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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第2章 人生の転機
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38. 紅蓮の嵐と更なる覚醒

 タツキはすぐさまアールレインに向けて飛び立った。

 精霊特有の空中移動に加えて何かしらの力を使っているのだろう。あっという間にその姿が見えなくなる。

 それを見送ると、私とハルトとブライは急いで騎士団長であるシタンさんの許へ向かった。

 予想通り廊下は寒かったけれど、今はそれどころじゃないから我慢我慢……!


 シタンさんは恐らく軍務棟にいるはずだ。軍務棟は魔術師団の研究棟側からは本館を挟んで反対側にあるので走って移動する。

 途中すれ違った人たちが驚きの表情を浮かべていたけれど、私とハルトが緊迫した顔をしていたせいか、すぐに道を譲ってくれた。


 軍務棟に辿り着くと、すぐさまシタンさんがいるであろう最上階を目指した。

 階段を上るのがまどろっこしくて各階から踊り場、踊り場から次の階まではジャンプひとつで登っていく。さすがにハルトは強化なしでそんな芸当はできないようだったので、途中でハルトに身体強化と結界魔術を付与した。

 そうして最上階に辿り着くと、ちょうど執務室から出てくるシタンさんとかち合った。行き違いにならなくてよかった!


「これは殿下、リク殿。どうかされましたか?」


 私たちに気づいて驚くシタンさんに、ハルトは事情を説明した。

 北方からこのイリエフォードに竜が一匹向かってきていると。

 するとすぐさまシタンさんの表情が険しくなる。


「それは本当ですか?」

「本当だ。竜の知覚と感覚を信じるのであれば、即刻守りを固めよ」


 シタンさんの疑問に応じたのはタツキが置いていってくれた小型のブライだ。

 その姿にぎょっとするも、竜の感覚器官が全ての種族において飛び抜けていることはシタンさんも知っているようだ。神妙な表情で頷く。


「すぐさま対竜戦闘の軍備を整えます」

「頼む。私たちが先行して迎え撃つから、万が一街へ到達される事態になった場合に備えてくれ。騎士団の指揮はシタンに任せる」

「はっ。お任せ下さい」


 素早い動きで階下へと降りていくシタンさんを見送り、私はすぐさま近くの窓に駆け寄った。

 ここは五階だ。二階層半ほど下に城壁が見える。

 建物と城壁までの距離は……十メートルくらいか。強化すればいける。


「ハルトはここから行けそう?」

「えっ……いや、さすがにここからは無理だろう」

「わかった、じゃあじっとしててね。ブライはハルトにしっかり捕まってて」


 そう告げるなり、私は自分に強めの身体強化の付与魔術をかける。すぐに結界魔術もかけ、ひょいっとハルトを抱え上げた。いつぞやのお返しと言わんばかりに、お姫様抱っこだ。


「ちょっ……!?」


 ハルトが何か言うより先に、私は窓枠に足をかけ、跳躍した。ハルトの体重分だけ落下速度も速いけれど、飛んだ距離は足りている。

 難なくうっすら雪が積もる城壁の上に着地すると、城壁の外にある半階層分低い警備棟の屋上に飛び降りた。

 ここまでくればハルトでも自力で移動できるだろう。ハルトを地面に下ろす。


「ここからは屋根伝いに行こう!」


 呆然としているハルトにそう呼びかけると、返事を待たずに私は屋根伝いに街を囲む外壁へと向かう。

 慌てたように後ろからハルトもついてきた。


「リクよ。あまり先行しないでくれないか。(あるじ)との約束が守れなくなってしまう」


 小型ブライが私と並走するように飛び、小言を言ってくる。

 横目で見遣れば、翼を広げてはいるけれど羽ばたかせずに飛んでいる。恐らくブライもタツキと同じように、何らかの方法で浮力と推進力を得ているのだろう。


「そうだった。じゃあ二人の後ろからついてくから、前はよろしく」


 私は走る速度を落としてハルトとブライの後ろをついていく。そうして屋根伝いに進むうちに、街の外周を守る外壁に辿り着いた。城塞都市アルトンに比べたら低いけれど、十分な高さのある外壁だ。

