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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第2章 人生の転機
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39. 願い

* * * * * リク * * * * *



 大切にしたい思いがある。


 ひとつはタツキを手伝いたいと思う気持ち。

 これは私がこの人生で初めて目標らしい目標を持つきっかけとなった思いだ。

 その気持ちは今でも心の中に存在していて、タツキが何を調べているのか教えてくれないことに不満を抱いたりもしていた。

 けれどいつかは教えてくれるだろうと……手伝わせてくれるだろうと信じている。

 その時には、前世では何もしてあげられず、今世でも守って貰うばかりでやはり何もしてあげられていない分を、ここぞとばかりに返そうと心に誓っていた。



 それとは別に、もうひとつ守りたい思いがある。


 それは、ハルトとの約束だ。

 支えて欲しい、とハルトは言った。

 私の目標が見つかるまででいいからとは言われたものの、私は真剣に……真っ直ぐに頼られたことが嬉しくて、そんな人生もいいな、なんて思っていた。

 だからイリエフォードに来て、あの約束をして以降はその約束を果たすべく──多少趣味に走ることはあったけれど、それでも私なりにハルトを支える努力をしてきた。

 そんな日々がこれからも続いていくんだと、思っていた。



 けれど、私は二次覚醒してしまった。

 今回の覚醒で私は、自分が人族にとって危険な存在に変わってしまったことを自覚している。


 身体能力がさらに上がり、感覚器官はより一層鋭くなった。

 保有する魔力量が大幅に増えた。

 魔力の回復速度も、大幅に上がった。


 竜と比べても遜色がない身体性能と能力。そして、魔力。


 竜はその膨大な魔力がその身から溢れることによって、環境に悪影響を及ぼす。

 これはブライと会った際にハルトが口にしていたことだ。そしてそれが真実であると、私は火竜から得た知識によって知った。このままではイリエフォードどころか、人里近くに住むこともできない。



 そして新たに得た能力──分解能力。

 あれはタツキ特有の能力だと思っていたけれど、私も使えるようになった。

 理由は間違いなく、魔王種として二次覚醒したからだ。あの激痛と不快感に襲われる前から、私の二次覚醒は始まっていたのだ。

 そこから推測するに、自分の体が自分のものではないような感覚になった原因も二次覚醒の影響だったのではないかと思う。


 ただ、タツキの分解能力と私の分解能力には違いがある。

 私の分解能力は分解した対象を吸収し、その知識や能力の一部を得る能力だ。対してタツキの分解能力は、純粋に分解する力のように思える。

 私の場合は分解から吸収まででひとつの能力だけど、タツキの場合は分解の段階で止めることもできるし、再構成の能力へと繋げてもいける。吸収能力はない。


 ともあれ、この能力も人族だけでなく、あらゆる種族にとって恐ろしい力に映るだろう。

 何せ私が敵意を向けた火竜のみならず、隣にいた黒竜のブライすらも恐怖を覚える力なのだから……。

 実際、あの時駆けつけたシタンさんたち騎士団からは恐れの感情が伝わってきていた。あの場で私に恐れを抱いていなかったのはハルトだけだ。



 そんな能力群に加えて、今回の二次覚醒では更に厄介な力が目覚めてしまった。

 それは、古代魔術の行使能力だ。


 古代魔術……それこそが、竜が扱う魔術だ。古代魔術には火竜が使おうとした核爆発レベルの魔術も含まれている。

 こんな恐ろしい力を使う気はないけれど……正直、行使能力を持っていると思うだけでも恐い。

 私に使う気がなくても、例えば今回みたいに竜が襲ってきた時に使わざるを得ない状況に陥るかも知れない。そう何度も分解能力が竜に通じるとは思えないし、使わなければいけないような状況になった時、果たして私は古代魔術を使わないという選択肢を選べるだろうか。その力を制御できるだろうか。


 正直、自信がない。そんな状態で使うわけにはいかない。

 けれど、必要に駆られて使う時が来るかも知れない。

 全ては懸念の範囲を出ないけれど、その時のことを思うと今後も人族領で暮らしていくのは厳しいように思う。



 ……そうだ、どうせもう人里近くには暮らせないんだから、魔族領に行こうか。

 魔族領に行って、この無駄に強い能力を封じる手だてを探って、同時に魔力が漏れ出ないようにする手段も探って……魔力問題を解決したら、またイリエフォードに戻れないだろうか。

