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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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21.【リク】八歳 冒険者デビュー?

 朝だ!


 昨夜はなかなか寝付かない……というか、眠る習慣のないサラに睡眠の大切さを説き、何とかサラを寝かしつけて、今世初の長時間睡眠をゲットした。

 同じく眠りたがっていたタツキはサラが夜中に目を覚まさないか気になって眠れなかったようだけど、たぶんサラが目を覚ましたら絶対大人しくしていないだろうから気配で分かると思うんだよね。

 それだけタツキの神経が細やかだってことかな?

 ん? そうなると、私は神経が図太いということになるのか?

 ……まぁ、いっか。


 それにしても清々しい朝だ。

 心配の種だったサラもぐっすり眠ってるし、これで睡眠と食事をサラにも癖付けたら完璧に人として違和感なく生活できる。


「タツキおはよー!」


 精霊石の中で起きているであろうタツキに挨拶すると、タツキが精霊石の中から出て来た。


「おはよう、リク。よく眠れたみたいだね……」


 恨めしそうに言われても苦笑するしかない。


「だから気にせず眠っちゃえばよかったのに」

「そうもいかないよ。ていうかよく考えたら僕、リクの守護精霊の癖に寝てちゃだめでしょ」

「そんなの気にしなくてもいいのに。そもそもこの城塞都市のあの鉄壁っぷりを考えたら、過剰警戒でしょ」


 ほらご覧よ、あの城壁近くの家の日陰っぷりを。

 あんなに高い城壁を築いてまで、ここの人たちは危険なこの地域で発展してきたんだよ。

 この街がここまで発展できていることこそが、ここが安全を確保された街って証拠でしょう?


 ……という私の思いは口にしてもタツキには理解してもらえないんだろうなぁ。

 実際タツキは眉間に皺を寄せて悩んでしまっている。

 もっと気楽に生きようぜ。


「まぁ、いっか。どうしてもタツキが睡眠を取りたくなったら私が見張りするから言ってよ。とりあえず今日はアーバルさんとラセットさんに挨拶して、早速ギルドに行こう。今日から宿暮らしできるように、目標は銀貨10枚ね!」

「まぁいっかって……。わかったよ。まずはサラを起こそう」


 私とタツキはサラを起こし、身支度を整えると客室を出てリビングに向かった。

 アーバルさんは結婚を機にこの一軒家を購入したそうで、この家には現在アーバルさん夫妻が暮らしている。けれど、将来的には彼らの両親も共に暮らせるようにと少し大きめの家を選んだのだそうだ。

 そのせいか、ちょっと部屋数が多い。

 おかげで私たちも一晩お世話になることができたんだけど、掃除が大変だとアーバルさんの奥様……ラセットさんがぼやいていた。


「「おはようございます」」

「おあようございますっ」


 私、タツキに続いて、寝ぼけ眼のまま滑舌悪くサラが挨拶した。

 ちょっ、サラ、かっわいい!

 どうやらみんな同じ気持ちだったようで、アーバルさん夫妻も温かい笑顔で迎えてくれた。


「おはよう、リクちゃん、タツキくん、サラちゃん。よく眠れたかい?」

「はいっ、おかげさまで! ふかふかのベッドで幸せでした」


 本当に、ベッドの上で眠るなんて今世初ですよ!

 しかもホテルのベッドかと思うくらいふかふかふわふわで、もう不眠不休で山野を駆け巡る生活になど戻れそうにもないくらいの幸福感を堪能した。思い出すだけでも顔が綻んでしまう。

 するとラセットさんが駆け寄ってきて私をぎゅっと抱きしめた。


「だったらもう、うちの子になっちゃえばいいじゃない〜。リクちゃんたちが喜んでくれるなら、このだだっ広い家の掃除も無駄にたくさんある布団を干すのも、私頑張れるわっ!」


 遠回しに嫌味を言われたアーバルさんが傷ついた顔をしているけれど、この件に関して私はどちらかと言うとラセットさんの味方なのでフォローしない。

 聞けばアーバルさんはラセットさんを驚かせようと、ラセットさんに相談せずにこの家を購入したらしいので。

 将来的に両親と同居するつもりだったのなら、そのときがくるまでもっと小さい家に住むとかアパートにしておくとかすればよかったのに。いきなりこんな大きな家を買わなくてもね……。

 まぁ、それだけ甲斐性があるとも言えなくもないのか……いや、それは甲斐性なのか?


