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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第3章 魔王討伐
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59. フォルニード村、再訪

 マナが覚醒したあとしばらくざわめいていた人々も、半日もすれば落ち着きを取り戻していた。


 この半日、私は女子用天幕でマナの様子を見ていたけど、特に異常は見られない。

 覚醒中はあんなにも痛みと不快感で苦しんでいたのに、それが嘘のように安らかな寝顔をしている。

 ちょっと休んだらぱっちり目を覚ましそうだ。


 でも私の二次覚醒時のことを思えばマナも長いこと目覚めない可能性がある。

 というかほぼ確実に、しばらくマナが目覚めることはないだろう。そう思う。




「マナはまだ目を覚まさないの?」


 マナの様子を観察していると、フレイラさんが天幕に入ってきた。

 その表情からマナを心配していることがありありと窺える。


「うん。たぶんだけど、しばらく目覚めないと思うよ?」


 私はフレイラさんに応じながら困ったような笑みを浮かべた。


「どうして?」


 フレイラさんの声が不安げに揺れた。

 余計な心配をかけるだけかもだけど、本気でマナのことを気にかけてくれているフレイラさんにはしっかり伝えておくべきだよね。


「私も二次覚醒のあと、四ヶ月くらい眠ってたみたいだから。みんながみんな同じかはわからないけど、それくらいの心構えでいた方がいいかも」

「四ヶ月っ!?」

「うん。魔王種の二次覚醒は一次覚醒の比じゃないから、力が体に馴染むのに時間がかかるんだと思う。マナは私以上の魔力を獲得したみたいだし、ほかにどんな能力が手に入ったのかわからないけど何かしらの力は手に入ってると思うから……目覚めるまで、私と同じくらいかかるんじゃないかな」


 驚きに目を見開きながらもフレイラさんは私の隣に座り、眠るマナの顔をじっと見つめた。

 そこには驚きのほかに、戸惑いの感情も混じっている。


「……あのね、リクさん」


 しばし無言のままマナを見つめていたフレイラさんが、不意に話しかけてきた。

 そちらを見遣ればフレイラさんは顔を上げ、真剣な表情で正面から目を合わせてくる。


「私、ね。行商の一家に生まれたんだけど、生まれも育ちもオルテナ帝国なの」

「うん」


 そうだろうな、とは思っていたので頷く。


「オルテナ帝国って魔族や魔物から受ける被害が多い国だから、魔族や魔物に対しての嫌悪感が強い人がほとんどで。むしろ国そのものが魔族や魔物を嫌う傾向にあるから、人族に友好的な魔族の国とも国交はないに等しいくらいで」

「そうだね」


 これも知ってることなので頷いておく。

 しかしこれにはフレイラさんの方が驚いたような反応を示した。


「リクさん、知ってたの?」

「うん。オルテナ帝国の城塞都市アルトンで暮らしてたことがあるからね。オルテナ帝国の人が魔族にいい感情を持ってないことくらい知ってるよ」


 誰も口には出さなかったけれど、魔族がオルテナ帝国領内で確認されたと告知されるたびにアルトンの人々からは嫌悪感が滲み出ていた。

 私はそんな彼らの反応に対して気にしない振りをしていたけれど、姿を誤摩化して過ごすうちに、どこかで自分が魔族であるという認識が薄れていた。

 だから魔族を嫌悪する彼らに同調はしないけれど、彼らが魔族に抱く嫌悪感に必要以上に怯えることもなかった。


 あの頃はまだよくわかってなかったけど、今なら理解できる。私は無意識に、そうやって身を守っていたんだって。

 子供にだって処世術はあるんだと、我がことながら感心する。


「フレイラさんもそうだったよね。ハルトの件を抜きにしても、私に対して敵意を向けてきてたもんね」


 この言葉にもフレイラさんは驚いたようだ。

 しかし表情を引き締め、私の言葉を認めてこくりと頷く。


「そう。ただただ、リクさんに対してというよりも魔族という存在に対して拭い切れない嫌悪感があったわ」


 私はフレイラさんの視線を真っ向から受け止めた。

 しかしフレイラさんは不意に、ふわりと微笑んだ。


 うぁ、不意打ち反則! 何その天使の微笑みはっ!


