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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第2章 人生の転機
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41. 告白

* * * * * リク * * * * *



 称号授与式のあとは庭園で大規模なお茶会が開催された。

 お妃様たちの主催なので、お妃様たちが集まった人々をもてなしている……はずなのだけど、気付けば三人揃って私を囲んでいた。


 美人さんたちに囲まれると緊張します。

 でもそれ以上に、お妃様たちのキラキラした満面の笑みがとても怖いです。


 そんな心中はおくびにも出さず、私は捕えられた宇宙人よろしく、左右の腕を側室のお妃様たちにがっちり掴まれていた。そのままひとつのテーブルに案内(連行)されて座る。拘束は解けない。

 私の左右に側室のお妃様たち──シアルナ様とレイア様が座り、正面に正妃のハレナ様が座ったところで給仕がやってきて、お茶の準備を始める。


 これから一体何が始まるのだろうか。

 雰囲気からして尋問としか思えないんだけど……。


 異様な緊張感を強いられることしばし。テーブルにお茶が出揃うのを待って、ようやく会話が始まった。


「リク、今回の件ではイリエフォードを守ってくれてありがとう。おかげで我が国の平和が保たれたわ」


 先鋒は正妃ハレナ様。

 役割的に順当なんだろうけど、いきなりラスボスが喋り始めた感が否めない。


「いえ……そんな大それたことを成したつもりはないのです。私はただ、大切な人たちと大切な場所を守りたかっただけです」


 とりあえず話を合わせておこう。

 とは言っても、話の行き先がわからなすぎてほかに言葉の選びようがないだけなんだけども。


「ふふ、先ほどの称号授与式典でもリクは我が国で暮らしていきたいと言っていたものね。あの言葉には私たちは勿論、陛下もとても喜んでいらっしゃったわ」


 にこにこ。

 朗らかに微笑むお妃様方につられて微笑みながらも、内心では戦々恐々としている。

 一体いつ、どんな本題を切り出されるのか……顔には出さないけれど、気が気ではない。


「ところで……」


 来たか……!?

 私は心中で臨戦態勢を整える。


「そのコート、ハルトのものではなくて?」

「……はい。用意して頂いたドレスは素敵だったのですが、ドレスに対して私が少々不釣り合いかと思いまして。わがままを言って、上着をお借りしました」


 よくない流れだ。

 不幸にも今日は空気が読める世界最強の助け舟・イサラがお子さんの体調が悪くて不在なのだ。

 私は独力で目の前に座る強敵と対峙せねばならない。


「まぁ! リクがドレスに不釣り合いだなんて、そんなことないわよ。その紫色のドレスも薔薇の意匠も、リクによく似合っているわ。でもそのコートとの合わせもとても素敵だと思うわ。リクは凛々しい服装も似あうのね」

「光栄です」


 にこにこにこ。

 うぅ、頬が引きつりそう……。

 和やかな話題のはずなのにこの緊張感。一体何なの。


「……ねぇ、リク。リクは確か今、十六歳よね?」


 唐突に、話題が変わった。

 私は思わず首を傾げ、「はい」と頷く。


「どなたか、心に決めた男性はいるのかしら」


 やっぱりそういう話題になるんですね。

 わかっていましたとも。


「おりません」


 きっぱりと答える。真実をしっかりはっきり伝えるのはとても大切なことだ。

 お妃様たちの狙いはわかっている。どうもこのお妃様方、私を王族の系譜に組み込みたいようなのだ。

 その流れで過去に何度か王族男子とのお見合いを組まれたことがある。が、そんな手段を取る一方で私の意思も尊重してくれているから、断れば無理に勧めてくることはない。


 そんな私の判断は正しかったようで、お妃様方は顔を見合わせて眉尻を下げた。


「本当に、そう思っているの?」

「本当も何も……そのような相手は思い浮かびません」

「……そう。なら、仕方ないわね」


 ハレナ様がそう言うと、両隣のシアルナ様とレイア様もため息をついて私を解放してくれた。


 やけにあっさり解放してくれたけど、一体何だったんだ……。






* * * * * ハルト * * * * *



 リクとタツキの称号授与式典が終わって三ヶ月が経過し、日々日差しが強くなってきた。

 夏だ。俺ももう十九歳になる。この世界では立派な大人だ。



 称号授与式典以降、ちょっとした変化があった。

 これまでリクに対して特別アクションを起こしてこなかったアールグラントの貴族たちが、こぞってリクに見合いを申し込み始めたのだ。授与式典でのリクの言葉がよほど心に響いたのだろう。