 私たちは一度屋根から降りて、街と外とを繋ぐ門に向かった。



 門には門番兵が数名いた。

 彼らはハルトを見ると驚き、すぐさま姿勢を正す。


「これは、ハルト殿下。いかがなさいましたか」


 兵長らしき年嵩の男性が彼らを代表して問いかけてくる。

 ハルトは周囲を見回して一般市民が声の届く範囲にいないことを確認すると、問いかけてきた兵長らしき男性に聞こえる程度の声量で応じた。


「緊急事態だ。北より竜が南下してきている。現在騎士団が対竜軍備を整えているところだが、私たちが先行して外で迎え撃つ。門を通してくれないか」


 いつもなら丁寧な語り口のハルトがやや強い口調で言い放つと、兵長らしき男性は背後の部下たちと顔を見合わせ、すぐさま「開門ー!」とよく通る声を上げた。指示に応じて、重厚な門が重い音を立てながら開いていく。

 人が通れる幅まで門が開くと、ハルトが兵たちに礼を言って駆け出した。私もそのあとに続く。


 そうして門の外に出ると、薄く雪化粧をした平原が広がっていた。平原と言っても季節が春になれば草原になる一帯だ。

 その平原から視線を上げ、空を見上げる。

 何となく、気配がするのがわかる。ブライの時とよく似た嫌な気配。けれど、不思議とあのとき感じたような逃げ出したい気持ちにはならなかった。竜が未知の生物ではなく、どんな生物なのかわかったからだろうか。

 いずれにせよ、竜が基本的に好戦的な種族ならば今回も戦いは避けられないだろう。


「今のうちに強化しておくね」


 今日は魔石生成をしたあとだから魔力が半減してるけど、強化くらいなら問題ない。

 前回みたく何度も結界を構築したり反射特性を付けて消耗したりしなければ、あの時のように魔力が枯渇寸前になることもないはず。


 私は改めて強めに身体強化と知覚・感覚強化の付与魔術を自分とハルトに施し、すぐさま結界魔術を重ねてかけた。

 一瞬体が熱を帯び、光が体を包み込んで消える。準備万端だ。


「北東だ」


 ブライの呟きに応じて、私はそちらを見た。

 見えた。色も視認できる。


「あれかな? 赤い何かがこっちに向かってきてる」

「赤い? ──火竜か!」


 ハルトが声をあげた。


 かりゅう……?

 あぁ、赤い竜だからもしかして火の竜、火竜か!?


 ハルトの声と同時にブライが少し離れた場所へ飛んで行き、ぐぐぐっと体に力を入れる。

 何をやってるんだろう? と疑問を抱いた瞬間、大量の魔力がブライの許に集まり始めた。そしてみるみるブライの姿が巨大化していき、『はぐれ山』で出会った時と同じサイズに変化した。

 えっ!? 何で!?


「ハルト、リク。我が背に乗るがいい。まずはあれを地に落とそう」

「ああ」


 ハルトも驚いたようではあったけれど、状況から問い詰めている時間がないと判断してすぐさまブライの背に乗った。慌てて私もそれに続く。


 乗り込んだブライの背は大きく、固い鱗に覆われていた。

 ……これ、どこに捕まればいいんだろう。

 悩んでいる間にハルトにぐいっと腕を引かれて「翼の根元に捕まれ」と言われた。そう言えば小型ブライは翼を羽ばたかせずに飛んでいたっけ。大きくなっても飛行手段は同じなのかな?

 翼と言えば『はぐれ山』で戦った時、どうしてブライは飛ばなかったんだろう……?


 そんなことを考えながらも言われるがままに右側の翼の根元に捕まると、ハルトは左手で左側の翼の根元に捕まり、右手を私の腰に回して私を支えるような姿勢を取った。

 私が落ちないか心配だからこその行動なんだろうけど……色々と免疫がない身としてはものすごく緊張する。ハルトの気遣いがつらい!



