37. 這い寄る嵐
黒竜の一件から季節は変わって、秋になった。
あれからブライとは結構仲良くやっている。
と言うかブライ、話が合う!
さすが竜と言うべきか魔術への知識や理解が深く、私が新たな系統の魔術を開発するつもりでいると告げると面白そうだからと協力を申し出てくれた。
魔石の作り方も丁寧に教えてくれたし、もしかしたらブライは、竜族にしては珍しく他種族に対して割と友好的な竜なのかもしれない。
なのかもしれない、という曖昧な判定になってい理由は一度交戦していることと、竜という種族は好戦的な性質の者が多く、先日のような戦うチャンスがあれば本能的に戦いを挑んでしまうのだとブライの口から直接聞かされたからだ。
本当に残念な習性だ。他人のことは言えないけれど。
一方で普段のブライはどうやら学者肌のようで、私が何か思い付きを口にすると実現へ向けた考察を述べてくれたりする。口調こそ淡々としているけれど、明らかに口数が増えるから興味津々なのがバレバレだ。
そして思わぬ形で同志を得た私も、魔術研究がより一層楽しくなってきた。
この日も私はタツキとブライ、そしてサラを加えて、四人で私がかねてから開発したいと思っていた系統の魔術、空間魔術の理論を構築していた。
ブライやサラは言わずもがなだけど、最近ここに加わるようになったタツキは別格だった。
相変わらずその知識をどこで身に付けたのかは教えてくれないけれど、知識そのものは惜しげもなく提供してくれる。その上、的確なアドバイスもくれるのですごく助かる。
「僕が精霊石に出入りできるのは空間転移に該当する能力だからね。それに、亜空間に接続する能力も正にリクが求めてるもののひとつでしょ? 相変わらず理論としては理解しきれてないけど、使った時の感覚から何か取っ掛かりが見つかるかも知れないよ」
とのこと。
詳しく聞けば、タツキはブライ本体の再構成と改変を別空間──亜空間で行っているのだとか。そう言えばそんなことを前にちらっと聞いたかも。
現時点でも子猫サイズのブライはこの場にいるけれど、環境に異変を与えるほどの竜の膨大な魔力を含め、ブライの本体を構成していた魔力素の大半はその亜空間で作り替え続けているらしい。
もうその辺の話になると理解不能なので分解・再構成能力の詳細は一旦置いといて、タツキから空間転移や亜空間への接続について色々と情報を引き出しつつ、私とサラとブライがその力を魔術として扱えるように魔術理論を捻り出しているところだ。
ここで問題となるのは、タツキが感覚的に能力を使っていること。感覚的なものを言葉で説明するのもなかなか困難なことで、それを理解した上で魔術として構築するのはさらに難しい。
ただ、タツキが別格だと評した理由はここにあって。どう考えても困難な説明を、タツキは仕入先不明の知識でバッチリ埋めてくれるのだ。魔術への知識や理解の深さもブライが唸るほどなので、タツキが本気で取り組もめばひとりでも空間魔術の構築ができるんじゃないかと私は思っている。
まぁ、残念ながらタツキにはその気がないようなので、こうして協力してくれているだけでもありがたいと思うべきなんだろうなぁ。
「空間って連続しているものだから、圧縮や引き延ばしの手段さえ見つけられれば一瞬である程度の距離を移動できると思うんだよね。もしくは魔術で空間そのものに道をこじ開ける方法も探せばありそうなんだけど……」
手始めに着手しようとしているもの。それは、空間転移だ。
ハルトは風属性魔術を使って空中で回避行動や姿勢制御をしていたけれど、適性の問題でそう言った芸当ができない人──つまり私でも、空中での回避や姿勢制御を行えるようにするのが目的だ。
これまでは悠長に構えてて、時間に余裕があったら少しずつ着手しようと思ってたんだけど、ブライとの戦いを経て早々にこの魔術を開発する必要があると痛感した。
空中で無防備になるのは恐いことなのだと、あの時私は身を以て学んだのだ。それを無駄にしてはいけない。
「もし圧縮や引き延ばしの方面から考えるなら、空間そのものの圧縮や引き延ばしを考える前に別の魔術で圧縮や引き延ばしをしている事例を探した方がいいんじゃないかな。圧縮なら攻撃系魔術に多分に含まれている要素だから、その辺から引用して……」
と、サラが紙に火属性魔術の圧縮と解放による爆発を引き起こす魔術の理論を書き始める。
確かにいきなり本丸に突っ込んで行くよりも外堀から攻めて行く方がいいかも。
「引き延ばしは聞いたことがないが、圧縮が理解できたらその反対の理論を構築すればできないこともないだろう。術式も反転させたら案外上手くいくかもしれぬ」
ブライもノリノリで空中に光る文字を映し出し始めた。
