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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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3.【タツキ】真相を知らされた唯一の転生者

 気がつくと、白くて柔らかい床の上にいた。

 状況がまるで把握できず、意識にかかる靄を振り払うように頭を振った。それからぼんやりと周囲を見回す。


 床に近い空間にはただただ白が広がっていた。そこから視線を上げていくと、空の色が白から紫紺、濃紺へとグラデーションになっていく。そして天頂に至れば、そこは夜闇の色。

 その闇色の中を、大量の光がもの凄い早さで流れていっていた。


「……流れ星?」


 思わず呟くと、


「あれらは全て魂だ」


 不意に答えが返ってきた。

 驚いてそちらを見ると、存在感のある鮮やかな紅い瞳と目が合う。


 そこには白い髪に紅の瞳、繊細な芸術品のような印象を受ける、人の姿をした何かが立っていた。


 人ではない。それだけは確かだ。

 それほどまでに圧倒的な存在感と、神々しい雰囲気が漂っていた。


 神々しい。

 そうか。神様か。

 そう思うとすとん、と納得できた。


 ついに僕も成仏できたってことかな……?


 そんなことを考えていると、神様は困った顔になった。それから小さくため息を吐き、口を開く。


「此度は申し訳ないことをした。こちら側の世界からあふれた魔力が、そちらの世界に干渉してしまったようだ」


 何だ何だ、急に謝られても何のことかわからないんだけど。

 ていうか、まりょくって何だろう?


「私の名はイフィリア=イフィラ。生命を司る神だ。この場に意識を保ったまま立っている者は珍しい。そなたは特別な魂を持っている。ゆえに、そなたに全てを話そうと思うのだが、どうだろうか」


 やっぱり神様だったらしい。

 しかし、どうだろうかって聞かれてもなぁ。全てを話すって一体、何について……。


 そこまで思考を巡らせたところで、唐突に思い出した。

 ここで目覚める直前までの、自分の記憶が頭の中で再生される。



 生まれてすぐに、肉体から魂がはがれた。

 自分としてはそういう感覚だった。

 そのまま僕は体を失い、魂だけの存在になった。


 だからと言って天国に行くわけでも地獄に落ちるわけでもなく、ただ現世に残り続けていた。

 理由なんてわからない。でも自分ではどうすることもできず、ただ無事に生まれ成長していく双子の姉を見守っていた。


 そんな僕にも、両親は名前を付けてくれた。

 瀬田(せた) 龍生(たつき)

 生まれてすぐ命を落としてしまった僕に両親が送ってくれた、大きな願いの込められた名だ。次に生まれる時は龍のように力強く生きて欲しいという、願いと愛情が込められている。


 そんな僕の名を、毎日のように呼んでくれていたのが双子の姉、瀬田(せた) 理玖(りく)だ。

 ほかの家族も仏壇に手を合わせてくれていたけれど、理玖だけは毎日僕に語りかけてくれた。


 やれ、今日はえりちゃんが転んで血がたくさん出て大泣きして自分もつられて泣いちゃったとか、やれ、今日は授業中に眠気に勝てなくて寝てしまったら先生に見つかって怒られたとか。

 ほんのささいなことを、毎日毎日話してくれた。

 もしかしたらそれが嬉しくて、楽しみで、そのせいで成仏できないのかな、なんて思う時もあった。


 ただ悲しかったのは、僕は死んでいて、何をしたくとも何もできなかったし、何を伝えたくても誰にも届かなかったこと……だろうか。



 あの時もそうだった。



 嫌な感じはした。

 でも成す術もなかった。

 気付いた時には全てが吹き飛ばされた。

 僕も、吹き飛ばされていた。



 理玖は、家族は、どうなったんだろうか。

 思い出してしまえば、もう家族のことが心配でいても立ってもいられなくなった。


「そなたのいた町は、全て消えてしまった。生存者はいない」


 こちらの様子から察してくれたらしい神様が、絶望的な言葉を投げかけてきた。

 衝撃で焦点がブレるような感覚。足下の床が突如消えてしまったかのような喪失感に襲われる。


「う……そ……うそ、だ」


 自分で否定しておきながら、しかしどこかで神様の言葉が真実だろうと確信している。それほどまでに、あの時の衝撃は凄まじかった。


「何で……どうして?」


 確信してしまったからこそ、聞かずにはいられなかった。


「それをそなたに話しておこう、と思っていたのだ。全てを話す。聞いてくれるな?」


 そんなの答えは決まっている。


「お願いします……教えてください!」

「うむ。先ほど言った通り、あの魔力暴走事故はこちら側の領域にある世界が原因で起こった事故だ。その管理者たる神として、気付くのが遅れ、止められなかったことをまずは謝罪したい。申し訳なかった」

