25.【リク】九歳 子守の番犬
天歴2515年。季節は無事に春を迎えた。
私は九歳になった。
地図上では季節感が曖昧な魔族領と同じ緯度ではあるものの、オルテナ帝国の季節の変わり目は割とはっきりしていた。特に冬はたくさん雪が降った。そしてかなり積もった。
タツキやサラは大はしゃぎだったけど、前世も今世も寒いのが苦手な私は極力外出せずに引き蘢った。
アーバルさんにこの国の冬は毎年こんな感じなのか聞いてみたら、オルテナ帝国の冬は積雪で街同士の交通が麻痺するのが常らしく、秋のあいだに冬支度を整える習慣があるほどなのだとか。
その話を聞いて、私は愕然とした。
オルテナ帝国。
どうやら私が暮らすには気候的に厳しい国だったようだ……。
アルトンの人々は優しくて温かいけど、冬の寒さと積雪量がちょっと無理。耐えられない。
あっでも前世を思うに、冬のビル風の凶器っぷりと比べたらまだましかもしれない。
てかそもそもビル風って夏は熱風にもなるし、基本的に凶器だよね……。
よかった、この世界には高層ビル群とかなくて。
耐えに耐えた冬が終われば、待ちに待った春がやってくる。
雪がぴたりと止み、温かい日差しが差し込むようになると、街中の雪が溶け始めた。
一部の雪は地中に作られた保管庫を冷やすために使うとかで、街のあちこちに最後の雪を集めようとしている商人や兵士の姿がみられた。長期的な保冷に関しては現存の魔術や魔術道具ではどうにもならないので、こういった地道な作業を伴う生活の知恵が活用されているようだ。
そんな光景を眺めながら私は、いつかオリジナルの魔法道具を作れるようになったら保冷用の魔法道具を開発して、この街に売りにこようと考えていた。
きっと街の人たちも喜ぶし、私の夢のマイホームもぐっと現実に近付くに違いない。
うふふ、楽しみ。
そんな野望を抱きつつ、今日から晴れて安心安全ぽかぽか陽気の中散歩ができるぞ! と、私は上機嫌で街中に繰り出した。
隣をサラもスキップでついてきている。
サラもあと少しで四歳とは言え、あの年で普通にスキップできる子ってどれくらいいるんでしょう?
あぁ、うちの子天才すぎるっ!!
スキップってできない人はいくつになってもできないんだよね。
前世の弟がそのタイプで、まるで前に進まない謎のスキップに大笑いした覚えがある。
なぜ前に進めないのか見ていてもさっぱりわからなかったし、なにかがおかしいのはわかるんだけどその原因を追及しようとすると自分までうまくスキップできなくなってしまうというトラブルが発生し、結局原因の究明は叶わなかった。今となっては懐かしくも良い思い出である。
その弟もきっと……いや、考えるのはやめておこう。
姉妹揃ってスキップしながら向かっているのは、冒険者ギルドだ。
まさか冬に身動きが取れなくなるとは思わずかなり貯蓄を切り崩してしまったから、今日から改めて稼ぎまくるぞーっ!
気合い十分、私は勢い込んで「おはようございまーす!」と元気よく挨拶しながら扉を開けた。
しかしいつもならすぐに返ってくる声はなく、むしろそれまでのざわめきが消えてシンと静まり返ってしまった。
おや? いったいなにが起こったんだ?
