは背中の翼を使って空を飛ぶこともできるらしい。けれど移動する際は基本的に足を使うのだそうだ。
何せ空を飛んでいたら目立つ。希少種が目立っていたら狙われかねないからね……。
でも翼があるということは、空中でもあるていど自由に動けるということだ。
ちょっと羨ましい。
「そう言えば、フィオに例の件は聞いてみた?」
「聞いてない。フィオが言い出すまでは黙っていようと思ってる……」
ふと養女云々の件を思い出して問いかけてみると、マナは首を左右に振った。
「本当にそのつもりがあるのかわからないけど、もしあの話が本当ならお互いのためにならないから……ボクは断るつもりでいるよ」
強い意志をその瞳に湛えながらマナが断言する。
なぜマナがお互いのためにならないと思うのかはわからないけれど、フィオとマナのあいだに少し特殊な関係性があるのも薄々感じていたので「そっか」とだけ返しておいた。
「リクは、この旅が終わったらどうするの?」
唐突な問いかけに「ふぇ?」とおかしな声が出る。
この旅が終わったら?
咄嗟に思い浮かんだのは、関所跡で悪夢から目覚めた直後のこと。ハルトから切り出されたある申し出だった。
いろいろありすぎて頭の片隅に追いやられていたその記憶に、意図せず顔が熱くなる。
「え、えーと、えーと……その、今私はハルトと婚約してまして」
「うん。知ってる」
ですよね!
「それで、えぇと、その、旅が終わったらアールグラントに戻るわけで」
「やっぱりそうなんだ」
「……うん。そしたら、たぶん、け、結婚すると、思う」
「へぇ! おめでとう!」
ぱぁっ! とマナの表情が輝く。
うぅっ、久々に美少女の全開の笑顔を直視してしまった……眩しい!
「ありがとう。あ、でもね、まだね、ちゃんと決まってないんだけど!」
「でもそういう話があったんでしょ? よかったね、リク」
「う、うん。ありがとう」
なんでこの話題になったし!
全力で赤面しつつ何とか話題を変えようと思考をフル回転させる。
何かないか、うまく話題を切り替えられるような話題は……!
「そ、そういえばマナは、お付き合いしている相手とかいないの?」
話題替えついでにセンのためにちょっとリサーチしちゃうよ!
いやぁ、親切だね、私。
「お付き合いしてる人? いないよ」
「あ、じゃあ好きな人とかは?」
「うーん……特にはいない、かな」
ふむふむ、気になる相手はいないと。
セン、残念。マナ側からは一目惚れされていないみたいだよ。
でも逆に言えばマナはフリーだということだ。よかったね。
そんな微妙な会話のあと居たたまれなくなった私はマナの部屋から退散し、自分に充てがわれている客室に戻った。
気持ちを切り替えて今すべきことに着手する。
今しておくべきこと、それは古代魔術の制御術式の完成だ。それさえ完成すれば現在ストップしている空間魔術関連の術式開発にも手がつけられる。
決して居たたまれない気持ちを紛らわそうとしているわけじゃない。断じて違う。
「よしっ!」
私は気合いを入れて自分の荷物を漁り、紙束と筆記用具を引っ張り出す。
それらを机に広げて、火竜の知識も総動員して書く、描く、書く!