 ブライは空中へと飛び上がる時、翼を一度だけ羽ばたかせた。

 けれどその翼を動かす骨格の力強い躍動に反してその根元に捕まる私たちの手が離れることはなく、まるで水面を滑るかのように空へと舞い上がる。

 私やハルトも振り落とされないようにしっかり捕まっているけれど、ブライも落とさないように気を遣っているのか体をあまり傾けないようにしてくれているようだ。


「あの火竜は恐らく住処(すみか)を追われたのだろう。気配から激しい怒りと憎しみが感じられる。あの様子では対話は不可能。慈悲は無用だ」


 ブライがそう忠告してくる。

 住処を追われて……。

 ある意味ではブライも『はぐれ山』という住処を追われたようなものだろうに、当のブライは淡々とそう告げた。


 怒りどころか憎しみすら抱く程、竜にとって住処は大事なものなのだろう。その気持ちはよくわかる。

 私も今暮らしているイリエフォードを奪われたり壊されたりしたら怒り狂うと思う。

 きっとそれは住処を持つ者であれば、人も竜も魔族も変わらない感情なんだろうな……。



 そうして飛翔してしばし。

 街から十分に離れたその場所で、ついに火竜と交差した。



 強い敵意を向けてくる火竜に、先制攻撃と言わんばかりにブライが光線ブレスを吐き出す。火竜も負けじと業火のブレスを吐き出した。

 ブレス攻撃の範囲としては火竜が上、到達速度と破壊力ではブライが上。ブライのブレスが先に火竜に到達して、火竜は空中でよろめいた。同時に火炎ブレスが途切れ、ブライに届くことなく散っていく。


 ブライ強い!

 いや、それはわかってたけどさ!


「リク、落ちないようにしっかり捕まれ」


 隣にいたハルトが私から手を放し、立ち上がった。

 剣を抜き放ち、素早くブライの頭部へと移動する。


「ブライ、もう少し近づけるか?」

「問題ない。行くぞ」


 ブライと火竜の間には十メートル近い間合いがある。巨大な竜たちの体格からすると十分近い間合いだけど、私たちのような人間サイズの生物からしたらまだ遠い距離だ。

 身体強化をしているからハルトでも跳躍ひとつで到達できるけど、確実を期すためにギリギリまでブライの速度で近づこうという考えなのだろう。


 すぐさまブライが火竜に肉薄すべく移動する。

 よろめいていた火竜は空中で身を翻して素早く体勢を整える。

 わ、私は一体何をしたらいいんだろう?


 どう動くべきか悩んでいるうちに、ハルトがブライの頭部から跳躍した。直後、剣に光が宿る。例の魔力と何かの力が混ざった光だ。

 ハルトが剣を一振りすると剣に宿った光が伸びて、火竜の左目を切り裂いた。


「グアァァアアア!」


 火竜の咆哮が空気を震わす。しかしブライが角を落とされた時のような苦痛は感じていないようだ。すぐに淡い光が損傷した目を包み、元通り治癒してしまう。

 その間にハルトに向かって鉤爪で攻撃を繰り出すも、ハルトは風属性魔術であっさり回避した。


「やっぱり角を落とさないと駄目だな」


 ブライの頭部に舞い戻ったハルトが呟く。


 角……角か。

 やっぱり角がある生物はあそこが弱点なんだろうか。

 そう考えると私も自分の角をしっかり守らなきゃいけない気がする……!


「そうだ、角を狙え。我らにとって角は重要な器官ゆえに片方失うだけでも魔力の制御が難しくなり、繊細な治癒魔術が使えなくなる。そして何より角が落とされると猛烈な痛みに襲われる。問題は、あまりの痛みから暴走する可能性が高いことだが……」


 何それ、恐いっ!

 思わず私は自分の角に両手で触れた。あまり意識したことなかったけど、もしかしたら妖鬼の角も竜の角と同じ器官なのかも知れない。今後戦う時は角を折られたりしないように気をつけないと!