聞けば太古の時代では魔術を発動する際、ブライがやって見せたように空中に術式を書き出して発動するのが一般的だったらしい。その技術を現在も持っているのは竜族と精霊族、神族くらいだそうだけど。
あれも使えたら便利だよなぁ……。
今度教えて貰おう。
「空間を弄るという面から考えるなら、結界魔術の理論を参考にしてみるのもいいかも。結界の膜はその空間を丸々改変して構成してるわけだから、術式を調べたら何かヒントがありそうだよね」
私も手元の紙に結界魔術の術式を書き出す。
魔術はどれも空間を弄っているように思えるけれど、実際のところは魔力を望む形に変質させているだけだ。しかし結界魔術は他の魔術と同様に魔力を変質させつつ、実は空間の改変が成されている。
攻撃を受ける表面は私たちの存在する空間とは異なる空間に接続されていて、受けた力をその異空間に逃がすことでダメージを防いだり軽減したりしている。反射特性を付けた時も一旦はその異空間に力が流れ、それを改めてこちらの空間に放出しているのだ。
その異空間というものがどんなものなのかはよくわかっていないのだけど、それを解明すれば空間を弄る手段が見つけられると思うんだよね。
……と言うか。結界魔術を考案した人はなぜ異空間に接続するという手段に興味を向けなかったんだろう。本当に、この世界は魔力が存在するおかげでこんなにも色々なことができるのに、未着手の分野があまりにも多すぎる。
なんて思うのは、やっぱり別の世界の記憶があるからだろうか。
前世の世界も便利っちゃ便利だったけど、一瞬で別空間に移動する事象に関して想像を働かせることはできても、それを実現するには至ってなかったもんなぁ。
まぁ実現するのが難しいからこそ、夢が広がって色々と想像力が働いていたのかも知れないけれど。
逆にこちらの世界は魔力である程度のことができるから、それ以上を望む気持ちが薄いのかも。
しかしあのどこにでも行ける扉とか喉から手が出るほど欲しかったけど……科学の力はいつかあの領域に辿り着けるんだろうか。ちょっと知りたい気もする。
まぁ私はもうこっちの世界の人間だからその望みは叶わないけど、私は私でこっちの世界でそれを実現してやろうじゃないの。
「結界魔術と言えば、空間を渡る際に確実に強い負荷があるだろうし、体の保護も必要になるね。瞬間的に長距離を移動できても生きて移動できなかったら意味がないわけだし」
「そ、そうだね! それはすごく大事だね!!」
それは盲点だった! と納得するのと同時に、苦い思い出が蘇る。
思い出されるのは幼少期。結界なしで強化魔術を使ったことにより腕の骨を折ったという……考えたら当然の結果だけど、何も考えなていなかったから痛い目に遭ったあの記憶。
便利なものには当然リスクもある。それに対する安全策の用意も怠ってはならない。
あれ? そう考えるとこの魔術、発動に膨大な魔力と相当な適性が必要なのかな?
しかも結界とかの組み込まれる要素が多い分だけ詠唱も長くなるだろうし、魔法陣で組むにも相当巨大な魔法陣になりそう。だから誰も手を出していなかったのだろうか。
そのことに気付いて、これはあまり戦闘向きの魔術じゃないのかも……と思い始める。
すると隣でサラがくすくすと笑い始めた。
「お姉ちゃん、百面相してるよ」
考えていることが顔に出てしまっていたらしい。慌てて表情を取り繕う。
「でも本当に、お姉ちゃんの魔術研究は面白いね。誰も思い付かないような魔術を考え出して、実現しようとしてるんだもん。魔術師団の人たちも言ってたよ。“リク殿が来てから魔術師団全体の士気が上がった”って。みんな既存の魔術の研究だけじゃなくて、新しい魔術についても考えるようになったって」
「そ、そう?」
あんまり褒められると照れてしまう。有り難いような、恥ずかしいような。むしろ魔術を最初に考え出した人の方が凄いですよ! と謙遜したくなるような。
でもどうしても口許がにやけてしまう。
「私の自慢のお姉ちゃんだもん、みんながそう言ってお姉ちゃんを認めてくれてることが私も嬉しいんだ。だから私もお姉ちゃんに自慢して貰えるように、あのスクロール、絶対完成させるから見ててね!」
と、サラがやる気に満ちた表情で胸を叩く。
勇ましいその動作も愛らしいんだけど、それ以上に「どうしてこの子はこんなにいい子なんだろう!」という愛しさで胸が一杯になって、私はサラを思い切り抱きしめた。
「何言ってるの、サラ! サラはもう十分お姉ちゃんの自慢の妹だよ!」
幼い頃に親と共に過ごせなかったのに、よくこんなに真っ直ぐ育ってくれたものだと思う。
しかも幼いながらもサラはアルトンを出立する前夜まで、わがままらしいわがままを口にしなかった。唯一わがままを言った時ですら、結局多くの言葉を飲み込んで折れてくれた。
できた妹だ。
可愛い妹だ。
こんな妹を自慢しない姉がどこにいると言うのか!
