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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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26.【リク】九歳 別れの時

 イズンさんたちが現れたその日から、私は慌ただしい毎日を送っていた。

 理由は、父に会うためにオルテナ帝国を出て、アールグラントに向かうことにしたからだ。



 まず最初にタツキとお互いにどれだけ前世のことを覚えているのか確認し合った。

 私は三歳頃に前世の記憶の全てを思い出したので、それをそのまま伝えた。


 タツキは前世では所謂成仏はしておらず、大半の時間を我が家の中で過ごしていたらしい。

 ただ、半ば私の守護霊のような状態だったようで、たまに私にくっついて外に出たりもしていたとか。そのおかげか、前世の一般常識は多少身に付いているらしい。

 そう言えばアーバルさん宅で何も考えずにフォークを使わせたりしてたけど迷わず使えていたし、お辞儀をしたりと言った礼儀もある程度こなせていたっけ。


 そして食への執着の原因もどうやら前世にあるらしいことがわかった。前世でずっと気になっていたもののひとつが食べ物だったらしい。

 今世で単独行動中に屋台の食べ物を食べて以来、食べることがすっかり好きになってしまったのだとか。


 勉強に関してはどうなんだろうと確認してみたら、何故か凄く頭が良かった。ただし、前世で通用する頭の良さじゃなくて、今世で通用する方の頭の良さだけど。

 そう言えば何故妖鬼には食事や睡眠の必要がないのかとか、結構しっかりした考察を述べてたっけ。

 気になって理由を聞いたら、まだ内緒だと言われた。一体何を隠してるんだ、タツキは。


 それでもお互いに、前世から姉弟であったことを覚えていたのは確かなことで。

 私たちは改めて涙ながらに再会を喜びあった。横で様子を見ていたサラはずっと首を傾げっぱなしだったけれど。




 その後アパートの契約を解除したりアルトン中の知り合いに挨拶して回っていたら、アルトンを出る準備に一ヶ月近くかかってしまった。

 一番大変だったのが、領主さんへの挨拶だ。

 イズンさんが同行してくれたけど、領主さんから「我々から希望を奪うと言うのか!」と言われてどん引きした。


 何ですか、希望って。いつそんなものになったんですかね、私。


 そう思っていたら、どうやら私の知らぬ内に私にはもう一つの異名が付けられていたらしい。

 それが”守護聖”だ。


 身に余る上に由来が謎すぎるので、即刻その異名は削除して貰うことにした。

 異名の削除とかできるのかわからなかったけれど、領主さんとアルトンのギルドマスターに掛け合って、何とか火消しには成功した。

 それでもまだまだ厨二病チックな異名は残ってるけど……もうそれはどうにもならないからいいや……。



 様々な引き止めやら手続きやら、身辺整理に一ヶ月。

 そのあいだに無事に私に手紙が渡ったことを伝えるため、イズンさんを残して二人の騎士がアールグラントへと帰っていった。

 その際頼まれて返信を書かされたけれど、共通語の文字を書くのが苦手な私にはただの苦行だったので、敢えて割と得意な魔法陣に用いる魔術文字で返信を出した。

 そしてハルト殿下を真似て右下の自分の署名の下に小さく日本語で「お会いするのを楽しみにしています」と加えておいた。


 さて、魔術文字、ハルト殿下は読めるかなぁ。

 まぁ読めなくてもお父さんが読めるから何とかしてくれるだろう。




「リクちゃん、またいつでも遊びに来てね」


 明日出発することにした私は、この日は最後の晩餐のつもりで思い切ってアーバル邸にお邪魔していた。

 本当はこの家に来ることでアルトンから離れ難くなりそうだったから悩んだんだけど、やっぱりどうしてももう一度、ラセットさんの手料理が食べたくなってしまったのだ。

 朝のうちに一度お邪魔して夕食を御馳走になってもいいか確認したら、「是非!」と言って貰えたので姉弟妹揃って大喜びで伺った。

 もちろん、大量の手土産を持って。


 ちなみにイズンさんも誘ったんだけど遠慮されたので、無理矢理連れて来た。

 イズンさんは恐縮していたけれど、いざアーバル邸に辿り着くと早めに帰宅してくれていたアーバルさんと意気投合したらしく、ずっと二人で楽しそうに話し込んでいた。


 そうしていつも以上に美味しいご飯を御馳走になり、すでに眠ってしまっていたアーバルさんたちのお子さんであるローシェンくんにもちょっとだけ挨拶をして、今はそろそろ御暇しようという段になっていた。