「よぉ、リク。お前、冬のあいだ見事に一度も顔を出さなかったな」
「えぇっ、ちゃんと魔術の基礎講座の日は来てましたよ?」
そう、なにも私も冬だからって完全に引き蘢っていたわけではない。
反則とは思いつつも、結界魔術と火属性付与魔術を併用して暖を取りながら、なんとか四日に一度はギルドに通っていたのだ。
「ていうか、なにかあったんですか? まるでお葬式みたいですよ?」
どんよりと沈み込むような空気がギルド内を支配している。
いつもと同じギルド風景のはずなのに、なぜか照明が一段も二段も暗くなったかのように感じられた。
「それが……ララミィちゃんが……」
「えっ! ララミィさん、どうかしたんですか!?」
ぽつりと言葉をこぼした男性冒険者のレダンさんに詰め寄ると、レダンさんはうっと声をあげて目元を隠した。
「ララミィちゃんが、リッジと結婚するって……!」
「えっ!? なんでレダンさん泣いてるんですか、おめでたいことじゃないですか!」
ララミィさんは一時期男性恐怖症になってしまって、受付に出られないほど心に傷を負っていた。私もずっと心配してたんだけど、徐々にではあったものの秋頃にはほぼ元通り業務がこなせるようになっていたので安心していたのだ。
そこに重ねてこのおめでたい話題である。どうやら無事、男性恐怖症を克服できたようだ。
「うぅぅぅっ、そりゃあわかってるんだよぉ。だけど、だけどなぁ、俺だってララミィちゃんのことが……!」
「それを言ったら私だってリッジさんのことがぁ〜!」
と、今度は別の席に座っていた女性冒険者のレイミルさんが泣き出してしまった。
かと思ったら、ほかにも咽び泣く男女の姿がそこかしこに……。
わかったわかった、つまりこういうことか。
このギルドのマドンナとこのギルドのヒーローが結婚して、失恋者が続出してしまった、と。
そりゃ暗くもなるか。
そんな中、
「なんでみんな泣いてるの?」
空気を読まないサラが首を傾げながら私を見上げてくる。
これは、どう説明すればいいのかなぁ。
「えぇとね、サラ。例えばサラが大好きな人が、自分じゃなくて別の人の方が好きだったら悲しいでしょう?」
「うんー……」
「今泣いてる男の人たちはみんなララミィさんのことが大好きで、今泣いている女の人たちはみんなリッジさんのことが大好きだったんだけど、ララミィさんが一番好きなのはリッジさんで、リッジさんが一番好きなのがララミィさんだったから、ちょっと悲しくなっちゃってるの」
「ふんー?」
うーん、わかってるのかなぁ、これ。
判断に迷っていると、サラはちょこんと逆方向に首を傾げながら私を見上げてきた。
「でもサラは、ほかにもいっぱい大好きな人がいるから悲しくないよ? サラはね、お姉ちゃんと、タツキと、アーバルさんと、ラセットさんと、ララミさんと、リジさんと、レダンさんと、レイミルさんと、ヘリオさんと、ドナさんと……一杯一杯大好きだから、悲しくならないよ?」
「っ、サラ! お姉ちゃんもサラのことが大好きだよっ!!」
ほんとうちの妹が天使すぎるっ!!