「……神様でも、止めることができないようなものだったのですか?」


 そんなこと、あるのだろうか。


「そうだ。神も万能ではない。幾百幾千とある世界全てに目を光らせることは困難だ。だが、言い訳をすることは許されない。ゆえに、せめて被害に遭った魂たちに対して特別な措置を取ろうと考えているのだが……」

「特別な措置……?」

「そうだ。そなたにこうして話すのも、その一つだと考えて欲しい。本来なら神が個に対して便宜を図ることは許されていない。だが今回は緊急事態だ。全てを話した上で、できればそなたの力を借りたい」


 ……ん? 何やら雲行きが怪しいぞ……。


「……まずは、魔力暴走事故の話をしよう。その前知識として、世界の仕組みについて話しておく必要がある」


 あ、何だか難しそうな話がきそうだ。

 僕は背筋を伸ばして耳を澄ませ、頭をフル回転させながら次の言葉を待った。


「世界は表裏一体の構造になっている。と言っても、地面の裏側にもう一つの世界があるという意味ではなく、これも厳密には違うが、表の領域と裏の領域が平行世界のようになって存在していると考えてくれたらいい。表の領域がそなたのいた世界側、対して、今回魔力暴走事故を起こしたのが裏側の領域にある世界だ」


 僕は自分なりに神様の言葉を噛み砕いていく。

 幸い、昔理玖がやっていたゲームに似たような世界観のゲームがあったので、それを基に想像を膨らませた。


「表側の領域と裏側の領域の違いは、主に魔力の存在量にある。表側の領域には魔力が微量しか存在しないが、事故を起こした裏側の領域には多量の魔力が存在している。通常表側と裏側の領域は魂すら行き来できない全く別の空間を持っているのだが……今回はどういうわけか、裏側の領域にある世界から表側の領域にあるそなたのいた世界に何者かが干渉したのだ」


 何とか理解して頷くと、神様は話を続けた。


「そうして強大な魔力が裏側の領域から表側の領域にあふれたことで、多くの命が奪われてしまった。それを私は、防ぐことができなかった。その償いと言ってはなんだが、今回命を落とした者たちは全て、裏側の領域にある世界へ、新しく生まれ出る命として送り出そうと考えている」


 それはつまり、異世界への転生ってこと……?

 魔力と言い転生と言い、どんどんファンタジー色が濃くなってきたなぁ。


 ん? でも待てよ。ちょっと気になることが。


「そこでどうして別の世界に転生させるって話になるんですか? もといた世界に転生させればいいのでは?」


 浮かんだ疑問をそのまま口にすると、神様は困ったような表情を浮かべた。


「それは不可能だ」

「何故です?」


 間髪入れずに問いかければ、今度は目を伏せてしまった。


「今回の件で命を落とした者たちはみな魂が変質し、強い魔力を帯びてしまっている。そのような魂は、魔力量の少ない地球へ送り出そうとしたところで異質であると判断されて弾かれてしまうのだ」


 へぇ、そんな仕組みがあるのか。

 なら仕方がない……のかな?


 とりあえず「なるほど」と頷くと、神様は伏せていた目を開け、改めて僕と向き合った。


「そういった理由で魂の送り先は裏側の世界にせざるを得ない。ただ、その送り先の世界は危険が多く、生き残るには力が必要だ。そのため、技術や知識を会得する助けになるであろう前世の記憶は残しておく。世界の均衡を保つ必要もあるから同じ時代に送り出せる人数には限りがあるが……」

「でもその流れからすると、僕はちょっと違いますよね? 最初から死んでいたわけですし」


 僕の純粋な疑問に、神様は小さく頷いた。


「それは知っている。だが、そなたはその魂(・・・)との繋がりが強く、私の力をもってしても切り離すことが困難だ。しかしその魂は此度の事故の犠牲者。ゆえに、その魂と共にそなたもこちら側に受け入れることにしたのだ」


 その魂……?

