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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第2章 人生の転機
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43. 明かされる真相と婚約式準備

 国王陛下と私の家族にハルトとの婚約報告をした翌日。私とハルトはやや逃げ腰だったタツキを捕まえた。

 そして以前聞くことができなかった話──なぜこの世界に私たちが転生してきたのか、その詳細な事情を聞くべく魔術師団の研究棟にある私の研究室に向かった。


 この部屋は防音性も高いし、清掃等でメイドさんたちが出入りする自室よりも来訪者が少ないから落ち着いて話ができる。

 室内には来客を迎えるスペースに簡易テーブルと椅子しかないので、とりあえずそこに座って貰った。飲み物は私が気に入って買い込んでいる紅茶っぽい味のお茶を出す。


 タツキからは、会話の内容が絶対に他人に漏れないように口にする言語は全て日本語で、と希望された。さらにこれから話す内容は他言無用だと念を押される。

 確かに、この世界で前世の話をするのはちょっと危険な気がする。何せこの世界では魂還りなんてものを信じていたり、真名……前世の名前を導き出すような能力も存在している。

 下手なことを言ってあれこれ探られるのも芳しくないだろう。


『さて、それじゃあ話して貰いましょうか、タツキ』

『……うん。でもそんな長い話にはならないと思うけどね』


 話すと約束したもののまだ躊躇いがあるのか、タツキはやや口ごもりながら、しかしどこか諦め混じりに頷いて出されたお茶に口をつける。しかし熱かったようで、少し顔をしかめたあと魔術で冷ましていた。

 タツキは猫舌なのか……。


『じゃあ、まずはどうして前世のリクやハルトが命を落としたのか、って話からね。単刀直入に言えば、原因は今いるこの世界にある』


 初っ端から爆弾が投下された。

 私もハルトも目を瞬かせる。


『この世界で起きた魔力の暴走事故が、本来なら繋がっていないはずの地球側に干渉したことが原因なんだ。暴走した魔力と一緒にこの世界から流出した岩盤が、運悪く僕らの住んでいた町に隕石となって落下した、というのが真相』

『相当な衝撃だったからそんな予感はしてたけど……その口振りだと、あの時命を落としたのは俺たちだけじゃないってことだな?』


 ハルトが沈痛な面持ちになる。私も似たような心境だ。

 あれだけの衝撃だったから私たち以外にも犠牲者はいただろうと思ってたけど……ハルトの言う通り、タツキの口振りだと私が想像していた以上に多くの犠牲が出たように聞こえる。


『あの事故で、町そのものが消滅した。町にいた人全員が犠牲になったんだよ』


 爆弾第二弾。

 まさかの、町ひとつが犠牲に。


 あまりの衝撃に言葉を失う。

 そのあいだにもタツキの話は進んでいった。


『あの時犠牲になった人たちはみんな、強い魔力を浴びたせいで魂が変質してしまった。本来なら僕たちは地球が存在する魔力量が少ない領域で、ほぼ魔力を持たない魂として転生するはずだった。けれど魂が変質して強い魔力を持ってしまったがために地球側の領域で転生することができなくなって、魔力量の多いこちら側の領域で転生させざるを得なくなってしまったんだって』


 突然の伝聞口調。

 ということはこの話は、タツキ自身も誰かから伝え聞いた話ということだろうか。


『その際に転生先として選ばれたのが、そもそも魔力暴走事故を引き起こしたこの世界──強い魔力を持った魂が適合しやすい世界、というわけ』


 そう言いながらタツキは少し冷ましたお茶をまた一口。

 今度は問題なく飲めたようだ。満足そうに微笑む。


 ……て、いやいや。

 何だか壮大な話になってきたけど、気になる点が出てきた。


『何でタツキはそんなに詳しいの? というか、タツキ自身も誰かから聞いた話っぽく聞こえたんだけど』


 タツキは私の問いにどう答えるべきか悩むような仕草を挟んで、言いづらそうにぽつりと答えた。


『それは……僕が神様に会って、神様から事の全容を聞いたからだよ』

『神様?』


 今度はハルトが首を傾げる。


『そう。この大陸に暮らす人なら馴染み深い神様だよ。生命を司る神。イフィリア=イフィラ神。あ、信じてくれなくてもいいよ。でも、誰からこの情報を聞いたのかって問われたら、僕はそう答えるほかないんだ。だってそれが真実だからね』


