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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第3章 魔王討伐
71/144

61. 魔王フィオ=ギルテッド

 フォルニード村を出立してほぼ二ヶ月が経過した。



 魔族領に馴染みのなかったフレイラさんや『飛竜の翼』のメンバーはあまりにも殺風景な景観に始めこそ呆然としていたけれど、半月もすれば慣れたようだ。


 魔族領には人族領と比べるべくもなく森や草原がない。

 フォルニード村付近はまだ人族領に近いから森が存在していたけれど、魔族領は人族領から離れれば離れるほど植物らしい植物が見当たらなくなる。あっても白っぽかったり、灰色っぽい、枯れているような見た目の固い植物がちらほらあるだけ。


 そういった木や草は魔木や魔草と呼ばれている。水や栄養のある土がなくても空気や地中に含まれる魔力のみで育つ、魔力の内包量が多い植物である。

 うっかり触ると怪我をするものも少なくないので、フォルニード村を出発してすぐに口酸っぱく植物には絶対触らないようにと注意喚起した。

 するとハルトも身に覚えがあるのか、「あれでうっかり怪我すると何日も血が止まらなくなるぞ……」と呟き、ほかの面々を青ざめさせていた。


 道中ではそんな色のない風景の中に、ちらほらと集落が現れる。しかし私たちは基本的に寄り道をしない方針だ。

 普通の人族からしたら、よく知らない魔族は恐ろしく感じるようだ。ハルトは平気そうだけど、魔族を見慣れていないフレイラさんや『飛竜の翼』の面々には厳しそうだった。



 そんな旅路。時折現れる魔物や好戦的な魔族の相手をすることはあっても、変わり映えしない景色を見て過ごすのはつまらないだろう! ということで、私がフォルニード村で目論んでいた通り、ハルトとフレイラさんには念話を覚えてもらった。

 ふたりとも適性の低さから習得できるか懐疑的だったものの、念話の利便性についてはよく理解していたので特に反対意見は出なかった。


 念話講座にはレネも参加表明してきた。レネも念話の適性は低かったけど特訓に特訓を重ねた結果、無事念話を習得した。

 つまり魔術は適性が低くても努力次第で使えるようになるものなのだと証明されたわけだ。

 これは実にいい発見だった。アールグラントに帰ったら積極的に情報を広めよう。




 そんなことをしているあいだに、視界の先にはこれまでの殺風景な景色とは別世界のような、城や家などの建造物のシルエットが見え始めた。

 フレイラさんや『飛竜の翼』のメンバーたちは歓喜の声をあげる。慣れたとは言っても、やはりこの味気ない景色にはうんざりしていたのだろう。

 長いこと魔族領で生活していた私やタツキ、過去に魔族領内を旅していたハルトからしたら、ギルテッド王国のようなしっかりした建物が密集している光景には違和感しか覚えないんだけどね……。



