表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
41/144

32.【リク】十二歳〜十三歳 進む者、支える者

 天歴2518年。夏になった。


 早いもので、私がアールグラントに来て三年近い月日が経過していた。

 いつまでとは決めていないものの、この三年はイリエフォードを拠点にするつもりで動いてきた。その結果、いまだにフォルニード村のマナに会いに行けてなかったりするんだけど……マナ、待っててくれてるかなぁ。



 ともあれ、私はこの春で十二歳になった。

 しかし年の話をするならば、ハルトの方が重要な意味を持つ年齢を迎える。


 ハルトはこの夏で十五歳。

 成人だ。



 かねてから定められていた通り、ハルトは成人すると同時にアールグラントの第二の都市・イリエフォードを拝領することとなった。

 その補佐として国王陛下が指名したのは、ハルト専属の執事として元天才騎士・現凄腕執事のクレイさん、イリエフォード騎士団団長としてハルトの武術の師でもあるシタンさん。ハルトの相談役として私の父であるイムサフィート。


 国王の指名とは別にハルト自身が選任した補佐として、情報管理官にハインツさん、イリエフォード騎士団副団長にイズンさん、同じく副騎士団長にちょっと抜けてるけど剣の腕っ節が強いラルドさんという青年が指名された。


 ……で、私も事務補佐官として指名を受けた。


 事務補佐官。

 これはハルトの机仕事を何気なく手伝っていたらすっかり重宝されるようになり、その結果設けられた私専用の役職だ。役職と言うか、職種? ほかの補佐官と違って、あくまで事務処理専門の補佐官という位置付けだ。

 まさかこの世界で前職ならぬ前世で鍛えた事務処理能力が役に立つとは思わなかった。もともと事務仕事は性に合ってるし、ちゃんとお給料ももらえるので、有り難くその仕事を拝命した。



 さらに私は事務補佐官とは別に、もう一つ仕事を手に入れていた。

 あれは一年ほど前のこと。サラの飲み込みが早すぎて私から教えられる魔術知識がなくなってしまったんだけど、それを知ったイリエフォードの魔術師団に請われて魔術研究室の研究員になったのだ。

 私の魔術知識は一部独学というか、私個人の解釈が入ってるんだけど、以前露店商の件で魔法陣の知識を披露して以降注目されていたらしい。


 私もまだまだ魔術の知識を身につけたいし、攻撃魔術がろくに使えないコンプレックスから始めた魔法陣研究にもすっかりはまっていたので、二つ返事で引き受けた。

 魔術師団の研究員になればスクロールやタリスマンの作成技術の勉強とか、これまで手が出せなかった魔術の研究にも手が出せるようになる。

 私にとってメリットこそあれどデメリットがない上に、こちらもお給料がもらえる。さらに研究成果に応じてボーナスも出るらしい。これを引き受けない手はないだろう。






 ハルトのイリエフォード拝領を祝う式典は、ハルト自身の成人を祝う祝賀パーティも兼ねている。ゆえに、それはもう盛大に執り行われた。


 天気は晴天。

 美しい庭園を擁するアールグラント城には、国内外問わずたくさんの貴族や来賓が詰めかけていた。訪れる令嬢たちのドレスが庭園に咲く色とりどりの花のようで目に楽しい。

 私はその様子を王城の端っこにあるバルコニーから眺めていた。眼福眼福。


 一方この日の主役・ハルトは王子様然とした衣装を身につけ、庭園から姿が視認できる二階の大きなバルコニーで来客を迎えていた。

 いまだ婚約者がいないこともあって、貴族令嬢たちからは黄色い声を上げられている。それに対してハルトは涼しげな笑顔で手を振っているけれど──私は知っている。このあと始まる夜会を思い、内心では戦々恐々としていることを。