「暴走か……でも竜の魔力量で延々と回復されてもな。やっぱり角からだな」


 そう決断すると、ハルトは迷うことなく再度ブライの頭部から跳躍した。私からはブライの頭が邪魔して火竜の姿が確認できない。

 私は落ちないように気をつけながら、ブライの頭部へと移動した。


 そして見た。

 ハルトが火竜の左角を切り飛ばす瞬間を。


 ただ、火竜がいる高度がブライより低く、落下の影響で接近しすぎている。

 グワッと火竜が大口を開け、ハルトを飲み込もうとした。最初からそれが目的だったかのように、角を切り飛ばされた痛みに耐えて。

 ハルトも自力で風属性魔術で回避しようとするけれど、思いの外火竜の動きが速い。


 そう判断するなり、私は頭をフル回転させた。

 竜の顎の力を考えると、私の結界魔術ではどうしようもない。使える魔術で火竜に有効そうな魔術をと一瞬で思考して、最近使っていなかった魔術が脳裏に浮かんだ。

 浮かぶと同時に、反射的に火竜目がけてその魔術を放つ。


「惑え!!」


 視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚……五感全てを失って暗闇に囚われる幻術を。

 同時にそこへ同意義の弱体化の付与魔術も混ぜ込み、意識の撹乱と同時に身体的にもそれらを失うように仕向ける。なかなかに(むご)いやり口ではあるけれど、それが竜にどこまで効くかはわからないので、魔力を多めに込めて放った。



 ──しかし、そんな私の不安は杞憂だったらしい。

 私の放った魔術は、竜にも相当な効力を発揮したようだった。



 幻術が発動する際に発生する霧が晴れた途端、火竜の動きが完全に止まった。空中に浮いていることすらも忘れてしまったのか、そのままぐらりと傾いて地へと落ちていく。

 そしてその巨体が地面に到達すると、ズズゥン、と重量感のある地響きが辺りに轟いた。


 ブライの頭部に戻って来たハルトが、ぽかんとした表情でそれを見下ろした。

 ブライも宙に浮いたままぴたりと動きを止めている。


 ……正直、私もびっくりしている。

 オルテナ帝国で妖鬼であることを隠すために幻術や弱体化の付与魔術を使わなくなって、以降も一切それらを使わずにいたから忘れかけてたけど、幻術と弱体化の付与魔術も自分の得意魔術だったことを思い出したのはついさっき。

 相手が竜とは言え、一応得意魔術だから多少動きを止めるくらいはできるだろうとは思ったものの……まさかここまで効くとは。


「い、今のは……?」


 ハルトが呆然としたままこちらを振り返る。


「えーと……幻術と、弱体化の付与魔術……です」


 思わず敬語で答えてしまう。

 しばしの沈黙が下りた。


「と、とりあえず降りよう。まだ終わってないからな」

「そ……だね。うん、いこう」

「了解した」


 私とハルトの会話を聞いて、ブライが下降を始めた。

 途中で私とハルトはブライの頭部から飛び降り、火竜の背中に降り立つ。触覚の弱体化がまだ効いているようで、火竜からの反応はなかった。

 と言うか、どうやら落下の衝撃で火竜は気を失っているようだった。


 その隙にハルトは火竜の両翼を切り落とす。万が一目覚めて上空に逃げられ、そのままイリエフォードに向かわれたらたまらないからだ。

 私ももうひとつの角を落とそうと火竜の頭部に向かい──突如、足下が揺れた。


「グ……グガァァア……」


 火竜が目覚めたようだ。唸り声を上げながら身を起こす。

 慌てて私もハルトも火竜から距離を取った。

 しかし。


「ガッ、ガアァァァァア!!」


 起き上がった火竜は、すぐに角と翼を失った痛みでのたうち回り始めた。自らの手の鉤爪で頭を掻きむしり、尾を振り回す。

 尾が地を打つたびに地面が大きく振動して立っているのがやっとの状態になり、爪で頭を掻きむしったせいで辺りに火竜の血液が飛び散った。


 あまりに凄惨な光景に立ち尽くしていると、周辺に蒼い光が溢れ始めた。

 角を失い、火竜の魔力の制御が失われたのだろう。まるで吹き出すように、周囲の魔力濃度が上がる。ブライの時にも感じた、とんでもない量の魔力が周囲に降り注ぐ。


 それに伴って周囲にちらちらと降っていた雪が蒸発し、ゴウ、と音を立てて火竜を包むように炎の渦が立ち上った。

 とんでもない熱風が吹き付けてくる。思わず後ずさると、周囲に広がっていた魔力が一挙に火竜へ向かって収束し始めた。火竜が魔力を集め始めたのだ。

 まずい。


「ハルト! 強烈な魔術が来るよ!!」


 反射的に私はそう叫び、元々残量の少ない自らの魔力を全て使い切るつもりでイリエフォード方面へ巨大な結界を構築する。そこに自分は含めない。

 防ぎ切れなくとも、軽減できれば御の字だ。そういう思いでイリエフォードを守るためだけに結界を張る。

 それに気付いたブライが私と火竜の間に体を滑り込ませた。


 ハルトは火竜の魔術を阻害すべく、炎の柱を裂いて火竜に切り掛かった。

 しかしこの火竜は角を切り飛ばされても目的のためにその痛みに耐えたような竜だ。ハルトが手数を重ねたところで致命傷を避け、確実に目的の魔術を構築していく。

 