 それから半日後、私たちは無事ギルテッド王国に到着した。今は門の前で入国手続きをしている。

 手続きをしているのはかつてこの国を訪れたことのあるハルトだ。どうも人族領とは手続きの方法が違うらしい。


 やがて閉ざされていた門が開かれ、中から一人の翼魔人が現れた。鈍色の髪、羊のような形状の白い角、その背には漆黒のコウモリのような翼を持つ、金色の目をした青年だ。

 遠目から見ても分かるくらい、立派な服を着ている。


 もしかして、あれは──


「フィオ!」


 幌の上にいたタツキが声をあげて大きく手を振った。すると門から出て来た翼魔人の青年もタツキに大きく手を振り返す。

 やっぱりか。


「フィ、フィオって、まさか!?」


 フレイラさんが目を丸くしながら、タツキと翼魔人──魔王フィオ=ギルテッドを交互に見る。

 まぁ、普通は驚くよね。

 何せ城門の外まで国王御自らお出迎えとか、私もびっくりだわ。


「タツキ! 久しぶり!」


 よく通るテノールの声を張り上げる魔王フィオ。その隣でハルトが手招きしているので、御者を務める騎士たちが顔を見合わせ、それから馬車を進めて城門前に停めた。

 すぐさまタツキは幌から降りてフィオに駆け寄る。


「フィオがちゃんと国にいるなんて珍しいね」

「失礼だなぁ、俺はちゃんと真面目に仕事してるよ」

「ふぅん?」


 タツキはかなり魔王フィオと仲がいいらしい。疑わしそうな視線を向けながらも口許が笑っているタツキに対し、魔王フィオも気を悪くした様子もなく笑顔を返している。


 そんなふたりのやり取りを見ながら、私やフレイラさん、『飛竜の翼』のメンバーも馬車から降りた。

 こちらに気付いた魔王フィオがこちらに視線を向けてくる。その目が一瞬見開かれ、けれどすぐに視線を一人一人確認するように他の面々にも向けていった。


「魔王種に加えて神位種まで。そちらにいるのは冒険者のパーティかな? 人族だけど、彼らもかなりの手練れだね」

「わかるのですか?」

「わかるさ。と言っても、人族の強さに関しては冒険者だった頃に身に付けた勘でわかる程度だけどね。魔王種と神位種に関しては隠そうとしても気配でわかる。ハルトだってわかるだろう?」


 どうやらハルトは魔王フィオには敬語対応らしい。

 フィオの問いに眉尻を下げると「神位種は魔王種ほど感知能力が高くないんですよ」と返す。


「そうなのかい? ジルは神位種の気配くらいは感知してたみたいだけどな」

「ジルは野生の勘が働くタイプだから、感知能力が高かったんですよ」

「ハルトは違うんだ?」

「ジルには劣りますね」

「そうかい?」


 小首を傾げる魔王様。

 恐いくらいの美形だけど、動作がいちいち可愛らしいせいか親近感がわく。それに口調が砕けているからか、近寄り難わも感じない。

 人懐っこいとみんなが言っていたのも頷けるなぁ。


「ところで、どうももうひとつ魔王種の気配があるんだけど……この気配、もしかしてマナかい?」


 鋭い。

 フィオの問いに、タツキが頷く。


「魔王種の二次覚醒のあとから眠ったままなんだ。もう二ヶ月以上眠ってるんだけど……」

「ははぁ。二次覚醒か。でもなぜわざわざそんな状態のマナをここまで運んできたんだい? ……なんて、聞くまでもないか。フォルニード村のことはちょうど昨日、知らせをもらったところだよ」


 不意に、魔王フィオの纏う空気が変わる。

 さきほどまでの人懐っこい笑顔が消え、真剣な表情でマナの眠る馬車を見た。


「ミラについては何か知ってるかい?」


 さっきまでの明るく軽快な雰囲気が嘘のように威厳のある声音になった。

 この問いに答えたのはハルトだ。


「フォルニード村の村人の話では、マナの母上であるミラ殿は襲撃者に命を絶たれた可能性が高いとのことでした。フォルニード村が襲撃を受けた際、真っ先に希少種が狙われたそうなので……」

「そうか。それじゃあ、生存の可能性は限りなく低いな。タツキはこの件、どう見てる?」

「十中八九、命の有無に関わらず『研究者』──黒い神官服たちに連れ去られたと思う。リクの母親もそうだったらしいからね」


 フィオに視線を向けられたタツキは、フィオの問いに答えながらもその視線を私に向けてくる。それに釣られるようにしてフィオも私に視線を向けてきた。

 そしてその目を輝かせると、


「おぉっ、君は紫目なんだね! 紫目なんて、ルウ以来ひさびさに見たなぁ」


 先ほどまでの威厳はどこへやら。満面の笑みを浮かべてつかつかと近寄ってきたかと思えば、がっしり両手を掴まれた。そのまま上下にぶんぶん振られて強制握手だ。

 咄嗟のことに全く反応できなかった。


「俺の名前はフィオ。貴女のことはタツキから聞いていたよ、リク。実はさっきから話しかけたくて仕方なかったんだ」

「そ、そうですか」


 人懐っこさ全開で話しかけてくる魔王フィオに圧倒されて、ついどもってしまう。

 しかしフィオの勢いは止まらない。


「それにしても見事な白銀の髪! 優美な漆黒の角! 加えて魔王種特有の美しい紫目! さらにタツキにそっくりとは言え、可憐な容姿。素晴らしい。素晴らしいよ、リク! 君のような妖鬼に出会える日がくるなんて!」


