2.【ハルト】誕生〜幼児期 天才
俺が生まれたのは天歴2503年。夏のこと。
両親や周囲に集まっていた大人たちは大喜びだった。
しかし俺の方は大混乱だ。
ここはどこだ?
目の前の人たちも、部屋の内装にも全く覚えがない。
それに、体も思うように動かない。
おかしい。おかしい。
何だ。何でだ?
疑問ばかりが積み上がって混乱は深まるばかり。
そんな俺の意識に反して、体は勝手に動いた。
ぎゃんぎゃん泣いて、母に抱き上げられ、父に頬をつつかれ、周囲の大人たちが口々に「元気な男児です!」「世継ぎの御子ですな。おめでとうございます」「国王様、おめでとうございます」と言っている。
黒髪に琥珀色の瞳の父。
黒髪に空色の瞳の母。
知らない。俺の知っている父と母じゃない。
でも本能が叫ぶ。
この二人が俺の父と母なのだと。
そして、国王。そう呼ばれている父を、俺は見上げた。
その男は白人のような肌の色に彫りの深い整った顔立ちをしている。俺と目が合うと、端正な顔を緩めて目を細めた。
父親が、王様?
どういうことだ。
……いや、現実逃避していても仕方がない。
仮にこれが夢ではないのなら、今がどういう状況なのか推察することはできる。
何せ俺は鮮明に覚えていた。自らの、最期の瞬間を。
空が光った。
続いて、上から押しつぶすような強烈な圧迫感。
全身が千切れそうな衝撃。
耳が音として認識できないほどの爆音。
あぁ、死んだ。
こんなの、助かるはずがない。
そして意識が暗転し、やがて、唐突に真っ白になり。
気づけばここにいたのだ。
俺は生まれ変わったのだろう。
前世の記憶を持ったまま。
◆ ◇ ◆
三歳になった。
俺は前世、望月 陽人の記憶を持っている。そしてこの世界は現実で、夢などではないとさすがに理解していた。
今世での俺の名はハルト=イール=アールグラント。
この世界の東大陸と呼ばれている地の一部に領土を持つ、アールグラント王国という君主国の王族。それも長男という、前世が一般的な中流家庭育ちの俺には何とも厳しい立場に生まれてしまった。
長男、つまり王位継承権第一位だ。恐ろしい。
この国では王族に限り占者を使って魂に刻まれた名・真名を調べ、真名をそのまま名付ける。
真名はそれだけで力を持つ強い言霊だとかで、名を呼ばれる度に魂と体の繋がりが強固になり、その身の内に持つ力を引き出すのだそうだ。
前世の記憶がある身としては、そんな思想があるのは何となく理解できる。
まぁ前世では真名を知られると呪いに使われるとか、他人に知られるのが良くないイメージがあったけど、こっちでは違うらしい。
いずれにせよ、真名とは前世での名のことのようだ。少なくとも俺は前世と同じ発音の名を持った。長かれ短かれ人の一生分をかけて定着した名は魂に刻まれるということなのだろう。
その名を更に強く深く魂に定着させる。元々親和性のあった名を付けることで、それがスムーズに行われる。
思想的にはそんなところだろう。
この頃になるとようやく流暢に言葉を発音できるようになり、早速英才教育を施され始めた。
と言っても、俺には前世の記憶がある。知能も現時点で前世のそれと同等。
そのせいなのか、教えられる内容がするすると頭に入る。結果、教師は皆喜び、この御子は天才です! と、父王に報告する。
プレッシャーが半端ない。
いや、どう考えてもついていけるのなんて今のうちだけだろう。この先未知の学問が現れたら立ち向かえる自信は全くない。
だから必死に頑張った。
剣術も魔術も、何もかも。
年齢的に今が最も吸収しやすい時期なのか、頑張った分だけ前世以上に身に付くのが早い気がする。これが今だけなのか、それともこの体が優秀なのかはわからないけれど……。
ただ言えることは、新たな知識や技術をどんどん使いこなせるようになるのが面白く、楽しいと思う自分がいるということ。いずれ王になる可能性が高い立場であることを考えると、こういう感覚を持てるのはいい傾向だと思う。
どうして前世の記憶を持っているのかはわからないが、せっかく生まれ変わったのだ。今世は今世として生きていこう。そのために努力しよう。
この時の俺は、そう考えていた。