 無理かなぁ。



 ああ、何で二次覚醒しちゃったんだろう。

 こんな力を持つことになるんだったら、二次覚醒なんてしたくなかったよ。


 二次覚醒する前に戻りたいな。



 戻れないかな……。






* * * * * ハルト * * * * *



 火竜が現れた日から三ヶ月が過ぎようとしていた。リクはまだ目覚めない。

 魔王種の二次覚醒とはこうも負担が大きいものなのかと、眠るリクを眺めながらぼんやりと思う。


 リクの横では仕事時間外は付きっきりでサラがリクの手を握り、ベッド横ではタツキとブライが代わる代わるリクから溢れ出る魔力を魔石に変換する作業を担っている。

 ああでもしないとイリエフォードの環境に悪影響が出てしまうからだ。


 それを危惧したタツキが一度、リクを連れて魔族領に行こうかと提案してきたことがある。

 でもその案には乗れなかった。せめて目覚めるまではここで様子を見たいと伝えると、タツキは困ったように笑って「わかったよ」と言った。


 以降、タツキとブライは延々とリクから溢れ出てくる魔力を魔石に変えている。

 魔石を入れるために用意した器は、すでに希少価値が高いはずの魔石で溢れつつある。それも核ばかりだ。それだけの量の魔力が延々とリクの中で作り出されていると言うことだ。

 魔術に優れている魔王種は金目魔王種なのではないのか。それとも紫目の魔王種も膨大な魔力を持っているものなのだろうか。


 わからないことだらけ。どうすることもできない状況。

 早く目を覚まして欲しいと、願うことしかできないもどかしさ。

 日々は淡々と過ぎていく。




 そんなある日、城から一通の書状が届いた。父王からだ。

 内容はリクの容態の確認と、リクとタツキに送る称号についての知らせだった。


 あの日、単独で王都(アールレイン)に向かったタツキは結構苦戦したらしい。

 イリエフォードに戻ってきたタツキはボロボロで、アールレイン側に現れた竜……風竜がブライ以上の強敵だったのかと思ったら、単純にタツキとの相性が悪かったから苦戦したのだそうだ。

 相手があまりに素早く、攻撃がなかなか当たらない上に魔術主体で攻撃してきたので戦い難かったらしい。


 しかし守りに関してはタツキが守護精霊としての本領を発揮して巨大な結界を展開してくれたおかげで、王都側の被害は最小限に食い止められたそうだ。

 今回は分解能力をほとんど使わなかったとかで、残った竜の体は国の方に任せてイリエフォードに戻ってきたらしく、後日竜から採取された素材がタツキの元に届けられた。


 竜は素材の宝庫だ。角、牙、爪、鱗、皮、皮膜、骨、そして側頭部に生えている魔石も、全てが高級素材。

 ちなみに肉も高級食材だ。肉に関してはさすがに運ぶには遠かったので、アールレインの方で消費されたらしい。


 そのタツキの功績とリクが火竜を倒してイリエフォードを守った功績を讃えて、国から二人に称号を贈ることになった。

 挙がっている候補はふたつ。『守護聖』と『救国の英雄』だ。

 個別では『火竜の狩人』、『風竜の狩人』、『火聖』、『風聖』といったものが挙がっている。……うん、これは凄く嫌がりそうなラインナップだ。絶対にどれかが与えられるのだと考えたら、やっぱり『守護聖』が一番マシなんじゃないだろうか。