 ぐいっぐい迫ってくる魔王フィオに気圧されて後ずさりすると、私の手を握っているフィオの手首にタツキがチョップを落とした。身体強化でもしていたのか、タツキの放った一撃でフィオが「ぎゃぁっ!」と悲鳴を上げて手を放す。

 同時に、私の体が背後に引っ張られた。振り返ればハルトが何とも言えない表情で私の両肩に手を置いていた。


「こらっ、フィオ! 大人しくしてたから大丈夫かと思ったら……また悪癖が出てるよ!」


 手首を押さえて痛がるフィオに、タツキが(まなじり)を吊り上げて叱りつける。


 悪癖……?

 何のことかわからず私は首を傾げた。


「フィオは希少種マニアなんだよ」


 と、背後のハルトが小声で教えてくれた。

 希少種マニア? 何それ、希少種の身としてはちょっと恐い響き。


「以前ここにきたとき、イムも大分絡まれてたからな」

「まぁでも、その悪癖のおかげで僕の調べものに協力してもらうこともできたんだけどね」


 ため息をつくハルトに、タツキも苦笑いを浮かべる。

 すると痛みから復活したフィオが身を乗り出した。


「タツキの調べものを手伝うのなんて、当たり前じゃないか! 『研究者』は希少種を狙ってるんだよ? 希少種の危機を見過ごすことなんて俺にはできない!」


 なるほど、タツキを手伝った動機はそこにあったのか。

 などとひとり納得していると。


「あー……ひとつ言っておきますが、リクは俺の婚約者なのであまり接近しすぎないように」


 まだキラキラな視線を私に向けてくるフィオにハルトが釘を刺すと、フィオは目を丸くした。


「えーっ! ハルト、もう婚約者がいるのかい!? まだ若いのに!」

「いや、人族は魔族ほど寿命長くないですし、むしろ人族の感覚からしたら俺は婚約者を持つのが遅かったくらいで」

「そうなのかい!?」


 フィオがものすごい勢いでタツキを振り向くと、「そうだよ」とタツキは至って冷静に応じる。タツキの答えを聞いたフィオはぶるぶると震え出すと、「若人に先を越されたー!」と叫んだ。

 ……なんなんだろうね、この状況。


 その後もフィオがハルトやタツキ、ときどき私に絡んでは驚く……ということを繰り返しているうちに城門からフィオの側近を名乗る獣人が現れて、絡まれていない調査隊のメンバーと馬車を城壁の中へと案内していった。

