62. 赤目の魔王種
会議室を出たあと、メイドさんに案内されて各々あてがわれた客室に向かった。
一人一部屋になるようだ。
案内された部屋に入ると早速、フォルニード村のランサルさんに念話で無事ギルテッド王国に到着したことと、魔王フィオ=ギルテッドから協力が得られそうな旨を報告する。
ランサルさんからはアールグラント国王陛下からの連絡内容が伝えられた。
どうやら後続のセレン共和国とヤシュタート同盟国の調査隊がアールグラントの王都アールレインに到着したらしい。そのまま予定通り魔族領入りに向けた移動が開始されるようだ。
今時点ではオルテナ帝国も冬で雪に閉ざされているだろうけど、ランスロイドを抜ける頃には雪解けの季節になっているはずだ。
そう考えるとちょうどいい具合に計画が進行しているようだ。
と言っても、調査対象はもう絞られてるんだけどね。
ほぼ間違いなく、竜の襲撃に関しては黒い神官服が関与しているだろう。神出鬼没な彼らを追うのは難しいけれど、黒い神官服たちに関与する者がいるのも判明している。
魔王ゾイ=エン。
この魔王に関しては所在が判明している。
魔王ゾイ=エンは基本的に、魔王ゼイン=ゼルが拠点にしていた巨城ゴート・ギャレス跡地にいるそうだ。
まずは目立つ存在である魔王ゾイ=エンのもとへ向かい、魔王ゾイ=エンから黒い神官服たちの居場所を聞き出す。
聞き出す余裕があるか、あったとしても素直に話してもらえるかと言えば難しいところだけど、黒い神官服たちに関してはそうやって本拠地を割り出すほかないだろう。
いずれにせよ敵が明確になった以上、さらに言えばその敵と渡り合うには神位種くらいの力量がないと厳しい以上、セレン共和国やヤシュタート同盟国の調査隊の人々が魔族領に入る必要性はあまりない。
今後の方針が決まるまでアールグラントにそのまま駐留してもらった方がいいのでは……。
なんて私が一人で考えていてもしょうがないか。まずは明日のフィオとの話し合いで詳細が決まらないと。
フィオがどれくらいの範囲で協力してくれるかによって方針も固まってくるだろう。なのでランサルさんには私の考えを伝えることなく、念話を切った。
念話を終えると、フィオに言われた通り城の裏手にある練兵場へ向かった。そこにはすでにハルトやタツキ、フレイラさんの姿があった。
しかしフィオの姿はない。
「あれ? フィオさんは?」
「ついさっき、俺たちに会わせたいって言ってた相手を呼びに行ったよ」
応じたのはハルトだ。ハルトに限らず、この場にいる全員が困惑の表情を浮かべている。
何せフィオが指名した面々は全員転生者だ。敢えてこの面子にだけ会わせたいと言うフィオ。勘ぐってみるなら、その会わせたい相手と言うのも、もしかしたら……。
そんなことを考えていると、練兵場の奥からフィオが姿を現した。後ろには一人の青年を従えている。
その青年を見た瞬間、私もハルトもタツキもフレイラさんも「やっぱりか」と言わんばかりの顔になった。しかしすぐに、その瞳の色を見て息を呑む。
フィオが連れてきた青年は、明らかに魂還りの日本人顔をしていた。特別美形ではないけれど勝ち気そうで生命力に溢れた勇ましい顔つきだ。
頭部からは狼らしき耳、腰の下からもふさふさの尻尾が生えていることから、獣人であると判断できた。その耳や尻尾、髪、瞳は燃えるような赤だ。
──そう、赤目の魔族。魔王種だ。
「おまたせ! ふふ、驚いてるね?」
フィオはそう言って、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
「フィオ、俺に会わせたい相手って、この人たち?」
青年の方も少し驚いた顔をしたけど、すぐに表情を改めて問いかけた。
その声はハルトより少し高めで、軽やかな印象だ。
「そうだよ。センも驚いたよね! いやいや、前から思ってたんだ。魂還りにしても、どうも君たちは似た系統の顔つきをしているからね。それに、誰も彼もが強い力を持っている」
不意にフィオの纏う空気が少し変わる。
言葉ではうまく言い表せないけれど、何かを企んでいそうな……それも悪戯なんてレベルの可愛いものではなさそうな空気だ。