 だからミラーナを婚約者にしちゃえばよかったのに。



 周りがどんなに勧めても、ハルトは頑として婚約者を決めようとはしなかった。

 陛下が、自由恋愛主義者の(イサラ)に毒されているのではと内心ヒヤヒヤしながら「誰か心に決めた人がいるのか」と問いかけるも、ハルトは「自分にはすべきことがあるので」と素気なく断るばかりだ。


 私の目から見ても、ハルトの婚約者にはミラーナがいいと思うんだけどなぁ。ミラーナもハルトのことが好きっぽいし、美男美女でいいじゃない。

 ミラーナなら家柄も問題ないし、王城内でも貴族間でもハルト、もしくはノイス王太子殿下の正妃候補ナンバーワンはミラーナだろうと噂されているのだ。

 それにあの子なら私もよく知ってるから、ハルトの部下として近くで働く上でもやりやすいというか、安心というか……。


 あんなに可愛くて性格もよくて釣り合いまで取れてるのに、一体何が不満なんだか。

 あ、不満なんじゃないのか。何かやることがあるって言ってたっけ。てことは、ハルトにもこの世界で生きる上での目的なり目標なりがあるってことか。

 ふむ……でも、それとこれとは別問題だと思うんだけどなぁ。




 祝賀パーティが始まると案の定、この日最大の行列ができたのはハルトのところだった。

 まぁ主役だしね。当然と言えば当然だ。


 華やかに着飾った令嬢を伴った貴族たちが、我先にと列に並ぶ。今日ばかりは誰もハルトを助けることはできない。なので私は心の中で応援することにした。

 頑張れ、超頑張れ、ハルト!



 そんなハルトを横目に、私は終始イサラとミラーナと仲よく並んでいた。


 イサラは遂に意中の人をゲットして、この春にあっさりと降嫁していった。ゆえに、もうイサラを「イサラ王女(・・)」と呼ぶことはできない。

 困り果てた私が「イサラ()」と呼んだら、「イサラと呼び捨てにして下さらなければ絶交ですわ!」と言われてしまったので、それ以降は呼び捨てにさせてもらっている。最近やっと慣れてきたところだ。


 イサラのお相手は伯爵家の三男で、事前に仕入れた情報ではとても優秀で温和な人柄だそうだ。情報の仕入れ元はもちろんハインツさんである。

 国王陛下としてはもう少し上の身分の相手をと考えていたようだけど、イサラの性格を知り尽くしているからか、恐縮する伯爵に国王側から秘密裏に縁談を持ちかけるという異例の対応を取ったのだとか。

 聞いた話によれば、国王側から「これは娘のわがままだから断っても構わない」とまで言っていたそうだ。


 その頃の陛下の疲れた顔を思い出すと、ちょっと気の毒になってくる。私もこの三年で学んだことだけど、この王家の王子王女はみんな曲者揃いなのだ。陛下も気苦労が絶えないのだろう。

 心中お察しします……と言いたいところだけど、陛下自身もなかなかの曲者なんだよね。むしろその血が受け継がれてるだけなんじゃないだろうか。


 ともあれ、縁談はうまくいった。そしてイサラは晴れて望み通り降嫁した、と。

 そこでもひと騒動あって、お相手が家督を継げない三男だから陛下が爵位を与えようとしたんだけど……イサラが突っぱねたんだよね。どうやら旦那さんはすでに仕事を持っていて、その仕事に誇りを持っているから邪魔をしたくないとか。

 陛下も頭を抱えていたけどならばせめて住まいだけでも受け取って欲しいと妥協案を提示して、そこそこの豪邸をイサラ夫妻に与えたのだとか。



 そういった経緯で婚姻を結んだイサラの隣には、当然ながら噂の旦那様が寄り添っている。高身長、爽やかフェイスのイケメンさんだ。

 少し話してみたけど噂通り温和な人で、ゆったりとした優しい声をしている。しかし言葉の端々に優秀さが滲み出ていて、確かにこれはイサラの好みにドストライクだなと思った。

