60. 救いたい心と救われたい心
フォルニード村に到着したその日、ハルトはアールグラント王国代表としてフォルニード村の代表者と面会し、「アールグラント王国はフォルニード村の再建に協力する」というアールグラント国王からの言葉を伝えた。
同行してきた騎士たちも持ってきた物資を村人に提供し、ほかに必要な物がないか確認を行っていく。
念話術師もいるので、村の状況や必要物資などについてはすぐにアールグラントのモルト砦や王城へと連絡が成される仕組みだ。
ちなみに今後念話で連絡を取り合うため、フォルニード村に常駐することになる念話術師のランサルさんと私とタツキで魔力認識を行った。
もっと早く気付いていれば王城やモルト砦の念話術師とも念話開通させておいたのに、失敗したなぁ……。
それと、ハルトやフレイラさんとも念話ができるようにしたいんだよね。
このふたりは念話の適性が低いんだけど、私も適性が低い神聖魔術の浄化魔術を使えるようになったんだし、やってやれないことはないと思う。
そんなわけで私は、ハルトとフレイラさんに念話を習得してもらうことにした。
ハルトやフレイラさんもできて不便ということはないだろうから、きっとこの提案に乗ってくれるはず。
『飛竜の翼』のメンバーはと言うと、各自自主的にフォルニード村の復興作業を手伝っていた。
ルースやウォルは瓦礫の撤去などの作業を手伝いながら、肩を落とす村人を励ましていた。アレアも村人の女性たちの炊き出しの手伝いをしている。レネは怪我人の治療を行っていて、フレイラさんやタツキもそこに参加していた。
私も治療を手伝おうとレネの許に向かおうとしたら、ハルトに呼ばれた。
「リクにはこっちを手伝ってもらいたい」
と、ハルトが示した先にいたのは樵夫たちだ。
ガタイのいい魔族のおじさまたちが斧を肩に担いで立っていた。
「え……っと、何を手伝えば?」
戸惑わざるを得ない。
木を切り倒すなら私よりタツキとかフレイラさん──むしろ風属性魔術が得意なハルトが風属性魔術で切り倒してあげる方が断然早いと思うんだけど。
それとも切り倒した木を運ぶのを手伝えばいいのかな?
「彼らに付与魔術を使って欲しい。筋力増加と斧への風属性付与。それだけで十分効率が上がるだろう」
あくまで復興はこの場に残る者たちの力で。
そういうことだろう。
私は得心がいって、早速樵夫たちに付与魔術を施した。
念のため、怪我防止のために結界魔術もオマケしておく。
しかしそうか、こういう支援の仕方もあるのか。
でもこういうことができるのもここにいる間だけなんだよね。今後のために何かできないだろうか。
……あっ、できる。
スクロールだ、スクロールを作ろう。
「ハルト、フォルニード村にはどれくらい滞在するんだっけ?」
「ん? そうだな……詳細を詰める話し合いがあるから、大体三日だな。その頃に追加の救援部隊が到着する予定だから、入れ替わりで俺たちはここを発つ」
「わかった。じゃあ私はちょっとスクロールを量産するから、馬車に籠るね! あ、付与魔術が切れる頃を見計らってまた来るから」
そう言い残して私は馬車に戻り、自分の荷物から羊皮紙を引っ張り出す。
羊皮紙をいっぱい持ってきてよかった。
馬車で眠っているマナの様子を見て異常がないことを確認すると、早速木箱を机にして下書きを始める。下書きが終われば清書だ。
特別な道具は必要ない。スクロールを完成させるには羊皮紙に魔法陣を描き、最後に魔力を込めるだけだ。
ただ、その込める魔力量というのがもの凄く難しい。発動ギリギリの必要魔力量を込めなければいけない。
込める魔力量が多いとそのまま魔法陣が発動してしまうし、逆に込める魔力量が少なすぎるとスクロール使用者が膨大な魔力を消耗することになるか、最悪の場合発動すらしない。
スクロールがスクロールとして成立するには、制作者側に魔法陣を描く技術と絶妙な加減で魔力を込める技術が必要になるのだ。
だからスクロールは高価になりがちなんだよね。
そんなことを考えながらスクロールを次々と描き上げていく。