 神様……神様、か。

 前世は不信心だったから神様なんて神話の中の存在で、実在なんて思っていなかったけど……。


 でもこうして前世の記憶を持って前世とは全く違う世界に生まれた身としては、神様が存在していてもおかしくないように思える。

 それに、タツキがわざわざここで嘘を言う必要もないだろう。


『私は信じるよ』

『俺も。まぁこの世界はこれだけ特殊なんだし、神様くらいいるだろ』


 二人してそう言うと、タツキは一瞬意外そうな顔をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。

 その姿がまだ少年の姿なせいもあるだろうけど、こういう顔をすると本当にうちの弟、可愛いわ。


『信じてくれてありがとう。イフィラ神の存在を信じて貰えたことだし、僕がイフィラ神に会った経緯も話すね』


 タツキは表情を改めて、視線を窓外に向ける。

 まるでその先に、思い出そうとしている光景が広がっているかのように。


『あの時──魔力暴走事故でみんなが命を落とした時、生まれてすぐ命を落として漂っていただけの僕の魂はほとんど損耗がなかったらしくて、魂が損耗していなかったからこそ直接神様に会い、対話することができたらしい』


 神様に会っていた時すぐ傍にリクの魂もいたんだよ、と言われたけれど全く記憶にない。

 反応できずにいると、タツキは小さく笑って『覚えてなくてもおかしくないけどね』と呟いた。


『僕がイフィラ神と会った場所は恐らく、人が存在する次元とは全く別の次元にある場所なんだと思う。気がついたら不思議な場所にいて、イフィラ神からあの時何が起きたのかを教えて貰って、あの魔力暴走事故で命を落とした全ての生命をこの世界に転生させるっていう話をされた。本来そんな特別な措置は取らないらしいんだけど、イフィラ神は自分の管理が行き届かなかったことを悔いていて……不慮の事故で命を奪われてしまった犠牲者たちへの謝罪の意を込めて、前世の記憶を持たせたまま転生させることにしたみたい』


 おぉ……そうだったのか。じゃあタツキは始めから私が前世の記憶を持っていることに気付いてたのかな。

 ……いや、そんなことはないか。


 思えば私が前世の記憶を取り戻す前、タツキが日本語で話しかけてきたことがあったっけ。

 でも当時の私はまだ前世の記憶がなかったから反応しなかった。だからタツキは私が前世の記憶を持っているという確信を得られずにいたのかも知れない。

 その結果、アルトンでハルトから手紙を貰うまで互いに互いが前世の記憶を持っているか否か確認できないまま過ごすことになったのだろう。


 タツキの話は続く。


『イフィラ神はあの魔力暴走事故の原因を探りたかったみたいで、唯一対話できた僕にその役を引き受けてくれないかって持ちかけてきた。もし引き受けるなら、神様が直々に名前を授けてくれるって条件で。最初は断ろうとしたんだけど、僕とリクの魂は繋がりが強過ぎて切り離せないから、神様から名前を付けて貰えなかったら僕は前世と同じようにリクの守護霊みたいになってしまうって言われて……』


 ここでタツキは私に視線を移しつつ、少し気恥ずかしそうな、控えめな笑顔を浮かべた。


『それでもよかったんだけど、でも神様から名付けて貰えたら僕の魂も強い力を持った魂に昇華されて、今世では精霊として生まれることができるって……リクの傍に生まれることができるって言われて、結局引き受けちゃった』

『タツキ……!』


 ちょっと誰か! この子可愛すぎるんですけど、どうにかして下さい!

 私は我慢できなくなってタツキを強く抱きしめた。

 前世では一緒に過ごせなかったけれど、それを残念に思っていたのは私だけじゃなかったとわかって嬉しくなる。

 そんな私の背中をぽんぽんと優しく叩いてから離れると、タツキは苦笑しながら続けた。


『僕の今世の名前の“ユハルド”はイフィラ神から名付けて貰った名前で、今世で僕が強い力を持っているのはイフィラ神の加護を得ているからなんだよ。その代わり、僕はイフィラ神に代わって魔力暴走事故の原因を探ることになった』


 ここにきてようやく、私はタツキの調べものが何なのかを知ることができた。想像以上に大変な調べもののように思える。

 実際、タツキの表情も芳しくない状況を示しているかのようだった。


『今はその取っ掛かりが“研究者”なんじゃないかと思って、“研究者”について調べてるところ。まだめぼしい情報は得られてないんだけどね……。これが僕が知る全てと、僕がずっと調べていたことについての全てだよ』


 そう締めくくって、タツキは肩を竦めた。


『実際はね、調べものについては全く成果が上がってないんだ。何せ“研究者”についてはいまだにしっぽすら掴めてないからね。今わかってるのは、リクたち一家が襲われたあの一件以降“研究者”の動きが一切ないってことくらいなんだ。でも“研究者”を何とかしないとリクもハルトも、イムもサラも安心して暮らせないでしょ? そう思うとね、例え何も掴めていなくても、折れずに頑張ろうって思えるんだ』