 俺もあの時リクの言葉を聞いて、これまで以上にその誠実さとこの国への思いの深さを実感した。

 それほどまでに、あの時のリクの言葉はリクという人物を多くの人に知らしめる力を持っていた。


 ……まぁ、リクに見合いの申し込みが殺到している理由はほかにもあるだろう。

 リクは──可愛いと思う。

 本人は無自覚なようだけど、素朴な顔つきと言うものにはミラーナ嬢のような正統派の美少女とは違う、素朴ゆえの愛らしさがある。そしてその素朴さは、不思議と周囲に安心感を与えるのだ。


 俺がリクに惹かれたきっかけは顔ではないけれど、そうと自覚してしまうと素朴なその顔も、くるくる変わる表情も、じっとしていられずあちこち飛び回っている姿も、大人しそうな外見に反して芯の強いところも、数々の武勇を持っているギャップも……何もかもが愛しく思えてしまう。


 気付いた時には完全に落ちていた。

 前世で受けた印象とはまるで違う印象だけど、もしかしたら前世でも親しくしていればこういう人物なのだと知ることができたのかも知れない。

 そうしたら前世でも瀬田のことを好きになっていたかも知れないな、と思う。


 自分の気持ちに気付くなり俺はリクを傍に置いておきたくて、イリエフォードに引き止めるために自分を支えてほしいと言ってみたり、タツキが二次覚醒したリクを魔族領に連れて行こうかと言ってきた時も引き止めたりした。


 我ながら必死すぎる。

 それだけ手放したくないのに、近くに引き止めておくのが精一杯。

 仮に気持ちを伝えて受け入れて貰えたとしても、その先に王族の伴侶としての苦労が待っているのだと思うと、この気持ちを伝える気にはなれなかった。


 それでも傍にいて欲しいと思うのは、勝手すぎるんだろうな……。

 このままただ引き止めているだけじゃ、いつかリクが誰かを好きになった時、あっさりその誰かの元へ行ってしまうだろう。

 そう思うだけで焦る。焦るけれど、結局何も行動に移せない自分の情けなさにため息が出る。




 そんなことを考えていたある日、珍しく父王がイリエフォードを訪れた。

 事前に通達は受け取っていたけれど、国王が王都を離れることは滅多にないのでちょっと驚いた。


 到着した国王を盛大に歓迎して、三日間の滞在と聞いているので本館上層部の中でも特に豪奢な部屋──元々国王が来訪した際にしか使われない部屋へと案内する。

 部屋の入り口まではクレイが先導して案内していたけれど、父王が唐突に「ハルトと話があるからしばらく人払いするように」とクレイに申し伝え、俺に対して国王用の客室に入るように促してきた。

 人払いまでするとは、一体どんな重大な話があるのだろうか。


 部屋の中へ入ると、まず最初に現れるのは応接間だ。この奥に執務室があり、そのさらに奥に私室がある。

 この造りは俺がこの館で使っている部屋とそう変わらない。


 父王は応接間のソファーに座ると、向かい側に座るように視線で示してくる。

 俺はその指示に従って父の向かい側に座った。


「さて……着いて早々ではあるが、今回私がここにきた理由について話そうか」


 父親と国王のあいだくらいの絶妙な空気を醸し出して、父王が口を開く。

 反射的に背筋を伸ばす。

 父がこのような空気を出す時は、決まって王族としての家族に関する大事な話をする時だ。


 家族に何かあったのだろうか。

 まさか、イサラが離縁を申し渡されて出戻ったとか……!?

 ……いや、それはないな。あそこは何やかんやで夫婦睦まじく暮らしている。

 じゃあ何だろう。

 可能性がありそうなのは、王太子であるノイスとミラーナの婚約話に影が差したとかだろうか。


 そんな風に思考していると、それを断ち切るように父王が切り出した。


「ハルトよ。そなたももういい年になってきた。今後どうするつもりでいるのかを聞いておきたい。このまま独り身でいるつもりか? それとも今後伴侶を得る気はあるのか。これは王族としてとても重要なことだ。私としては、そろそろ覚悟を決めて婚約者くらいは得て欲しいと思っているのだが」