腕の中でサラが「えへへ」と可愛らしい声を上げた。後ろではタツキがくすくすと笑っている。
「本当、仲が良いよねぇ」
「よしよし、羨ましいか。でも当然ながらタツキだって自慢の弟なんだからね! 巻き込んでやるっ!」
と、私はタツキに手を伸ばしてぎゅっと抱きしめた。
二人とも私の宝物だ。ずっとこんな風に家族と仲良く、平和に暮らせたらいいのにな……と、この時の私は漠然と考えていた。
季節はさらに変わって、冬になった。
寒い。つらい。しんどい。
私は一層室内に引き蘢るようになり、もこもこの上着を着込んでブランケットで足を包んで研究室に居座っている。手元ではブライに教えて貰った方法で魔石を生成中だ。
魔力を結晶化させる作業を開始して一ヶ月。今はまだ小型のビー玉大だけど、この小さな粒が核となる。
魔石は核の質でその価値が変わる。価値とは即ち、魔石の性能だ。この核を丁寧に作るのが重要なのだとブライは言っていた。
核ができあがったら次は魔石の成長を促す。することはあまり変わらない。魔力を一点に集中して固めるイメージで放出するのだ。核さえできていれば成長はあっという間らしい。
ブライの側頭部に生えている魔石も、核ができるまでの期間に比べて魔石として成長しきるまでの期間は半分以下だったそうだ。
ただひたすら魔力を放出する作業の傍ら、私は別のことを考えていた。
ブライからは例の空中に光る文字を描き出す方法も教えて貰った。何と言うことはない、魔力を視覚化させつつ文字として空中に映し出すだけ。魔力そのものを操れるようになれば問題なく使えるものだった。
ただ、それがサラを含む他の魔術師には難しい技術らしい。彼らは魔力を魔術として放つことはできても、魔力そのものを操る感覚がわからないのだとか。
サラならまだ十歳だから訓練して矯正すれば何とかなるかも知れないけれど、ほかの魔術師団の面々は長年魔力を詠唱に沿って魔術として放つ──変質させる作業を繰り返したことで、その方法でしか魔力を扱えなくなってしまているようだ。一度付いた癖ってなかなか直せないもんね。
なので、この手法に関しては現時点で使えるのは私とタツキとブライのみ。
でもこの手法、実はタリスマンや魔法道具作成にすごく役立つんだよね。タリスマンも魔法道具も石や術具の表面に魔法陣を彫り込むんだけど、この魔力による転写能力が使えると石の中だろうが金属だろうが関係なく文字のみならず魔法陣をも焼き込むことができる。
前世でもガラスの中にレーザーで立体的に文字とか動物とかの形状を彫り込む技術があったけど、転写能力が使えればあれと同じようなことができるのだ。
そして立体的に魔法陣が組み込める、という事実に気付くとまた新たな閃きがあった。石の内部に立体的に積層型の魔法陣を作れれば、複雑な手順が必要そうな空間魔術も一瞬で使えるようになるんじゃないか、と。
消耗する魔力は膨大なままかも知れないけどその辺は研究で消耗を抑える方法を考えるとして、この考えが正しければ詠唱の長さや魔法陣の巨大さに関する問題は解決するはずだ。
積層型だと直列かな。あ、でも一部並列にする手もあるか。魔法陣同士を繋ぐ経路によっては多面的に組むのもありかも……。
と、まだまだ色々と細かい点を詰める必要はあるだろうけど、やる価値は十分にある。うんうん、何だか面白くなってきた。
そんなことを考えながら手元では魔石の生成を続けていると、扉がノックされた。
さっと気配を確認して相手が誰であるか認識してから、いつも通り「開いてますよー」と間延びした声で応じる。許可を得て扉の向こうから姿を現したのは、事前に気配で認識済みのハルトだった。
「研究室に引き蘢ってるって聞いたんだけど、根詰めてないか?」
ハルトの口調は軽いものだったけれど、わざわざ訪ねてきたことから心配されているのがわかる。
私は苦笑しながら視線で手元を示す。
「根詰めてるから引き蘢ってるんじゃなくて、寒いのが苦手だから引き蘢ってるんだよ。引き蘢りついでに、今は魔石の生成中」
ほら、と寄ってきたハルトに魔石の核を見せる。
「へぇ……魔石って作れるんだな」
「魔力さえあればね。でも毎日私の魔力を半分も注いでるのに、この大きさにするのに一ヶ月かかったんだよね。予想以上に大変だし、量産は無理かな」