 ぐっと拳を握るタツキの表情は、活力に満ちていた。

 そんなタツキが愛しくて、私は再びタツキを抱きしめた。


 なぜタツキが私に手伝うなと言ったのか、ようやく理解した。

 相手は“研究者”で、私やハルトはその標的になり得る。だからタツキは私たちを危険な目に遭わせないために、手を出すなと言ってるんだ。


 ハルトもそんなタツキの気遣いを察したのだろうか。

 タツキの頭をぐりぐりと撫でる。


『俺のことまで心配してくれてありがとう、タツキ。でもな、無茶はするなよ。あと、一人で頑張り過ぎるな。必要な時は頼ってくれ。手伝うなってタツキは言うけど、俺にとってタツキは大事な友人なんだ。だから、困った時くらいは相談してくれ』


 そんなハルトの言葉がよほど嬉しかったのだろう。

 タツキは照れ臭そうな微笑みを浮かべた。


『うん。ありがとう、ハルト。じゃあ何か困ったことがあったら頼るから、その時はよろしくね』


 男の友情、いいね!

 聞いてるこっちまでちょっと照れ臭くなっちゃったけど、ちょっと羨ましい。


 あぁ、そうだ。私もマナに手紙を書こう。

 書くことなら山ほどある。本当は直接会いに行って話をしたいけどそれは難しそうだから、たくさん便箋を用意して、分厚い手紙を送ろう。

 そうしよう。



 ◆ ◇ ◆



 ばたばたと手持ちの仕事を片付けたり不在時の仕事の引き継ぎをしているあいだに、あっという間に出立の日がやってきた。

 私とハルトは陛下に同行するために目も回るような忙しさで走り回り、出発の時間ギリギリに滑り込むように全ての準備を整えた。


 何とか間に合ったけど、冷静に考えてみればどうして陛下に同行する必要があったんだろう……という疑問が浮かんでくる。

 仮にアールレインに行く必要があるにしても時間的猶予が三日しかない陛下の日程に合わせるのではなく、長期不在に向けて仕事の段取りをしっかり整えてから向かってもよかったんじゃないかな。


 そう考えると、一体どんな理由があってこんなにも急かされているのか……一抹の不安がよぎる。


 ともあれ事前に陛下から聞いた話では私もハルトもしばらく王都に滞在することになり、数ヶ月──場合によっては半年ほどイリエフォードには戻れないらしい。

 理由としては、王族の婚約手続きは複雑かつ手順が多いこと、そして婚約に伴う指導を私やハルトに施す必要があるからなのだとか。


 ある程度は覚悟してたけどそんなに長期的に拘束されるのか……とちょっと遠い目をしていたら、ハルトが事前に話さなかったことを謝罪してきた。

 ハルトが謝る必要はないんだけどね。そもそもそういう考えに及ばなかった私が悪いんだし。

 ただこの時の私は不在期間の仕事に関するあれこれが頭の中を巡っていて、その引き継ぎを三日でこなすのは途方もないなぁ……と思っていた。



 そんなわけで私のみならずハルトも長期的にイリエフォードを離れる関係上、領主代行として一度は引退した前領主のターブルさんが呼び戻された。ターブルさんはイリエフォード内に邸宅を持っているので、呼んだらすぐにきてくれた。

 立派なカイゼル髭も健在だ。


 そうして後顧の憂いをなくして、私とハルトはお父さんやサラ、クレイさん、シタンさん、ターブルさんに見送られながらイリエフォードをあとにした。




 道中私はいつも通り外の景色を眺め……つつも、これまでは決して起こりえなかった状況から必死に目を反らしていた。

 目を反らしている対象は、ハルトだ。


 これまでは立場上同じ馬車に乗ることはなかったけれど、今回は同じ馬車だ。

 誰かが気を回したんだろうか。だとしたら、そんな気遣いなんていらない……と思ったものの、よく考えたらおかしな待遇ではないんだなと考えを改めた。

 まだ正式に手続きがされていないとは言え、私はハルトの婚約者なんだ。だから同じ馬車でおかしいということはない。

 おかしくはないんだけど、慣れない状況にどうにも座りが悪い。


 一方で向かい側に座るハルトは話しかけてくることもなく、こちらを意識している様子もないので、私は平常心を保つべく頭の中で九九の暗唱に始まり、現在は素数を唱え続けたりしている。

 数字はいい。心を無にしてくれる……ってほどでもないけれど、無心で数値を追いかけ続けられる素数はなかなかのものだ。とは言っても学がないので途中から怪しくなって来るんだけども……。


「あ、黒狼」


 不意にハルトが声をあげて、頭の中で回していた数字がパチンと音を立てて弾けた。

 折角うまく気をそらしてたのに!


