42. 婚約者
私はしばらくハルトの腕の中にいた。居心地がよすぎて離れ難い。
けれどいつまでもこうしているわけにもいかないので、思い切ってハルトの胸を押して身を離した。ハルトはちょっと残念そうな顔をしたけれど、逆らわずに解放してくれる。
目が合った。
何だか気恥ずかしい。
こういう時どうしたらいいのかわからず、誤摩化すように応接用のテーブルの上に置いた魔術書を取りに向かった。
変に緊張して足がもつれそうになる。四ヶ月寝たきり状態から復帰した直後を思い出してしまうほど、足下が不安定な感覚。
しっかりしろ、私!
「そう言えば、今日は何の魔術書を読んでたんだ?」
テーブル上の魔術書を手に持つと、背後から問われる。
「最近は竜のことを調べてるから、それに関わる魔術書と本を読んでるんだよ。この本は、竜が得意とする魔術についての本。って言っても竜の魔術に関してと言うより、竜の生態に関する考察を読むために借りたんだけど」
……ふぅ、何とか声が震えずに答えられた。
と、ほっとしたのも束の間、ハルトが私の肩口からひょいと手元の魔術書を覗き込む気配。
ひえぇっ!
今までこんなの何ともなかったのに、何なのこの落ち着かなさは……!
一人でてんてこ舞いだ。心臓が破裂しそう……。
「そんな風に緊張されるとこっちまで変に意識しそうになるんだけど」
「えぇー……」
そんな事を言われても、免疫がないから……。
あぁ、それ、言っといた方がいいのかな。うん、言っておこう。
「……あのね、前々から言おうと思ってたんだけど。ハルトはどうだか知らないけど、私、前世も含めて恋愛経験皆無だから。だからお姫様抱っことか抱きしめられたりとか……その、そういうのにいちいち動揺するの」
ちょっと前まではそういうのは止めて欲しいと思ってたけど、でも今はなぁ……両思いならいいのかな?
いやいや、でも加減して貰わないと寿命が縮み続けて早死にしそうな予感しかしないからなぁ。
「嫌だった?」
「嫌、ではないけども……。とにかくそういうことだから、お手柔らかに頼みますよ、と言いたかったわけで」
しどろもどろに答えると、背後から抱き竦められる。
言ってる傍から……!
思わず振り返ると、ハルトは優しい笑顔を浮かべてこちらを見ていた。そんな顔をされると何も言えなくなる。
私は出かかっていた言葉をぐっと飲み込んで、気を紛らわせるように手に持った魔術書をぱらぱらと開いた。
「ハルトは、両思いになったらくっついていたくなるタイプですか」
「え? いや、どうだろう。とりあえず今はまだ余韻に浸っていたいというか……」
「ふぅん……じゃあそのままでいいから、聞いて欲しいことがあるんだけど」
何とか平静を装いつつ、私は手元の魔術書のとあるページを開く。
そのページには竜が暮らす場所についての記述があった。
「この本にも書いてあるけど、ほかの本を見ても竜は本来魔力の強い地に棲み着くって書かれてるの。私が吸収した火竜の知識と記憶からも、棲み着く場所として魔力の強い場所を選ぶ習性があることがわかってる」
話しながら、該当箇所を指で示す。
「でもブライは特別魔力が強くもない『はぐれ山』に棲み着いていたでしょ? だからブライが『はぐれ山』に棲み着いたのはおかしいと思うの。この点についてブライにまだ何も聞けてないんだけど……」
喋っているうちにだんだん落ち着いてきた。
考えを巡らせながら喋ることに集中していれば、背中側の温もりに惑わされることもない……はず。
「あと火竜の記憶から、あの火竜が棲み処を追われて南下してきたらしいことも一応わかってはいるんだけど……なぜ南に向かってきたのかははっきりしないんだよね。一度ブライにも何でアールグラントにきたのか聞いてみて、場合によっては何かしら調査する必要があるのかも……」
「あのなぁ、リク」
考察を述べるのに夢中になり始めると、ハルトが呆れたような声を上げた。そして私の両肩を掴んで自分の方を向かせる。
近い! 近い!