 素敵な旦那様が手に入ってよかったね、イサラ。


 そんな旦那様が隣にいるせいか、イサラへ挨拶に訪れる人は以前に比べるとだいぶ減っていた。今は純粋にイサラ夫妻に話しかけたい人しかこない。

 それに反比例するかのように、ミラーナの人気が大幅に高まった。



 ミラーナは私と同じ年の十二歳。

 元々美少女だったのに最近はさらに磨きがかかっていて、今では直視不能になりそうなほど輝かんばかりの美しさとなっている。


 ハルトかノイス王太子殿下の正妃候補ナンバーワンと噂されているだけあって、教養も立ち居振る舞いも完璧。気弱な面もあるけどそこがまた「守ってあげたい!」という気持ちを呼び起こすらしく、さらなる人気の要因となっている。

 とは言っても妃候補の噂もあってか、挨拶に訪れているのは高い爵位を持つ家の貴公子たちばかり。王族に対抗できるはずもないと、ほとんどの貴公子たちは遠巻きに見ているようだ。


 そして当のミラーナは押せ押せな貴公子たちに圧を感じているらしく、終始私の影に隠れるようにしてこわごわと会話をしていた。

 ミラーナも大変だね。



 そんなイサラとミラーナのあいだに立つ私にも、まぁ、声をかけてくる人間はいる。

 主に、ハルトへの挨拶を終えた令嬢たちだ。


 初めて参加した夜会以来、令嬢たちから「騎士様、よろしければ今宵はわたくしをエスコートして下さいませ!」と熱烈なラブコールを受けるようになっていた。というのも、イサラが彼女たちのファッションリーダー且つリスペクト対象であるからだ。

 あの夜会で私がイサラをエスコートしたことが令嬢たちの中で話題になり、彼女たちにとって私にエスコートされることが大きなステータスのようなものになったらしい。


 私はそんな彼女たちのラブコールを丁重にお断りして、その都度切り出されるお茶会への誘いも「仕事がありますので」とやんわりお断りしている。

 幸い私がハルトの補佐をしていることと魔術研究員として働いていることは彼女たちも知っているようで、断ったからといって険悪な雰囲気にはならず。「休暇が取れた際には是非」と相手側が気遣ってくれるので本当に助かる。


 この国の令嬢たちは性格がいいんだね。

 彼女たちのうちの誰かがハルトの結婚相手になるのなら、それがミラーナでなくても私は安心してこの国で暮らしていける気がしてきたよ。



 ……で。そんな列の中に、ちらほらと貴族のご令息もいたりする。

 しかし例の夜会でハルトが私を友人だと、友人にかかる火の粉はそのままハルトにもかかるものだと宣言したせいか、ほかの貴公子たちからはミラーナに対する以上に遠巻きに見られている。私から不興を買ったらバックにはハルトが控えていると思っているのだろう。

 あれはあの場を切り抜けるための言葉であって、そんな大げさなもんじゃないんだけどね。


 そんな風に私に恐れをなしている貴公子たちを思えば、私に挨拶をしにきている彼らはある意味勇者なのだ。私はそんな勇者たちを讃え、誠心誠意対応した。

 魔族、しかも魔王種ということで嫌厭する貴族もいる中で、好意的に接してくれる彼らは貴重だ。彼らの話題も私が好きな話題ばかりなのでノリノリで話しができる。

 楽しい。彼らには是非友人になってもらいたい。



 そうして楽しいひと時を過ごしたあとのこと。イサラがため息をつきながら「リクはわかってないですわねぇ」と言ってきた。私の影に隠れていたミラーナも「そうですね」と苦笑する。

 え、何の話?