 しかし黒狼は放置できない魔物だ。

 ハルトの視線の先を追うと、確かにそこに黒狼の群れが見えた。結構な数が揃っている。

 護衛の騎士だけで対処できるのかな、あれ。


「30匹くらいいるみたいだけど、手伝う?」


 問いかけるとハルトはしばし考える仕草をしてから「いや、様子を見よう」と窓の外を注意深く観察し始めた。私も様子を見つつ、いつでも出られるように姿勢を直す。

 護衛の騎士は黒狼と同じ30人だ。と言っても、陛下の馬車や私たちの乗る馬車を守る騎士を除いて、だけど。


 大型も数匹混ざっていたからハラハラしながら様子を見ていたのだけど、そんな私の心配は杞憂に終わった。アールグラントの騎士は思っていた以上に強かった。

 思わず感心してため息をつくと、ハルトが小さく笑う。


「火竜の時は間に合わなかったけど、アールグラントの騎士団は対竜戦闘装備を整えて万全を期せば、竜相手でも戦えるんだよ」

「へぇ!」


 それは凄い。

 訓練された騎士とは言え神位種以外の人族が竜と戦えるなんて、ハルトがちょっと自慢げなのも頷ける。


「とは言っても、タツキが戦った風竜が相手だったら厳しかっただろうけどな。そもそも竜を地上に落とすのが難しいから、素早い竜が相手だと全滅する恐れがある。短時間とは言え空中戦が可能な俺でも地上に落とすことはできないだろうな。それを単独で倒したんだから、タツキは本当に強いと思うよ」

「うふふー、もっと褒めていいんだよ。うちの自慢の弟だからね!」


 タツキを褒められて上機嫌になっていると、ハルトがからかうような笑みを浮かべた。


「そのうち俺から見ても、自慢の義弟(おとうと)になるけどな」

「うぇっ!?」


 思いがけない返しに硬直する。

 そんな私の反応が面白かったのか、ハルトは声を押し殺したようにくつくつと笑う。


「そういう反応が可愛いからからかわれるんだって、ちょっとは自覚したらいいのに」

「かっ……!」


 い、今、可愛いって言った!?

 そんな言葉を異性から言われたことがない私は、二の句が継げずに絶句する。

 絶句しているあいだに、みるみる顔も熱くなる。


 どうしよう、ハルトはちょっと甘すぎない?

 それともいちいちキャパオーバーに陥る私がおかしいの?


 自問しながら頭を抱えていると、ハルトが隣に移動してきた。

 止めを刺しにきたのだろうか。


「そう身構えないで欲しいんだけど……無理そうならそれはそれで仕方がないから、ちょっとずつでいい。俺の隣にいることに慣れてくれ」


 こっ、殺し文句ー!

 免疫がない婦女子にそんな言葉かけたら駄目でしょう!

 あぁ、もう……もう、どうしようもないなぁ。


 私は観念して、思い切ってハルトに寄り掛かる。

 私だってくっついていたい気持ちがないわけではないのだ。ただ、恥ずかしさがそれに勝ってしまうだけで。


 するとハルトもこちらに少し体重を預けてきた。心拍数は上がるけれど、不思議と居心地がいい。触れたところから伝わってくる体温にほっとして、緊張していた体から力が抜ける。

 馬車の揺れと一定のリズムを刻む自分の鼓動、そして伝わってくるハルトの心音。

 穏やかな時間が流れる中、気付けば私は眠りに落ちていた。




 イリエフォードを出立してから七日。

 一行は無事アールグラント王国の首都アールレインに到着した。


 城下街を馬車が走れば沿道に詰めかけた人々が歓声を上げる。国王様大人気。

 かと思ったらハルトや私もなかなかの人気のようで、あちこちから名を呼ぶ声が聞こえた。どうやら私たちが同行していることは、すでにアールレインの人々に伝わっていたらしい。


 そのまま城下街を抜け、王城に向かう。今回は謁見もなく夜会が開かれるわけではないので、今着用している服装のまま王城に入る。

 今私が着ている服は、イリエフォードで事務補佐官として働く際に着用していた制服だ。イリエフォードにいる時は魔術師団のフード付きコートを普段着の上から羽織っていたことが多かったけど、今回は王城に向かうこともあって割とかっちりした印象のこの制服を選んだのだ。