「グガァアア!」


 ハルトが下がるなりブライが吼える。同時に、火竜に向けて光線ブレスが放たれた。

 火竜の魔術を構築する速度が一瞬落ちたけれど、光線ブレスの回避に成功するとすぐまた魔術の構築が再開される。

 駄目だ、止められない。


 火竜はどんどん周囲の魔力を吸い上げるようにして集め、見たこともないような強烈な魔術を構築していく。

 その魔術は私が知り得ないような……恐らく竜だけが使えるような、古代の魔術だ。そのことに、本能的に気付いてしまった。


 この魔術を使われたら、私の結界なんて何の意味もない。

 イリエフォードが消し飛んでしまう。


 ぞくり、と悪寒が走った。

 さっきまで恐ろしさなんて感じていなかったのに、どうしようもない寒気が襲ってくる。



 何とかしないと。

 あれだけは阻止しないと!


 でもどうすればいい?

 私の力ではどうすることもできない。


 もう一度火竜に幻術を使う?

 こちらの手の内はわかってるはず。次は抵抗されて失敗するかもしれない。


 でも、試すだけ試してみる?

 いや、それ以前に、さっき結界を張ってほぼ魔力を使い果たしちゃったじゃん!




 ああ、あの火竜に集まってくる魔力さえなければ!

 魔術を発動するのに必要な魔力が不足していれば、魔術は発動しないのに……!!




 不意に、頭の片隅にひとつの考えがよぎる。

 あの周辺にある魔力を……いや、そもそも火竜の内包する魔力を、奪ってしまえばいいんじゃないか、と。


 最近私は魔力操作に関わる能力を磨いてきた。魔石生成然り、空中への文字の転写能力然り。

 できるんじゃないか……?

 魔力を放出するのではなく、魔力を吸収するという発想で。


 あぁ、そうだ、それがいい。

 そうしよう。


 どこか現実から一歩引いた場所に立って、私は決断した。


 さっきまでの焦燥感が消え失せる。

 できないとは思わなかった。

 できて当然だと思った。



 その瞬間、私の中にはほとんど残っていないはずの魔力が私の周囲に渦を巻き始めた。可視化された魔力が蒼い光を帯びた風となって集まってくる。

 私は蒼い風を纏いながら、ブライの影から火竜の見える位置までゆっくりと歩いた。そして火竜の全身を視界に収めると、その場で立ち止まる。


 私の周囲に集まっている魔力は、火竜の魔力だった。

 火竜が構築する魔術が、まるで脆い土塊のようにぼろぼろと崩壊し始める。

 火竜を取り巻いていた炎の渦も勢いを失って消えていく。


 火竜の目がこちらを向いた。

 その目を、私も強い視線で見返した。


 負ける気がしない。

 だってそうでしょう?

 結局竜はその体格と身体能力、魔力に恵まれただけの生き物だ。魔力を扱えなくなって、身体能力で私より劣るなら、私があの火竜に負ける理由がない。


 そうでしょう?