 こうして城下街までもを巻き込んだハルトの成人および拝領フェスティバルは無事に終わりを迎えた。

 イリエフォードでも歓迎式典と領主の引継式が行われて盛り上がっていたけれど、裏側では大急ぎで領主切り替えに伴う作業やら騎士団側の引継やらでてんやわんやだったので、そちらを手伝っていた私は不参加だった。


 式典に参加していたタツキとサラから時々食べ物を差し入れてもらいつつ半泣きになりながら書類を片付けた日々は、全てが終わった今となっては二度と経験できないであろう思い出のひとつだ。

 片付けども片付けども減るどころか増えていく書類の山と迫りくる期限に途方に暮れていたら、何だかちょっと前世の職場を思い出しちゃったよ……。


 まぁそんな気分になったのも移管処理に追われてた時だけだし、私は未成年だったこともあって残業を強いられることもなかったからね……ほかのみなさんに比べたらどうというこもとないんだけども。



 そうして裏方の努力が実って、ハルトは無事、イリエフォードを直轄する王族領主となった。




 引っ越してから一ヶ月。

 ばたばたした日々もようやく落ち着き、私は久しぶりに丸一日の休暇を手に入れた。


 残念ながら王都から離れてしまったので令嬢たちのお茶会には参加できないけど、前世インドアな性格がふと顔を出したのでだらだらとベッドの上に寝転んで、何をしようかなぁなんて考えながら無駄に時間を過ごしていた。

 開け放った窓から入る風が気持ちいい。まだまだ夏で暑いけど、まぁ過ごせないこともない。


 ちなみに私は正式にハルトの配下になったので、執務室付きの部屋が与えられた。折角の執務室なので、読書をするときや魔術研究を自室に持ち帰ったときに使用している。

 執務室にいると仕事ができる人みたいな気分が味わえるから、ちょっとテンションが上がるんだよね。


 でも今日は完全にお休みだ。

 そう、お休みなのだ。


 私は兼ねてから行こうと思っていたフォルニード村に行く権利をハルトからもぎ取──ろうとしたものの、イリエフォードからフォルニード村までは片道半月かかると聞いて、断念した。

 たぶん私単独で行けばそんなにかからないと思うんだけど、アールグラントで保護してもらっている関係上、護衛なしでの外出ができない。


 なのでマナには申し訳ないけれど、いつか近場に行くことがあったらそのとき会いに行く方針にした。

 そもそもたった一日で魔族領に行けるわけがなく、拝命した仕事も何日も空けていい仕事じゃないしね。


 ということで、何をして過ごそうかなぁ……と、ごろごろしているうちに昼になってしまった。

 いかんいかん、こんな様ではこの世界で生き残っていけないぞっ!

 私は慌てて起き上がり、それと同時に閃いた。直接フォルニード村に行けないなら、手紙を書けばいいじゃない! と。


 内容は他愛のないことばかりだけど、もっと話したかったと言っていたと聞いて嬉しかったこと、ぜひお友達になりたいということ、なかなかフォルニード村に行けそうにない状況を伝えて、近くに寄ることがあったら今度こそゆっくりお話しましょう、と書いて締めくくった。


 私は上機嫌で衛兵さんを護衛につけつつ冒険者ギルドに赴いて、手紙の配達依頼を出した。運よくその場にフォルニード村に行く商人の護衛を引き受けた冒険者がいたので、そのまま受託して貰った。

 さて、手紙は無事にマナの手元に届くかな?

 とりあえずその冒険者さんが無事フォルニード村に辿り着けるよう、全力でお祈りしておいた。



 手紙を出すと、一ヶ月後に返信が届いた。すごく綺麗な字で、宛名に「リク=セアラフィラ様へ」と書いてあった。

 私が書いた内容に対しての返答と、同じ魔王種の友達ができて嬉しいと書いてあった。いつか会える日を楽しみにしています、と締めくくられているその手紙は、大事に引き出しにしまいこんだ。


 新しい友達ができてルンルン気分の私は、また折をみて手紙を出そうと思い、街中に可愛い便せんなどを探しに出かけた。

 何だろう、アールグラントに来てからというもの、すごく人間らしい生活を送っている気がする……!