 城に到着すると、当然のようにハルトが手を差し出してきた。これも今までなら慣れで何の気兼ねもなく手を取ることができたけど、今はちょっと気恥ずかしい。でも思い切ってその手を取る。

 馬車で移動中に吹っ切れて以降、私はちょっと積極的になった気がする。独占欲が強いと言われようとも、もうこの手は私のものなのだと主張するためにも、しっかり手を乗せる。

 そんな私の心情に気付いたのかどうか。ハルトは眩しい微笑を浮かべて私の手を引いて馬車から降りた。


 今日は特別行事は予定されてないから騎士の道もなければ貴族令嬢の悲鳴もない。けれど、前庭にいた貴族階級の役人や使用人たちが私たちの動向に注目していた。


 堂々と。

 初めてハルトにエスコートして貰った時にかけられた言葉を思い出す。

 そうだ、堂々としていよう。


 ハルトが貴族の令嬢のみならず、一般の女性たちからも憧れの眼差しを向けられることが多いのは私もよく知っている。だから恥ずかしがったり照れたりして、遠慮していてはいけない。

 堂々と、しっかりと主張しなければ。ハルトは私のものなのだ、と。



 王城に辿り着くと早々に王族専用の食卓がある部屋に呼ばれた。

 時刻は正午頃。昼食の時間だ。


 通された部屋は広く、長大なテーブルが部屋の中央を占居している。

 上座には国王陛下。その左右にはお妃様たち。その隣にノイス王太子殿下とミラーナ、そのさらに下座側にはイサラを除いた王族兄弟が連なって座っている。

 一体何が始まるのかと思ったら、普通に昼食会だった。


 私とハルトは正妃ハレナ様とマリク王子のあいだに座るよう誘導された。向かい側にノイス王太子殿下とミラーナがいる。

 ミラーナが目が眩むような美しい笑顔を向けてきたので、私も笑顔を返す。


「さて、皆揃ったところで食事を始めようか。……その前に、ひとつ報告しよう。この度、ハルトとリクが婚約することと相成った。ついては、二ヶ月後に行う予定だったノイスとミラーナの婚約式の際に、ハルトとリクの婚約式も執り行うこととする。皆、そのつもりでいるように」


 ……ん? 婚約式?? なにそれ。


 思わずハルトに視線を向けると、ハルトは首を傾げた。どうやら婚約式とやらはハルトにとっては当たり前の行事という認識らしい。だから私の疑問に思う気持ちには気付かないんだな……。

 了解了解。王族はやるのね、婚約式とやらを。


 イサラの時はやらなかったけど、多分イサラは王族から降嫁して貴族になるからやらなかったのかな。

 そんなことを考えつつ、ここにきてようやくなぜ陛下に同行してアールレインに来ることになったのかを悟る。ノイス王太子殿下とミラーナのその婚約式とやらに併せて私たちも婚約式をするとなると時間がなく、準備が間に合わなくなるからだ。

 私は半ば諦めの心持ちで視線を正面に戻すと、向かい側のミラーナも困ったような笑顔を浮かべていた。


 しかしこの国、夜会やパーティがやたら多い気がするんだけど、これがこの世界では普通なのかな。

 まぁ王城が賑わっている時は城下でもお祭りをやっているみたいだから、この国の人は基本的にお祭り好きなのかも知れないけれど。




 食事のあとは怒濤のタイムスケジュールとなった。

 ミラーナと色々話をしたいのに、お互いに二ヶ月後に向けてドレスの採寸をしたりドレスの布地やデザインを選ばされたり、これまである程度できていればよかった礼儀作法や歩き方を含む身のこなしとかもガンガン詰め込まれる。

 目っ、目が回る……!


 でも私よりもミラーナの方が大変そうだった。

 私は王太子妃じゃないからある程度教え込まれて終了だったけれど、ミラーナは徹底的に矯正されていた。元々ほぼ完璧だったものを、より完璧に。

 あれ以上完璧になってどうするんだと思わなくもないけど、ミラーナ自身が真剣に取り組んでいるので陰ながらエールを送っておいた。



 そうしてみっちり二ヶ月。完璧に仕上がったミラーナの神々しさが人族という存在を超えていた。

 美貌は言うに及ばず、所作から何から何まで、どこを取っても完璧だった。

 対して私はそれなりに礼儀作法を身に付けたものの、ミラーナには遠く及ばず。そんな状態でミラーナの隣に並び立つことになった。


 いや、ミラーナの引き立て役になるに吝かではないんだけどさ……なんだろう、この謎のプレッシャーは。

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