 何とタイムリーな話題なのだろう。

 俺は思わず苦い顔をしてしまった。それを見て、父王はわざとらしく深いため息をつく。


「……国王命令だ、と言えば覚悟を決められるか? ハルト自身で決めないのであれば、こちらで相手を選定してしまうぞ」


 これまで父にこんなに踏み込んでこられたことはない。

 つい動揺して返す言葉が浮かばず黙り込んでいると、父が衝撃的な発言をした。


「決められぬか。ならば王命である。心して聞くように。リクを婚約者に迎えよ。リクにも王命としてそのように通達する。公表は早々に行おう。そうだな……三日後に私はここを発つが、王都に帰り着いたら即時公表するとしようか」

「陛下!?」


 まるで脅すような口調だった。

 ていうか何でここでリクの名前が出るんだ。いつかこうなる日が来るだろうと思っていたけど、出される名は名家の令嬢の名だとばかり思っていたのに……。


 …………あぁ、そうか。傍から見て、俺はそんなに分かり易かったのか。

 それとも父の察しがいいのか。俺の心情など、父からしたら容易に見抜けるということか。

 ならば俺の答えも自ずと決まってくる。


「お言葉ですが陛下。その命令には従えません」

「ほぅ。王の命令に従えぬと申すか。理由を述べてみよ」


 ニヤリ、と父が笑った。悪い顔だ。この国王は時々、親しい相手の前ではこうして子供っぽい顔をする。

 あぁ、この顔をしている父にこういうことを言うのは嫌だなぁ。だけど、このまま王命でリクを婚約者にするのはもっと嫌だな。

 そう思うからこそ、意を決して強い口調で言い放つ。


「理由ならばただひとつ。私が自ら申し込みますので、余計なお気遣いは結構、ということです。その結果断られた時はきっぱり諦めますので、予めご留意下さい」


 王に対してこの物言いは問題かも知れないけど、これは半ば父が言わせてるようなものだから気にしないことにする。父もその言葉を待っていたと言わんばかりに頷いているから、返答としては合格点だったのだろう。

 ちょっと腑に落ちない気もするが、こうでもしないと俺が動かないことは親として良く理解しているようだ。俺はまんまと逃げ道のない袋小路に追いつめられたというわけだ。


 だけど、父に伝えたのと同時に覚悟が決まった。

 言う。言うぞ。こうなったら当たって砕けろだ。


 俺はソファーから立ち上がると父に一礼してから部屋を出た。

 この決意が揺らがない内にと思い、そのままリクを探す。



 最初に向かったのは魔術師団の研究棟だ。

 リクはここにいる可能性が最も高い。びっくりするくらい魔術の研究にのめり込んでるからな……。


 しかしそこにリクはいなかった。

 すれ違った魔術師の青年に尋ねると、図書館にいるのでは……と探しにいこうとしてくれたので制止して、図書館に向かう。

 図書館は魔術師団の研究棟と本館の中間地点にあり、そう時間をかけずに辿り着いたけれど、そこにもリクはいなかった。

 となると、各庭園のいずれかか自室だろう。


 庭園となると探すのに時間がかかりそうなので、先にリクに割り当てられている部屋へと向かう。

 探すのに時間をかければかけるほど、断られたらと思う不安が膨れ上がっていく。


 いや、むしろその可能性の方が高いのだし、断られるであろう覚悟を決めておかないと……。

 そう思うのに、気付くと足取りが重くなっていた。

 あぁ、本当に情けないな、俺。


「あれ? ハルト、陛下のところに行ったんじゃないの?」


 項垂れていると、向かおうとしていた方向から声がかけられた。思わずびくりと体を揺らしてそちらを見遣る。

 そこには今正に探していた人物──リクがきょとんとした顔をして立っていた。

 手には分厚い魔術書。これから図書館へ返却しに行くつもりだったのだろう。


 しばしぼんやりリクを見ていると、リクが怪訝な表情で近寄ってきた。


「どうしたの。顔が真っ青だよ。体調でも悪いの?」


 そう言いながら手を伸ばし、俺の額に当ててくる。リクの手はひんやりしていて気持ちがよかった。


 反射的にその手を掴む。

 さぁ、覚悟を決めろ。


 俺は自分自身を鼓舞した。

 肺に空気を送り込み、真っ直ぐリクの目を見て、言った。


「リク、話がある。今時間はあるか?」






* * * * * リク * * * * *



 図書室で借りた本を読み終えた私は、本を返却すべく部屋を出た。

 するとそこには青い顔をしたハルトがいた。

 びっくりしたけれど、どうやら体調が悪いわけではなさそうだ。


 それを確認してほっとしたのも束の間、ハルトは私の手を掴むと話があると切り出してきた。何やら悲壮な様子に気圧されて頷くと、廊下で話すのもなんだからと思い、今来た道を取って返す。

 すぐに自室に辿り着き、入ってすぐの応接室兼執務室に入る。続いてハルトも入室する。


 一体どうしたんだろう?