「でもね、いつからかしら。気付いたらそんな気持ち、どこにもなくなってたの。むしろオルテナ帝国に戻らないために魔族領で暮らそうかと思うくらい、魔族に対しての意識がガラリと変わったわ。そして、それはきっと──」


 フレイラさんが何の気負いもなく私の手を取った。


「リクさんのおかげなんだと思う。リクさんが、私がどんな感情を抱いていてもちゃんと向き合ってくれたから……普通の友達のように接してくれたから、私の中に根付いていた魔族に対する嫌悪感が消えたの」


 この世界で初めて会った日が嘘のように、フレイラさんは親しみのこもった笑顔を向けてくれている。

 それがすごく嬉しくて、自然と表情が緩む。


「ふふ。何だかハルトがリクさんを可愛いって言うの、わかる気がするわ。そうやって嬉しそうに笑ってるのを見ると、こっちまでつられちゃいそう」

「へっ!? いやいや、何を仰る。可愛いのはフレイラさんでしょう! 何なのその可愛さは! 特にその大きな目。笑う時に細められる目がもうどうしようもなく愛らしい! そしてちまっとして小柄なのに、無駄な肉がついてなくてしなやかな体つきなのがまた猫っぽくて可愛い! それに何なのその巨乳! 分けて!!」


 ……と、少しずつ後ずさっていくフレイラさんに私が力説していると。


「何を言ってるんだ、リクは。外まで聞こえてるぞ」


 天幕の入り口から声をかけられて振り返ると、ハルトが立っていた。

 さすがに単独で女子用天幕に入るのが躊躇われたのだろう。レネを先導役にしたようだけど、彼女は天幕の入り口を開けた姿勢のまま顔を赤くしてぷるぷると震えている。

 必死に口を真一文字にしてるけど、あれは絶対笑うのを堪えてるな……。


「ちょっとハルト、リクさんをどうにかして!」


 羞恥からか頬を赤く染めたフレイラさんがハルトに助けを求める。

 するとハルトはひとつ頷き、断りを入れて天幕内に入ってきた。そのまま私の傍までくると、ひょいと私を抱え上げる。


 私はされるがままだ。抵抗はしない。

 なぜなら、ハルトから逆らってはいけないような空気が滲み出ているからだ。

 それにさっきの自分の発言を思い出して、フレイラさんに申し訳ない気持ちにもなっていたし。


「このままリクは引き取るから、マナの方はフレイラに頼んでいいか?」


 ハルトに話を振られたフレイラさんはしっかりと頷いた。


「えぇ。任せて。ちなみに出発は延期になるの?」

「いや、フォルニード村への救援は急務だから予定通り明日出発する。マナはギルテッド王国のフィオに保護してもらうのが最も安全だろうから、ギルテッド王国まで連れていくつもりだ」


 なるほど、確かに希少種であり魔王種でもあるマナは『研究者』に狙われる可能性が高い。万が一のことを考えると魔王フィオ=ギルテッドに保護してもらうのが最善策だろう。

 魔王フィオが信用に値する人物なのはハルトやタツキが信頼していることからも窺えるし、私もその方が安心だ。



 その後マナのことをフレイラさんに任せ、自分たちに充てがわれている天幕に戻った。

 ここでようやく下ろしてもらえる──と思ったら、下ろされた先は眠るために毛布が重ねて敷かれている寝床の上。しかもそのまま抱き枕よろしく私を抱え込むようにして、ハルトも寝転がる。


「は、ハルトさーん!?」

「はいはい。昨日寝てないんだから、今日はリクも寝るように」

「いやいや、これは眠れないでしょう」


 またこのやり取りか!