 俺は紙とペンを用意して、父王への返信を(したた)める。

 リクの容態については、まだ目覚めていないことを。称号に関しては『守護聖』がいいのではないか、と書いて、文面を整えて封筒に仕舞う。

 それから封蝋をしてクレイに父王に送るように頼んでおいた。



 その後はいつも通り一日の仕事をこなして、六の鐘の頃に仕事を終えた。

 大きく伸びをして執務室を出ると、最早日課となりつつあるリクの見舞いに向かう。


 しかしさすがに三ヶ月も目覚めないと不安になってくるな。

 受け入れた力があまりに大き過ぎて受け止め切れず、このまま目を覚まさないなんてこともあるのでは……と嫌な想像が浮かんできてしまう。

 うっかり暗い気持ちになりかけたところで慌てて頭を振り、思考を切り替えた。


 リクの部屋に着くと、今日はサラがいなかった。代わりにイムがリクの手を握っていた。

 珍しい光景だ。


 妖鬼は十歳で独り立ちする。

 それゆえか、イムはリクやサラに対して親としての態度は取るものの、余計な干渉をしたり過保護な行動に出ることはない。リクが眠ってからも様子を見に来ることはあっても、手を握ったりはしなかった。


「あぁ、ハルト。お疲れさま」

「うん、イムもお疲れさま。珍しいな、イムがそこに座ってるなんて」


 こちらに気がついたイムに声をかけると、イムは小さく微笑んだ。


「人族領に来てからいろんな人族の親子を見てたらさ、もっと子供に関わってもいいのかなって思うようになったんだ。リクは小さい頃からしっかりしてたから安心してたんだけど、今思えばもっと甘やかしてあげてもよかったのかなって……今こうしていつまでも目を覚まさないリクを見ていたら、何だかそんな気持ちが強くなってきてね」


 その微笑みが沈痛なものに変わる。


「まさか、魔王種であることでこんな風に苦しむことになるなんて……僕が代わってあげられたらいいのに」


 小さな呟き。

 ああ、そういう台詞、前世でよく親が言ってたな。風邪をひいて高熱にうなされていたら、「代わってあげられたらいいのに」って言ってたっけ。


 そう思うのが親の心理なのかも知れない。そしてそれは世界も種族も関係ないものなのかも知れない。

 イムたちは妖鬼という特殊な種族に生まれたからそうしてこなかっただけで、今のイムの言葉から、妖鬼も根底は人族の親とそう変わらないんだなと思った。


「そう思うなら、これからはリクもサラも目一杯甘やかせばいいじゃないか。リクは絶対に目覚めるよ。それからでも遅いことはない」

「……そうだね。サラにも僕からは何もしてあげられてないし、リクが眠っているうちに、二人に何をしてあげられるか考えておこうかな」


 そう言うと椅子から立ち上がってこちらに寄ってきた。


「じゃあ、ちょっと考えてくるからあとはよろしく」

「……は?」


 よろしくって、何が?

 疑問を口にする暇も与えずイムはにっこり微笑んで俺の肩を叩くと、そのまま部屋を出ていってしまった。

 何なんだ、一体……。


 そう思いながら部屋側に向き直ると、窓際で魔石を生成しているタツキがくすくすと笑っていた。


「何かおかしいことでもあったか?」

「うぅん、何も……いや、そうだな。敢えて何かあるとしたら、イムは変わったなぁってところかな」

「あぁ、それは俺も思ったけど」


 でもそれって笑うところか?

 ……まぁいいか。


 俺はイムがいなくなったベッド横の椅子に座る。

 リクの顔色は悪くない。むしろ血色はいい方だ。

 なのに目覚めない。


「……そう言えば今日、陛下から手紙がきたんだけど。リクとタツキに送る称号についての相談があって、候補の中から二人があまり嫌がらなそうなのを勧めといたから」


 ふと思い出して口にすると、「へぇ?」とタツキが相づちを打つ。


「どんなのを勧めてくれたの?」

「『守護聖』だよ。ほかは『守護聖』以上に二人とも嫌がりそうなのがずらりと並んでたからなぁ……」


 リクは異名の『瞬速の狩人』を嫌がってたから、狩人系はアウトだろうなと思って省いた。

 『英雄』と付くのも恐らく嫌がるだろう。イムにその称号があると知った時のリクとタツキの反応が何とも微妙だったから、間違いないだろう。

 『火聖』と『風聖』はそう考えると悪くもないのかも知れないけれど、そのうち『水聖』とか『地聖』とか、シリーズ化されそうだなぁと思ってとりあえず省いておいた。この二人ならいつか竜討伐の全属性制覇とかしそうだし、その都度授与式典を開かれるくらいなら『守護聖』で一括りにしてしまった方が後々面倒がなくていいか──と思ったんだが。


 ふと見ると、タツキが半笑い状態になっていた。


「……まずかったか?」

「う、うーん……僕はいいけど、リクはどうかなぁ。『守護聖』って、アルトンでも異名として付けられてたけど、リクが必死に火消ししてたから」

「えっ」


 何と。それはまずかったかも知れないな……。

 でも他の候補もなぁ?