サラの気持ちはギルド内の人たちにも伝わったようで、泣いていた人たちも頬を紅く染めて慌てて涙を拭い、「そうだな、俺たちにはサラちゃんがいる!」と口々に言い始めた。
うちのアイドル妹、最強説。
ともあれ問題は無事解決したようだ。みんなで二人を祝福する方向で意見が一致し、ギルドの職員と冒険者たちであれこれとどう祝うか相談し始める。
いやぁ、いいねぇいいねぇ、めでたいねぇ。
私もなにかお祝い渡そうっと。
そんなことを考えながら掲示板に向かったとき。ギルドの入り口の扉がバタァン! と大きな音を立てて開かれた。
びっくりしたギルド内の全員の視線が入り口に注がれる。
みんなの視線の先。そこに立っていたのは、アーバルさんだった。
アーバルさんはギルド内をきょろきょろと見回して私を見つけると、口を戦慄かせながら、叫んだ。
「うっ……うっ……産まれるぅーーーーー!!」
その一言で察した私はすぐさまタツキを呼び出してサラを任せ、アーバルさんを担いでギルドの外へと走った。
アーバルさんの表情から察するに、アーバルさんは完全にパニックに陥っているようだった。ならば、一緒に走るより担いだ方が早い。
そして産まれる、とは、アーバルさんとラセットさんの子供のことである。
確か私たちがこの街に来て三ヶ月後くらいにラセットさんの妊娠がわかったのだ。時期的にもそろそろだ。
私はアーバルさん宅よりも先に助産師さんのいる家に向かった。
そろそろ産まれることは助産師さんも把握していてくれたので、そのまま私はアーバルさんを地面に下ろして自力で走らせ、助産師さんとその助手さんふたりを伴ってアーバル邸へと赴く。
アーバル邸に着くと、リビングのソファで痛みに耐えているラセットさんの姿があった。
「ほら、しっかり! お父さんでしょ!!」
私が落ち着きを失っているアーバルさんの背中を叩いて活を入れると、その勢いに押されて数歩前に出たアーバルさんはラセットさんの手を取り、ぎゅっと握った。その横で助産師さんたちが慌ただしく働いている。
よしよし、これで一安心だ。
ふぅ、と一息ついて額の汗を拭うと、タツキがサラを連れてやってきた。
「間に合った?」
「うん、バッチリ。あとはプロと旦那に任せて、私たちは退散しよ」
……という流れになったのは、実は事前にラセットさんから頼まれていたからだ。
うちの旦那はきっと役に立たないし、困ったら絶対リクちゃんたちを頼るはずだから、そのときはよろしくね、と言われていたのだ。
さすがラセットさん。アーバルさんのことをよく理解している。
そんなラセットさんからの依頼も無事こなせたし、私は改めてギルドに戻った。
お産は始まったばかりだから周りをうろついていてもしょうがないしね。
ギルドに戻ると先ほど居合わせていた面々が集まってきたけれど、問題なく助産師さんたちを家まで連れていったことを伝えるとみんながほっとした顔で席に戻り、子供がいる面子は自分たちの子どもが産まれたときの話で盛り上がり、子どもが欲しい人たちからは女の子がいいとか男の子がいいとかの議論が始まった。
いやぁほんと、ここのギルドは平和だなぁ。
たまに変なのがよそからくるけど、まぁ、それはそれとして。
そしてその日の夜、落ち着きを取り戻したアーバルさんから、無事に男の子が生まれたことが伝えられた。さっそく見にきて欲しいと言われたのでお邪魔して、可愛い赤ちゃんのほっぺをプニプニさせてもらった。
あぁ、至福……。
名前はすでに男女両方で考えていたそうで、赤ちゃんには男の子用に考えていた「ローシェン」という名前がつけられた。
元気に育ってね、ローシェンくん。
このときの私は、もうひとり弟ができたような気分だった。
久々に変な奴らが現れたのは、そのひと月後のこと。
アーバルさん宅は現在、ふたりでてんやわんやしながら子育てをしている。
大変なときにあまりお邪魔しちゃ悪いと思って以前よりもアーバル邸に立ち寄る回数を減らしたせいで、私たち姉弟妹はちょっと家庭料理に飢えていた。