それに気付いたハルトやタツキ、センと呼ばれた獣人の青年が警戒する。そんな周囲の空気に気付いていないフレイラさんは、むしろフィオの言葉に「確かに……」と小さく呟いている。
私は……そんなあからさまな反応をする気になれず、じっとフィオを見つめた。
対してフィオは私の反応に好奇の視線を返してくる。
「リクは反応が薄いねぇ。俺としてはハルトたちのような反応を期待してたんだけどな」
「付き合う気になれませんね」
「ふふ、なるほど」
そう呟くとフィオはすぐに元の、気さくな雰囲気を纏い直す。
意図的に纏う空気を変えてくるのだから油断ならない魔王様だ。感知能力に優れている魔王種でも、あそこまで完璧に切り替えられてはその裏の感情を感知することができない。
むしろそれほどまでに完璧に切り替えてきたからこそ、その意図が気になってフィオの望む反応を返さなかったんだけど。
本心を隠す相手には望まれているであろう反応は返さない。
フィオのような相手にはこれくらいの対応でちょうどいい。
「それで、フィオさんは私たちを引き合わせてどうするつもりだったんですか? まさか驚く顔が見たかっただけってわけじゃないですよね」
「まぁね。いやぁ、やっぱりいいねぇ、リク。ハルトはやめて俺のお嫁さんにならないかい?」
「お断りします」
にっこり提案されて、にっこり拒否する。
その反応すら楽しんでいる様子で魔王フィオはちらりとセンに視線を向けた。
「引き合わせた理由だけど、センの育ての親からセンの過去の言動について聞いていたのと、あとは君たちと同じく転生してきた人物と過去に知り合っていたからね。君たちには何らかの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだよ」
フィオが口にした『転生』という言葉と、その前に飛び出した『君たちと同じく』という言葉に、この場にいるフィオ以外の全員が息を飲んだ。
それくらいの衝撃だった。
まさか魔王フィオが転生者の存在を知っているとは。
……いや、でも、タツキのように直接神様に会っておらず、前世の記憶を保持していたらその記憶について周囲に話してしまう可能性はあるのか。
私やハルト、そして恐らくフレイラさんも、この世界で前世に関する話をするのは危険だと判断して口を噤んできたけれど、全員が全員同じ考えに至るわけではないのだ。
しかしさらに重ねて、フィオは私たちをも転生者だと断じていた。これには必ず根拠がある。
フィオが私たちを転生者だと断定するほどの根拠を、フィオの言う過去に知り合った転生者がもたらしていたのは間違いないだろう。
「センは幼少時、この世界にはない便利な道具について養父や養母に話していたそうだね? その内容を聞いて、昔の知り合いがよく言っていた前世の世界の話を思い出したんだよ」
まるで私の意図を読んだかのように、フィオが口を開く。
「当時は面白い嘘を考えるものだと思っていたけど、センの話とその知り合いの話があまりに酷似していたから、ふたりは同じ世界から、前世の記憶を持ったままこの世界に転生してきたんだと思ったんだ。確か人族のあいだでは転生説は根強く信じられていたよね」
なるほど。
思わずセンに視線を向ける。当のセンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「それに、その顔。こちらの世界ではあまり見ない系統の顔だけど、魂還りで生まれる者たちの大半が君たちのような系統の顔だって知ってるかい? それも、ある時期を境に増えたらしいね。まぁ増えたと言っても、同時代に何人か確認されているだけだけどね」
そう言われると魂還りってそんなに珍しいものでもないのかな。
というか、そんな統計どうやって取ったんだか……。
「さらに言うなら、その系統の顔を持った転生者は軒並みかなりの魔力量を持って生まれてくる。それ故か、神位種や魔王種として生まれる者が少なくない──というこれまでに得た知識から、君たちも恐らく転生者なんだろうなと思ったわけさ。それも、同郷の」
……恐い。この魔王様、恐いよ!