 ちょっと心配になってタツキに他の候補について伝えつつ、こういう理由で省いたという旨を話したところ、タツキとしても『守護聖』が一番マシだという回答を得た。

 それならもう『守護聖』でいいよな。

 リクには申し訳ないけれど、今度は国から送られる称号だから火消しはできないぞ。

 目が覚めたら早々にそのことを伝えて、覚悟しておいて貰おう。






* * * * * リク * * * * *



 暖かい日差しが瞼に当たる。その光に誘われるように、ゆっくりと瞼を押し上げた。

 すると、目覚めたばかりではっきりしない視界の中にひょこっと顔を出す人物が。タツキだ。


「目が覚めた? リク」


 ぼんやりとした意識をそちらに向け、こくりと頷く。

 頭がぼんやりしているせいか、まだ眠っていたいような気持ちになる。


 あぁ、でももう起きなきゃ。一体何時間寝てたんだろう。

 今日はいつ? ていうか今何時!? もう仕事の時間じゃないの!?


 そんな思考がよぎった瞬間、私は跳ね起きた。


 遅刻!!


 その単語が全身の血の気を引かせる。

 血の気が引いたせいか、目眩がしてまたぱたりとベッドに倒れ込んだ。


「あぁ、そんな急に起き上がったら駄目だよ。もう四ヶ月も寝たきりだったんだから、筋力も落ちてるでしょ」


 ……ん? 何ですって?

 四ヶ月も寝たきりだった……!?


 驚きで目を見開いていると、タツキが水の入ったコップを持ってきてくれた。

 背中を支えてもらいながら半身を起こして水を飲む。

 あー、水が美味しいっ!


「……あ、あーあーあー。ん、よし。何とか声は出る」


 まだちょっとかすれてるけど喋れなくもない。


「あー……そっか、そうだったね。二次覚醒して身体能力も感覚器官も強くなってるんだっけ。だったら案外すぐに元の生活に戻れるかも」

「そう?」

「うん。ひたすら自分に治癒魔術と身体強化魔術をかけながら部屋の中を歩き回ってみなよ。普通にリハビリするより早く復帰できると思うよ」

「おぉー、なるほど! タツキ頭良い!!」


 確かに落ちた筋力を身体強化魔術で補って、落ちた体力を治癒魔術で回復すれば長時間歩き回ることも可能だろう。歩き回ればリハビリになるし、タツキが普通にリハビリするよりも早く体力と筋力が戻ってくると言うのも頷ける。


 よし、早速!


 私は自分に治癒魔術と身体強化魔術をかける。ついでに万が一転倒した時に備えて結界魔術もかけておく。

 リハビリで怪我してたら笑えないしね。


「手ぇ貸そうか?」


 タツキが補助を申し出てくれたのでありがたく手を貸してもらい、ベッドの縁に座ってからゆっくりと立ち上がった。少し違和感はあるけれど身体強化魔術のおかげで無事立ち上がることができた。