 色々と思うところはあれど、今は目の前の状況に対処しなくては。

 私は親切で優しいラセットさんの肩を押して少し離れると、甘えたくなる気持ちを断ち切ってきっぱりと告げた。


「ラセットさん。お気持ちは嬉しいのですが、我が家の家訓に“十歳までに自立せよ”というものがあります。私はもう八歳ですし、きっと両親も私の自立に関しては安心してイフィラ神の許へと旅立ったことでしょう。ですから、私は両親の期待に応えなければなりません。しっかり自立して弟妹を養い、妹を立派に育てて、ゆくゆくはサラも立派に自立できるようにするつもりです」


 私の言葉を聞くなり、ラセットさんは悲しそうな顔をした。

 うぅっ、そんな顔をしないで!


「……ですが、どうしても甘えたくなったときはラセットさんに会いにきますから、そのときはまた美味しいご飯を食べさせてもらってもいいですか?」

「リクちゃん……! いいわよ、いつでも遊びにきてね!」


 ラセットさんの悲しそうな顔に負けて言葉を付け足すと、ラセットさんが私を抱きしめる腕に更に力を込めた。

 あぁ、私覚醒しといてよかったなぁ。

 並の妖鬼の脆弱な耐久力のままだったらきっと、この抱擁に耐えられなかったもん。




 それはさておき。


 私が家訓として挙げているのは“妖鬼の掟”だ。

 妖鬼は十歳で自立するように定められている。ゆえに、十歳までにひとりでも生き残れるように教育するのが両親の役目になる。

 残念ながらサラは三歳になったばかりで、生き残るための教育は一切受けられていない。だからそれを親に代わって行うのは私の役目だ。

 その上で、人間と常に一緒にいる状況というのは好ましくなかったりする。


 だって三歳から詠唱魔術の練習を始めるんですよ。しかももし発動しちゃったら妖鬼補正のかかった高威力の魔術が飛び出すかもしれないんですよ。

 周りにいるのが私やタツキだけなら何とでもなる。

 しかしそこに魔術に対する自己防衛力がない人がいるととても危険だ。


 だからこそ今日からはきっちり稼いで宿屋暮らしをしたい。

 もちろん、街中でサラの魔術特訓をするつもりはない。

 日中ギルドの依頼をこなしながら、街の外でサラに魔術教育を施すのが最適なのだ。




 その後は結局朝食まで御馳走になって、妖鬼ゆえに食事をする必要がなかったサラが美味しく味付けされた人間の食べものを気に入ったことをこっそり確認して、私たちは重々お礼を申し上げてからアーバル邸をあとにした。

 時刻はまだ朝食を終えて一息ついたくらいの時間帯だけど、冒険者ギルドは年中無休24時間営業だ。

 私はサラの手を引いて、意気揚揚と冒険者ギルドに向かった。

 朝早いこの時間帯ならそれほど混み合ってないんじゃないかなぁ……なんて、呑気に構えていた。


 残念ながら、その考えは甘かったようだ。


 いざ到着してみると、まだ建物の扉すら開いていない段階で中が荒れているのがわかった。

 怒声、悲鳴、あとは何だろう……野次馬の歓声?


《リク、今入るのはやめといた方がいいんじゃないの?》


 タツキの念話が頭に響く。ちらりと足下を見れば、サラが怯えて私の足にしがみついていた。

 確かに、今入るのは得策じゃないね。


《そうだね。ちょっとその辺をぶらついて時間を潰そっか。万が一今日の宿代が稼げなくても、一晩眠らなければいいだけだし》


 タツキに念話を送り返すと、精霊石からタツキが現れた。

 近くにいた人たちがぎょっとするけれど、私の額に精霊石があることに気がつくと「何だ、精霊使いか」とぼやいて去っていく。

 精霊使いじゃないけど、精霊石があればこういうのも案外驚かれないんだな、と不思議な気分になる。前世だったら絶対「ぎゃあ! お化け!!」とか言われてたはずだ。

 お化けじゃないよ、精霊だよ!!