 寂しそうにしながらも優しく抱きしめてくれるラセットさんを、私もきゅっと抱きしめ返した。


「絶対またアルトンに遊びに来ますね! その時はまた、美味しいご飯を御馳走して下さい」


 私はラセットさんから一歩離れると、アーバルさん、ラセットさんの順にその顔を見上げた。すっかり見慣れた、優しくて安心する顔がそこにあった。


「私、アーバルさんとラセットさんは、アルトンでのお父さんとお母さんみたいで、大好きでした。私たちが今日までここで暮らしてこれたのも、お二人のおかげです。本当に本当に、ありがとうございました」


 ぺこり、と頭を下げる。横でタツキとサラも同じく頭を下げた。

 最近はサラも真似っこではなく、意味を理解して頭を下げているように感じる。


「ははは。俺がお父さんじゃあ、リクちゃんからしたら相当頼りないお父さんだったね」

「そうね。だってリクちゃんがいなかったらローシェンが生まれる時、助産師さんも連れて来れなかったものね」

「それどころか、俺はとっくにイフィラ神の許に旅立っていたよ。あの時はありがとうね、リクちゃん」

「ふふ、どういたしまして」


 そうだそうだ、そんなこともあったっけ。

 一年ちょっとしかいなかったのに、そう思うと色んなことがあったなぁ。


「例のお話ですか?」


 ひょこ、と話題に加わるイズンさん。


「そうそう、俺が危なく大型黒狼に頭を噛み砕かれそうになった時、颯爽と現れたリクちゃんが助けてくれて」

「リク様の噂はアールグラントのギルドや商人の間でも有名ですよ。きっとあの異名が付いた案件のことでしょうね。 “白銀の流星”と“瞬速の狩人”と……」

「“漆黒の牙”!」


 ひっ! やめてその異名は!!

 そう思うが、この異名に関してはもうどうしようもなく広がってしまっているし、誰もが「かっこいいなぁ」と賞賛しているので私が「その異名は痛すぎるので止めて下さい」と否定しにくくなってしまっているのだ。

 耐えろ! 私っ!!


「いやはや……ハルト殿下はリク様を情報屋を使ってまで探そうとしていたらしいのですが、情報屋の方から情報料はいらないと言われるほど有名でいらっしゃいましたからね。ハルト殿下ももっと早くギルドに問い合わせればよかったと後悔されてましたよ」

「えっ、そこまでして探そうとしてくれてたんですか」


 思いがけない話に驚くと、イズンさんは笑顔で頷く。


「えぇ、殿下はイム殿を大層気にかけていらっしゃいますからね。本当はもっと早く恩人の家族を捜したかったようですが、帰国してから半年ほどはなかなか身動きが取れなくて、もどかしく思っていたようです。ギルドへの問い合わせなら城内からでもできたのに、と後悔されていました」


 随分と義理堅い王子様なんだなぁ。

 しかし一体何者なのかね、ハルト王子。前にちらっと聞いた話ではこの東大陸にある国の王族は、結構な確率で真名を……前世の名前をそのまま今世の名前として使っているとか。

 だとしたらハルト王子も前世の名前自体が『はると』かもしれないよね。

 漢字で書くなら春人とかかな? いや待て、もしかしてキラキラネーム系かも知れないぞ。そうなると全くわからん。


「ハルト王子と言えば、勇者ハルト様ですよね? 魔王ゼイン=ゼルを倒して生還した。確か、昨年の秋頃に街の掲示板に神殿からの文書が貼り出されてたような……。ってことはもしかして……リクちゃんのお父さんって、ハルト王子と一緒に帰還したって言う英雄イムサフィートのこと!?」

「えいゆう!?」


 おとーさーん!? 何そのすごい肩書き!!

