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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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24.【ハルト】十一歳 勇者帰還

 俺たちが乗る馬車は悠々と城下街を抜け、城門の前に辿り着いた。

 乗っている馬車はモルト砦が保有する馬車の中でも最も造りのいいものが選ばれたけど、兵士用には変わりなく、おかげで目立つことなく城に到着する。

 移動中、城下街を窓から眺めていたイムは、初めて訪れる人族領の大きな街と人の多さに驚きっぱなしだった。



 城門の前に馬車が止まると同乗していたクレイが馬車から降り、門番に話を通しに向かった。

 すぐさま門の周りにいた衛兵たちがざわめき、数人が城内へと足早に去っていく。

 俺の帰還を知らせるために行ったんだろうなぁ……うぅ、緊張してきた。


「緊張しますね……」


 俺が胃を痛めそうなくらい緊張し始めたのと、イムが呟いたのはほぼ同時だった。

 思わず向かい側に座っているイムを見上げればその表情は硬く、いつも纏っているゆったりとした雰囲気も霧散してしまっている。

 その姿を目にした瞬間、緊張で張り詰めていた気が一気に緩んだ。

 らしくないなとイムに対して思うのと同時に、自分に対してもらしくないと思った。



 思い出せ、王城にいたころの感覚を。

 もっと堂々としていただろう。そういう風に教育されてきただろう。

 王族らしく、堂々と。姿を見た者全てがその姿から自信を感じ、揺らがぬ意志を感じ、安心して信頼を寄せられるような立ち居振る舞いをせよと、そう教えられてきただろう……と。


 それに、イムにも言われたしな。

 勇者ジルのためにも、俺は背中を丸めていてはいけないのだと。



 俺は一度目を閉じ、深呼吸する。自然と気持ちが落ち着いていき、改めて目を開けたときには早鐘を打っていた心臓は鎮まり、背筋も自然と伸びていた。

 覚悟が決まった。


「イム。俺は一度この国を捨てて逃げ出してしまったから、自分のことはもう、この国の王族だとは思っていない。けれど、イムはこう言っただろう? 俺は自信を持って、胸を張っていろって。背中を丸めるなって。俺は……勇者なんだから」


 覚悟を込めて言葉を差し向けるとイムは一瞬目を見開き、すぐに姿勢を正した。

 そして胸に手を当て、俺と同じく大きく深呼吸するとにこりと微笑む。


「その通りだよ、ハルト。君は勇者だ。何も恐れることはない。そして僕はハルトが勇者であることを証明する者であり、同時に仲間でもある。僕もハルトに恥じない仲間であれるように、堂々としなきゃね」

「頼りにしてる」

「よし、頼られた!」


 ニッと笑いかけるとそれを受けてイムは拳を作り、頼り甲斐をアピールするようなポーズを取る。

 たまにこういうことをするからイムは面白い。思わず吹き出すと、イムは優しい微笑みを浮かべた。


「僕も頼りにしてるよ、勇者様」

「うん、任せてくれ」


 その言葉の意味を理解して、俺も力強く頷いた。


 今、イムはずっと避け続けてきたであろう人族領にいる。そしてこれから向かう場所は、イムにとっては未知の領域。何かあってもこれまでのように逃げ果せるとは限らない。

 だからイムを守れるのは、確実に彼の味方である俺だけだ。

 俺はその役目を必ずや全うしよう。何せイムは、今世の瀬田の父親だしな。あの母親のような目には、絶対に遭わせてはならない。


 ……まぁ、父王に限ってイムに危害を加えるとは露ほども思わないけれど。




 しばらく待たされたあと、俺とイムは城内に通された。

 着替えの用意があると言われたものの、王城の着衣で身形を整えるような身分じゃないというこちらの意志を示すためにもそれは断り、誘導に従って謁見の間の前に辿り着く。

 先に謁見の約束を取り付けていた人もいただろうから全ての謁見が済んでからでいいと伝えたのだけど、「陛下がすぐにでもお会いしたいと仰っておりますので」と言われてしまえば断れなかった。