「リクがこの国のことを考えてくれているのはわかるし、ありがたいと思う。けど、もしリクが自ら調べに行こうとしているのなら問題ありだ。仕事というものはそれぞれその道の専門家がいる。彼らの仕事を奪ってはいけない」
「うっ。そ、そっか」
それは、確かに。雇用を守るのも国の仕事か。
「でも、もし北に問題があるなら、行き先はほぼ確実に魔族領になるよ?」
「その時は冒険者を護衛として雇うんだよ。人族の冒険者で厳しければ魔族領側にも魔族の冒険者はいるし、問題ないだろう」
「でも危険任務だから人件費が嵩むんじゃ……」
「多分それも問題ないと思うけど、万が一国庫で賄えない事態になったら俺個人の資産がかなりあるから大丈夫。むしろ使い道のない巨額の魔王討伐報酬の支出先ができて嬉しい限りだな」
どんだけ巨額の報酬だったんだ。聞くのが恐いので聞き流すことにする。
斯く言う私もブライの件と火竜の件でかなりの報酬を貰ったから、そこそこ貯蓄があるんだけどね……。
被害が出る前の竜討伐であの額なのだから、実害が出ていた上にランスロイドが国規模で戦っていた魔王を討伐した報酬は、さぞかし想像を絶する額なんだろうなぁ。
考えるだけで恐ろしい。
いずれにしても、どうやら私が自ら向かう口実は作れそうにもなかった。
調査にかこつけてフォルニード村のマナに会いに行ったり、向かう方面によってはオルテナ帝国のアルトンに寄ったりもできるかなぁと思っていただけに、ちょっと残念。
いやいや、そういう下心があるから駄目なんだな。今回は諦めよう。
「とりあえず、これから陛下に無事婚約を取り付けた報告に行くから一緒に来てくれ。そこで今の話を陛下にも伝えてくれないか?」
「えっ!? 今から行くの!?」
思わず後ずさると、ハルトは重々しく頷いた。
「そもそもこうしてリクのところに来たのは、陛下に焚き付けられたからなんだ。きっと今頃結果報告が来るのを待っているだろう」
うわぁ……。
本当に、本当にこの国の王族一家は曲者が多すぎる!
そうは思うものの、そのことをよく理解しているからこそ私も諦めの境地に達する。
小さくため息をついて了承の意を告げ、ハルトと共に部屋を出た。
国王用の客室に着くと、私たちは早速陛下に報告を行った。
二人で現れた時点で察した国王陛下は終始満面の笑みを浮かべて上機嫌だった。どうやら私を王族一家に引き込もうとしていたのはお妃様たちだけではなかったらしい。
そんな風に思ってくれているのは嬉しいけれど、陰謀めいた何かがありそうで恐い気もする。曲はあれど、そんな人たちではないことはよくわかってるんだけども。
それから早々に婚約の話から切り替えて、竜の件について話をした。
私の話を聞いた陛下はしばらくく唸りながら自らの顎髭を撫でる。
「確かに気になる件ではあるな……。そのブライと言う黒竜と話をしてみたいとは思うが。火竜討伐の際に共に戦ってくれたとは聞いているが、私はその黒竜にはまだ会ったことがない。何とか対面する機会は作れないだろうか」
「タツキを呼び出せれば可能です。今呼んでみましょうか」
「頼む」
「では、呼び出しますが……タツキは呼びかけに応じると突然姿を現すので、ご了承下さい」
そう一言断りを入れて、私はタツキに念話を送る。
《タツキ、今忙しい?》
《……大丈夫だけど、何か急ぎの用事?》
《例の竜襲撃事件の不審点に関して陛下に話をしたんだけど、陛下がブライから話を聞きたいって》
《ああ……じゃあすぐに行く。あっ、そこに陛下はいるの?》
《目の前にいるよ》
《わかった》
タツキの返答を聞くと、私は数歩、陛下から離れる。
その動作でハルトも陛下もタツキが今すぐ現れることを察したようだ。
ほどなくして、私の隣にタツキが現れた。
最近タツキは魔王ルウ=アロメスに襲われることが増えたとかでよくボロボロになって帰還するんだけれど、今日はボロボロになってなかった。よかったよかった。
よかった……けど、うちの大事な弟をいじめるとは、許すまじ! 魔王ルウ=アロメス。
「御前にこのような形で失礼致します。お呼びと伺いました、陛下」
私が密かに魔王ルウ=アロメスに対して闘志を燃やしている傍らで、タツキは礼儀正しく跪かない略式の臣下の礼を取る。