 あっ、でもそう言えばイズンさんにお父さんの名前を伝えた時、勇者と一緒に魔王を倒したとか言ってたっけ。にしても英雄って!


 そして王子! 勇者なんですか!!

 えぇっ、私魔王種だけど会って大丈夫かな、討伐されないかな。

 会ったら速攻で無害アピールをしなければ……。


 あー。それにしても、もうひとつびっくり。

 魔王ゼイン=ゼル、倒されたのか。

 魔族領にいた時は随分しつこく配下に追い回されたものだけど、よくよく思い出してみれば、いつの間にかゼイン=ゼルの配下が現れなくなってたっけ。あの頃には追い込まれてたのかな。


 あぁ、私がうきうき貯蓄生活を満喫しているあいだにも、世界は動いていたんだなぁ。

 前世から情報収集に関してはずぼらだったしなぁ……これは今後の課題かな。もっとこまめに街の掲示板や号外をチェックするようにしよう。



 そんな話で盛り上がっているうちに、すっかり遅くなってしまった。私たちはアーバル夫妻に別れを告げ、すでに借家を引き払ってしまっていたので宿屋に向かう。

 宿に着くとイズンさんとも別れて、自分たちが借りている部屋に入った。


「お姉ちゃん、明日、アルトンとお別れなの?」


 部屋に入るなり、サラが俯き加減で呟いた。


「そうだよ、お父さんが生きててくれたから、お父さんに会いにアールグラントに行くんだよ」


 答えを聞くなりサラはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐ私を見た。

 そして、はっきりと言い放った。


「サラはアルトンがいい。どこにも行きたくないっ!」


 大きな声。

 びっくりした。サラがこんな大きな声を上げるのも、こんな風に強い主張をしたのも初めてだった。

 あわわ、どうしよう、何て言って説得しよう。


「──じゃあ、サラはひとりでここに残る?」


 慌てる私とは裏腹に、タツキが冷たい声でそう返した。

 おぉ……確かに、そういう風に返すのもありだけどさぁ。


 案の定、サラの目に涙が溜まり始める。

 普通の子供だったらもっと色々と言って来たかも知れない。けれどサラは言わなかった。

 今どれだけの言葉を飲み込んでいるのだろう。涙も溜まるだけで、零しはしなかった。


「……わかった。わがまま言って、ごめんなさい」

「ごめんね、サラ」


 サラがあまりに聞き分けがよすぎて思わず謝ると、サラはぶんぶんと首を横に振った。

 溜まっていた涙が僅かに散る。


「サラは、お姉ちゃんが一生懸命だったの知ってるから。一生懸命サラを守ってくれてたの、知ってるから、いいの。タツキも、わがまま言ってごめんなさい」

「……ごめんね、サラ」


 謝られたタツキも私と全く同じ反応を返した。けれどサラは、今度はにこっと笑った。


「いいの、タツキも一生懸命お姉ちゃんとサラを守ってくれてたから。知ってるよ、ずっと寝ないで守ってくれてたの。サラ、お姉ちゃんのこともタツキのことも大好きだから、ふたりが行くならサラも行く。置いて行かないでね」