「今日は一日会議で疲れたんだよ。このまま寝かせてくれ……」


 言いながらもハルトはうとうととし始める。

 どうやら本当に疲れているらしく、冬目前で朝晩は冷えるのに何も掛けずに眠ってしまいそうだ。


 仕方がないので私は身じろぎして上掛け用の毛布を引っ張って手繰り寄せると、自分とハルトの上に掛けた。

 いつもならもう一枚毛布を重ねるか結界で冷気を遮断するかするところだけど、今日は体温が高いハルトがくっついてるから十分温かい。

 そのせいだろうか。いつの間にか、私も眠りに落ちていた。




 翌朝はフォルニード村に向かうため、早朝から旅支度に取りかかった。

 と言っても物資は馬車に積まれているし、することと言ったら天幕に持ち込んでいた私物の持ち出しとマナの移動だけだ。マナはルースが慎重に馬車へと移してくれた。


 各自天幕からの撤収を済ませ、ハルトが関所に残る騎士二十名に声をかけて馬車に乗り込んだところで出発だ。

 関所跡を出発した馬車は五台。

 二台に私たち調査隊が乗り込み、残りの三台に念話術師一名と大量の物資が乗っている。その周囲を騎乗した騎士二十名が護衛しての旅路となる。


 関所からフォルニード村まではおよそ二日かかる。徒歩とそう時間が変わらないのは、フォルニード村が森の中にある集落だからだ。

 道は整備されているものの森の中には魔物が多く、馬車は目立つので魔物に襲われやすい。



 ──そんなわけで、現在も絶賛戦闘中だったりする。

 先を急ぎたいからマナの護衛はフレイラさんにお願いして、私やハルトも戦闘に参加している……んだけど、魔物たちは数が多いだけで大した相手ではない。

 ただ、その数が問題だった。


「これはちょっと多すぎだろう」


 ハルトがぼやく。

 実際、思わず愚痴りたくなるくらい際限なく魔物が現れている。


 前にフォルニード村にきたときはこんなに魔物と遭遇しなかったと思うんだけど……関所を襲った魔物たちの残りかな?

 だとしたらこの魔物の数だ。いくら魔族は魔物より強いと言っても、フォルニード村の人たちが心配だ。


「急ぎたいんだけどね」


 私も風属性を付与した魔剣で次々と魔物を斬り伏せていくけれど、キリがない。

 タツキに攻撃魔術を使ってもらいたいところだけど、タツキには馬車を守ってもらってるしなぁ……。


「両側方から次がくるよ!」


 戦っている全員に向けて馬車の幌の上にいるタツキが注意を促した。


 うんざりする。かれこれ半日は戦い詰めだ。

 そろそろルースやレネ、アレア、ウォル、騎士たちが限界だろう。


 ちらりと彼らを見遣れば、その表情から疲労が色濃く見て取れる。

 治癒魔術を使ったところで精神的疲労が残っている状態で戦い続けるのは難しい。このまま彼らが潰れるまで戦わせるわけにもいかない。


 ちょっと危険かもだけど、やってみるか……。


「タツキ、進行方向の右側方を森ごと分解して! 私は左側方をやる!」

「えっ!?」

「こんな視界が悪いんじゃ、奇襲に備えられないでしょ!」

「なるほど、了解!」


 森を破壊することで何かしら悪影響もあるかもしれないけれど、森の損失よりも人命優先だ。

 見晴らしがよくなる反面、隠れる場所を失うのも懸念事項ではあるけれど、視界の悪い森の中で消耗戦を続けるより幾分かマシだろう。


「総員、馬車内に退避!!」


 私のタツキへの指示を聞いて、ハルトが声をあげた。

 これから私たちが何をするつもりなのか理解できていない『飛竜の翼』の面々や騎士たちは不思議そうな顔をしたものの、ハルトの指示に従って馬車の中へと飛び込んでいく。ハルトも「任せた!」と言って馬車の中に入った。


 よし、これで巻き込む心配がなくなった。

 思いっきりやってしまいましょうか!


 私は進行方向の左側を、タツキも馬車の幌の上で右側を向く。

 そして間髪入れずにそれぞれが自らの前方へ向けて思いっきり威圧をかけた。魔物たちが分解能力に抵抗できないようにするための威圧だ。

 威圧が届く範囲はそんなに広くないだろうけど、今何とかしたい範囲には効いている……はず!