 そう念を押すように視線に力を込めると、火竜の瞳に恐怖の感情が宿った。


 まるで何かに導かれるように、私は右手を天に掲げた。

 ザァ、と砂の城が崩れるように、火竜の体が崩れ始める。

 紫色の光と蒼い光へと変換されていく。


 その光景を、私は自分の体の外から眺めているような気分だった。

 まるで自分の体が自分のものではないかのように動き、その作業を淡々と実行している。



 その作業。

 タツキと同じ、分解の能力を。



 イリエフォード方面からは人の気配が近付いてきていた。シタンさんが率いる騎士団だろう。

 しかし彼らは少し離れた場所で止まった。それ以上こちらへは来なかった。


 火竜にほど近い場所にいたハルトも、目の前の光景に見入って固まっていた。

 火竜の姿が完全に分解されるまでその様子を眺め、やがて分解された火竜の魔力素が私の右手へと流れ始めると、こちらに視線を移す。

 その目には純粋な驚きだけが宿っていた。


 一方ですぐ隣にいるブライからは、明らかな恐怖の感情が伝わってくる。

 でも多分、相性的に火竜よりもブライの方が私は恐いと思う。

 火竜は腕力よりも魔力に物を言わせるタイプみたいだから魔力を奪い取ることで優位に立てたけど、きっと身体能力の高いブライが相手ではこうは行かないだろう。

 それでもブライが私に恐怖を抱けば抵抗力が弱まるから、分解は成功してしまうんだけどね……。



 さぁっと風が吹き抜けるように火竜を構成していた魔力素が私の右手を伝って私の中へと流れ込んでくる。

 その魔力素はそのまま私の枯渇しかけていた魔力を補い、同時に火竜の体に組み込まれていた特性が私自身の特性へと変換されて吸収されていく。そう、吸収されていく。


 魔力素の吸収と同時に、膨大な知識も流れ込んできた。

 火竜の知識だろうか。あまりに膨大すぎてひとつひとつ認識しながら受け入れることができない。ただひたすら流れ込むようにして脳に格納されていく。

 この感覚には覚えがある。前世の記憶を思い出した時とよく似ている。


 そうして流れ込んできた知識の中に、先ほど火竜が使おうとしていた魔術の知識があった。やはりあれはとんでもない魔術だったようだ。発動にあれだけの魔力と時間を要していた理由が判明する。

 あの魔術は核爆発を引き起こすような魔術だ。そんな危険な魔術を街に近いこの場所で使おうとするなんて、本当にとんでもない火竜だな……。


 そんなことをぼんやり考えているうちに、自分の体の感覚が戻ってきた。

 現実との間に一枚壁を挟んでいたような状態から解放されて、急激に意識が明瞭になる。

 それと同時に、これもまた懐かしい感覚が襲ってきた。



 キン、と言う強い耳鳴り。



 感情や感覚の全てが掻き乱されるような不快感が、体の奥底から湧き上がって全身を支配する。これから私が得るであろう力も、噴き上がるようにして溢れてくる。

 そのあまりの膨大さに耐えられず、前回同様私は頭を抱えてうずくまった。


 周囲に、一度は落ち着いたはずの蒼い輝きを帯びた風が巻き起こる。


「──あぁっ、うあぁぁあああ!!」


 とても耐えられたものではない激しい頭痛に加えて、全身にも激痛が走った。

 これが二次覚醒か……!!

 一次覚醒の比ではない痛みと不快感に意識が飛びそうになる。



 誰かが近くに駆け寄ってきた。

 誰か、ではないか。気配でわかる。ハルトだ。


「殿下! リク殿は一体……!?」

「魔王種の二次覚醒だ! 俺も神位種の覚醒は経験しているが、これは収まるのを待つしかない。……それにしても、とんでもない力が集まってるな」


 すぐ傍でシタンさんとハルトの会話が聞こえてくる。ハルトが言うようにとんでもない力が集まっているのが、激痛のあまりろくに頭が働いていない私にも知覚できた。

 この力が私の魔王種としての力になるのかと思うとぞっとする。とても私個人が扱いきれるものじゃない。


 どうしよう。もしこの力を得たことで、これまでと同じような生活が送れなくなったら。

 やっと、やっと平穏に暮らしていけそうだと思っていたのに……。


 いや、違うか。

 私は自分が本気で魔術を学ぶようになったきっかけを思い出した。

 そう、私は、目的を持って行動しているタツキを手伝いたいと思ったんだ。

 タツキの足手纏いにならないようにって、魔術を猛勉強し始めたんだった。


 でも今、それを思い出しても揺らがない、それと同じくらい大切なもうひとつの思いもあった。

 しかしそれも、もしかしたら失ってしまうのかも知れない。

 こんな、自分の手に負えないような力を得てしまったら……。



 ふっと、視界が真っ暗になった。

 同時に痛みも不快感も波が引くように消えていく。



 そのまま私は、意識を失った。

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