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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第2章 人生の転機
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46. 調査隊結成

 あの日から、ハルトはやたらと私を甘やかしてくるようになった。

 このままでは駄目だ。怠惰属性全振りの前世の自分が覚醒してしまう。


 その可能性に恐れを成して、私は行動することにした。

 古代魔術の制御術式を組むのは、現状古代魔術を使う予定がないので急ぎの案件ではない。

 となれば、だらけそうな精神を鍛えるにはやはり、体を動かすのが一番だ!



 思い立ったが吉日。

 私は騎士や兵士たちの練兵場へと向かった。




 ◆ ◇ ◆


 “ハルト殿下はリク様には勝てない”



 ハルトが練兵場にまで頻繁に構いにくるせいか、それとも時々ハルトと魔法抜きの手合わせをして引き分けを繰り返していたせいなのか。そんな噂が立ち始めたある晴れた日、アールグラント城の前庭では調査団の任命式が行われた。

 最近は魔族領を避け、人族領内で調べものをしているタツキも私の隣にいる。


 王族であると同時に神位種でもあるハルトや称号持ちである私やタツキ、異国に所属しているとは言えハルトと同じく神位種であるフレイラさんは、ほかの称号持ちの人たちと共に最前列に並んでいる。

 その後ろに称号などを持たない人々がずらりと並ぶ。人数にして百人。アールグラント王国から調査団の一員として選任された面々だ。

 任務にあたる際には、この百人が四人もしくは五人のチームに分かれて行動する。


 そのチーム分けについては事前に通達が成されていた。

 一番危険な任務に抜擢された面々はハルト、私、タツキ、そしてフレイラさん。この面子は今回の調査隊の中で唯一、魔族領でも特に危険な北部を目指す。

 途中にあるギルテッド王国までは四人の同行者がいるそうだけど、そこから先は現在横に並んでいるこの四人で行動することになるらしい。


 一番危険な地域ながらも最も探りたい場所が魔族領北部なのだから、この四人を分散させずに固めたのは妥当な判断だと思う。私もこの四人なら、魔族領北部を目立たないように探る程度であれば問題なくこなせると思う。

 まぁブライの言う白神竜が現れたらどうなるかわからないけれど……。




 任命式が終わって陛下が退席すると、場の空気が緩んだ。やはり国王がいるとみんな気持ちが引き締まるんだなぁ。

 まだこの場にはハルトもいるけど、ハルトは王位継承権を放棄している上に日頃から現場に携わる人々とコミュニケーションを取っているようなので、同じ場にいてもそこまで緊張されないらしい。

 ハルトの王族としての威厳はどこに行った。


「出発は順次、隊ごとに。俺たち第一調査隊はアールグラント側から魔族領南部に入って北上しつつ、ギルテッド王国を経由してさらに北部にある魔王タラントが統治するディートロア王国を目指すルートだ」

「ディートロア王国って、人族に友好的な魔族領の北部にある国よね」


 ハルトが支給された東大陸の地図を広げながら説明する横で、フレイラさんも真剣な表情で地図を睨んでいる。

 今回の調査に関しては騎士国ランスロイドやオルテナ帝国の協力もあるので、調査隊は魔族領に接しているアールグラントを含む三国から魔族領入りすることになっている。

 本来北部を目指す私たちはオルテナ帝国から行くべきなんだろうけど、私が以前からフォルニード村に行きたがっていることを知っていたハルトが南部スタートのルートに変更手続きをしてくれたのだ。