 この国は君主制だ。絶対君主制ではなくても、王の言葉は重たい。


 俺は眼前の扉を見上げた。


 この扉を最後に目にしたのは一年前。俺が神位種であるという神託を受けた日のこと。

 でもあの日の俺と今の俺とでは心境が大きく異なる。

 あのときは悲壮な覚悟しか寄る辺がなかった。しかし今は強く揺るぎない覚悟があり、そして心強い仲間が傍らにいる。心や記憶の根元には、ジルやバリスもいてくれる。

 一年前に感じていた不安など、今の俺にはなかった。


「ハルト王太子殿下、ご帰還ー!!」


 衛兵が声を張り上げる。

 目の前の扉が、ゆっくりと開かれていく。

 俺は目を逸らすことなく、扉の先を真っ直ぐ見据えていた。


 最初に、正面の立派な椅子に座す父王の姿が見えた。

 次に、その隣に並ぶ母と義母たちの姿が。

 そして──何と、兄弟が全員その横に並んでいた。

 驚き、目を瞬かせているあいだに扉が開ききると、壁際に城に居合わせたのであろう上流貴族が数名と各政務部門の責任者たち、城に常駐している高位神官が数名、そしてクレイを含む勲章持ちの騎士も数名。


 思わず言葉を失った。

 予想外の厚待遇だ。

 俺は義務も責任も何もかもを、この国の全ての人を裏切ってまで放り投げた人間だぞ。

 なのに、これではまるで他国の国王を迎えるかのような顔ぶれだ。


 そうは思うが顔には出さず。

 俺がちらっとイムに視線を向けると、出迎えた人間のあまりの多さと煌びやかさに目を丸くしていたイムも俺の視線に気付き、いつものゆったりとした微笑みを取り戻して小さく頷いた。

 うん、イムも大丈夫そうだな。

 そう判断すると、俺はゆっくりと、しっかりした足取りで御前まで歩いていく。その斜め後ろをイムがついてくる。

 一応イムには御前まで行ったら礼をするから俺の真似をするように伝えてあったので、俺が父王より一段低い場所で立ち止まり、床に片膝を付け、右手を胸に当てて頭を下げるとイムもそれに倣った。


 そして、不自然な沈黙が落ちた。俺が名乗らないからだ。


 そう言えば、ここで何て名乗るか考えてなかったな。

 今後は王太子ではなく勇者を名乗るんだから、その前段階として名乗るとしたら……。


「……ランスロイド所属の勇者ジルが弟子、ハルトと申します。お久しぶりにございます、陛下、殿下。このたびはご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」


 こんなところだろうか。

 しかし返ってくる気配は戸惑いだった。

 頭を下げたままだから気配でしか判断できないけれど、覚醒してから五感を含むあらゆる感覚が鋭くなっているから、向こうが戸惑っているのは間違いないだろう。


「──ハルトよ、よく無事に戻ってくれた。まずは、そのことに感謝しよう。これまでの経緯については先ほどクレイから聞いてはいるが……しかしハルトよ。そのような物言いをするからにはお前はもう、我々の許には戻ってきてくれぬということか?」


 え? その言い方だと、まるで……。


 驚きと戸惑いがこみ上げてきたが一旦思考を打ち切り、俺は王に問いに応えるべく口を開いた。


「戻る、戻らないもございません。私は多くの人を裏切り、その義務と責任の全てから逃げた臆病者にございます。もはやこの城に私の居場所があろうはずもなく、それを覚悟の上で私はあの日、逃げ出したのです」

「しかしそれでは困るのですよ、兄上」


 と、それまで一言も発しなかった人物が動いた。

 この気配と声は、異腹の弟ノイスだな。俺が抜けた兄弟の中で、最も王位継承順位が高い弟だ。

 父から発言の許可は下りていなかったが、恐らく謁見前に許可を得ていたのだろう。

 ほかの家族も同様に、すでに発言の許可を得ている可能性が高いな……。

 内心嘆息しつつ、俺には発言の許可が出ていないし、問いかけられたわけでもないので黙ってノイスの言葉の続きを待った。


「兄上がいなくなると同時に、私に王太子の役目が回って参りました。それは仕方のないこと。しかしそうとわかってはいても荷が重いと返事を躊躇う私に、陛下はこう約束して下さいました。必ず兄上を見つけ出し、その暁には私の補佐に兄上を付けて下さる、と」


 はぁっ!?

 思わず頭を上げてしまいそうになるのを必死で堪えると、斜め後ろからふっと笑われた気配が。

 想定外すぎて動揺する俺の内心に、イムは魔族特有の感覚の鋭さで気付いたらしい。


「私はそれならば、と王太子になる覚悟を決めたのです。しかし兄上が私の補佐について下さらないのであれば、私も城から逃げ出す算段を立てねばなりませんね」


 ちょっと何言ってんだこの弟は!!