同じ図をひたすら繰り返し描いているから、枚数を重ねるごとに仕上げるスピードも上がってきた。
そして十枚ほど描き上げたところでふと外を見遣って影の落ち方から時刻を判断する。
大体昼を少し過ぎたくらいだ。
ぐぐっと伸びをして馬車を下りる。
馬車を降りると各所で昼食の準備が始まっていた。アレアが手伝っていた炊き出しの料理が、皿に分配されて並べられている。
そこに並ぶ、フォルニード村の村人と救援で駆けつけた魔族やアールグラントの騎士たち。
何とも不思議な光景だ。
フォルニード村では魔族と人族が共存していたから不思議でも何でもないんだろうけど、フォルニード村以外でこういう光景を見たことがない──あっ! あるか。
お父さんがハインツさんとお酒を酌み交す姿を何度か見たことがあったっけ。
何気なく仲がいいんだよねぇ、あのふたり。気が合っていると言うか。
……お父さん、元気かなぁ。
サラも、王都でうまくやってるかなぁ。
ぼんやりそんなことを考えながら、樵夫たちも炊き出しの列に並んでいるので彼らの食事が終わるのを待つ。
炊き出しを御馳走になったハルトやフレイラさんが、炊き出しを作ったフォルニード村の女性たちに何やら話しかけているのが見えた。
あれは多分、炊き出しに出された料理の作り方を聞いているのだろう。余程美味しい味付けだったんだな……。
でも私は最近緊張状態が続き過ぎているせいか、全く食欲がわかない。
あれだな、魔物の共食いと砦の過去視が強烈過ぎたんだな。どっちも生きたまま……っていう光景だったしなぁ。
うっ、思い出しちゃった。
こういう時、心底思う。飲まず食わずでも生きられる体でよかったと。
待つことしばし、食事を終えて小休憩を取ったハルトと村の代表者、樵夫たちが森の方へ移動を始めた。
それを確認して私も彼らを追いかけ、再度付与魔術をかけると馬車に戻ってスクロール作成を再開する。
付与魔術は大体半日くらいで切れるはず。次に切れるのは夕食の時間くらいだろうから、今日はもう様子を見に行かなくても大丈夫でしょう。
ハルトは村の代表者や樵夫たちとどの辺りの木を切り出すか確認すると、今度は別の話し合いをすべく村の代表者と湖畔の方へと去っていく。
忙しそうだなぁ。
そんな風に過ごすこと二日半。
後続のモルト砦からの救援部隊が到着した。
予定よりも半日早い到着だったので、早速ハルトと先遣隊の騎士たちが後続隊の騎士たちに現在の状況と復興計画、進捗状況、今後の予定などを報告する。
それが済むと、まだ日は高いけれど明日の早朝にここを発つ調査隊のメンバーは休息を取ることになった。
まぁハルトは呼ばれたら応じないといけないから気が抜けないだろうけど……。
「あー……つっかれた」
ようやく解放されたハルトが馬車に戻ってくる。
一応休憩のための天幕を用意してもらってるけど、私がスクロールの量産作業とマナの様子を見るためにずっと馬車の中で過ごしているからだろうか。ハルトも眠るとき以外はこうして馬車の方にやってくる。
「お疲れさまー」
私はスクロールを描く手を止めて、馬車内に入るなり座り込んだハルトを労う。
立場があるせいで、自国の騎士たちの前では気が抜けないというのも大変だ。私だったらとっくに音を上げている。
「リクもお疲れ。スクロール量産作業は終わりそうか?」
「持ってきた羊皮紙がなくなるから、あとちょっとかな」
手元にある羊皮紙は今描いているものを合わせても残り三枚だ。私の記憶が確かなら五十枚くらい持ってきたはずだから、我ながらよくこの枚数を描き上げたものだと思う。
これだけあれば、当面の復興作業も楽になるだろう。
「リクのおかげでこの短期間で予定より早く作業が進んだよ。ありがとう」
「いえいえ……って、どうしたの?」
何やら改まって言われて不思議に思い、ハルトの顔を見る。
するとハルトはこれまで見たことがないような、どことなく力無い笑みを浮かべていた。