 相変わらず甘やかされてるけど、今回ばかりはありがたくその厚意を受け取ることにした。


「そう言えば、ハルトは魔王フィオ=ギルテッドと知り合いなんだって?」


 不意にタツキが問いかけると、ハルトはちょっと驚いた表情になった。


「そうだけど、その話って一般にそんなに浸透してないよな。どうしてタツキが知ってるんだ?」

「フィオ本人から聞いたから。僕も魔族領での調べものはフィオに手伝って貰ってるんだけど、そう言えば前にちらっとフィオからハルトの名前を聞いたことあるなと思って」


 タツキからさっくりと魔王の知り合いがいると暴露されて驚く私。

 ハルトもタツキが魔王のひとり──それも自分が知る人物と同一の魔王と知り合いであることに驚いているようだった。


「そうそう、今回の竜襲撃事件についてもフィオに意見を聞いてみたら、フィオは竜の件については知らなかったみたい」

「フィオに意見を聞いたって──タツキ、まさか魔族領に行ったのか?」

「ちょっと、タツキ!?」


 ハルトの言葉に思わずタツキを振り返ると、当のタツキは慌てて首を左右に振った。


「違うよ! フィオとは念話でやりとりできるから、念話で聞いてみただけ。フィオを知ってるハルトならわかると思うけど、フィオは国で大人しくしてるタイプじゃないから情報交換するにも魔族領中を探すことになるでしょ? それは不便だからって、念話がやりとりするようになったんだよ」


 え、待って。

 確か魔王フィオ=ギルテッドって、ギルテッド王国の王様だよね?

 王様が国で大人しくしていない? 魔族領中を探すことになる??


 そんな疑問で頭がいっぱいの私とは違い、ハルトはきょとんと首を傾げた。


「そうなのか? 確かにじっとしてるのは苦手そうだったけど、俺が会いに行った時はちゃんと城内にいたけど」

「それは……運がよかったね……」


 そこからはハルトとタツキのフィオ=ギルテッド談義が始まった。


 とりあえず、ハルトとタツキの中でフィオという人物は実に気さくでフレンドリー、義理人情に溢れるという点で一致しているようだ。しかし会った回数が多いタツキの見解では、かつて冒険者だった頃の感覚が全く抜けておらず、国にいるよりも魔族領内をふらついていることの方が多いらしい。

 タツキでも避けている魔族領北部にも、単独でふらりと出かけてしまえるくらいの実力者なのだとか。


 そう考えると魔王って強いんだなぁ。憎き魔王ルウ=アロメスも、タツキがあれだけボロボロになっても勝てない相手なのだと思うと相当強いはず……って、あれ? でも魔王ゼイン=ゼルはハルトが倒したんだよね?

 同じ魔王と呼ばれる存在でも、力に差があるということだろうか。それともタツキを強いと賞賛しているハルトは、実はそのタツキよりも強いのだろうか。

 よくわからなくなってきた。


「ねぇねぇ、リクさん。あのリクさんそっくりな子、誰?」


 ひとりで混乱し始めていると、黙って様子を見ていたフレイラさんが脇を突いてきた。

 おっと、そうだった。フレイラさんとタツキは初対面だったっけ。


「あの子の名前はタツキ。私の守護精霊だよ。タツキも魂還りなんだけど……前世では、小さい頃に亡くなった私の双子の弟なの」


 顔が似ている点についても気になっている様子だったから、声を潜めながら答える。

 するとフレイラさんは「そうなの……道理で似てるわけね」と一瞬痛ましそうな表情を浮かべて呟き、しかしすぐに不思議そうに首を傾げた。


「それにしても、こんなに知り合いや身近にいた人たちが集まると変な感じね。別々のタイミングで命を落としても、生まれ変わるとまた同じように集うものなのかしら」


 ……そうか、フレイラさんは前世の死因について知らないのか。

 でも私が勝手に話しちゃ駄目だよね?


 そう思って、私はタツキに声をかけた。声に出して話せる内容じゃないので、念話でフレイラさんが前世の知り合いがここに集まっていることに疑問を持っていると伝えると、タツキは困り顔を浮かべた。


『フレイラさん。なぜ前世の知り合いがここに集まってしまったのかは僕にもわからないけれど……その要因になりそうな、前世の死因についてなら話せるよ。でもそれは絶対に、この世界の人に知られちゃいけないことなんだ』