この日も私たちは味気ない朝食を食べ、のそのそとギルドに向かった。
このひと月で貯蓄は大分盛り返してきたけれど、食へのストレスを依頼消化にぶつけすぎてちょっと働きすぎていたのかもしれない。
そんな虫の居所が悪いときに、そいつらは現れた。
「そこの綺麗なお姉さん、うちのパーティに入らないか?」
定型句とも言えるチープな誘い文句を口にしながら、そいつは失恋から立ち直ったばかりのレイミルさんに近付いた。
このとき私は掲示板の前で依頼を眺めながら「見慣れない冒険者がいるなぁ」くらいにしか考えていなかった。
冒険者と言うからには街から街へと移ることもある。もちろん、特定の街を気に入って半ば定住する人もいるけど。
だから見慣れない冒険者がいても最初からその人が危険人物だとは断じない。むしろ危険人物である確率の方が低いから、最初から警戒するのは失礼だと思っている。
なので特に気にせず「ランク2の灰猪の毛皮集めは、緑小鬼5匹討伐と組み合わせると効率がいいよな〜」とか考えながら受付に向かった……のだが。
「私、もう別のパーティに入ってますから」
「じゃあそっちを抜けてうちのパーティにきなよ。うちは平均ランク5で結構稼ぐぜ?」
「別にそんなに稼ぐ必要もありませんから」
「まぁまぁ、そう言わず……」
どうにも雲行きが怪しくなってきた。
その後も何度か同じようなやり取りが続いているが、誘いをかけている軽薄そうな男がしつこい。今の時間帯はギルド内に滞在している冒険者が少なくて、職員の人たちもハラハラした様子でレイミルさんたちのやり取りを見守っているが、男性職員が少し腰を浮かせてしまうくらいには芳しくない状況のようだ。
軽薄男のパーティメンバーらしき男性二人と女性一人も徐々に周囲を警戒し始めていた。
人族なら気付かないかもしれないけど、魔族な上に覚醒済み魔王種の感覚からするとビシバシその警戒っぷりが伝わってくる。
何をそんなに警戒してるのか……。
そう思った時。
「強情だなぁ。じゃあこうしよう、前金払うから俺たちに雇われてくれよ」
「お断りします」
「……ったく、下手に出てやってんだからよぉ、ちょっとくらい付き合えよなぁ!?」
軽薄そうな男が苛ついた声をあげた。
恫喝するようにレイミルさんに顔を近づける。
もういいですかね?
私が受付にいる職員さんたちに視線を向けるとみんな一様に頷き、ララミィさんが素早くカウンターから出てきてサラを保護してくれた。
それでは番犬、いっきまーす。
「はいっ、そこまで!」
軽薄男がレイミルさんに伸ばしかけた手を掴み、そのまま捻る。
イメージとしては、前世で見た時代劇の肉体派忍者の動きだ。
本当は捻り上げたいけど身長差のせいで上向きに捻れそうになかったので、下向きに捻る。
「いでででででで!!」
軽薄男が悲鳴を上げると、さっきまで警戒していた仲間らしき男女がすぐさま得物を抜き放った。
おやおや、ギルド内は刃傷沙汰御法度ですよ?
殴り合いの喧嘩なら目を瞑ってもらえるけどねっ!
私は軽薄男を盾にするように彼らの方へ向けた。
そしてさりげなくレイミルさんが自分の背後にくるように移動すると、「騎士様っ!」とレイミルさんが感激の声をあげた。
うん、もう慣れた。
「抜剣を確認しましたけど、それはこのギルドと敵対する意志があると判断していいんですよね?」
「あ、あんたが“番犬”か!?」
こちらの質問を無視してやや小太りのお仲間さんが問いかけてきたので「わんわん」と答えておいた。
私が“番犬”だったらなんだと言うのか。
「馬鹿にしてんのか!?」
今度はのっぽの男が前に出る。
ひょろいだけで弱そう。本当にこのパーティ、平均ランク5なのかと首を傾げたくなる。
「そう思いますか? 心配されずとも私はいつでも真面目にお相手して差し上げますし、むしろ今日は虫の居所が悪いので手加減できないかもしれません、よっ!」
私は軽薄男の捻っていた腕をくるりと回してこちらを向かせると、間髪入れずに腹部に蹴りを入れた。
家庭料理が食べたいよキーーーック!!