何が恐いって、その情報収集能力の高さと収集した情報を集約する能力、さらに集約した情報から高精度で組み立てられる予測、その予測が正しいと信じて疑わない揺らがなさ。
「違ったかい?」
無邪気な顔で首を傾げるフィオ。しかしその無邪気さが今は変な威圧感を私たちに与えてくる。
私は極力無反応を通そうとしたけれど、ハルトやフレイラさんがタツキに視線を向けたのがわかった。
ですよね、私もちょっとタツキにどうするか聞いてみたくなったもん。
そろりと私もタツキに視線を向けると、タツキは盛大にため息をついた。
こういう重大なことばかり押し付けてごめんよ。
「フィオ、その話を誰かにしたことある?」
「ないね。だって誰も信じてくれないだろうし」
「そう。じゃあ答え合わせをしてあげるから、今後もこれまで通り、誰にも話さないって僕と約束しようか?」
そう言って微笑むタツキ。
しかしそこにはフィオ以上に強烈な威圧感が込められている。さしもの魔王様も笑顔を引き攣らせた。
「こ……恐いよ、タツキ」
「それだけフィオは危ない橋を渡ってるんだよ。約束できないなら、今すぐ僕がフィオを潰す。約束したのに破ったら、破った瞬間に僕がフィオを潰す。さて、僕とフィオ、どっちが強いかな?」
タツキが浮かべる微笑みの凄みが増す。
選択肢が一択な上に約束を守らない場合の結末が同じで「潰す」とか、鬼畜過ぎるぞ、タツキ。
《ちょっとタツキくん、魔王フィオ相手に勝てる自信はあるの?》
不安気なフレイラさんからの念話が届く。
念話は話したい相手をちゃんと指定できれば複数人同時通話も可能なので、今はタツキと私、それに恐らくハルトにも念話を送ったのだろう。
修行の成果を遺憾なく発揮して活用するフレイラさん、グッジョブ。
《ちょっとくらいは自信あるよ》
《何言ってるんだか、タツキなら勝てるだろ》
タツキの返答にすかさずハルトが割り込む。
《私もタツキ圧勝に一票》
私が追従すると、信じられないのかフレイラさんが私たちの顔を見回した。
いや、折角念話してるのにそういう反応をしたら念話してるのバレるよ?
案の定、フィオにはバレたようだ。
折角複数同時通話ができているのに、ここは減点だな。今度念話を使う上での心得について、追加講座を開こうかな。
「念話かい? 俺とタツキ、どちらが強いか気になったのかな? だったらタツキの方が強いよ。俺はタツキとは相性が悪いからね。タツキに勝つには奇策で制するか、速度で制する以外ないからね」
「そうなの!?」
フレイラさんは驚きを隠しもせずにタツキに詰め寄る。
タツキは気圧されて仰け反った。
「僕にだって相性の悪い相手はいるよ。ただ単純に、フィオとは能力の相性のおかげで僕が勝てるってだけで」
「でもすごいわっ! ていうか、なんでハルトもリクさんもそういうの見抜けるの?」
今度はこちらに話を向けられたので、私とハルトは顔を見合わせる。
「俺はタツキとフィオがどんな能力を持ってるか大体知ってるからな」
「私は気配で大体わかるよ」
「何それ! 特にリクさん、意味不明!」
そう言われましても。
「神位種にはわからないかもしれないけど、魔王種は二次覚醒すると感知能力がカンストするからな。俺も大体ここにいる面子の力関係くらいはわかるぞ」
ひょいっと横から会話に混ざってきたのはセンだ。
するとすかさず「カンストってなんだい?」とフィオがセンに問いかけ、「カウンター・ストップ……能力とかが上限値に到達するってことだな」センが答える。さらにフィオは「上限値? 能力に上限値があるのかい?」と問いを重ねた。
この魔王様、知識欲旺盛なようだ。
だからこそ私たちを転生者だと断じられたんだろうな。
「能力に上限値があるかは知らないけど、この世界で竜族を除けば二次覚醒後の魔王種ほど感知能力に優れた種族もいないだろ? しかも大抵のことが感知できるから、どこに何がいるか、相手が今どんな感情を持っているか、こいつに勝てるかどうか……とかが感覚でわかる。でも人族はそこまで感知能力が高くないから自分が持っている情報から分析するしかない。たぶんそこのフレイラって人は、情報不足でフィオとそこのタツキって人の勝敗の判断ができなかったんだろ」
そう言いながらも、センはじっと私を見てくる。
なになに、その好奇心に満ちた顔は。
「でも、俺でもそこのリクって人の力は読めないなぁ。あんた、強いの?」
「どうでしょう?」