想像以上に効率が悪くて残念に思うものの、そもそも希少価値が高い魔石を自力で作れるのだと思えば大きな前進だ。とりあえず量産できないことはわかったのだし、色々と試すにも事前準備を入念にしなければ。
「……で、ハルトは今日は休息日なの?」
私は意識を切り替えてハルトに問いかけた。なにせハルトが研究室に来るなんて珍しいことだ。それ以前に、日頃から忙しいハルトは城内ですら滅多に見かけないレベルなのだ。
根詰めていると言うならきっとハルトの方だろう。
「そうなんだけど、ギルドに行こうとしたら雪が降ってきたんだ。この辺で雪が降るなんて珍しいから街の人たちは外に出てたけど、俺は寒くて戻ってきたところ」
「雪っ!? アールグラントでも雪が降るの!?」
雪が降ったことなんて、私がこの国にきてからはなかったはず。
そのことに驚いていると、ハルトが「珍しいけど、数年に一度くらいは降るな」と教えてくれた。
「はぁ〜、道理で今日は一段と寒いと思った。仕事時間じゃなければ部屋の方で引き蘢りたかったなぁ。雪の日の廊下って寒いんだよね」
そんでもって、寒い日はちょっと暖かい場所にいるとすぐ眠くなるんだよね。
あぁ、自室に戻って布団に潜り込みたいなぁ……今って鐘がいくつ鳴った頃なんだろう。
「持ち帰って作業すればいいんじゃ……って駄目か。魔術系は事故防止のために研究棟でしか作業しちゃ駄目なんだったな」
「そうなんだよねー。実際魔石生成も初めての作業だし、何が起こるかわからないと思うと持ち帰れなくて。まぁ最悪、ここに引き蘢り続けるのも手かなー」
「どんだけ寒いの苦手なんだよ」
横着発言をすると、ハルトが苦笑する。
笑われても仕方がないことを言った自覚はあるので「笑いたきゃ笑えばいいさ」と呟いておく。
そうこうしているうちに、今日の魔石生成ノルマを達成した。
およそ保有魔力の半分くらい。これが感覚的にわかるようになるまで苦労したけど、その辺はブライ戦の時に魔力が枯渇しかけていた私を見かねてタツキが教えてくれた。
魔力は全身に巡っていて、魔力残量が減ってくると当然のように巡りも悪くなるらしい。
ゆえに、その魔力が巡る感覚を掴めばその巡り具合から魔力残量を把握できる……という仕組みだ。
私は魔石の核を小瓶に入れて机の引き出しに仕舞うと鍵をかける。
「よし、今日は終わりっ! あとちょっとで鐘が鳴るだろうから私は軽い仕事を片付けてるけど、ハルトはどうするの?」
「そこのソファーを借りてもいいか? 部屋に戻っても落ち着かなくて」
「いいけど……」
ここにいても落ち着かないんじゃないかなぁ。
そうは思うものの、口にはせず。
私は素早い動作で部屋の扉を開け、素早く扉の外に備え付けてある箱を手に取って扉を閉めると机に戻った。ハルトはソファーに身を預けつつ、箱が気になったようでじっとこちらを見てくる。
「それ何?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。これぞみんなの疑問にお答えする、目安箱〜!」
ぱんぱかぱーん! とファンファーレもどきを口にして、私は手に持った箱を高く掲げた。
「目安箱って……」
「ふふふふふ。これね、つい最近始めた試みなんだけど」
魔術師団の研究員はそれぞれ得意分野が違う。けれど研究上、どうしても自分とは異なる分野の知識も必要になる。
なので基本的には研究員同士で補完しあってるんだけど、聞きたいことがあっても相手が休息日で不在だったり、手が離せない状況で対応できなかったりすることがある。さらに言えば、タイミングが合わなくて相手が捕まらないことすらあるのだ。
そんな時のために、事前に誰がどのような用件で意見を求めているのかを知らせた上で対応を求める書簡箱を設置してはどうか、と提案してみた。それを私が勝手に目安箱と名付けて布教した。
連絡箱って言うのも何だか味気なかったので、それっぽい名称を拝借したのだ。
これが魔術師団全体に浸透しつつある。研究員のみならず守備隊の方でも使われ始めて、最近では守備隊と研究員間でもやり取りが増えてきた。
目安箱は職場のコミュニケーションツールに昇華されつつあるのだ。
大事だよね、職場のコミュニケーション!