 サラはまだたったの四歳なのに、魔族故だろうか。幼いながらも色んなことを考えていたようだ。

 私はサラをそっと抱きしめ、改めてこの子をしっかり守り育てようと決意した。



 ……けれど、最近気付いてもいる。


 サラは母に似ている。顔もだけど、その能力も。

 私より滑舌が良くなるのが早かったサラは、すでに詠唱で攻撃魔術が一通り使えるようになっていた。

 その威力はまだ母には及ばないものの、父には追いつきそうだ。


 だから思う。

 一体いつまで私が守ってあげる立場でいられるのかな、と。

 そのうち私が守られる立場になってそう。

 割と本気で、そう思っている。


 私は姉として、この成長の早い妹にあとどれだけのことをしてあげられるんだろう……。






 翌朝。

 日があるうちに少しでも距離を稼ぐため、私たちは朝陽が昇る中、宿をあとにした。

 道端やギルド前にも見送りの人が結構いて、その人数に私たちだけでなく、合流したイズンさんも驚いていた。


 そうして城門に辿り着くと、驚くべきことに領主さんやギルドマスター、リッジさんやララミィさん、アーバルさんにラセットさんとまだ眠たげなローシェンくん、ほかにも偵察隊の兵士さんも集まってくれていた。

 すでに挨拶を済ませていたのもあって、彼らを代表して領主さんが小箱と布で包まれた何かを持って前に出てくる。


「リクさん、私はあなたの家族への想いに心を打たれた人間です。そんなあなたを育てたお父上と無事再会できるようにと、我々一同でお守りを用意しました。どうか受け取って下さい」

「あっ……ありがとうございます!」


 お礼を言って差し出された小箱と布で包まれたそれを素直に受け取る。

 何だろう。


「開けても良いですか?」

「どうぞどうぞ」


 そわそわしながら私はまず布で包まれている方から確認することにした。

 丁寧に布を解いていくと、現れたのは鍔に薔薇の意匠が入った護身用の短剣だった。鞘にも蔓薔薇の意匠が彫り込まれている。かっこいいっ!

 そっと鞘から抜いてみると刀身が僅かに青っぽい光沢を帯びていて、つい見入ってしまう。


「それはっ……魔剣ですよね!?」


 後ろに控えていたイズンさんが驚きの声をあげた。

 慌てて領主さんに向き直ると、領主さんと周囲にいた面々は満足そうに頷く。


「そんな凄い物を……!」

「リクさん、それはあなたが助けてくれた人たち全員からの気持ちです。きっとリクさんを守ってくれますから、持っていて下さい」


 ララミィさんが説明してくれる。

 私はララミィさんの顔を見てから改めて短剣に視線を戻した。


 う、嬉しすぎるっ!


「箱の方も開けてくれよ。絶対気に入るから」


 と、リッジさんに促されて私は短剣をベルトに留めて、小箱の方をそうっと開けてみた。

 中にあったのは大きな雫型の赤い石のブローチで、金細工で縁取られていた。


 こ、ここここれっ、もしかしてルビー!? だとしたらこの大きさって、超高価なんじゃ……!

 しかもよく見ると石の中に魔法陣が浮き上がって見える。タリスマンだ!

 しかもこの魔法陣、その歴史的且つ魔術的価値が半端ない。

 いよいよ価値が天文学的な様相を呈して来た……!!


「こっ、これは、頂いちゃっていいんですか!?」

「お、さすがだな。そいつの価値がわかるのか。まぁ気にすんなよ、それは俺たちパーティがダンジョンで手に入れた物で、組み込まれてる魔法陣はただの安全祈願みたいなもんだ」

「えぇぇ、何言ってるんですか! この魔法陣は今や失われた古代魔術文字で組まれた魔法陣ですよ!? ととととと、とんでもない価値がですねっ!」


 私は興奮しながらこのタリスマンの価値について力説した。しかしその素晴らしさを理解する人間があまりに少なくて、最後は「まぁ貰ってくれよ」とリッジさんに押し切られて受け取った。


 うぅ、何故この魔法陣の素晴らしさがわからないんだぁ……。

 私は自らの無力さに半泣きになったが、みんなはそれを嬉し泣きと受け取ったようだ。とても満足そうに微笑んでいる。

 まぁ、みんなの気持ちだと言われたら価値云々なんて言うのも野暮と言うものか。


「みなさん、ありがとうございます! いつかまたアルトンに来ますから、私のこと忘れないで下さいね!」


 そう言って手を振ると、沢山の人たちが頷きながら手を振り返してくれた。

 こうして私たちはアルトンの人々に見送られ、イズンさんが操る馬車に乗って城塞都市アルトンを後にした。

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