「タツキ、よく来てくれた。何やらタツキも調べものをしているという話だったな。忙しいところを呼びつけてすまない」
「いえ、急ぎの調べものではございませんので。……ところで、ブライに話があると聞き及んでいます。この場でブライを現出させてもよろしいでしょうか」
「宜しく頼む」
国王の許可を得たのでタツキは一礼してから空中に両手を差し出した。
そこに黒い霧が集まり始め、すぐにその霧はひとつの形を成した。
小さな、手のひらサイズの黒竜の形に。
「何か御用か、主よ」
現れた黒竜ブライは主であるタツキに言葉を投げかけた。
タツキは頷きを返し、ブライに指示を出す。
「アールグラント王国の国王陛下がブライに話があるそうなんだ。わかる範囲でいいから、正直に答えるように」
「了解した」
指示を受けたブライはタツキの肩に移動すると室内を見回した。そしてその視線が陛下に向く。
この場で唯一ブライが知らない顔なのは陛下だけだから、すぐにわかったのだろう。
「人の国の王よ。我が名はブライ。我に話とは、如何様なものか」
ブライを見て驚いた表情をしていた陛下はブライの問いで我に返り、表情を引き締め直す。
「お初にお目にかかる、黒き竜よ。我が名はロラン=フォルト=アールグラントだ。黒き竜よ、そなたに問いたい。そなたはなぜこの国を新たな棲み処として選んだ? ましてやそなたが選んだのは小さく力なき山。力のある棲み処は魔族領にも、人族領の他所の地にもあろう?」
「……人族の王、ロランよ。その問いに答えよう」
竜は対話をする場合、礼儀を重んじる。
対話を望む場合は初対面ならばまず対話を望む側が名乗り、対話に応じるつもりがあれば名乗りを返すという手順を踏む……というのは、火竜の知識から得た情報だ。
私がブライと名乗りなしで話せたのと、先ほど対話を望む側の陛下より先にブライが名乗りを上げたのは、ブライがタツキの配下だからだろう。
私にそのつもりがなくてもタツキは私の使役する精霊であり、竜とは言えその精霊の配下ならば力関係の頂点に位置するのは私だからだ。まぁブライはそこまで私を敬ってはいないけど、無礼を許してくれるくらいには上位の存在だと認識してくれているようだ。
今回もタツキが陛下に敬意を払っていることから、ブライが空気を読んで先に名乗ったのだと思う。
「まずは何故この国を新たな棲み処として選んだのか、だったな。それは、そのように仕向けられたからだ」
「仕向けられた……?」
思わず呟いてしまって慌てて口を抑える。陛下の御前でとんだ失態だ。しかし陛下は「よい。疑問は全て口にするように」と発言の許可をくれた。
よ、よかった。
一方でブライも私の呟きに重々しく頷いた。
それから自らの記憶を探るように、視線が宙に向けられる。
「我がかつて暮らしていた山は魔族領北西部にあった。その山は大きく、一定の距離を置いて複数の竜が暮らしていた」
竜は排他的……と言うよりも個人主義で、繁殖期や子育ての時期を除けば単独で行動している。ゆえに互いに干渉しない距離を保つのが暗黙の了解になっている。
そんな竜がひとつの山に複数存在し、干渉せずに暮らせる山となると、とんでもなく大きな山であることは容易に想像できた。
魔族領にいた頃は比較的安全な魔族領中部や南部で生活してたから、北部にそんな山があるなんて知らなかった。
どうやら火竜も魔族領北西部には行ったことがなかったようで、火竜の記憶を探ってもそのような山の記憶は引き出せない。
「しかしある時、白神竜が現れた。白神竜は山で暴れ、我々を山から追い出した。そのまま追われ続けているうちにこの国に辿り着き、白神竜の追撃が途絶えた。ほかの竜がどうなったかは知らぬ。だが、あの圧倒的な存在がいる北方に戻る気にはなれなかった。ゆえに、この国に居を構えることにしたのだ」
「神竜?」
今度はハルトが疑問を口にした。
ブライはしばし考えるような仕草をして、ハルトに向き直る。
「神竜とは、竜族の中でも特別強い個体のことだ。人族で言う神位種、魔族で言う魔王種のようなものだな。ちなみに我も覚醒はしていないが神竜の端くれだ。覚醒を経れば黒神竜と呼ばれるようになる」
えぇぇ!? ちょっと、タツキ!
そんな希少な竜を分解・再構成しちゃってるの!?