 そのまま数歩タツキに補助して貰ってから自力で歩いてみる。


 うんうん、案外大丈夫。でもまだ走るのは無理そうだな。足下が不安定な気がする。

 いくら体力と筋力を補っても、体を動かす感覚が戻らないとどうしようもないようだ。


 そのまましばらく自室内を歩き回る。

 カーブは大丈夫だけど、急に向きを変えるのはまだ足がもつれそう。

 なるほどなるほど、大分今の自分の状態が把握できてきたぞ。


 疲れを感じては治癒魔術をかけつつ、タツキから私が目覚めるまでの間にあった出来事を聞きながら歩き回ることしばし。

 部屋の扉がノックされた。


「どうぞー」


 つい癖であっさり許可を出す。

 まぁ気配で誰だかわかるし。幸い感覚器官はリハビリなどしなくても鈍ることなく働いているようだ。むしろ二次覚醒のおかげで以前よりも色んなことが感知できる。


 扉の前の気配が一瞬息を飲んだのもはっきりと知覚する。

 まぁ四ヶ月も寝たきりだった人が普通に応答したらそりゃびっくりするよね。

 うんうん、と共感していると、勢いよく扉が開かれた。予想通り、そこにいたのはハルトだった。


「リク! 目が覚めたのか!!」

「うん、覚めた覚めた」


 駆け寄ってきたハルトに軽い調子で答えた瞬間、唐突に抱きしめられた。

 ふぉぉっ、なになに! 本当に免疫ないんだから勘弁してっ!

 ……と思ったけれど、ちょっとだけハルトが震えていることに気付いてしまったのでされるがままになっておく。


「ハルトは心配して、毎日様子を見にきてくれてたんだよ」


 横からタツキがそう言うと、「そういうのは黙っててくれよ……」とハルトが返し、タツキが笑う。


「いいじゃない、リクだって嬉しいよね?」

「えっ? あー、うん。心配してくれたんでしょう? ありがとう、ハルト」


 よしよし、とハルトの背中を撫でてあげるとさらに力を込めて抱きしめてくる。

 いやいや本当、ご心配をおかけしたようで、どうもすみません。


 しばらくそうしていたけれど、落ち着いたのかハルトが離れた。


「イムとサラを呼んでこないと。あと陛下たちにも知らせないとな」


 そう呟くと、すぐに部屋を出ていった。

 忙しないなぁ。


 そんなことを思いながらも私は私で上がった心拍数を落ち着けるべく深呼吸しながら、ベッド横の椅子に座る。

 本当に免疫ないんだから勘弁して……って、あぁ、そうか。そのことを伝えてないんだからわからないか。

 今度ちゃんと言っとかないと、お姫様抱っこと言い今回のことと言い、心臓がもたないわ……。



 深呼吸を繰り返して心臓を落ち着けていると、間もなく父とサラがやってきた。起き上がっている私の姿を視界に収めたサラは、大きな瞳を涙で潤ませながら思い切り飛びついてきた。

 何とかキャッチ成功! 身体強化魔術使っといてよかった……!


 後から入ってきた父もちょっとだけ泣いていた。

 重ね重ね、ご心配をおかけしてすみません……。


 ああ、でもこうしてみんなが喜んでくれているところに水を差さないといけないなんて……。

 だからと言って、このままというわけにもいかないだろう。


 私は一度大きく息を吸って、ゆっくり吐き出した。

 そして意を決してこの場にいる家族に告げる。


「あのね、私……二次覚醒して、このまま人族領で暮らすのが難しい状態になっちゃったの。眠ってるあいだはタツキやブライが何とかしてくれてたって聞いたけど、そんなことをこの先もずっと続けるなんて無理だと思う。だから私、イリエフォードを──アールグラントを、出ようと思う。魔族領に行って、魔力制御の方法を探してくる」


 真剣な顔でそう伝えると、父とサラは顔を見合わせた。タツキは傍らで私から溢れ出ている魔力を魔石に変える作業を続けてくれている。

 何だか思ったより反応が薄いんだけど、これは了承を得たと思っていいのかな……?


 私は戸惑いながら、父とサラの顔を覗き込んだ。

 すると。


「リク、その必要はない。リクはここにいていいんだよ」


 最初に口を開いたのは父だった。

 ど、どういうこと……?


「リクはずっと、寝言でここにいたいって言ってたんだよ。タツキの力にもなりたいけど、ハルトの支えにもなりたいんだろう?」


 えっ!? 寝言でそんなこと暴露してたの!?