 困り顔のまま、言葉を日本語に切り替えてタツキが切り出すと、フレイラさんはタツキが言わんとしているところを察したのだろう。真剣な顔つきになった。


『それだけ重大な話なんだ。でも、今の僕にはフレイラさんがこの話を他言しないって約束できる人なのか判断できない。だから、しばらく様子を見させて貰ってもいいかな?』

『えぇ、わかったわ。確かにこの世界で前世の話をするのはよくなさそうだものね。しっかり信用して貰ってから、話してくれたら嬉しいわ』


 タツキの提案にフレイラさんも納得して頷く。

 やっぱりフレイラさん、いい人なんだよなぁ。現時点では信用できないとはっきり言われてるのに、抗議ひとつせず納得しちゃうんだから。

 もっと色々言いたいことはあるんだろうけどそれをぐっと飲み込む姿に、フレイラさんの強さを見た気がした。




 私たち第一調査隊の出発は半月後と通達された。

 まずは先遣隊の二十名ほどがアールグラント側から魔族領入りして、フォルニード村を含む人族と親交のある集落や国にこれから行われる調査について説明することになっている。同時に、ランスロイドやオルテナ帝国側から魔族領に入る面々は順次移動を開始。

 さらに同時に、セレン共和国やヤシュタート同盟国からの調査隊が到着し次第、魔族領入りのスケジュール調整が行われる。


 私たち四人は先遣隊を除くと一番最初に魔族領入りする調査隊になる。途中のギルテッド王国までは第五調査隊の面々も同行することになっている。

 第五調査隊は、今回組まれた調査隊の中では数少ない冒険者のみで構成された隊だ。

 彼らはギルテッド王国まで同行したあと、その周辺での情報収集に加え、場合によっては私たち第一調査隊の後方支援を行う役割を担っているらしい。


 後方支援ということは、状況によっては魔族領北部にも踏み込まなければならないということ。そんな役割を任せられている時点で、相当な手練れであろうことが察せられる。


「第五調査隊はパーティを組んで活動している冒険者たちだな。パーティ名は『飛竜の翼』。ランク6が二人に、ランク5が二人。剣士、魔術師、槍使い、弓使いの構成だ」

「おー、バランスのいいパーティだね」


 例によってタツキが姿を消したあと、私とハルト、フレイラさんは東屋をひとつ陣取って現時点で確認できる事項の擦り合わせを始めた。

 三人で紙に書かれている事項を順に確認していく。


「ところで、フレイラは魔族領に行ったことはあるか?」

「ほんの入り口までだけど、オルテナ帝国との国境近くなら。あの辺りはちょくちょく魔物や好戦的な魔族が現れるから」

「そうか。リク、オルテナ帝国付近の魔族ってどんな感じなんだ?」


 問われて私は薄れつつある魔族領の記憶を引っ張り出す。

 オルテナ帝国付近、ねぇ。


「南部の魔族に比べたら攻撃的だけど、オルテナ帝国との国境付近だと……そうだなぁ、ハルトにわかり易いように言うなら、魔王ゼイン=ゼルの配下レベルの魔族いる感じかな」


 実際に遭遇したことはないけど、城塞都市アルトンにいた頃に聞いた話から推察するとそんな感じだ。


「あとは──徒党を組んでくることは少ないけど、城塞都市アルトンにいた時は数日に一度は警鐘が鳴らされてたから、現れる頻度は高いのかも。国境近くにはオルテナ帝国と長年睨み合ってる魔族の国、ギニラック帝国もあるしね」


 まぁそのギニラック帝国が問題なんだけどね。

 オルテナ帝国にちょっかいをかける魔族といえば、ほぼ確実にギニラック帝国に属する魔族だ。


「ふむ……なら中部まではみんな大丈夫そうだな。となるとやっぱり北部が未知の世界なんだよなぁ。タツキすら踏み込むのを躊躇するくらいだし」


 う〜ん……と私とハルトが揃って唸っていると。


「タツキくんはそんなに強いの?」


 と、フレイラさんが問いかけてきた。

 まぁ、あの見た目と物腰だと強そうには見えないよね……。


「知ってると思うけど、タツキは単独でアールレインをほぼ完璧に守りつつ風竜を撃破できるくらい強いよ。あと黒竜を配下にしるから、少なく見積もってもタツキがいるだけで竜二体分の戦力はあるかな」