「ん……何と言うか、俺がやりたいことをやろうとすると、いつもリクが助けてくれてるなぁと思って。もちろんほかの人の力もたくさん借りてるんだけど、リクは俺が目指しているものを知ってるから、助けてくれてる方向性が周りとは違うんだよなぁ」
そう話す声にも力が無い。これは相当疲れてるな……。
でもそれも当然か。責任者っていう立場は重圧も半端じゃない。
それに関所でのショックが今も残っているのだろう。
さらに重ねて、この二日半は悲惨な目に遭ったフォルニード村の人たちの話を聞いてきたのだ。
心労も相当溜まっているはず。
ここは元気付けてあげたいところだけど……下手な言葉をかけて余計な重圧を感じさせるのもなぁ。
私はしばし黙考して、言葉を選びながら静かに話し始めた。
「だってハルトは、勇者ジルみたいに困った人を見捨てず、迷わず手を差し伸べられるような人間になりたいんでしょ?」
ハルトがこくりと頷く。
「片っ端から助けるのは無理だとしても、手を伸ばせる範囲は助けたいんでしょう?」
また頷く。
「そのためにも一所に留まり続けるわけにはいかない。でも自分がいなくても、助けた人たちが困らないようにしたいんだよね?」
今正にそういう気持ちを抱えているところだろう。
フォルニード村が無事に再興するのを見守りたい。けれど状況的には先に進み、魔王ゾイ=エンや白神種、白神竜の件を早急に何とかしなければならない。
ハルトは再々度頷いた。
「……私はね、その気持ちに共感できるから手伝わせてもらってるんだよ。ハルトが手を伸ばしたくても伸ばせないところに、私の手が届いたらいいなって思ってる」
ハルトが目指す『勇者ジル』像はある種の理想だ。とは言え、手が届く範囲に限定するならやってやれないことはないだろう。
けれど今のハルトは問題が広範囲に渡って多発している中、そのことを知ってしまったからには全て何とかしなければと考えている節がある。
そんなこと誰にもできやしないのに。きっと『勇者ジル』にだってできないことなのに。
ハルトだってわかってるはずだ。でもたぶん、加減と言うか、どこからどこまで、どの程度助けたらいいのかがわからなくなってしまっているんだと思う。
平時のハルトならそれくらいは上手く判断できるのに、今は頭が回っていない。それだけ自分自身も磨り減ってしまっているのに、ハルトは気付いてないんだろうな……。
まぁ今回は特にイレギュラーだ。大きな問題がこうも次々起こっていたら、どこから手をつけていいのかわからなくなるのも仕方がない。
それでもここまでハルトはよくやっきたと思う。愚痴のひとつも零さずに……。
そう、そうだ。
愚痴すらも、私は聞かせてもらえてないのだ。
そのことに気付くなり、ハルトがどれだけのストレスを抱え込んでいるのか心配になってきた。
ここは思い切って愚痴ることを推奨してみようか。
「……あのね、私はもっとハルトに頼って欲しいんだよ。それにね、普段ハルトが立場を気にして言えないようなことだって、私にだったら言っても大丈夫なんだからね」
私の口は固いよと言うと、疲れた表情をしていたハルトの顔に少し生気が戻ってきた。
じっとこちらを見てくる目にも、さっきより力が戻っている気がする。
ほっとして表情を緩めれば、ハルトも力の抜けた笑みを浮かべた。
「……俺、前世でももっと、リクと話をすればよかったな」
そんな呟きが聞こえて、私は内心でそれはないな、と思った。
前世の私はとにかく日向を歩くような人を避ける傾向にあった。
その最たる存在である望月 陽人が話しかけてきてもひたすら逃げ回っていたと思う。
それに、前世は今世ほど楽観的でもなかった。
むしろ悲観的で、いつも生と死の境目に立っているような気分で日々を過ごしていた。
常に体の芯が冷えていて、どうすればいいのかわからず立ち尽くすばかりで、他人のことを考える余裕なんてなかった。
でも、だからこそ──。
その結論に至った瞬間、今世での自分の行動の根底にあったものが何だったのか理解できて、ストンと心の中に落ちてきた。