反射的にタツキを振り返れば、私の視線に気付いたタツキはにこりと微笑んだ。
か、確信犯だ……!
前世のお父さん、お母さん。
今世のタツキはちょっとたくましくなりすぎてるかもしれません!
「それゆえに、我からしたら棲まう地の力の有無はあまり関係ない。我があの山を選んだ理由は単純に、我が棲み処として好ましかったからだ」
なるほど……確かに、ブライはそこに存在するだけでその土地を変質させてしまうくらい膨大な魔力を持っていた。『はぐれ山』で見た空気中に漏れ出ていた魔力を思い出せば、住まう地に魔力が湧き出ていなくても問題ないという言葉には頷ける。
問題は、その白神竜か……。そんな生物が魔族領にいるとは。
しかしそんな恐ろしげな竜がいる割に、その存在についての話をブライ以外からは一切聞いたことがない。火竜の記憶にも引っかかってこない。
「そうであったか。しかし、その白神竜とやらが気になるな。そやつは人族領までは追ってこなかったという話だが、そなたほどの竜でも恐れる力を持つ相手だ。今後も人族領に危害を及ぼさないとも言い切れん……」
陛下もその点が気になったようだ。顎髭を撫でながら眉間に皺を寄せている。
「僕もここ数年は魔族領を中心に活動していますが、そんな竜の話は聞いたことがないですね」
タツキがつぶやくと、ブライが困惑の表情になった。
あまり表情が変わったように見えないけれど、雰囲気からわかるくらいブライはその感情をあからさまに表している。
「主よ……我は正直に答えているのだが」
「あっ! ごめん、ブライを疑ってるって意味じゃなくて。その神竜はもしかして普段は姿を隠しているのかなと思って。もしくは人里には近付かないのかな。いずれにしても、火竜や風竜が南下してきたこととも関連がありそうな気がする」
慌てて弁解すると、タツキは再び思案に沈む。
「……魔族領北西部か。北部方面は危険だからまだ行ったことないけど、行ってみるべきなのかな」
それは駄目!
「それはならぬ」
私がタツキを止めるべく声を上げるより早く、陛下が制止の言葉を放った。陛下の声音は静かなのに有無を言わせぬ力を持っていて、タツキがびくりと肩を揺らした。
私も出かかっていた言葉が引っ込んだ。
「タツキよ、そなたもリク同様この国のことを案じてくれているのはわかる。そして恐らくこの国にいる誰よりも……それこそハルトやリクよりも強い力を持っているであろうことも、私は理解しているつもりだ。しかし、だからと言ってそなたを危険な地に向かわせるわけには行かぬ。なぜならば、そなたも最早我が国の民だからだ」
強く揺るがない、威厳に満ちた国王陛下の言葉にタツキも息を飲む。
普段ならばどこか一癖ある空気を持っている国王も、王として発言するとなると一気に別人のような雰囲気になった。
「この件に関しては、他国でも同様の案件が発生していないか確認をしつつ国をあげて調査すべきと考える。ゆえに、もしかしたらそなたらの力を借りることもあるかも知れぬ。しかし何事もまずは情報収集からだ。ここにはハインツがいたな? 彼にも手伝って貰おう。ある程度地固めができたら、それを基に調査計画を立てる。その際には友好国の魔王方にも協力を仰ぐことになるだろう」
てきぱきと今後の予定を組み立てた陛下は廊下に控えていたクレイさんを呼び出して改めて状況を説明し、今後の予定と現時点で行うべき各所への指示を出す。それを受けてクレイさんは一礼して部屋を出て行った。
あっという間の出来事だった。
ぽかんとして眺めていた私やタツキとは裏腹に、ハルトもすぐさま部屋を出て行った。ハインツさんへ情報収集を依頼しに行ったのだろう。今この場では、私もタツキも何の役にも立てそうになかった。
そう思っているのは私だけではなく、タツキもだったようだ。互いに顔を見合わせて気まずい表情になる。こういう時、王族方とは住む世界が違うんだなぁと痛感する。
「ところでリクよ。ハルトとのことを家族には伝えたのか?」
「あっ! いえ、まだです」
唐突に話を振られて慌てて応じると、陛下は先ほどまでの威厳はどこへやら。実に楽しげな笑みを浮かべながら顎鬚を撫でていた。
「大事なことだ、今すぐにでも家族に話してくるように。それと三日後、私が王都に戻る際にはハルトとリクにも同行して貰おうと思っている。その準備も始めておくように」
「はい」
タツキが怪訝そうな顔をしていたけれど一旦無視して、私は陛下に退出の挨拶をしてから部屋を出た。
タツキも後に続いて退出してくる。
「ハルトとのことって──もしかして、やっと?」
「やっとって……どういうこと?」
タツキの言葉の意味がわからず聞き返せば、タツキは苦笑いを浮かべた。
「いや、周りから見てたら正直焦れったかったから」
「えっ!?」
そんなにわかり易かった!?