 王様を迎えてからそう時間は経ってないけど、何かしら話はしたはずだ。その結果青ざめた顔になると言うことは、何かよくない報せでも聞いたのだろうか。


 そんなことを考えながらハルトにソファーを勧める。けれどハルトの反応は薄く、入り口に立ったまま動かなかった。まるで私の声など耳に届いていないかのよう。

 やっぱり何かよくない出来事でもあったのか……と思ったその時。


「……リク。正直に答えて欲しい。俺のことを、どう思ってる?」

「え?」


 予想外の話の切り口に、思わず首を傾げた。


 ハルトのことを、どう思ってるか?

 どうって……どういう意味で聞かれてるんだろう。


 私はうーん、と唸った。


「どう思ってるって、急に言われても……」


 言わんとしていることがさっぱりわからない。

 仕事の仲間としてのことなのか、それとも仕事抜きでのことなのか。


 判断できずにぐるぐると思考を巡らせていると、ハルトに右手を引かれてそちらに視線を戻す。

 その視界の中でハルトは私の手を取って、片膝を床に付けて跪いた。


 んん? 何だこれ!?


 突然訪れた理解の範疇を超える状況に、私の頭の中は混乱する。

 しかしハルトは私から一切視線を外すことなく、真摯な瞳を向けてくる。


 どきりとした。

 ハルトが以前、私に「支えて欲しい」と言ってきたあの時とよく似た真っ直ぐな瞳。

 きっと大切な話に違いない。

 私は居住まいを正してハルトを見返した。


 しかしこうして真っ正面から見つめ合うのも照れるね。ハルトは平気なんだろうか。

 ……なんてことを口にできるような雰囲気ではなかった。

 ハルトの瞳に決意の光が宿る。


「リクが嫌ならはっきりそう言ってくれていいから、聞いてくれ。俺は、リクのことが好きだ。その気持ちに気付いてから三年、自分の立場が複雑なこともあって何度も諦めようと思った。でも、諦めきれなかった」

「えっ」


 告げられた言葉に、思わず我が耳を疑った。


 今、ハルトは何て言った? 私のことを、好き……!? それも三年も前から?

 三年前と言えば、正にハルトから「支えて欲しい」と言われた頃だ。

 あの頃からそんな風に思ってくれていたってこと……?


 ハルトの言葉を認識するなり、カッと頬が熱くなるのが自分でもわかった。絶対赤面してる。

 そりゃそうだ。

 だって私、前世も今世もこんな言葉を貰ったことなんて一度もないもの!


 動揺する私を、真摯な瞳でハルトはじっと見ている。その視線に射抜かれて、私は一歩も動けなくなった。


 心臓の音がうるさい。

 心拍数が上がっているせいか、くらくらしてきた。

 足下が、頭の中がふわふわするっ……!


「いつかリクがほかの誰かを好きになって、傍からいなくなるなんて考えられない──考えたくない。リクが大事なんだ。ずっと俺の傍にいて欲しい。これから先、俺にリクを守らせてくれ」


 畳み掛けるように言われて、意識のふわふわ度が振り切れる。

 恋愛経験値が限りなくゼロの私では、とっくのとうに耳と脳と心臓の耐久力が限界値を突破していた。

 そんなこちらの心情を知ってか知らずか、ハルトはぎゅっと私の手を強く握った。


「だからもし、リクが嫌でなければ……俺と、婚約して下さい。どうか、俺との婚約を受け入れて欲しい……」


 こんなことを誰かに言って貰える日が来るなんて想像もしていなかった。

 ど、どうしよう。頭の中が真っ白だ……!