 斜め後ろから笑いを必死に堪えているイムの切羽詰まった気配が伝わってくる。

 いやもういっそ笑ってくれよ。俺も「ご冗談を」って言って笑いたいよ!

 それともこれは俺が一年前に仕出かしたことを遠回しに非難されていると捉えるべきか?

 非難されているのなら、それは素直に受け取るけども……。


「それはずるいですわ、ノイス。あなたが逃げるのであれば、わたくしも自由のために出奔させて頂きます!」

「あ、じゃあ僕も……」

「えぇっ!? お兄様もお姉様もマリクもずるいです、私も外に出たいです!」

「「えぇーっ!?」」


 と、今度は同腹の姉のイサラと弟マリクが、更には第二王女の異腹の妹リアまでもが便乗を始めた。

 そんな彼らにどん引きの声をあげたのは異腹の弟、第三王子のケインと同じく異腹の妹、第三王女のレナだ。

 俺はケインやレナに激しく同意したい。

 ノイスと言いイサラと言いマリクと言い……もうやだ、この兄弟!!


 ていうかここ、謁見の間だよな?

 コント劇場じゃないよな!?


「……と、こういうわけだ、ハルトよ。もしどうしても嫌だと言うのであれば強要はしないが、できたら私の家族として戻ってきてはくれまいか」


 はぁ、とため息をつく父王の声が疲れ切っている。

 多分、イサラ、ノイス、マリク、リアの意図は父の思惑とは違うのだろう。

 しかしこの優秀な王でも子供たちは御し切れないようだ。


「……えぇと」


 どう返したら良いだろうかと考えつつ、思わず声を漏らしてしまう。

 本当にどうしたらいいのかわからないんだけど。


「おぉ、そうだ。ふたりとも頭を上げ、楽にせよ。自由な発言を許可する」


 答えあぐねていると、今思い出したと言わんばかりの口調で許可が出されたので、俺は「失礼いたします」と一言添えてから立ち上がる。

 それから困惑しているイムに手を差し伸べて立たせる。


 えぇと、とりあえず、発言の許可が出ていたな。

 先にイムの紹介をしてしまっていいだろうか?


 俺は一度父に視線を向けてから改めてイムに視線を移した。


「陛下のご質問にお答えする前に、私の仲間を紹介してもよろしいでしょうか?」

「うむ、そうだな、先ずはそちらが先であろう。その方がクレイが言っていた、妖鬼のイム殿かな?」

「はい。私の名はイム……イムサフィートと申します」


 父の呼びかけにイムはさっと姿勢を正すと、恐らく人生初であろう国王への挨拶をする。

 ……うん、フィオはあまり王様っぽくなかったしな、これが人生初って解釈でいいだろう。


「ここまでハルトを守り、ともにこの国まできてくれたそうだな。心から礼を言う。ありがとう」

「いえ、とんでもございませんっ! 私こそ、ハルト……殿下、には、命を救って頂きました。そして今も、ハルト殿下は私の命を守るためにこうしてこの場へ連れてきて下さったのでしょう。感謝の念と言われるのであれば、私の方こそ強く抱いております」


 あ、気付いていたのか。


「それは、ジルとバリスとの約束ですから」

「お互いに、ですね」


 肯定の意図を込めて告げると、早い段階で気付いていたとも取れる反応を返される。


 そもそも、ジルとバリスがイムを俺に同行させようとしていた理由は、俺を心配してのこと。ふたりはそのようなポーズを取っていた。

 けれど、そこにはもう一つの意図がある。

 それが、イムを妖鬼であるがゆえに降りかかる危険や“研究者”の魔の手から守り、生かすこと。

 俺もその点を考慮してイムに同行を願い出ていたけど、あの二人もイムを生かすために、覚醒済みの神位種である俺と行動を共にさせようとしていた。


 互いに互いを守り、守られるためにここまで来たのだと改めて自覚すると何だか面映い。

 イムも同じのようで、互いに苦笑を浮かべる。


「ふむ、イム殿はハルトの良き理解者のようだな。どうだろうか、今後もハルトと共にこの国に留まってもらえないだろうか」


 父はこちらのやり取りを見て、それが最良案であると判断したようだ。

 請われたイムはしかし、困ったような微笑みを浮かべる。


「そうですね……それは、ハルト殿下のご判断にお任せします。まだ殿下は、陛下の問いに答えを出していませんから」


 王族の中へ戻らないかという、父王からの問い。

 そうだな、俺がそれに答えないとイムも王の問いには答えられないよな。


 俺は改めて父王に向き直った。

 そしてこの旅の末に出した決断を、口にした。


「陛下、私は勇者ジルの遺志を継ぎ、彼のような立派な勇者になりたいと思っております。勇者ジルは私を救ってくれたように、困っている者を見捨てることができない、手を差し伸べずにはいられないような……強くも優しい、大きな存在です」