いやいや、でも私無自覚だったし。
じゃあわかり易かったのはハルトの方かな??
いやいやいや、私は全く気付かなかったけど。
頭中で大量のハテナを浮かべているのが顔に出ていたのだろう。
タツキがくすくすと笑い始めた。
「どっちもそうだろうなぁって、傍から見てわかるくらいだったんだけどね。ハルトは自覚があって自制してる感じだったけど、リクは全く無自覚だったのかな。自分から近付くことはなかったけど、結構ハルトのことを目で追ってたよ?」
「えぇぇっ!?」
何それ恥ずかしい! 全く自覚がなかった。
そうだったかな。そうだったっけ?
全然思い出せないし、そんなつもりはなかったんだけど。
無自覚って恐ろしい……。
「まぁでもよかったよかった。早くイムとサラにも報告してあげなよ」
「タツキはどうするの? また魔族領に戻るの?」
さっき陛下から釘を刺されてたけど念のため確認すると、タツキは再び苦笑いを浮かべた。
「そのつもりだったけど、今魔族領に戻るのは得策じゃなさそうだから止めとくよ。僕の方の調べものは気長に探す覚悟はしてるから、ゆっくりでいいんだ。それよりも目の前の問題を片付ける方が大事だしね」
そう言われてふとあることを思い出す。
「そう言えばタツキ、私が二次覚醒したらどうしてこの世界に転生してきたのか詳しく教えてくれるって約束じゃなかったっけ!」
「……何だ、思い出しちゃったの」
「言わないつもりだったの?」
思わず眉をつり上げてタツキに迫る。
タツキはわざとらしいほどあからさまに目を反らして、気まずそうな顔になる。
「言わないつもりというか……今はタイミングが悪いかも。もう少し状況が落ち着いてからにしない?」
「そう言って、またうやむやにするつもりじゃないでしょうね」
うっ、とタツキが怯む。
図星か。
「タツキ?」
《……わかった。じゃあこうしよう。》
唐突に、タツキは念話で話し始めた。あまり周りに聞かれたくない話らしい。
わたしは一言一句聞き逃さないように耳を澄ます。
《前世でリクやハルトが命を落とした原因と、どうしてこの世界に転生してきたのかについては話すよ。けれど僕が調べているものに関しては、リクたちが前世で命を落とした原因について話す上で外せない内容になるから明かすけど、絶対に手伝おうなんて思わないで。それでいい?》
タツキの言からは全てを話す代わりに絶対に手伝うなという、言葉通りの強い意志が感じられた。同時に、その約束ができないなら何も話さないという意図も伝わってくる。
ならば、ここで手打ちにするしかないだろう。
《……わかった》
《よかった。じゃあ近いうちに、ハルトも交えて話そう》
仕方なく頷くと、タツキはほっとした顔になって「ほら、早く行こう!」と背中を押してきた。
はっ……そうだった、私これからお父さんとサラにハルトとの婚約の話をしに行くんだっけ!
ちょっと緊張しながらお父さんの部屋に向かう。
途中でタツキがサラを探しに行ってくれたので、お父さんの部屋に全員集まってから話すことになる。
しかし、何て言おう……。
ハルトと婚約することになりましたー! でいいかな。
うん、シンプルでわかりやすいし、それでいいか。堅苦しいのは抜きだ。
そう思っていたのに、お父さんの部屋に到着するとちょうど反対側の廊下からハルトが姿を現した。どうやらハルトの目的地もお父さんの部屋のようだ。
そ、そうか。陛下に報告した時点で婚約は確定事項なんだから、こっちの親にも報告するよね……多分。
こういうのはさっぱりわからないから、そういうものだと思っておくことにする。
「よかった、間に合った」
「一緒に報告するの?」
「当たり前だろ? 大事な娘さんのことなのに、許可を請う立場の俺が不在でどうするんだよ」
えぇー、そうなの?