 周囲一帯の魔物たちが怯む気配が伝わってくる。

 これで分解能力の成功率がぐんと上がった。

 今だ!


「「(ほど)けろ!!」」


 ふたり同時に分解能力を行使する。

 本来はわざわざ言葉にする必要はないんだけど、周囲の味方に力を使っていることがわかるように敢えて言葉で発したのだ。


 一瞬にして目の前の森の一部と立ちすくんでいた魔物たちが分解される。

 次の瞬間には蒼い光の魔力素と紫色の光となった魔力素以外の成分が、私の中へと流れ込んできた。


 さて、これでどんな特性が手に入ったかな。

 力加減を誤ってちょっと地面を抉っちゃったけど、そっちは気にしないことにしよう。


 なんて思っていたら。


「……リク、ちょっと雑じゃない?」


 タツキから、鋭い指摘が飛んできた。


「い、いや、だって。範囲が広いと対象指定が難しくない?」

「範囲を分解するって考えるんじゃなくて、この物質を分解するって考えるんだよ。地面は分解する対象から外す感じで」


 言ってることはわかる。

 わかるんだけど、それが難しいんだよ。


「師匠、コツを教えて下さいっ!」

「えぇっ……。そもそもリクはどうやって対象を決めてるの?」

「あの辺だな〜、くらいの感じで」

「雑!」


 姉弟でそんなやり取りをしていると、異常な能力を披露した私たちを怖々と見ていた『飛竜の翼』のメンバーや騎士たちがぷっと吹き出す。

 ……うん、わかってるよ。滅茶苦茶な力を使っておきながら、間抜けなやり取りをしてるってことくらい。


「おぉい、ふたりとも馬車に戻ってくれ。今のうちに先に進もう」


 馬車の中からハルトが呼びかけてくる。

 するとタツキが「リク、ちょっと特訓しようか?」といい笑顔で誘いかけてきた。




 その後は飲まず食わず眠らずの特性を活かして、フォルニード村までの道中で出くわす魔物は私とタツキ相手した。騎士たちも魔族領の魔物に対応するために戦っていたけれど、半分くらいは私とタツキで片付けたよ。

 頑張った。


 タツキの指導を受けながらたくさん戦ったおかげで、私も対象を絞るコツが掴めてきた。

 あれだね、ゲームとかで敵をターゲッティングするのを複数同時に施す感じ。

 本当、こういうときに前世の記憶が活きてくるわ……。


 ターゲット決めのイメージができるようになったということは、精度が上がったということでもある。

 これで分解能力の成功率さえ高ければ、わざわざ古代魔術の制御術式を作らなくても範囲攻撃ができるようになるんだけどなぁ。

 ただ威圧の効果範囲や威圧の成功率も考えると、モルト砦のときのように敵が遠すぎる場合には厳しい気がする。

 やっぱり範囲攻撃が使いたかったら古代魔術を制御するしかないってことなんだろうなぁ。




 そうして戦いながら道程を進めること一日半。

 一行は目的地のフォルニード村に到着した。


 マナはまだ目覚めない。

 けれど私は村に着いたら一番にしなければならないことがあった。マナの家族探しだ。

 以前やりとりしていた手紙で、母親と二人暮らしだと聞いていた。これまでマナは自分の母親の安否について口にすることはなかったけれど、きっと気掛かりだったはずだ。

「ミラさーん! いますかー!」


 私はハルトに許可を取って、救援隊とは別行動することにした。

 さっそくマナの手紙にあった母親の名前を呼びながら、村を歩き回る。


 途中、何やら集まっている人々を見つけたのでアールグラントから救援で来たことと、マナの母親を探している旨を伝えてみたものの──


「救援は本当にありがたい! 日頃からアールグラントの方々にはお世話になっているが、こんな時にも手を差し伸べてくれるなんて……。しかしミラについては誰も見ていないんだ。あの襲撃のあとみんなで周囲をくまなく探して、見つかった生き残りが今この湖畔にいる面々でな」