 ふわふわしすぎて、何が何だかわからなくなってくる。


 急に膝の力が抜ける。危うく倒れそうになった私を、ハルトが掴んでいた手を引いて抱き留めてくれた。

 それだけのこと。

 これまでだって似たような、お姫様抱っこをされたり抱きしめられたことはあったのに……今はこれまでとは比べ物にならないくらい動揺して、きゅっと心臓が締め付けられた。


 慌てて身を離したけれど、掴まれている手が熱を持って、その熱が全身に巡っていく。

 気恥ずかしさでハルトと目を合わせていられず、私は視線を床に落とした。


 何か言わないと。でも何を言えばいいんだろう。

 口を開こうとするも言葉が出ず、左手で顔を隠した。


 こういう時、ほかの人はどう返しているのだろう。

 前世で見た漫画やアニメ、ドラマ、映画……恋愛に関するあらゆる記憶を掘り起こそうとしたものの、動揺した頭ではうまく引っ張り出せない。


 そうこうしているうちに、ぽんぽん、と優しく頭を撫でられた。ちらりとハルトを見ると、少し寂しそうな、困ったような笑顔を浮かべていた。

 また心臓がきゅっとなる。


「困らせたな。ごめん。でもリクに俺の気持ちを受け入れるつもりがないのであれば、はっきりそう言ってくれ。どんな答えでも、俺は受け止めるから」


 諦め。

 ハルトの目にはそんな気配が宿っていた。


 私は咄嗟に違う、と思った。

 違う、ハルトが諦めるようなことなんてない。

 そんな顔をして欲しくない。

 何でそんなに寂しそうな顔をするの。


 手を伸ばして、ハルトの頬に触れる。

 温かい。ハルトは体温が高いのだろうか。


 ハルトに掴まれている右手を解いて、両手をハルトの背中に回し、ぎゅっと抱きしめた。

 何とも言えない安心感と、愛おしさがこみ上げてくる。

 そして、自覚する。


 ああ……私はハルトのことが好きなんだ。

 だからこんなに動揺して、緊張して、ふわふわして……嬉しいんだ。


 支えて欲しいと言われた時の喜びも、あの時ハルトを可愛いと思ったあの気持ちも、根底を辿ればそういうことだったのかも知れない。

 強い意志を持っていて、いつも頼もしいくらい堂々としているのに、三年前のあの時や今のように時々顔を出すハルトの弱い心が堪らなく愛しい。


「……リク?」


 ハルトの怪訝そうな声。

 ほどよく低くて耳に心地がいい、穏やかで安心する声だ。


 よし……私も覚悟を決めよう。

 私だってハルトが別の誰かを好きになってハルトの傍にいられなくなるなんて考えられないし、考えたくない。

 ハルトが頑張って伝えてくれたのだから、私も頑張って伝えないと!


 私は気合いを入れて改めてハルトから身を離し、ハルトに負けないくらい真っ直ぐにハルトの目を見た。

 琥珀色の穏やかな瞳が、困惑の色に染まっている。


「わっ、私も……」


 うぅ、声がひっくり返りそう……!

 耐えよ、私の心臓と声帯!!


 私は自らを叱咤激励して言葉を絞り出した。


「私も、ハルトが好き……。だから、ハルトの気持ちがすごく嬉しい」


 自分の言葉に自分で緊張して動悸が激しくなる。


「でも、婚約の件は……私でいいの? 身分も違うし、何もできないよ?」

「そんなもの関係ない。リクがどう思ってるかを聞きたい」


 はっきりと即答されてしまっては、もう答えなどひとつしかない。


「だったら、婚約の件……お受けします。私もハルトが大事だし、守りたいから。だから、これからもずっと一緒にいて下さい」


 言えた! 偉いぞ私!!

 私が勇者だ!

 魔王種だけど!!


 言い終えるなり自らを褒めちぎる。

 一方で頬がさらに熱くなってきて、ハルトと視線を合わせているのが恥ずかしくてつい目を反らしてしまった。


 ふとハルトが笑う気配。

 目を反らしたものの、怖いもの見たさに近い心理でもう一度ハルトに視線を向ける。するとそこには、三年前に見たものと同じような……あの時以上の眩しい笑顔があった。

 これが恋の成せる技か、本当に目が眩みそうになる。


 あぁぁ、何だろう。頑張って答えたのはいいけど、何だか落ち着かない気分になってきた。

 逃げ出したい。けれどここにいたい。


 相反する気持ちに翻弄されて、縋るようにハルトを見上げる。

 すると頬の両側にハルトが触れた。


 心臓が止まりそうになった。


 目を白黒させているうちにハルトの顔が近付いてきて、軽く唇が触れる。

 心象表現的に、ぼんっと頭が爆発した気がする。

 体に力が入らなくなってハルトにもたれかかると、ハルトがそっと抱きしめて支えてくれた。

 そして。


「あぁ……駄目かと思った。思い切って言ってよかった…………」


 安堵混じりのそんなささやきを聞いて、私はハルトを強く抱きしめ返した。

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