「ぐぼぉっ!」
「がぁあっ」
「ぐえっ……」
角度は完璧。
蹴り飛ばされた軽薄男は背後にいた小太りとのっぽを巻き込んで壁に激突する。そのまま三人揃って白目を剥いた。
それを確認すると、今度は残された女の方を見る。手にはダガーを握っているが、小刻みに震えていた。
「あなたはどうしますか? あの人たちと一緒に一度お休みになるか。それとも、洗いざらい話すか」
「あっあぁ……うぁ」
怯えすぎて言葉も出ないらしい。
しかしね、どうもやり口がおかしかったから、絶対裏があると思うんだよね。
「人攫いですか? それとも人身売買? はたまた、闇ルートで人体の一部を切り売りするという怪しい組織の手下ですかね。行動が露骨すぎて却って特定しにくいですが……いずれにしても、牢屋行きは決定ですね」
にっこり微笑みかけると、女はがくりと崩れるように床に座り込んで泣き始めてしまった。
あーあー。酷い顔。
泣くくらいなら最初からこういうことに手ぇ出さなきゃいいのに、って思うんだけどねぇ。
ま、手を出しちゃう人はその結末まで考えてないんだろうだから、想像力が足りないってことかな。
とりあえず私は気絶した男たちと泣き喚く女をギルド備え付けの縄で拘束して、ギルド職員が呼んできた衛兵隊に引き渡した。
衛兵さんが「いつもご協力、ありがとうございます!」とかっこよく敬礼してくれたので、私もそれを真似てドヤ顔で「いつもご苦労さまです!」と敬礼を返す。するとなぜか苦笑された。
あれは一体どういう意味の苦笑なんだろうか。
ドヤ顔がいけなかったのかなぁ。
◆ ◇ ◆
そんな風に日々を送るうちに、季節は更に巡って夏になった。
幸いオルテナ帝国の夏はちょっと暑いくらいで湿度も高すぎず、過ごしやすい。アルトンに至っては北側にある山から吹き下ろす風が心地いいくらいだ。
あぁ、快適快適。
上機嫌で私はこなした依頼の魔物の証拠部位を手にアルトンに戻る。
貯蓄もじわじわ増えてるし、借家のランクアップをするか小さな家を買うか、夢を膨らませながらギルドに入った。
すると、何やら立派な鎧を身に付けた人たちがいた。
人数にして三人。どうやら騎士のようだ。
ものすごい違和感。
そして私に集まってくる視線。
なんだなんだ?
「リク、おまえに客だ」
と、声をかけてくれたのは新婚のリッジさんだ。
天涯孤独……と言うか、家族は今手をつないでいるサラと精霊石の中にいるタツキだけで、アルトン住民以外に親しい知り合いもいない私に客とは、これいかに。
リッジさんの呼びかけで私がリクという名であると理解したのか、違和感バリバリの空気を引き連れたまま三人の騎士がこちらにやってきた。
「あなたがリク様ですか?」
「……あなたは、どちら様ですか?」
問いには答えず目を細め、敢えて見てわかるくらい警戒を露にする。すると、問いかけてきた騎士がはっとしたような顔になって頭を下げた。
「これは失礼を致しました。私はアールグラント王国の首都アールレインより参りました騎士、イズン=スレイト=テレーズと申します。このたび我が国の王子にして勇者・ハルト=イール=アールグラント殿下より、オルテナ帝国 城塞都市アルトンの冒険者ギルドに所属し“番犬”の異名を持つ『リク』様に、手紙を預かっておりまして……」
「ご丁寧にありがとうございます。お察しの通り、私がリクです……が、なぜアールグラントの王子様が私をご存知なのですか?」
全く心当たりがないんだけど。
そもそも王族と遭遇したこともないしなぁ……。
「申し訳ございませんが、我々は詳細を存じ上げておりません。こちらが、ハルト殿下からの手紙になります」
イズンさんは立派な装飾の木箱を取り出して蓋を開け、恭しく私に差し出す。覗いてみれば木箱の中はクッション材のビロードの布が敷かれており、その上に真っ白な封筒が置かれていた。