 ジルについて語れば、脳裏にあの頼りがいのある背中と豪快な笑い声が蘇る。

 お前なら大丈夫だと、力強く背中を押された気がした。


「私が彼のような勇者を目指すからには、ノイス王太子殿下のご期待に添えないことも多々ありましょう。そんな私でもよろしければ、このアールグラントに置いて下さい。私は、武力のみならず他方面でも勇者ジルのような存在を目指したいと思っております。それをこの祖国アールグラントの地を軸に行うことができるのであれば、それが何にも勝る、これ以上望むべくもない私の幸福です」


 そう告げると、父のみならず、家族や周囲にいた人々の顔がぱっと明るくなった。その様子から、俺がここに戻ることをみんなが望んでくれているのだと理解する。

 有り難いことだ。


「そうか……! 良かった!! ではハルトよ。そなたについては王族籍に残すが、王位継承権を永久凍結する。代わりに、王太子ノイスの補佐を命じる。詳細については後日詰めるとしよう。そしてイム殿。イム殿は我が国の法に則り全面的に保護すると約束しよう。同時に、イム殿にはハルトの相談役についてもらいたい。如何かな?」

「謹んでお受け致します」


 父の提案にイムも嬉しそうに微笑み、頭を下げた。




 この国に戻る。


 この国から出るときに思い描いていた未来とは違う状況にあるけれど、王族の末席に戻れるのならばその立場だからこそできることもあるだろう。逆に、その立場に縛られて思うように動けないこともあるだろう。

 そのバランスの上で、どう立ち回るかは俺次第だ。


 やってやろうじゃないか、と思った。


 ジルは武力で以て多くを救う勇者だった。俺もどちらかと言えばそのタイプだろう。

 けれど、今回与えられた王族でありながらも王位継承権を持たないという立場はきっと役に立つ。

 王位継承権を持たないということは継承権絡みのしがらみから解放されるということだ。一方で、王族籍に残れるということは国の中枢に居られるということ。これはきっと大きな力となるはず。


 同時に、勇者であるからこそ、王族でありながらより民衆に寄り添えるんじゃないかとも考えた。

 何せ、勇者の守護対象は人族全体を差している。人族の大半は王侯貴族ではなく民衆。民衆と接する機会を作る上で、勇者という立場は大いに役立つ。


 今後の身の振り方を考えたとき、このふたつの立場がすぐに結論を導き出してくれた。

 そうして得た答え。それは、得ている立場を最大限に活かし、王族と民衆との橋渡し役になること。


 そうと決まれば、目指す者になるために必要な足場作りをしなければ。

 地盤もしっかり固めないとな。


 瀬田探しも並行して始めよう。

 せっかくアールレインに戻ってきたんだから、情報屋のハインツに依頼を出すか。

 イムの予想では、人族領にいる可能性が高いという話だった。

 元々食や睡眠に対する欲求があるようだから、それを叶えるために金銭を稼ごうとするかもしれない。

 となると、この世界には冒険者ギルドがあることだし、子供がお金を稼ぐ手段として最も適しているのは冒険者ギルドへの登録だ。子供でも採取依頼なら安全だし、結構稼げることは実体験済みだからな。

 ハインツならギルドにも伝があるだろうし、そちらの方面からも探して貰おう。



 あぁ、戻ってきてからもやることは一杯あるな。






 ちなみに。

 ランスロイドと神殿の方への連絡は父王が行ってくれた。

 例の念話による連絡網を使ったようだ。あっという間にやり取りが終了していた。


 ランスロイドは、勇者が神殿から派遣されていたという経緯があるからか、知らせを出したことに感謝の意を表したそうだ。

 その後すぐさまランスロイド側からも神殿へ連絡がいったらしい。


 神殿に関しては……。

 元々俺が一年前に城から出奔した際、降臨式典の取りやめ手続きをするために父王は教皇と話をしたらしいのだが、そのとき教皇のゲオルグはあの胡散臭い──人のよさそうな笑顔でこう言ったそうだ。