 そんな平和そのものの日々を送る傍らで、実は荒っぽいこともしていたりする。

 それは近辺の平原と森で行われる、魔物の間引き作業だ。


 普段は冒険者ギルドの常設依頼として討伐依頼が出されているけど、ときどき爆発的に魔物が増えることがある。そういうときは騎士たちも出張って間引きするのだ。

 私はその間引き作業に参加させてもらっていた。内勤ばかりしてると体がなまっちゃいそうだし。


 そんな間引き作業には当然のように、ハルトも参加していた。

 戦力を均一化して部隊が組まれる関係上ハルトと共闘したことはないけれど、討伐数を確認するといつも負けている。

 いや、勝ち負けじゃないのはわかるんだけど、ハルトが戦っているところを見たことがないから実力のほどが気になると申しますか。


 おかしいな、私そんなに戦闘狂じゃなかったはずなのに……ちょっと怪しい傾向にあるな。

 気をつけておこう。



 ◆ ◇ ◆



 そうして季節はさらに巡り、天歴2519年。夏。

 ハルトがイリエフォードを拝領して、一周年を迎えた。


 街中はお祭り騒ぎだけど、館の方では特別な催し物はない。ハルトの意向だ。

 朝、館前の庭園に館で働く人々を集めて、ハルトが二階のバルコニーからこれまでの働きへの感謝とこれからの方針、以後もよろしく、と言ったような挨拶をしたくらいだ。


 前世の職場で年に一度行われていた社内全体朝礼を思い出す光景だった。

 ハルトの話は簡潔なものだったけれど、それでも館の使用人や騎士たち、魔術師たちは感動に打ち震えていた。

 やはりハルトはカリスマなんだろうか。私もちょっと感動してしまった。



 一方、夜にはハルトの側近たちだけでちょっとした食事会が開かれた。

 普段は王族であるハルトと同席することはないけれど、この日は特別に、琥珀色の石が付いている青いプレートを持つ面々が集められた。

 つまるところ、集まったのは父、ハインツさん、私。タツキは相変わらず、何かを調べるために飛び回っていて不在だった。


 ハルトはなかなかここに新たなメンバーを加えない。琥珀色の石がついていない方の青いプレートを持つ人間も、副騎士団長の二人だけだ。

 イズンさんが以前、このプレートはハルトが神殿から与えられた「各国の国境を自由に通過する権利」を一部の配下にも使えるようにしたもので、乱用できないから数も少ないって言ってたし、滅多にメンバーが増やされることはないのだろう。


 そんな面々の中に混じって、当然のようにハルトの後ろにはクレイさんが控えている。

 参加しているというよりは、ハルトの身の回りの世話をしに来た感じかな。食事中も給仕さんたちに細々と指示を出している。


 しかしこの面子で食事って言ってもね……男性陣は楽しそうだけど、何となく会話に入れない。食事も美味しいけれど、すぐにお腹が一杯になってしまって手持ち無沙汰になってしまった。

 なので一言断って、バルコニーへと足を向けた。


 外の空気に触れると開放感を覚える。夏でも夜風は心地良くて、思いっきり伸びをしてからはっと背後を振り返った。

 だ、誰にも見られてないよね?


 どうもハルトが王族として参加している場所にいると、細かいことに気を遣ってしまう。その場から離れるとすぐに気が抜けて素に戻っちゃうんだけどね。だって肩が凝るんだもん。