「……私、竜と戦ったことがないからよくわからないわ」


 そりゃそうか。竜もそんなにほいほい現れるもんでもないしね。

 思わず私はハルトと顔を見合わせる。するとハルトが何かしら思い付いたようで、あっと言う表情を浮かべた。


「だったらちょうどいい、今から冒険者ギルドに行こう。最近アールレインの南方に黒牛魔の目撃情報が上がってるんだ。その討伐依頼を受けて魔族領入りする前に互いの実力を知っておこう」

「なるほどー。まだその依頼残ってるといいね」


 私とハルトはそれがいい、それがいいと名案に沸く。

 そんな私たちをちょっと冷めた目でフレイラさんが見ていたことには、気付かない振りをした。




 陛下から許可を取って、私たちは連れ立って城下街へ下りた。

 王族にも関わらず道行く人々から気軽に声をかけられているハルトにフレイラさんはちょっと驚いていたけれど、前世を知っているせいかどこか納得しているようでもあった。


 しかし、冒険者ギルドに入るなり私の周りに人が集まった時は不思議そうにしていた。

 ただ彼らが「番犬、久しぶりだなぁ! つってももう今は殿下の婚約者か!」とか「騎士様もついにお姫様になったのですね……おめでとうございます!」とか、反応に困ることを言われながらもみくちゃにされているのを見て、私の異名を知っていたのか最終的にはこれにも納得していた。


 ……というか。何でイリエフォードの常連さんたちがアールレインの冒険者ギルドにいるんだろう?

 などと一瞬考えけれど、すぐに彼らは調査隊の参加者なのだと思い当たる。


「そう言えばリクさんは冒険者としても有名だったわね。私が城塞都市アルトンを訪れた時にも冒険者ギルドで頻繁にリクさんの話題が出ていたわ」

「えっ、何て!?」


 アルトンの皆が私の話をしていたと!

 それは興味深い。


「一番有名なのは『番犬』、『騎士様』の由来がついた時の話かしら。リクさん、ギルド職員の女性を助けた時、まだ小さかったのに大男を飛び蹴りで気絶させた挙げ句に肩に担いで“城壁の外に捨ててくる”って言ったんですって?」

「……まぁ、そんな感じだったかな」


 フレイラさんはちょっと笑いを堪えているようで、肩が震えている。

 改めて他人の口から言われると、とんだお転婆っぷりですね……。いいのよ、笑ってくれても。


「あとは、ある兵士の奥さんが産気づいた時に気が動転している旦那さんを担いで助産師を呼びに行ったとか」

「あぁ、アーバルさんの時のね……」


 私の話題はどうやらそんなものばかりのようだ。

 でも懐かしいなぁ、あれからもう七年くらい経つのか。


「あぁ、でも一番盛り上がっていたのはやっぱり黒狼撃破の話ね。単独で大型黒狼がいる群れの大半を撃破して哨戒兵たちを窮地から救ったのよね。それで例の三つの異名がついたんでしょう?」

「あ、俺その話興味ある」


 話の流れが怪しくなってきたから止めようとした瞬間、それまで掲示板を眺めていたハルトが急に話に参加してきて止め損ねてしまった。

 タイミングを逸した私の前で、フレイラさんは朗々と語り続ける。


「ある兵士は“天高く跳躍し、落下と同時に放たれた強烈な踵落とし。その際鮮烈に目に焼き付いた白銀の髪が、まるで流星のようだった”と語り、彼女は『白銀の流星』だと広めた」


 えっ、なにその前置き。初めて聞いた!

 フレイラさんの語りは止まらない。


「またある兵士は“瞬く間に後方の黒狼五匹を片付け、同僚の窮地を救い、さらに自分たちが苦戦していた大型の黒狼の命までもを一瞬にして刈り取った”と語り、彼女は『瞬速の狩人』だと広めた」


 そんな由来が!?


