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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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4.【リク】四歳 魔術チートかと思ったら

 天歴2510年。私は四歳になった。


 現在、私たち一家は全力疾走で逃走中だ。

 母を先頭に、私を挟んで殿は父が担当している。


「セア、大丈夫!?」


 私は後方から問いかけてくる父に「大丈夫!」と手を振って答えつつ、走る足は止めない。止まった瞬間に捕まると思うくらい、追っ手の足も速い。


 四歳とは言えこの逃亡生活を続けていれば、ある程度は自力で逃げられるようになった。コンパスの短さは少し前から使えるようになった身体強化魔術で身体能力を上げてカバーしている。


 これ、端から見たら多分、私だけ早送りみたいな動きをしているんだよね。

 そう思うと笑ってしまいそうになるので早々に思考を切り替えて、逃げることに集中する。



 ちなみに追っ手は、魔王ゼイン=ゼルの配下たちだ。

 つい先ほど突然現れた魔族たちに「魔王ゼイン=ゼル様の軍門に下れ」と言われた瞬間から、この逃走劇は始まった。


 この世界には中央大陸、北大陸、西大陸、南大陸、東大陸、そしていくつかの群島がある。私が生まれ育ったこの大陸は東大陸で、その北側の半分近くを占める領域には魔族が多く生息している。

 この領域を人族は『魔族領』って呼んでるらしいんだけど、魔王ゼイン=ゼルはその魔族領内にある魔族の国のひとつ、ゼル帝国の皇帝だ。


 ゼイン=ゼル本人は獣種……四足歩行タイプの獣型魔族だ。ただ彼の国には色んな種類の魔族が住んでいるらしく、追っ手の姿も多種多様だった。

 四足歩行の獣種が二体に二足歩行する獣人種、魔に属する翼人種、人型の悪魔種が各ひとり。合わせて五名。


 ちなみに、こうして追われるのはこれが初めてではない。定期的にこういう輩が妖鬼を手下にしようとやってくる。

 これは私たち家族に限らず、ほかの妖鬼たちも同じような状況なのだろう。


 聞きしに勝るデンジャラスな生活だ。何せそれまで何でもない日常を過ごしていても、唐突にこういう輩が現れて追われることになるのだから。


 いつ追われるか、いつ襲われるかわからないがゆえに、本当に毎日「逃げる」「隠れる」「息をひそめる」を繰り返して常に警戒している。気が休まらない。

 前世インドアな私にとってはハードどころじゃない日々だ。


 でも妖鬼が定住できずに逃げ隠れしながら生活することには嫌でも納得せざるを得ないので、いい加減インドア気質とは決別せねばなるまい。

 そう思いながらも、やっぱりどこかで定住したい想いは消えないんだけども。



 そんな逃亡生活だけど、幸い妖鬼は足が速いという種族特性がある。さらに日々の逃亡生活で体力もつく。

 さらにさらに言うなら、恐ろしいことに妖鬼は食事も睡眠も基本的に必要としない種族なのだ。体力が続く限りノンストップで逃げ続けることができてしまう。


 ちなみに食事に関しては補助的な意味で少しは食べるけど、食事の必要性についてまるで考えたこともなかったらしい両親に、妖鬼と同じく食事・睡眠を必要としない精霊族のタツキがこんな考察を述べていたことがある。


 曰く。


「魔力の絶対量が多い種族は魔力を無意識に生命維持活動に回しているから、食事や睡眠の必要がないんじゃないかな。魔力は万物に変化する特殊な素材みたいなものだしね。でも食べれないわけじゃないし眠れないわけでもないから、場合によっては食べたり眠ったりする必要性が出てくるのかも知れない。例えば、魔力では補えないくらいの重度の怪我をした時とか、魔力を生命維持に回せないほど消耗した時とか。いずれにせよ、妖鬼は必要に駆られてその体質を手に入れたんじゃないかなぁ。だってゆっくりご飯食べたりたっぷり熟睡したりしてたら、急襲を受けた時に逃げられないもんね」