 うわっ、恥ずかしすぎる! 穴があったら入りたい……。


「でもここで暮らしていくにはあまりにも魔力が強すぎる。魔力が強すぎると環境に悪影響を及ぼしてしまう。リクはそれを気にしているんだろう?」


 問われて私はこくりと頷く。

 すると父がふわりと柔らかい微笑みを浮かべた。


「だから僕とサラとタツキとブライ、あとは魔術師団の人たちにも協力して貰って、こんなものを作ってみたんだ」


 父に促されてサラが満面の笑顔で差し出してきたのは中央にアメジストのような色の石が一つと、その左右にホワイトオパールのような遊色効果の入った乳白色の石が二つ嵌め込まれている銀の腕輪だった。


「これはね、お姉ちゃんの魔力から作った魔石なんだよ。この魔石に刻んだ魔法陣は、魔石と同質の魔力を吸収してその魔力で魔石を生成するように術式が組まれてるの。中央の紫の魔石がメインの魔法陣で、白い魔石が補助の役割。そうして生成された魔石は、タツキの精霊石の中にある異空間に転送されるように腕輪本体に魔法陣が刻んであるの」


 言われて目を凝らすと、確かに魔石にも腕輪にも魔法陣が刻み込まれていた。

 ていうか今、転送って言った!? すごい、まさか眠っている間にサラたちが空間魔術の術式を組み上げるなんて……!


 みんなで色々と考察して作り上げたのだろう。かなり複雑な術式と魔法陣の配置で組まれている。

 私の持つ火竜の知識でも解読できないような魔法陣もいくつか混ざってる。恐らくこの辺りが転送に関する魔法陣なのだろう。


「お姉ちゃんが眠っているあいだに何度か試験して、問題なく稼働することは確認済みなの。だからお姉ちゃんはここにいても大丈夫なんだよ。安心して。ね?」


 サラは眩しい笑顔を浮かべながら私の左手側に腕輪を付けてくれた。それを確認して、タツキが魔石の生成を止める。

 私は恐る恐る、周囲を見回した。


 ……ない。見えない。

 空気中には一切、蒼い光が混ざっていない。


「……凄い、全然魔力が漏れてない」


 半ば呆然と呟くと、ぽすん、と頭に手が乗せられた。父の手だ。

 そのまま優しく頭を撫でられる。何だかすごく久しぶりの感覚。


「ほら、問題ないだろう? だからリクはリクの望み通り、ここにいていいんだよ」


 柔らかい父の声がゆっくりと浸透するように、少し遅れて私の理解が追いついてくる。

 じわりと涙が押し出される感覚に、喉がひきつりそうになった。


「……あり、がとう。嬉しい、うっ、嬉しいよぉ……!」


 ここを出て行かなければと思っていた。

 そう考えるだけでとてつもなく悲しかった。

 けれど、まだここにいてもいいんだ。

 そう思ったら嬉しくて、安心して、とめどなく涙が溢れた。


 すると父が優しく私を包むように抱きしめてくれた。これまで一度もそんなことをしてくれたことはなかったのに。

 温かい。優しい匂いがする。

 大きな安心感に包まれて、私は声をあげて泣いた。




 泣き止んだあとはサラが父を押しのけて私にくっついてきた。


「えへへ。お姉ちゃん、大好き!」


 くぅ、なんて可愛いことを言うの、この子は!

 まだ十歳にも関わらずしっかり者のサラだけど、時々こうして甘えてきてくれるのが本当に嬉しい。

 そしてそんなサラが父やタツキたちと一緒に私のために頑張ってくれたのだと思うと堪らなくなって、いつものように私の方からサラをぎゅっと抱きしめた。


 サラだけじゃない。

 お父さんもタツキもブライも、魔術師団の皆も……そして、恐らくハルトも。私のために手を尽くしてくれた周囲の気持ちが温かくて、胸が一杯になる。

 前世は後悔まみれのまま思わぬ形で終えたけど、今世は幸せな人生を歩いているんだと実感して、心の底から嬉しくなった。


 最初こそ妖鬼で逃げ回る生活がしんどかったり、魔王種であることで先々に不安があったり、二次覚醒した時なんかは人生に絶望しかけたりもしたけれど……私、この世界に生まれてきてよかったなぁ。

 そう思えるからこそ、前世では全うできなかった人生を、今度こそ後悔しないように生きていこうと決めた。


 目標は、寿命までしっかり生きること。

 途中で病気や怪我をしないように気を付けないと。

 それで、今度こそ最期には笑っていたいな。


 私は幸せな気持ちに浸りながら、そんなことを考えていた……。

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