 ハルト個人に対してはそこまで緊張しないんだけど、クレイさんとか側近の人たちが同席しているとどうしても気を張ってしまう。あの妙な緊張感は一体何なんだろう。


 ……とは言っても、イリエフォードの領主となったハルトはずっと忙しくて、同じ建物の中にいるにも関わらず、あまり話す機会はないんだけども。

 私は定期的に休みをもらってるけど、恐らくこの一年、ハルトはほぼ休みなどなかったはずだ。

 本当、王族って大変だなぁとつくづく思う。



「うわー、外は気持ちいいなぁ」



 不意に後ろから声がして振り返ると、ハルトがバルコニーに出てくるところだった。その向こうでは食べ物には興味がないのにお酒の美味しさに目覚めたらしい父とハインツさんがお酒を酌み交わしながら楽しそうに談笑している。

 クレイさんは相変わらず給仕への指示をしながら、父やハインツさんのお酒が切れないように管理してくれているようだ。クレイさんも真面目だよねぇ。


「ハルトも休憩?」

「んー、まぁ、そんなとこ」


 言いながら、バルコニーの手すりにもたれかかる。お疲れのようだ。


「大変だねぇ、王子様も、領主様も」


 ついそんなことを言うと、ハルトはちら、と私に視線を投げてからまた正面に向き直る。


「俺も最初はそう思ってたよ。王太子だった頃は王様なんて務まらないだろうって思ってたし。でもそれが自分の役割なんだと理解してからは、勉強も武術も魔術も頑張って覚えた」


 真剣な眼差し。けれどそれもすぐに和らいだ。


「でもさ、それはそれで結構楽しかったんだ。だから大変だろうなと思いながらも、自分の状況をそれなりに受け入れてたんだ」


 どこか懐かしむような表情で、ハルトは視線の先の夜闇を見つめている。

 しかし不意に、その顔には苦い笑みが浮かんだ。


「でもなぁ……勇者だけは、無理だって思った。だから逃げ出してさ。それでも結局、今の俺が目指しているのは王様じゃなくて勇者なんだよなぁ。俺が目指す勇者になる上で今の状況は必要なものだから、大変だけど頑張れる」


 苦い笑みはいつしか爽やかな笑顔に変わっていて。

 私はその横顔を眺めながら、偉いなぁ、と思った。そんな風に考えられるのはすごいことだと思う。相変わらず目標や目的を定めたら一直線なんだね、ハルトは。


 一方で、私はどうだろう。

 生まれてからずっと妖鬼として魔族領内を逃げ回っいて、その生活が半ば当たり前になっていた。でも前世の記憶を思い出してからは、どこかに定住することを望むようになって。

 やがて母を失い、父とはぐれ、小さな妹を抱えて途方に暮れていたところを、城塞都市アルトンのアーバルさんたちに助けられて……。

 そのままアルトンに定住して、それからの私の生きる目的や目標は、サラを立派に育てることと、いつかどこかにマイホームを持ってのんびり暮らすことになっていた。


 そして今、私はアールグラントにいる。

 サラはもう私の手を離れ、私が守らなくても父が守ってくれる。マイホームはアールグラントで保護されている限り手に入らなくなってしまったけど、定住はできている。仕事もある。