「前世の私じゃ、今みたいに誰かを受け止めるなんてことはできなかったよ。むしろ、誰かに救って貰いたかった。だからきっと前世でハルトが私に話しかけてくれたとしても、私は目も合わせられなかったと思う」
そうなったであろう確信がある。でも。
「きっと今ハルトがそんな風に思ってくれるのは、今世の私が前世ほど弱くないからじゃないかな。今の私は前世で救って欲しいと願った分だけ、誰かを救いたいと思ってる。前世の人生を後悔してるから、今度こそ後悔しないようにって思えるんだ。前世の私じゃこんな風に考えられなかったし、こんな風に振る舞えなかったよ」
私の言葉を聞いたハルトは驚いたように目を見開き──どこかすっきりした様子で私を真正面から見詰めてきた。
「……そうか、俺も救われたかったから、救いたいと思ったのか」
そう呟くと同時に、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「リクは凄いな。俺はそんな風に考えたことなかった」
「いや、私も今話しているうちにそういうことだったんだなぁって思っただけで……」
「それでも。気付けることが凄いんだよ」
そう褒められるとさすがに照れる。
でもよかった。ハルトが笑ってくれて。
さっきまでのハルトは今にも折れそうだった。それをちゃんと支えることができたんだと思うと、嬉しい。
「元気出た?」
何気なく問いかけてみる。
するとハルトは一瞬きょとんとした顔になって、それから何かに気付いた様子で気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「元気出た。ありがとう」
「どういたしまして」
笑い合いながら、どちらともなく手を伸ばした。
結局その後ハルトは呼び出されて、戻って来たのは日がすっかり落ちてからだった。
夕食を済ませて戻ってきたハルトに完成したスクロールの束を渡すと、すぐにまたそれを持って村の代表者に会いに行ってしまう。本当に忙しい。
ハルトが出て行って間もなく、今度はフレイラさんがやってきた。かと思ったらぐいぐい腕を引っ張られて天幕に放り込まれた。
さらに寝床の上に転がされた私の上から毛布をバッサバッサと重ねがけしてくる。
「今夜は私がマナの様子を見てるから、リクさんは寝なさい!」
どうやらフォルニード村に来てから二徹していることを怒っている……というか、心配してくれているようだ。
本当にフレイラさんは優しいなぁ。
せっかくの厚意なので、お言葉に甘えて休ませてもらうことにした。
もこもこ毛布が温かい。これならすぐに眠れそう……。
翌日。
私たちはいよいよフォルニード村を出発し、魔王フィオ=ギルテッドが治めるギルテッド王国へと向かう。
ギルテッド王国は魔族領中部、西寄りだ。その道のりにも集落は点在しているけれど、国として存在する領土はあまり多くない。
何せ魔族領で国があるということは、そこに魔王がいるということなのだから。
現在の魔族領で魔王が治める国として知られているのは全部で六カ国くらいだったかな……。
他にも特定の地に根付かない魔王が一名。言わずもがな、魔王ルウ=アロメスだ。そして最近現れたらしい魔王がゾイ=エン。
そう考えると、魔王って結構いるなぁ。
対する神位種の全体数は不明だけど、東大陸にいる覚醒済み勇者として知られているのはアールグラントのハルト、オルテナ帝国のフレイラさん、ヤシュタート同盟国のゲイル、セレン共和国のマトラ、エルーン聖国のサーシュ。
最終覚醒済み魔王八人に対して、覚醒済み勇者は五人だ。
何だか、バランスが悪い気が……。
まぁ、魔王と勇者だからって必ずしも敵対するわけじゃないから、そこまで気にする必要はないのかな。
全員が食事を済ませたあとハルトから騎士たちへの最後の申し送りを行うと、私たち調査隊はフォルニード村を出発した。
ここからは長い旅になる。何せ二ヶ月の旅だ、ギルテッド王国は遠い。
私は幌の骨組みの上に乗って、遠くを見渡した。
森を抜けたらやがて見えるであろう懐かしい魔族領の、枯れた大地を思い出しながら。