 疲れた顔の獣人の男性は、そう言いながら周囲を見回した。

 つられるように湖畔の周囲を見渡したけれど、その中に翼人の姿はない。当然のように、妖鬼の姿も、ほかの希少種の姿もない。

 マナは希少種が集中的に狙われていたと言っていた。となると、翼人であるマナの母親も……。


「なぁ、妖鬼のお嬢さん。マナは、マナは無事だったのか?」


 私が黙り込むと、私がマナの事情に詳しいと思ったのだろう。獣人の男性が問いかけてきた。


「はい、かなり危険な状態でしたけど、一命を取り留めて……」

「そうか、よかった」


 ほっとした表情になるフォルニード村の住人たち。

 本当にこの村は結束が強い。希少種がいたせいで自分たちの村が滅ぼされたとか、そういう考えにはならないらしい。


「ただ、今は魔王種の二次覚醒の影響で眠っているんです。なので安全を期すためにギルテッド王国で保護してもらおうと考えてます」


 私がそう伝えると、フォルニード村の住人たちははっとした顔になった。


「ギルテッド王国! そうだ、それがいい! フィオなら必ずマナを守ってくれるだろう。何せマナの父親のようなものだからな」

「父親のようなもの……?」


 どういうこと?

 思わず首を傾げると、獣人の男性が説明してくれた。


 曰く、フィオは今でこそ魔王として一国の主となっているけれど、以前は冒険者として活躍していたのだという。マナの両親はその頃の仲間だったのだとか。

 しかしマナが生まれて間もなくマナの父親が命を落とし、それ以降はフィオがマナの父親代わりをしていたのだとか。


 う〜ん、魔王フィオ=ギルテッド……不思議な存在だなぁ。

 身近な人たちと魔王フィオとの繋がりがありすぎて、段々どういう人なのか気になってきた。


「気付いてるとは思うが、一応言っておく。ミラについては恐らく絶望的だろう。あの襲撃の際、希少種が真っ先に狙われていたという話は聞いてるか?」

「はい」

「つまりは、そういうことだ。どんなに探しても希少種たちに関しては遺体すらも見つかっていないんだ。マナには申し訳ないが、我々は、ミラはもうイフィラ神の許へ旅立ったものと考えている」

「そうでしょうね……。たぶん、マナも覚悟はできていると思います」


 だからマナはこれまで母親について口にしなかった。二度と再会することはないのだと、どこかで確信していたから……。

 それでも救援を呼ぶという名目で逃がしてもらった自分は、せめてその役目を全うしようと必死だったのだろう。


「それにしても、妖鬼のお嬢さん。お嬢さんは何年か前にフォルニード村にきた妖鬼の親子の娘さんだよな? その顔、俺は結構しっかり覚えてるんだが……お嬢さんのご家族は無事なのか?」


 不意に問いかけられて、私は言葉に詰まる。

 確かフォルニード村を訪れたときは、まだ家族が誰一人として欠けることなく揃っていたはずだ。


「母が命を落としましたが、父と妹は無事です」


 少し声のトーンを落として答えると、獣人の男性は痛ましそうな表情を浮かべた。


「そうか。希少種は過酷な運命の下に生まれる。今後も危険な目に遭うこともあるだろうが……お嬢さんも、マナも、幸せになれるよう祈っているよ」

「ありがとうございます」


 優しい声音で言われて、私は笑顔で礼を言うとその場を辞した。


 やはりミラさんは絶望的か。

 無駄だと思いながらも私は感知能力を全開にして、探れるだけ周囲を探ってみる。しかし魔物以外の気配があるのはこの湖畔の周囲のみだった。


 そうか、マナは、唯一の家族を失ってしまったのか……ただ一人の、大切な家族を。


 そう思ったら、悲しくて、悔しくて、視界が滲んだ。

 ただ、ひとつだけ希望が残されている。それは魔王フィオ=ギルテッドの存在だ。

 父親代わりをしていたという魔王フィオなら、マナの家族と考えてもよさそうだ。


 ならば私は、何としてでもマナを魔王フィオの許へ送り届けなければ。

 そう強く決意した。

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