 でも今の私は、一体何を目指しているんだろう。


「いいなぁ」


 無意識にそんな言葉が零れ出た。ハルトがこちらを振り返る。

 私はハルトから視線を逃がすと、夜闇の中白く浮かびあがる立派な館を見上げた。


「今の私には目標も目的も、何もないなぁ。魔術研究だけが、唯一の楽しみになってる気がする」


 空っぽだ。

 魔術研究は確かに楽しいけれど、目標や目的という意味では何だかちょっと違う気もする。もっと魂を燃やすような、全力で向かって行きたいような熱い気持ちには届かない。


 今目の前にいるハルトは声も立ち姿も静かだけど、語っていた想いは強く激しい熱を帯びていた。人生そのものを、その目的や目標の方向へと傾けている。

 そんなもの、今の私にはない。それが何だか空しかった。

 同時に、それだけの熱を傾けられる何かを見つけられたハルトが、羨ましくもあった。


「……もしよかったら、だけど」


 ふと、ハルトが手すりに寄り掛かるのをやめて、体ごとこちらを向いた気配がした。釣られるように私もハルトに向き直る。すると、真っ直ぐこちらを見つめる瞳と目が合った。

 月の光を受けて、琥珀色の瞳が金色に輝いて見える。


「もしリクが今、自分の向くべき方向を見つけられずにいるのなら、それが見つかるまでのあいだでいい。俺の、力になってくれないか?」


 正面から真っ直ぐに、ハルトの言葉が私に届けられた。

 どういうことだろうと首を傾げると、ハルトは小さく頷く。


「俺は勇者ジルのようになりたい。困っている人を見捨てず、迷わず手を差し伸べられるような人間になりたいんだ。でもそれってさ、そう簡単にできることじゃないだろう? だからまずは困っている人が少しでも減るように、王族としてできることをしようと思ってるんだ」


 真剣な表情で改めて自らの想いを語るハルトは、すごく大人びて見えた。

 それもそうか。この世界ではもう成人してるんだし、前世年齢も考えれば精神面でも十二分に大人だ。

 まぁ、それを言ったら私も同じなはずなんだけど……。


「正直、リクが色々と仕事を手伝ってくれて助かってる。できたらこれからも助けて欲しいし……何というか、前世のこともあるからかな。リクに傍にいてもらえるとすごく安心する」


 お、おぉ。何だ、急に。照れるじゃないか。

 どう反応したらいいのかわからず挙動不審になりかけている私をよそに、ハルトは言葉を続けた。


「リクが助けてくれるなら、こんなに心強いことはない。だから俺としては、これからも傍にいて欲しいと思ってる」


 この言葉に、私はぴたりと動きを止めた。

 そんな風に評価してくれているなんて、思いもしなかった。


「……どうだろう。俺を助けてくれないか?」


 真摯な態度に、私も心を落ち着けて背筋を伸ばす。それから少し考える。考えつつ──小さく笑ってしまった。

 ハルトが不思議そうに首を傾げる。


「ふふっ、ごめん。真面目な話をしてるのにね。でも、何だか変な感じだなって思って。だって私たち、前世じゃあまり接点がなかったし。なのに今世では数少ない同胞で、特別な存在で……不思議な気分だなって」


 それにちょっとだけ、寄せられている信頼がくすぐったい。


「あぁ、それは確かに」


 ハルトも小さく微笑む。


「俺はリクやタツキの存在を知って、この世界で生きて行くことに希望が持てた気がしたよ。やっぱり何か、特別に思う感覚がある。だから──」


 すっと、ハルトが右手を差し出してきた。


「頼む。俺を支えてくれ」


 ハルトの真っ直ぐな意志と言葉が、改めて向けられた。

 こんなに真剣に誰かから何かを頼まれたことは、前世を含めても初めてのことだった。そう思うと自然と気が引き締まる。


 それに、ここまで言われて断ったりしたら私の信念に反する。

 信頼できる相手から頼られたら、できるだけその人の力になる。例え力不足だったとしても寄り添うことはできるのだから、どんな形でもいい。頼ってくれた相手の支えになる。

 それが前世からの私の密かなルールだ。


 私は差し出されているハルトの手を取った。

 そして。


「そこまで言うなら、支えてあげる」


 意気込みを込めて強気な笑みを向ける。

 するとハルトは心底嬉しそうに、屈託のない笑顔を浮かべた。


 その笑顔を見た瞬間、思わずかわいいなぁ……なんて思ってしまった。

 慌てて頭を振ってその考えを追い払う。男の人に対してかわいいはないだろう、かわいいは。


 気を取り直して、私はぎゅっとハルトの手を握った。

 こうして頼ってくれたのだから、私は絶対にハルトを支えよう。そのためにも、まずは……えぇと、何をすればいいのかな?

 ……まぁ、それは追々考えるとして。今できることからやっていけばいいか。




 こうして私は気持ちを新たに、このイリエフォードで生きて行く決意をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