「またある兵士は“漆黒の服を身に纏った救世主が緑小鬼の牙を用い、黒狼を次々と仕留めた”と語り、彼女は『漆黒の牙』だと広めた」


 最後だけめっちゃシンプル!

 しかしやはり厨二感が半端ない……!


「……その話、誰から聞いたの?」


 つい恨みがましい声が出てしまう。

 しかしフレイラさんは気にした風もなくさらりと答えた。


「え? アルトンの領主様からよ」


 領主様ーーーーー!!!


 叫び出しそうになるのを必死にこらえた瞬間、私は思い出してしまった。かつて陰ながら私に『守護聖』の異名を付けていた筆頭が、彼の御仁であることを。

 私の肩ががくりと落ちる。


 そうかそうか。私の異名を広めている諸悪の根源はアルトンの領主様だったのか。

 なんというか、もう、諦めよう……。


 隣で笑いを噛み殺しているハルトの脇腹に割と本気で肘鉄を食い込ませて、掲示板から目的の討伐依頼を見つけ出す。そしてうずくまるハルトを放置したままさっさと受付に向かった。

 幸い受付は空いていて、すぐに順番が回ってくる。


「討伐依頼の61番でお願いします」


 この二ヶ月半、ずっと王城から出てないからギルドに来るのも久しぶりだ。

 私は冒険者カードを受付に差し出しながら、後方にいるハルトとフレイラさんにも声をかけた。今回は三人で依頼を受けるから、全員の冒険者カードを出さなきゃいけないのだ。


 脇腹を抑えながら来たハルトは黒の冒険者カードを、フレイラさんは金の冒険者カードを提出する。

 金と言うことは、フレイラさんはまだ黒を貰うほどの実績がないってことなんだろうな……。そういう点からもその人の力量を測れるのだと思うと、冒険者カードって結構大事な役割を担ってる気がしてきた。


 ちなみに私もフレイラさんもランク6の金だ。


 受付の女性は渡されたカードに黒が混じっていたことに驚いていたけれど、何とか定型句を述べて受託手続きをしてくれた。

 私たちは冒険者カードを受け取ると早速現地に赴くべく、ギルドを出た。


「移動はどうする? 馬車を借りるか?」

「私は馬でもいいよ」

「私も馬でいいわ。その方が早いでしょ」


 ハルトは気を遣ったのだろうけれど、この場にいる女性陣はその辺の令嬢とは違う。

 私とフレイラさんが揃って馬でいいと言うと、ハルトは苦笑しながらも外壁門方向へ向かった。そのまま門の近くにある冒険者向けの貸し馬車や貸し馬の店に寄り、馬を三頭借りる。

 そして恐らく顔パスできるであろう外壁門の門番に、敢えて冒険者カードを見せて門を通過した。



「このまま鐘一回分南下すると、黒牛魔が目撃された地点に着くよ。黒牛魔は大きいから遠目にもわかるし、見えたらそこで馬を下りよう」


 黒牛魔について聞いてみたら、二人とも名前と特徴は知っていても戦ったことはないそうだ。ハルトは幼い頃に遠目に見たことがあるらしく、とんでもなく大きいことだけは認識しているようだけど。

 なのでその姿を見たことがある……と言うか、実戦経験のある私が先陣を切る。

 妖鬼の警戒心の強さと私の感知能力の高さに関してはハルトも認めてくれているようで、紫蟻の巣の時のように前を行くことを止められたりはしなかった。


 私は普段抑えている感知能力を全開にして、周囲を警戒しながら進む。

 これだけ全方向から情報を集めていれば、早い段階で黒牛魔も見つけられるだろう。


「黒牛魔ってそんなに大きいの?」

「うん、ゾウを倍にしたくらいの大きさかな。……っと、ちょっとストップ!」


 フレイラさんに問われて答えながらも前方を確認していると、視界の先に黒い点が見えた。慌てて後方の二人に止まるように伝えてから自らも馬の手綱を引いて止まり、意識を視覚と聴覚、嗅覚に集中する。