「これはこれは……勇者ジル以来の脱走者ですな。まぁジル殿は神殿にきてから脱走を試みたのですぐに連れ戻されておりましたが……。ご安心下さい、陛下。このような事案は過去にもございます。しかし神位種に生まれた者はその運命にどう抗おうとも、いずれ勇者として目覚めてしまうものです。彼の勇者マトラ=リエンテも神託を告げられる前に逃亡し、しかし結果的に魔王を倒して戻って参りました。きっとハルト殿下も戻って参りますよ。勇者となって」


 ……本当に食えない人だ。そして俺は見事に教皇の予言通りに戻ってきてしまったわけだ。

 つまりこれにより、またもや神殿の権威が上がったことに他ならない。きっとゲオルグはあの巨大な神殿の最上階でほくそ笑んでいるんだろうな。

 俺としては何だかすっきりしない話だ。



 そして今回、勇者ジルの訃報と魔王ゼイン=ゼル討伐の報と共に、俺が神位種として覚醒して戻ってきた旨を伝えたところ、案の定ゲオルグは「そうでしたか。やはり戻っていらっしゃいましたね」と言ったそうだ。

 ジルの遺品に関しては後日神殿が引取り、元々ジルには身寄りがないため神殿で保管することになるそうだ。


 その後すぐさま神殿は魔王ゼイン=ゼルの討伐が成された知らせと勇者ジルの訃報を、東大陸の人族領全体に流した。

 そしてその詳細として魔王ゼイン=ゼルは勇者ジルと新たに覚醒した勇者ハルト、そしてその仲間たちが倒したこと。その際に勇者ジルが落命したこと。その知らせを持って凱旋したのが勇者ハルトであったことを併記した。


 するとすかさず父王が俺への処遇と、希少種であるイムを国を挙げて保護すると強く主張した知らせを国内に頒布した。

 神殿の触れを受けて、まだ俺の立場がどうなるのか知らない国民がいらぬ期待を持って俺の動きを妨げることのないよう、同時に、次期国王がノイスであると改めて示す意味も込めて、俺が王太子ノイスの補佐に付くと書面にて宣言した。

 加えて、イムを保護すると国王が直々に国民に宣言することにより、これまで以上にこの国が希少種の保護を法で定めいていると国民に強く意識させ、裏で人身売買などを行う商人やその客に対してはどでかい釘を刺す。

 神殿からの知らせがどのように作用するかも先読みして、一枚の文書の中にいくつもの意図を介在させて広めるその手腕はさすが国王だと言わざるを得ない。


 そういうのが俺にはできそうもなかったんだよな。

 本当、王太子の座をノイスに譲れてよかったと思う。




 更に後日。

 俺とイムの許に棺かと思うほど大きな、装飾も豪華絢爛な箱が届けられた。

 何事かと顔を見合わせていると、箱を引き連れて現れた枢機卿が一枚の巻物をばさりと開いて、朗々と内容を読み上げた。


 堅苦しくも回りくどい言い回しだったから要約すると……。


 一つ。魔王を討伐したことへの感謝とその功績を認め、勇者ハルトと英雄イムサフィートは神殿ではなくアールグラントの所属とすることを許可する。

 二つ。今後東大陸各国の関所を自由に通過する権利と、神殿へ自由に来訪する権利を与える。

 三つ。魔王討伐を讃えて、ここに報酬を授ける。


 という内容だった。

 で、運び込まれた箱が報酬なのだとか。

 枢機卿たちが帰ったあと、イムと共におっかなびっくり箱を開けて……冗談抜きでひっくり返った。


 え、これ、あれだろ。

 よく盗賊とか海賊のアジトの奥にあるあれだろ!?


 金銀財宝ざっくざく。


 恐ろしさの余り、俺とイムは大慌てで箱の蓋を閉じた。

 理解の範疇を越えていた。

 こんな物を寄越して、一体どうしろと言うのか。


 恐すぎるので国庫に収めてもらおうと父王に進言したが却下された。それはお前たちに与えられるべき正当な報いなのだから、国庫に収めることはできない、と。

 ただ保管する場所の提供だけはしてもらえたので助かった。

 あれだけあったら孫の代まで遊んで暮らしても余りあるからな……絶対手元に置いておきたくない。



 さて、あれについては一度頭の隅に追いやるとして。

 目下の目標は今後の活動に向けての下地づくりだ。


 気持ちを引き締めて、地盤づくり、始めるぞっ!

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