「その辺をぶらつくなら、あれ食べない?」


 タツキが目を輝かせながら、通り沿いに並ぶ出店の一つを指差す。


 薄々気付いてたけどタツキ、食への好奇心が強いな。食事不要の精霊族の割に、食べ物に対して興味津々だ。

 タツキってちょっと変わってるのかなぁ? それとも、実はやっぱり前世の記憶があるのかな……。

 いやいや。前世のタツキは生まれて間もなく命を落としたんだから、何かを食べた記憶があるはずない……んだけど、どう判断すればいいのやら。


 そんなことを考えながら出店の方を見遣ると、そこでは野菜と何かの肉の串焼きを焼いて美味しそうなタレにくぐらせたものが売られていた。

 うはぁ、本当に美味しそう。でもさっきアーバルさんちでご飯食べたばっかりだしなぁ。


 ちらっとサラに目を向けると、サラの目もタツキに負けず劣らず輝いていた。

 サラータス、お前もか。


 私はさっと串焼きの値段を確認し、懐にある手持ち金と天秤にかけた。

 うん。まぁ、あれくらいなら買っても大丈夫かな。


「しょうがないなぁ。じゃあふたりに買ってあげるから、一口ずつ頂戴ね」

「え? リクは食べないの?」

「いや、だってさっき食べたばっかりでそんなにお腹空いてないし」


 そもそも食事の必要がない種族のせいか耐え難い空腹感というものがなくて……むしろちょっと食べただけでも結構お腹一杯になっちゃうんだよね。

 さっきもアーバルさんちで完食できそうもなくて困ってたら、すかさずサラが手を伸ばしてきて食べてくれたおかげで助かったくらいだし。

 そう考えると、タツキとサラは異常でしょう。一体胃袋どうなってんの。


 ともあれ、早速串焼きのお店に行こうと、ギルドの扉の前から数歩離れたときだった。


 バタン! と、大きな音を立ててギルドの扉が内側から外に向かって開かれると同時に、ひとりの大男がギルド内から道の上まで吹き飛ばされてきた。


 おや、あの扉は内側に開くタイプの扉じゃなかったかな?

 ていうか、人って本当に吹き飛ぶんですね。

 漫画とかテレビとかでは見たことあるけど、生で見たのは初めてです。


「この街から消え失せろっ! 二度と来るんじゃねぇぞ!!」


 ギルドの入り口には吹き飛んできた男と大差ない体格のスキンヘッドの男が仁王立ちしていて、ドスの利いた声でギルドの外に転がる男に吐き棄てた。

 その後ろには昨日お世話になったララミィさんが泣きそうな、怯えた顔で他のギルド職員に支えられるようにして立っていた。


 おやおや?

 これは、もしかして??


 目の前の状況からちょっと推測してみたら、なぜこのような事態に陥っているのか、その経緯と原因が容易に想像できた。

 確かにね、ララミィさんは美人さんだし優しいし、勘違いしちゃったのかもしれないけれども。


「そいつが色目を使ってきたんだ! 俺は悪くねぇ!!」


 ギルドの外に転がっていた男が立ち上がるなり叫ぶ。

 いかにも小物っぽい台詞。

 しかと聞き届けたぞ、悪党め。男の風上にもおけねぇな!

 私は男じゃないけどさ!


「タツキ、サラをお願い」


 私はサラをひょいと抱き上げるとそのままタツキに手渡す。


「わ、私、そんなことしていません!」

「そうだそうだ! 俺はそいつの後ろに並んでたから、ちゃんと見てたんだぞ! そいつが強引ににララミィちゃんに手を出したんだ!」


 小物男の言に反論するララミィさんの声が震えている。

 続いてララミィさんを援護する男の言葉に、周囲の人々も「そうだそうだ!」と合唱する。

 これはもう、間違いないでしょう。悪はこいつ、だ!