 それに気付いたフィオが慌てて私たちを城壁内へと促し、徒歩で城下町を移動する。

 城下街の人々は王様が歩いていても気にした風もなく、むしろ気軽に挨拶をしてきたりして、魔王フィオ=ギルテッドの日頃の行いが垣間見えるような気がした。



 そうして移動することしばし。目の前に豪華な装飾が施された巨大な扉が現れた。

 扉を支える壁も白っぽい石を切り出して積み上げ、さらに彫刻を施した芸術品のような壁だ。

 その扉の奥にはアールグラント城ほどではないにせよ大きな城が見えており、その城も門周りと同じく芸術品のような精緻な彫刻が成されている。


 ここが魔族領であることを忘れてしまいそうな、お伽噺の中のお城みたいな景観だ。

 綺麗すぎて儚くて……夢のない言い方をすれば、ちょっと強度が心配になる建造物。


 城内に入ってもそこかしこに目を奪われるような彫刻が見られ、思わずため息が漏れてしまう。

 案内されるがままに廊下を歩いていくと、やがてひとつの部屋に通された。どうやら会議室のようだ。


「マナは客室に寝かせるように。同行している騎士たちは休憩させるってことでいいかな?」


 会議室の前でフィオが側近の獣人に指示を出しつつハルトに問いかける。


「はい。彼らにも部屋をお借りできたらありがたいです」

「お安い御用さ。騎士たちも客室に案内して」


 指示を受けた獣人はフィオに一礼すると、マナを抱えてついてきていた騎士たちを促して去っていった。

 それを見送ると残された面々はフィオに続いて会議室に入る。途端にこれまでの煌びやかさが消え、厳めしい空気が押し寄せてきた。

 たぶん壁の色合いが暗めになったのと、豪華な彫刻がなく、代わりに全身鎧の置物が壁際に並んでいるせいだろう。圧迫感がすごい。


「さて……それじゃあ、詳細な用件を聞こうかな」


 フィオは上座に座ると再び、王者の貫禄を纏って言葉を投げかけた。それを受けて中座に座ったハルトが用件を切り出す。

 そのあいだに私含むほかの面々も中座から下座にかけて各自着席した。


 ハルトはまず始めにフォルニード村の状況について語った。

 村は壊滅状態で、フォルニード村を襲ったのは魔王ゾイ=エンと、『研究者』と繋がりがあると思われる黒い神官服たちだと予想されること。

 村の生き残りは二十名ほどで、現在近隣の魔族の援助とアールグラントからの救援を得て再興中であり、ギルテッド王国からも援助をして欲しいということ。


 続いてマナについて話す。

 救援を求めてアールグラントまで逃れてきたけれど、魔王ゾイ=エンの配下に追われ、撃退するも命に関わるほどの重傷を負ったこと。幸いマナが命を落とす前に私たちが合流でき、タツキのおかげで一命を取り留めたこと。

 そこから派生して、マナと合流する直前に私たちが黒い神官服の少年と遭遇したこと。その少年は希少種であり魔王種でもあるマナを狙ってセンザまで来ていた可能性があることも伝える。


 最後に私たちの道中にあった出来事を補足する。

 魔族領とのあいだにある関所が魔物の群れに壊滅させられ、モルト砦にまで迫っていた魔物の群れを撃退したこと。私が過去視をした結果、関所を襲った魔物の群れは黒い神官服の青年によって操られていた可能性が高いということ。


 そこまで語ったハルトは一度間を置いて、改めてフィオを見据えた。


「現在アールグラント含む南部の人族領では、魔族領から南下してきたと思われる竜による襲撃が増えています。そこで我々は今後もこのような状況が続くのは危険と判断し、原因究明のために魔族領の調査をしにきました」

「うん、先触れの使者からもそのように聞いているよ」


 ハルトの言葉に、フィオが重々しく頷いた。


「使者は無事、ギルテッド王国に辿り着いていましたか。よかった。では、我々がここにきた理由もご存知ですか?」

「わかっているよ。原因究明への協力、だろう?」

「はい。引き受けて頂けますか?」


 ハルトは真剣な眼差しをフィオに向け、フィオも同じような視線をハルトに返す。

 そのまましばしの沈黙が下りた。


 沈黙を破ったのは、フィオだった。


「いいだろう。今件は我が国にもいずれ何らかの形で害が及ぶ可能性がある案件だ。それに、ほかならぬハルトとタツキからの願いだからね」


 不意にフィオは笑みを浮かべた。

 ハルトに向けられているその瞳には、信頼の光が宿っている。


「我が友バリスの誇りである剣を俺の許へ持ち帰ってくれた、頼もしい朋友であるハルト。ひたむきに自らに課せられた使命を全うしようとしている、尊敬すべき友人であるタツキ。俺は大切な友人たちの願いを聞き届けたいと思う。ただし、俺にできる範囲でだけどね」


 話は終わりとばかりにフィオが席を立つ。

 その表情はすっかり王様モードから抜け出し、人懐っこい笑顔に変わっていた。


「さ、これで話は終わりだね? 今日のところは長旅で疲れているだろうし、詳細は明日以降に詰めよう。客室の用意は十分あるから、今日はゆっくり休んでくれ」


 あー終わった終わった、と言わんばかりに体を伸ばしたフィオが「あ、そうそう」と思い出したようにこちらを見た。


「ハルトとタツキ、それとリクと、んー……神位種の、フレイラだっけ? 会わせたい人がいるから、一息ついたら城の裏手にある練兵場にきてくれないかい? きっと吃驚するぞ」


 そう言って悪戯を企んでいるような、どこか意地の悪い笑みを浮かべた。

 特に断る理由もないので、私たちはフィオの誘いに乗ることにした。

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