ただし守秘義務があるので、誰からどんな質問をされたのかは内緒だけど。
「そんなものを作ってたのか」
「これかなり便利だよ。前世でもなかった? 仕事中にどうしても問い合わせたいことがあるのに相手が捕まらなくて、仕事が滞ること。前世だったら戻り次第折り返し電話が欲しいってメモを残したりもできるけど、この世界にはそういう手段がないからね」
「あー、確かに前世ではそんなこともあったなぁ」
どこか懐かしむようにハルトは頷いた。
「なるほどな、確かにそう考えると便利だな。まぁ俺は休息日以外ならいつでも捕まる場所にいるけども」
「あぁ……執務室に籠もりっきりなんだっけ?」
「席の外しようがないくらい書類が山積みなんだよ……」
あらら。それは大変。
「そろそろそっちを手伝おうか?」
これでも一応事務補佐官ですからね。
「そうして貰えると助かる」
「了解。じゃあ明日からは先にそっちに顔出すようにするね」
「よろしく」
そうかそうか。繁忙期にはちょっと早いけれど、繁忙期の走りくらいの時期になったのか。
一年ってあっという間だなぁ。
そんな事を考えながら、目安箱の中身を取り出そうとした。
その時だった。
「リク! 大変だ!!」
唐突にタツキが現れた。珍しく焦った様子だ。
その肩には小型ブライが乗っている。
「ど、どうしたの、急に」
驚きつつも応じると、タツキはハルトに気付いて「ちょうどよかった」と呟いた。
「北方から竜が迫ってきている。急ぎ対処しなければ、動線上にある街に被害が出るぞ」
「えっ!?」
ブライの説明に一瞬頭がついてこなかった。しかし理解すると同時にぶるりと震える。
そんな私の傍らで、ハルトもソファーから立ち上がっていた。
「本当に竜なんだな?」
ハルトの問いにタツキが頷く。
「ブライが感知したんだけど、どうやら南下してきている竜は二体いるらしいんだ。一体は僕が対処するから、イリエフォードに向かってきている方はリクたちで対応して。ブライを置いていくから」
えぇーっ! タツキいないの!?
混乱する私とは反対に、ハルトは冷静な声音でタツキに問いかける。
「タツキが対処する方の竜はどこに向かってるんだ?」
「首都アールレインだよ。今ここからアールレインに向かって間に合う、竜に対抗できる戦力は僕だけでしょ? だから僕がアールレインに向かう……んだけど」
そこまで言うと、タツキは一旦きゅっと口を引き結んだ。そして改めて口を開く。
「ハルトとブライに頼みがある」
真剣な表情でハルトに向き合う。
ブライもハルトの肩に移動して、タツキの次の言葉を待った。
「どうか、僕の代わりにリクを守って。リクの守護精霊である僕は、こんな時こそリクから離れるべきじゃない。けど、アールレインにはハルトの家族もリクの友達もいるんでしょ? そっちは必ず僕が守るから。だから──お願いします」
タツキが深々と頭を下げる。
タツキの、守護精霊の性質によって守護対象から離れることへの忌避感がどれほどのものなのかはわからない。けれど今、タツキはそれをねじ曲げてでもアールレインを守る決断をした。
その理由が私やハルトのためであることはわかっている。けれどその結果、守護精霊としての役目が果たせなくなってしまうことに変わりなく──だからこそ、こうして頭を下げているのだ。
姿だけ見ればまだ小さいはずのタツキが、私にはとても大きく見えた。
その背中に、確かに守られているような気がした。
前世のお父さん、お母さん。
タツキは……龍生は、二人の願い通り──いや、その願いである『龍のように大きく、力強く生きて欲しい』という想いを飛び越えて、今世ではとても大きく力強く生きてるよ……。