 なるほど、賢い。

 だけどそう思ったのは私だけのようで、両親は首を傾げていたけれど。


 恐らく両親はまだ、食事や睡眠の必要性を理解するような事態に陥ったことがないのだろう。

 食べないのが当たり前。眠らないのが当たり前。逃げながら生活するのが当たり前。

 幼い頃からそういう生活をしてきたのなら、両親の常識もそれに準じているはず。


 私がそれを恐ろしいと思うのは前世の記憶があるからで、それがなければ私も両親と同じ反応をしていたのだと思う。




 話は逃走劇に戻る。


 追っ手はしつこくもまだ追いかけてくる。これまでの生活で体力がついたと言っても、追っ手側の様子を見るにこちらの方が先に体力が尽きそうだ。

 こういう時は攻撃系魔術が得意な母が撃退するのが我が家の定石。


 私たちは一度立ち止まり、母が詠唱しやすいように父が追っ手に向かって掌を向け、


「惑え!」


 詠唱なしで幻術を発動する。幻術は妖鬼にとってはお家芸とも言える魔術なので、大抵の妖鬼なら詠唱無しで発動が可能だ。


 一瞬、霧のようなものが追っ手たちを包む。霧が晴れると、幻術にかかった追っ手たちが幻に惑わされて同じ場所をぐるぐると走り回っていた。

 それを確認した母は、私のお手本になるために丁寧に詠唱を始めた。


「総ての根源たる力よ、我が声を聴き、応えよ」


 第一節では魔術を繰るための魔力に呼びかける。

 この文言はどの魔術でも共通だ。


「其は空を渡るもの」


 第二節は攻撃魔術では属性を示す。

 空を渡るものは風属性を指定する文言だ。

 ここは魔術の種類毎に対応した文言に変わる。


「望むは大気を走る刃。

 その身を研ぎ澄ませ、集い、我が敵を切り裂け!」


 第三節は発現させる事象を述べる。

 術の威力を決めるのはこの第三節で、ここを詳細に述べることで事象をより細かに指定でき、指定した内容から必要魔力が決まる。

 必要魔力は威力だけでなく精密さや指定内容の細かさで変動するから、消耗する魔力量イコール威力というわけではない、らしい。

 今回は中威力のようだ。


 そして最後に。


「風刃!!」


 トリガーを引くように、望む事象を言葉にして魔力と共に放つ。


 シュパッと空を切り裂く音。

 目に見えない刃が幾つも飛んでいき、ぐるぐると走り回るゼイン=ゼルの配下たちを切り裂いた。


 飛び散る血。肉。

 次々と地面に倒れていく追っ手たち。


 きっと幻の中にいた彼らには何が起こったのかわからなかっただろう。声一つ上げることもできずに絶命した。


「うっ……」


 何度見ても慣れない光景だ。ちょっとだけ視線を反らして、悪くなった気分を何とか立て直す。


 本音を言えば、数日置きにこんなスプラッタと対面しなければならない日常からは脱出したい。けど、妖鬼である限りそれは無理なんだろうなということもわかってる。

 ままならないなぁ、と、この人生で何度目になるかわからないため息をついていると。


「さぁ、行きましょうか」


 死体の処理を終えた母が声をかけてきた。


 死体を放置して腐ると病を引き起こす。これは人族も魔族も同じだ。

 それゆえに母は火属性の魔術で敵の骸を焼き払ったのだ。そして何事もなかったように声をかけてきた。


 これだよ、これ。この切り替えの早さ。

 私もあれくらいにならないと妖鬼としてやっていけないんだろうなぁ……。


 再びため息をつきつつ、私は父母の後に続いてその場を後にした。




 これが、私たち妖鬼の日常だ。

 私にとって幸いだったのは、今世の母が激強だったこと。これまで無事に逃げ果せてきたのも父のアシストを得た母の高威力攻撃魔術のおかげなのだ。


 対して父は攻撃魔術では母に劣るけどアシスト能力が高い。常に絶妙なタイミングで今それが欲しかった! と誰もが思うであろう魔術をチョイスする。


 そんな両親から生まれた私はというと。


 どちらかと言えば、父寄りだった。というか、父以上に攻撃魔術がへっぽこだった。


 使えなくはないんだけど、どんなに第三節を長くして詠唱しても発揮される結果は一定、生活する上で使う分には役に立つというレベルで、戦いではまるで役に立たない威力。

 ちょっと泣けてくる。


 密かに魔術職で火力担当とか憧れてたのに……おかしいなぁ、妖鬼は魔術のエキスパートじゃなかったっけ?

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