 私は僅か五歩先にいる小物男に駆け寄ると身体強化に頼らず地を蹴って飛び上がり、男の後頭部に蹴りを食らわせた。

 ガンッ! という音と共に、小物男が前のめりに倒れる。


 成敗っ! 安心しろ、峰打ちだ。

 脳震盪くらいは起こしているかも知れないけれど、力加減には気をつけたから命に別状はないでしょう……多分。


 私はきれいに着地すると、意識を失った男をひょいっと持ち上げる。

 このときはさすがに身体強化魔術に頼った。だってこの人重いんだもん。


「この人、街の外に捨ててくればいいですか?」


 半ば私の中で確定していることをギルドにいる人たちに確認すると、ぽかんと口を開けている人々の中からいち早く我に返ったスキンヘッドの大男が駆け寄ってきた。


「それはいいんだが、重いだろう。俺が捨ててくる」


 なぜか至極真面目な顔で言われて面食らう。

 ついまじまじと見つめると、最初はスキンヘッドだからか強面に見えたけど、その目をよく見てみればさほど恐くもなかった。

 私は素直に小物男をスキンヘッドさんに差し出す。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「おう。てか嬢ちゃん、力持ちだな……。とりあえずこいつは衛兵に突き出してくるわ」


 スキンヘッドさんは受け取った小物男を肩に担ぎながら片手で挨拶して去っていった。


 ひゅー、ちっからもちぃ〜。自分と同格の体型の人を軽々だよ。

 あ、そう考えたら私があの小物男を持ち上げてる絵面は相当おかしかったんだろうな。

 スキンヘッドさんに任せてよかったよかった。

 危うく失笑の的になるところだった。


 そんなことを考えながら見送っていると、誰かがすぐ横に駆け寄ってきた。

 振り向くとそこにはララミィさんがいて、本日二度目となる抱擁を受ける。

 あれ、私、同性にモッテモテ?


「ありがとう、ありがとうございますっ、リクさんっ!」

「あ、私の名前、覚えててくれたんですね。大丈夫でしたか? ララミィさん。今後またあのような女の敵が現れたらすぐに言って下さいね! 私が成敗しますから!」


 よしよし、とその背中を撫でてあげると、ララミィさんはわっと泣き出してしまった。


 よしよし、よしよし。

 もう大丈夫だよ。

 今世の私はどうやら結構強いみたいだからね、きっと助けてあげられるよ。


 と、ララミィさんを慰めていると、心無しか恨めしそうな視線を感じてそちらを見る。

 視線の先では、ギルドに集まっていた冒険者の男性たちが羨ましそうにこちらを見ていた。

 ふふん、優越感。

 ……っていやいや、私にその気はないからねっ!?



 その後泣き止んだララミィさんはすっかりまぶたが腫れていた。

 私は不得手ながら水属性魔術を詠唱して小さな氷を出し、ハンカチに包んでそっと冷やしてあげる。

 そのまま仕事に戻るのはかわいそうだと思っていると、ララミィさんの上司らしき女性ギルド職員が出てきて落ち着くまで応接室で休むよう提案してくれたので、私はララミィさんをお姫様抱っこして応接室に連れて行った。


 途中、冒険者の男たちがララミィさんに声をかけようとしていたけれど「女性の泣き顔を拝もうなんざ太ぇ野郎だ!」と言わんばかりの視線を投げて牽制しておいた。

 そのおかげか、誰も近寄ってくることはなかった。



 この日以降、ギルドでは嫌がる女性に手を出すと番犬に蹴り殺されるぞ、という噂が流れるようになる。



 番犬。それは私のことである。


 番犬かぁ……まぁ、異名がこれっていうのもなんだけど、悪くはないんじゃないかね。


 それに、私は知っている。

 ララミィさんを含む女性ギルド職員と女性冒険者たちが、影で私のことを「騎士様」と呼んでいることを。


 ふふふ……おかしいな。私、どこで性別間違っちゃったんだろう?

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