おぉ、どうやらセンも戦闘狂っぽいな。得物を見つけたような顔をしている。
「僕がタツキから聞いた話だと、リクの能力はセンとは相性が良くも悪くもなさそうなんだよねぇ」
フィオも興味津々の視線を投げかけてくる。
基本、魔王種は戦闘狂だよね。私もそれは否定しない。
目の前の赤目の魔王種と自分……どころか、目の前の金目の魔王種と自分に関しても、どっちが強いのか気にならないと言ったら嘘になる。
けれど私とセンのあいだにハルトとタツキが割って入った。
その様子を見てセンはニヤニヤと笑う。
「おぉ〜、男ふたりに守られて、お姫様みたいだなぁリクさんは」
「このふたりが過保護なだけだよ。で、話は戻すけどフィオさんはタツキと約束してくれるんですか? 返答によっては、私もタツキに加勢しますけど」
だいぶ話がずれたので話題の軌道修正を試みる。
「おっと、そうだったね。まぁでも選択肢はあってないようなものだし、他言しないと約束しよう。それで、俺の予測は合っていたのかい?」
「……そうだね、完璧に近い正解だと思うよ」
「じゃあ、やっぱりあんたたちも転生者なのか!」
正解と言われて嬉しそうな顔をするフィオを押しのけて、センがタツキに詰め寄った。その目は喜びに満ち溢れている。
何となくその心情は理解できる。同じ境遇の人がいるっていうのは、ある意味安心感をもたらすものだ。
私たちでいうならば、前世の記憶がある……しかも恐らく、同じ世界の、同じ国の、同じ町の記憶を共有できるのだ。
「うん。まぁでもこういう不特定多数に聞かれそうな場所で話すことじゃないかな。フィオ、どこか部屋を借りれる?」
「いいとも、いいとも。ぜひ俺も混ぜて欲しいな」
フィオは当然混ぜてくれるよね! と言わんばかりの笑顔で来客向けの応接室を貸し出してくれた。仕方がないのでフィオも含めて、六人で向かい合う。
そこで私たちは互いに自己紹介をした。前世の名前も含め、現在の立場や恐らくセンも無関係ではないだろう、『研究者』や黒い神官服たちについても。
赤目の獣人・センの前世の名前は日野 鉄太。知らない名前だ。
聞けば前世の没年齢が私たちよりも一回り下で、住まいも私たちとは離れていたらしい。
そりゃ知らないわけだね……。
現在の年齢に関しては、こちらの世界では私と同じ年だ。
生まれは魔族領中部、ギルテッド王国にほど近い狼型の獣人の集落。
センの両親は黒狼の大群に襲われ、行方不明になったらしい。魔族は魔物より強いとは言え、数で圧倒されては敵わないこともある。恐らくセンの両親も生きてはいないだろう。
その後、戻らない両親に代わり面倒を見てくれていた養父母が『研究者』の噂を聞き、魔王種であるセンの身を案じてフィオに託したらしい。以降、センはギルテッド王国の警備隊に所属しているそうだ。
そんなセンに対して私たちも前世の名前と今世の名前や現在の立場などを伝え、なぜギルテッド王国を尋ねてきたのかも説明した。
今後センもあの黒い神官服たちと相対することがあるかもしれない。せめて心構えだけでもしておいてもらおうと思ったのだ。
するとセンもこちらの意図を察して真剣な表情で身を乗り出した。
「フォルニード村が壊滅したのはそいつらのせいなんだな? ということは、いつかこの国にも危害を加えてくるかも知れないから、いざとなったら戦えるようにしておけってことか?」
「そうなるな。だけど、相手は精霊使いだ。しかも少年の方は魔獣も扱うし、青年の方は干渉系魔術も扱う可能性が極めて高い。いざとなったら戦うだけでなく、逃げることも視野に入れた方がいい」
ハルトがそう言うとセンは眉間に皺を寄せながらも頷いた。
見た目通り直情型らしいセンからしたら、人族のみならず魔族にも仇なすであろう存在から逃げるという選択肢は屈辱的なのだろう。
けれど今世の両親を思わぬ形で失っているセンは、逃げることの重要性もちゃんと理解している。危険は立ち向かうべきものではなく、避けるべきものなのだと。
「そうだね、それがいい。あちらの狙いがわからない以上、希少種や神位種、魔王種は彼らに捕まるべきじゃない」
うんうん、と頷きながら同意しているのはフィオだ。
それ、あなたにも当てはまることなんですけどね、魔王様。なのにどうしてそう楽観的と言うか、軽い感じなのか。
「フィオも気をつけるんだよ」
同じことを思ったのだろう。
タツキが注意すると「わかってるさ」とからからと笑って返すフィオ。
本当にわかってるのかなぁ、この人……。