 言われてから見てみると小さな光がひとつ、ふわふわと僕の周りを漂っていた。


「理玖……」


 それが理玖であると、直感的に理解した。

 呼びかけてはみたが、その光……理玖の魂は、ただその場を漂うばかりで何の反応も示さない。

 それが何だか寂しく感じた。

 

「……今回の件だが。私としては今後再発させないためにも、原因を探りたいと思っている。だが、神というのも縛りが多く直接出向くことができない。そこで、そなたに頼みたいのだ」


 あ。きた。

 僕はちょっとだけ身構えた。


「今回の件の、原因を探ってはくれないだろうか」


 やっぱりか……。


「僕には荷が重いです。他に適任者はいないのですか?」

「おらぬ。他の者たちは魂が損耗した状態で、私の名付けに耐えられない。しかしそなたは違う。前世で生を受けたものの魂を消耗することなくここに辿り着き、私と対話までしている。そんな者は、今回の事故に巻き込まれた者の中にはほかにいないだろう」


 名付け……?

 ほかの言葉よりもその一点が気になった。


「……その名付けとは、どのようなものなのですか?」

「私が直接名を授ける。そうすることにより、名を受けた者に私の加護が付く。加護はそのままそなたの力となろう」

「その力で原因を探れ、と……?」

「そうなるな。今回の件に関してはほかに手がない。もし頼みを聞いてくれるのであれば、そなたの望みをできる限り叶える用意はある」


 あ……これは、転生ものによくあるあれか。

 チート補正が貰えるやつか。


「チート……?」


 神様がつぶやく。

 何となくそんな気はしていたけれど、どうやらこちらの思考が読まれているようだ。


「その通りだ。見たくなくても視えるし、聞きたくなくても聴こえる。盗み聞くつもりはないのだが、どうにもそなたの思考はやたら聴こえてくるのでな……」


 そうか、それならまぁしょうがないか。

 それよりも今は聞くべきことがある。


「もし、断ったらどうなりますか……?」


 考えても読まれるなら、全て口に出してしまおう。

 そう思って問いかけると、神様は困った顔になった。


「原因が掴めぬままになる。となれば、再発することもあり得るだろう。そなたに関して言えば、名付けで得られる利点が得られぬというくらいだろう」

「名付けで得られる利点……ですか?」

「あぁ。そなたがどのような答えを出そうと転生はさせるつもりだが、恐らくこのまま転生してもそなたはその魂の付属物のまま転生し、新たな世界でも肉体を得ることは難しいだろう。だが私の与えた名さえあれば強い力を持った魂へと昇華する。そうなれば、これからその魂が転生する世界で精霊として生を受けることが可能だろう。精霊は肉体を持たぬ魂。力ある魂そのものだからな」


 あれ? その言い方だと……。


「……僕は、転生したら理玖と同じ世界、同じ時に生まれる……ということですか?」

「そうだ。そなたらの結びつきは先ほども言った通り、私でもどうにもできぬ」


 そうか。そうなのか。

 先にそれを聞いておけばよかった。


 僕の中で気持ちが固まった。


「このお話、お受けします。ただ、いくつか叶えて頂きたい望みがあるのですが」

「頼みを聞いてくれるのであれば、こちらも助かる。できる限り、望みを叶えよう」


 ほっとした顔の神様の言葉に「ありがとうございます」と頭を下げると、気を引き締めて望みを口にした。



 こうして、僕は神様からユハルドという名を頂いた。




 ◆ ◇ ◆


 転生後、僕は確かにリクの傍に生まれた。

 そして、リクの守護精霊となった。


 まだ赤子のリクからは前世の記憶があるのか判断できないけれど、無理に聞く必要もないだろう。ここで改めて姉弟として生きていければいい。

 ……あぁ、種族が違うから姉弟は無理か。でもそれに近い者にはなれると思う。


 そう思いながら三年の月日を経たある日。

 リクが言った。


「タツキはわたしのおとうとだから、わたしがまもってあげるからね!」


 そう言って見上げてくる顔。

 前世そのものの、リクの顔。

 驚いた。けれど、それ以上に嬉しかった。

 その場を何とかやり過ごして、後でひとりでこっそり泣いた。


 今度こそ、本当の姉弟に。


 その望みが本当に叶うのだと、嬉しくて泣いた。

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