古代魔術の制御術式はほぼ完成しているので、今やっているのは最後の仕上げだ。モチベーションの源は制御術式開発のために中断している空間転移、もしくは空中移動魔術の開発に向ける意欲。
空間関連魔術への情熱のおかげか、古代魔術の制御術式が鐘一回分の時間で完成した。我ながらすごい。
しかし術式というものは、発動させて正常に作動させた上で予定通りの効果が出て初めて真なる完成を見る。なので失敗したところで被害を出さずに済むであろう、古代魔術の結界魔術で試してみることにした。
さっそくサラの腕輪を外す。
そして制御具合は最大限まで引き上げて、その結果どれくらい抑えられるのかを確認すべく、術式を展開していく。
古代魔術はほかの魔術とは発動形式が異なる。詠唱がない代わりに魔力操作で空中に術式を描き出す必要があるのだ。
描き出す術式は魔法陣そのもの。円を描くように術式と図式を絡め、幾重にも重ねながら巨大な魔法陣を描き出す。
なんとか部屋の床から天井までの空間に魔法陣が収まった。あとは発動させるだけだ。
完成した魔法陣に発動の意思とともに魔力を込めると、魔法陣そのものが変形を始める。平面的な魔法陣が立体的に展開され、一際強く光を放った。
そうして現れた結界は、室内を覆うくらいの規模のものだった。
軽く結界を叩いてみると、コンコン、と軽い音が響く。
これじゃ強度まではわからないな……。
仕方がないので怪我防止のために自分に通常の結界魔術を施し、思い切り殴りつけた。ガインッと大きな音はしたものの、びくともしない。
ほうほう。これに耐えるか。
ならば、これはどうだね。
私は自らに身体強化を施す。そして改めて全力で結界を殴りつけた。
ゴインッとやはり大きな音はしたものの、びくとも……いや、小さいけれどちょっとだけ罅が入った。
しかしこの結界は最大限制御した(つもり)の結界だ。それでも赤目魔王種と同等の攻撃に耐えるとは。
ちょっとすごすぎないだろうか。
しかしこの強度の結界に囲まれていると檻に閉じ込められているようにも感じる。術者が結界を解除するか時間経過で自然消滅するのを待たないとこの結界から出られないわけだし。
古代魔術の結界はむしろ、そっちの用途に使われる魔術なのかも知れない。
利用法はどうであれ、使いこなさないことには活用しにくい。
結界の形状操作はどうやるんだろうなぁ……と火竜の知識を探っていると、部屋の扉がノックされた。意識をそちらに向けると、部屋の前にはタツキの気配があった。
「どうぞー」
応答すると、部屋の扉を開けてタツキが室内を覗く。
「やっぱり……リク、古代魔術の制御術式が完成したの?」
「うん。たぶんあの術式で正解だと思うよ。最大限制御して、結界を張ってみたんだけど」
私の答えを聞いて、タツキは深いため息をついた。
「リク、完全に空間ごと隔離された状態になってるよ。精霊石に戻ろうとしたら精霊石が全く反応しなくて焦ったよ」
「えっ!? やっぱりこの結界、危険なんだ……」
「空間ごと外界から完全に隔離できるみたいだから利用価値はあると思うけど、実戦でどれだけ活用できるかは未知数だね」
やっぱりかー。
「とりあえず、術式完成おめでとう。これで心置きなく古代魔術が使えるね」
「いや、心置きなくは無理でしょ! 結界すらこんなに扱いづらいなんて……」
「何でも使いようだよ。いざとなったら敵を古代魔術結界で囲って、結界内部で攻撃系の古代魔術を発動させるとか、合わせ技ができるじゃん」
なるほど!
「タツキ、頭いい!」
「いや、普通に思い付くでしょ」
またまた、謙遜を。
……ん? でもそれが有効なら、制御術式って必要だったのかしら。
……。
…………。
………………。
うん、気付かなかったことにしよう。
翌日、私たちは予定通りギルテッド王国から出立した。
馬車の御者はハルトとフレイラさんが交代で行う。御者をさせるために騎士を連れて行くには危険が伴うため、馬車を扱う技能を持つふたりにお願いすることになった。
最初にフレイラさんが御者を引き受け、お疲れなハルトにはしっかり休んでもらう。途中で馬も休ませつつ、順調に進んでいく。
魔族領は殺風景すぎて目印らしい目印はないけれど、方向感覚なら神位種も魔王種も覚醒時にしっかり身に付いているので問題ない。
ギルテッド王国からひたすらに東へ十日ほど行けば、かつて魔王ゼイン=ゼルがいたという巨城ゴート=ギャレスに到着するらしい。
らしいというのは、実際にゴート=ギャレスにいったことがあるのがハルトだけだからだ。
ハルト曰く、徒歩だとギルテッド王国からゴート=ギャレスまで半月かかるから、馬車なら十日以内に辿り着けるだろう、とのことだった。
そうして。
ハルトの予想通りギルテッド王国を出発した九日後、私たちは目的地である巨城ゴート=ギャレス──だったはずの、巨城の残骸の許に辿り着いた。