更に手紙には、臙脂色の封蝋が施されていた。
なんと厳重な……。
ちらりとイズンさんを見上げると、どうぞ、と更に箱を差し出してきたので恐る恐る封筒を手に取った。
ギルドの面々も近づいてこそこないものの、各々の位置から生唾を飲んで見守っている。
てか封蝋付きの手紙とか初めてなんだけど、どうしたら……。
「えぇと、これはどうやって開けたらいいんでしょうか」
非礼があってはいけないと思って問いかけると、イズンさんはギルドの受付に声をかけてペーパーナイフを借りてくれた。そして「失礼します」と一声かけてから封筒を受け取り、慣れた手つきで封を切る。
その封筒を丁寧な所作で再度差し出され、私は礼を述べながら受け取った。
それから恐る恐る中身を取り出し、ゆっくりと手紙を開き……。
さっと目を通すなり、私はイズンさんを見上げた。
「──父が、生きているんですか?」
私の問いに、ギルドにいる面々からもざわめきが起こる。
イズンさんは私が言う『父』が誰なのかわからないのだろう、小さく首を傾げた。
「イムです。父の名前は、イムサフィートです」
「あぁ、イム殿ですか。えぇ、生きていらっしゃいますよ。ハルト殿下と共に魔王を打ち倒し、ハルト殿下を無事アールグラントまで送り届けて下さったのがイム殿です。今はハルト殿下の相談役として、殿下のお傍にいらっしゃいます」
手が震えた。
足下にいるサラは状況が理解できていないのか、「お姉ちゃん……?」と小さく声を上げるだけだった。
もしかしたらサラは幼すぎてあまり父母のことを覚えていないかもしれない。
そう言えばこの国にきてからサラが父母のことを口にしたのは、国境を越えたあのときだけだった。
あぁ、でも、そうか。そうなのか。
お父さんは生きていたのか。
よかった……よかったぁ……!
気付けば目からは涙がぼろぼろと零れ落ちていた。
安堵と共に喜びが沸き上がってくる。
「よかったなぁ、リク」
「本当に。リクさん、よかったですね!」
がしがしと乱暴に頭を撫でられてそちらを見ると、リッジさんが隣に立っていた。応じる間もなく、受付カウンターから出てきたララミィさんにぎゅっと抱きしめられる。
「ありがとうございます」と言いたいのに、喉が詰まったようになって声にならなかった。
サラはまだ何が起こったのかわからないようだったけれど、《よかったね、リク》と、タツキが念話を飛ばしてきたのでうんうんと頷いた。
念話すら返せないくらい、私は喜びで胸が一杯だった。
改めて、手紙に視線を落とす。
涙でにじんで見える手紙には父の生存の知らせと、ハルト王子からの、直接話したいので父との再会のついででいいからアールグラントにこないか、という誘いの言葉が書かれていた。
その文字を何度も何度も読み返す。
──が。
不意に、ある一点が気になった。
自分に判別ができるからと、見落としそうになっていた。
右下のハルト王子の署名。
そのさらに下に小さく書かれた、「お待ちしています」という文字の形。
日本語だ。
それに気付くなり、ひゅっと喉が鳴った。
同じように息を呑む音が聞こえて振り返れば、タツキが精霊石から出てきていた。私と同じように、手紙の右下部分に目が釘付けになっている。
私はその視線に促されるように、改めて手紙の最後の一文を凝視した。
今まで考えもしなかった。
ほかにも転生者がいるだなんて。
しかも、同じ日本人だ。
ふと視線を感じてそちらを見る。
タツキがなにかに驚いたような顔で私を見ていた。
一体なにに驚いているのか──と考えかけた瞬間、私も気付いてしまった。
きっと今、私とタツキは鏡に映したように同じ表情を浮かべていることだろう。
よく似た素朴な顔で、目を見開き、口を半開きにして……そして、
「タツキ」
「リク」
「「これ、読めるの!?」」
声を揃えて、全く同じ言葉を口にした。