 その黒い点……魔物は、じわじわと近付いてきている。どうやらこちらに向かって移動してきているようだ。


「どうしたんだ?」


 ハルトが問いかけてくるけれど、獣系の魔物は匂いが似ているせいであれが魔物であることはわかっても種類の判別がつかない。大きさから黒牛魔か大型の黒狼だとは予測がつくんだけど……。

 私は目を凝らしながら、せめて気配の数だけでも把握しようと務める。


「黒牛魔か大型の黒狼がこっちに向かってきてる。真正面から、五、六……うん、六頭」

「え……何も見えないけど」

「人族の目だと無理かも。まだ遠い。けど、真っ直ぐこっちに向かってきてる」


 距離は測ろうとしているあいだにも相手がどんどん近付いてきているから測りようがない。

 でも近付いてくる速さはわかる。


「あの速さだと突進中の黒牛魔の可能性が高い。かなり速いよ。でも全部が全部黒牛魔じゃなくて──見えた。黒牛魔が三頭、黒狼も三頭いるね。黒狼がいるから、馬を逃がさないと!」


 私は素早く馬から下りると馬をアールレイン側に向けてその尻を叩いた。馬も危険を察知しているのか、アールレイン側に逃げていく。ハルトやフレイラさんも同様にしていた。

 思った以上にアールレインに近い地点で遭遇したから、帰りの心配はしなくてもいいだろう。けれど王都に近い分、あの魔物たちはここでしっかり仕留めないと。


 ……とは言っても、面子が面子だ。単純にひとり二体ずつで分担しても問題なく倒せるだろう。


《僕はどうしよっか》


 唐突にタツキからの念話が聞こえて、はたっとなる。

 そういえば黒牛魔討伐に出てきたきっかけって、タツキの力がどれだけのものかわからないっていうフレイラさんの一言があったからなんだっけ。


「あー……じゃあ、黒牛魔一頭はタツキに任せた!」


 私が声を上げると同時に、タツキが精霊石から姿を表す。

 すっかりやる気に満ちていたハルトやフレイラさんも本来の目的を思い出したらしく、私の提案に頷く。


「なら、俺も黒牛魔一頭もらっていいか?」

「わ、私も黒牛魔と戦いたいわ!」


 おぉ、本当にやる気満々だね。

 未知なる敵への恐怖心とかはなさそうだ。さすが勇者。


「じゃあ黒狼は私が仕留めましょう!」


 どうやら黒牛魔が大人気のようなので、残る黒狼は私が頂くことにした。

 黒狼と言っても大型だしね、倒し甲斐がありそうだ。


「では、安全を期して!」


 私はいつも通り、身体強化の付与魔術と体の耐久力を上げるための結界魔術を思念発動する。さらに強化した身体能力を制御できるように知覚と感覚強化も忘れない。

 ハルトはブライと戦った時に私の身体強化魔術を体感してるからすんなり受け入れてたけれど、フレイラさんは小さいながらも驚きの声を上げていた。


「少し強めに身体強化魔術をかけたから、力のコントロールには気をつけてね!」


 私はフレイラさんに注意事項を告げると、大分近くにまで迫っていた黒牛魔と黒狼に向かって走り出す。


 よしよし、私の見立て通り、黒牛魔が三頭と大型黒狼が三頭だ。

 黒牛魔の突進は長距離は保たない。どうやら途中で突進するのをやめて普通の移動に切り替えたようだ。

 ゆえに、黒狼が先行してきていた。


 私は一息に黒狼との距離を詰めると魔剣に魔力を流し、風属性を付与しながら引き抜く。そのまますれ違いざまに黒狼の首を切り飛ばした。


 まずは一頭目。風属性を付与することによって短剣のリーチ不足を補ったので、黒狼の首は完全に胴体から離れ、切り飛ばされた勢いのまま宙を舞う。

 それにしても、予想外の手応えのなさにちょっとびっくり。二次覚醒の賜物かな……。


 そんなことを考えているあいだに二頭目の黒狼が大口を開けて飛びかかってきた。すかさず自分と黒狼のあいだに結界を構築すると、黒狼は勢い余って結界に激突し、ひっくり返る。