それって結婚の話じゃないの??
「じゃあ私も陛下に、息子さんを下さい! って言っておけばよかったかな」
「いや、婿養子に入るわけじゃないし、そもそも焚き付けたのは陛下の方だから……」
そんなことを部屋の前で言い合っている内に、タツキがサラを連れてやってきた。全員揃ったのでお父さんの部屋をノックすると、間もなく扉が開かれる。
どうやらお父さんは私室の方でくつろいでいたらしい。手に本を持ったまま出てきた。
「どうしたの、皆揃って」
「あーその、ちょっと話があって」
ハルトの目が泳ぐ。一方サラはタツキから事情を聞いたようで、終始にまにましている。
その笑い方はやめた方がいいよ、サラ……。
お父さんは怪訝そうな顔をしていたけれど部屋に通してくれた。入ってすぐの応接室兼執務室のソファーにそれぞれ座る。
最初お父さんがハルトを上座に座らせようとしたけれど、そこはハルトが意地でも上座にはお父さんを座らせた。そのせいか、すっかりお父さんの顔が疑問符だらけになってしまっている……ように見える。
それぞれがソファーに腰を落ち着けると、ハルトは一度深呼吸をして咳払いをひとつ。
陛下相手に報告した時よりも緊張した様子で切り出した。
「えぇと、イム。そしてサラ、タツキ。リクの家族であるみんなに報告がある」
「……あ! あぁ、うん。なるほど。そういう話かぁ」
状況を察したお父さんのちょっと抜けた反応に、場の緊張感が一気に崩れた。
緊張していたハルトもお父さんの反応に苦笑している。
「……お察しの通りなんだけど、改めて。この度、俺とリクは婚約することになった。王族との婚約は基本的に破棄されないものだし、俺にはこの婚約を破棄するつもりが全くないから、ちょっと早いかとは思ったけれどきちんと言わせて貰おうかと思って」
え、何? 何を言おうとしてるの!?
思っていた話の流れと違うことに焦る私の横で、ハルトは居住まいを正した。
そして頭を下げる。
「必ずリクを幸せにします。だから、リクを俺の家族として下さい」
ひぇぇっ!
せっかく告白時の動揺から平常心まで戻ってきていたのに、またもや私は動揺の渦に落ちていく。顔も耳も熱い。
そんな私の向かい側では我が家族が朗らかな笑顔を浮かべていた。
「そんなに重く考えなくても。誰かと互いに想い合って結ばれるのは奇跡のようなものだからね。本来妖鬼は同族婚が基本だけど、元々リクはそういう型には嵌らないだろうなって思ってたから僕は反対したりしないし、二人が納得してるなら何も言わないよ。あぁ、でも幸せにはしてあげてね。リクは甘え下手だから、その辺は気をつけてあげて」
「ななな何言ってるの、お父さんっ!」
「甘やかしていいならそうしたいところだけど、本人が嫌がりそうだから程々にしとく」
「ななな何言ってるの、ハルトっ!」
もうやだ! ここの男性勢っ!!
恥ずかしさで涙目になっているとサラが立ち上がって手を伸ばし、私の頭をよしよしと撫でてくれた。
「よかったね、お姉ちゃん。ハルト殿下だったら私も安心してお姉ちゃんを任せられるよ」
「サラ……! っていやいや、だから、まだ婚約だからね!?」
「でも結婚まではほぼ確定なんでしょ?」
そうだよ、それは知らなかったよ!
まぁ王族だからそうなんだと言われたら納得せざるを得ないけども……。
でも口が裂けても「だったら婚約しません」とは言えない。
それは即ちハルトを手放すに同義で、そんなことをしたら即刻どこかのご令嬢に搔っ攫われるに違いない。
何と言うか……それは絶対に嫌だ。
これも口が裂けても言えないけども。
なので私は視線を床に向けつつ、ぽつりと言った。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
言った瞬間、ちょっと後悔した。すかさずハルトが抱きしめてきたからだ。
だから! と怒りたかったけれど、サラが「きゃーっ!」と嬉しそうな悲鳴を上げて、お父さんがうんうんと満足そうに頷いている姿を見て、水を差すことができなかった。
なので私の中の人物メモの、ハルトの性格欄に追記することにする。
スキンシップ過剰なので、ハルトに掛ける言葉には注意……と。