 痙攣しながら転がった黒狼の上に先ほど切り飛ばした黒狼の頭部が落下して、その衝撃で転がっていた黒狼が気絶する。


 ……うん、気絶した黒狼は一旦放置して、すぐ横に迫っているもう一頭の相手をしよう。


 目の前で仲間をあっさり倒したのが効いているのだろう。三頭目の黒狼は恐怖心を隠すこともできないまま、体当たりを仕掛けてきた。

 ひらりと体当たりを躱すと、こちらに背を向けている三頭目に手のひらを向ける。


 私に恐怖心を抱いているなら、分解が可能だ。

 すぐさま三頭目の黒狼が砂のように崩れ、紫と青の光に分解される。その光が私の手のひらを経由して吸収されていく。


 その横を追い抜くようにして駆け抜けたハルトが、光を纏った剣の一振りで黒牛魔を一匹仕留めた。弱点を狙う必要すらない、正に一刀両断。二太刀要らず。

 続いて追いついたフレイラさんも迫り来る黒牛魔へと突っ走って行く。


 一方タツキはと言えば、私たちの戦いぶりを眺めながらその顔に「僕の出番ないんじゃないの?」という呆れを含んだ表情を浮かべていた。

 いやいや、タツキの力量をしっかりばっちりフレイラさんに知らしめないと!


 私はたった今吸収した黒狼に続いて、気絶している二頭目の分解・吸収も行い、フレイラさんのサポートをすべく、視線を黒牛魔の方へと向けた。


 フレイラさんは危なげなく角を落としたものの、痛みのあまり暴れ狂う黒牛魔に苦慮していた。

 わかるわかる。かつての私もそんな感じだった。

 これはサポートした方がいいかな、と思った瞬間。


「貫け!」


 フレイラさんが剣を天に突き上げると同時に叫んだ。攻撃魔術だ。

 地面から岩の槍が天を突くように飛び出し、黒牛魔の首へと伸び上がっていく。

 それは恐ろしい速度で、易々と黒牛魔の首を刺し貫いた。黒牛魔は一瞬ビクンと体を痙攣させて、そのまま力を失う。


「わぁ……」


 私は思わず声をあげてしまった。

 だってすごい威力ですよ。フレイラさんは攻撃魔術得意系の勇者様なのかな。

 でも角を落とす時は剣を使ってたよね。ハルトほどではなくても、剣の腕も結構なものだった。

 やっぱり勇者は文武両道系が多いのかな。


 そう分析している傍で、「ほいっと」と言わんばかりにあっさりとタツキが黒牛魔を下す。

 え……今何が起こったの?

 タツキが手を一振りしただけで黒牛魔が崩れ落ちたんだけど。


 呆気にとられつつ魔剣を鞘に戻していると、同様の感想を抱いたらしい。ハルトやフレイラさんも呆然としながらタツキを凝視していた。

 自然と沈黙が降りる。


 その沈黙を破ったのは複数の蹄の音だった。

 振り返れば、アールレイン側から騎士が数名こちらに向かってきている。恐らく馬だけがアールレインに戻ったから心配されたのだろう。彼らの後ろから馬車も追いかけてきていた。


 それを遠目に眺めながら、


「とりあえず、この面子なら大抵のことは何とかなるって結論で……いいのか?」


 気を取り直したようにハルトが問いかけてきたので、私は肩を竦める。


「いいんじゃないのかな」

「全員実力を出し切っていないでこれだもの、問題ないでしょ」


 特に底が見えないのがタツキなんだけど、そこには誰も触れず。


「これなら魔族領北部も踏破できそうだね」


 などとにこやかに言い放つタツキに、私たち三人はそうだね、ともそうかな、とも言えずにただ曖昧に微笑み返すことしかできなかった。

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