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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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20.【リク】八歳 人族領にて

 父を置いて逃げ切った私は、タツキに教えてもらった認識阻害魔術──認識させたくないものから相手の目と意識を別のものに逸らしたり、違うものに見えるようにする魔術──を自分とサラに施して、オルテナ帝国の国境を越えることにした。



 ちなみに私もサラも特徴のある角と目の色を認識阻害魔術で誤摩化している。


 角は相手が角の存在自体に気付くことのないように、角付近に相手の視線や意識が向こうとしたら背後の景色に目と意識を逸らし、目の色は相手が確認しようとしたら緑色に認識されるように魔術を構築している。

 その効果が相手にレジストされてしまう可能性を考えてさらに重ねて認識阻害魔術をかけ、角付近に相手の視線や意識が向こうとしたら割と珍しいはずの白銀の髪に目と意識がいくように、目の色も相手が確認しようとしたら薄緑色に認識されるように……と、似たような内容ながらも異なる構成で認識阻害魔術を施しておいた。

 干渉系魔術が得意な私が二重に認識阻害魔術を施しているので、この二段構えを看破されることはまずない……はず。


 この魔術は認識させたくないものにかけておけばそれを見ようとした相手に勝手に干渉していってくれる魔術なので、その都度魔力の消耗はあれど、不特定多数の目を欺くのに向いている魔術だ。

 それに、これだけ高性能な魔術にも関わらず意外と消耗する魔力は少ない。


 この魔術を妖鬼全体に普及させたら妖鬼も狙われずに済むだろうに……と思うものの、妖鬼が妖鬼たる証を隠してまでこそこそするのはきっと本望ではないだろうから普及しないんだろうな、とも思う。

 一応父母もこの魔術の存在は知っていたし使えたようだけど、一度も自分の姿を偽るのに使ってなかったしね。


 ちなみに特定の相手の目を誤摩化したかったら幻術の方が有効だ。

 威力の調整も含めて、そのときそのときで詳細な設定をすることが可能だからだ。

 ただ幻術は相手を指定する必要があるから、常時不特定多数を相手に発動し続ける必要がある場合には向かない。なので、今回は認識阻害魔術を使用することにしたのだ。

 これで安心して人族領を歩き回れる。



 国境越えの際は、もちろん関所は使わない。

 恐らく金銭を要求されるだろうけど、私たち子供は関所を通れるだけのお金を持たされていないのだ。

 幸い魔族領に出回っているお金は人族と友好関係を結んだ魔王たちの尽力もあって、東大陸の人族領と同じものが使われている。なので、少ないながらも持たされているお金は人族領でも使えるだろう。

 けどたぶん、宿に泊まるには不足してるんだろうな。

 この世界の物価が均一なら魔族領の物価で判断できるんだけど……そもそも魔族領内でも物価はまちまちだったし、魔族領の国と人族領の国の間では交易も行われているようだから、物価に差があると考えた方が自然だろう。

 見た目も素材も造りも全く同じお金なのに差が出るっていうのも、何とも不思議な感覚だけれども。



 国境を越えると間もなく、城塞都市を発見した。あまりにも大きくて、かなり離れた場所からでも視認できる。

 まぁ覚醒してからやたら視力もよくなってるし、そのおかげもあるんだろうけど。

 ともあれ、まずはあの城塞都市で情報収集しながら今後のことを考えよう。


 ……というのは建前で、私は単純にこの世界の人族の暮らしに興味があった。

 だって妖鬼は食事も睡眠もいらないから、わざわざ街に行く必要ないじゃない?

 でもさ、元々人間だった身としては、人の中で暮らしてみたいと思うわけで。


 しかし、そんな風に浮かれ始めていた私を現実に引き戻したのは、サラだった。



「おねーちゃん、どこにいくの? おとうさんは? おかあさんは? なんでいないの?」



 サラの無邪気ながらも核心を突く言葉に、ここまで必死に頭の外に追いやっていた現実が、もの凄い勢いで迫ってきた……ように感じた。



 血の海に沈む母の姿が思い出される。

 必死に私たちを逃がそうとした父の背中が思い出される。


「お、お父さんと、お母さんは……」


 答えようとするけれど、急に喉が詰まったようになってそれ以上言葉にならなかった。とんでもない喪失感に、足から力が抜ける。

 倒れかけた瞬間、精霊石の中からタツキが現れて支えてくれた。

 タツキに支えられて何とか転倒を免れたものの、いつの間にか溢れ出た涙がタツキの服に染みを作る。


 声を上げて泣きたかった。

 けれど、サラの姿が目に入るとそれはできなかった。

 慌てて涙を拭ったものの、滲む視界の中でサラの顔がみるみる泣き顔に変わっていく。


「おねーちゃ、なんで、ないてるの……?」


 サラの目からも涙がぼろぼろと零れ始めた。

 次の瞬間にはサラが大声を上げて泣き出してしまう。

 そうなると私も堪えられなくなった。

 サラを抱きしめて、一緒になって声をあげて泣く。


 恐くて、


 悲しくて、


 寂しくて、


 心細くて、


 ……不安で。



 わんわん泣く姉妹の頭を優しく撫でながら、タツキはただ黙って傍にいてくれた。




 それからほどなくして、人の気配が近づいてきていることに気付く。

 私は慌てて涙を拭うとサラを抱き上げた。タツキも気配のする方へと身構える。


 すると間もなく、兵士らしき人を乗せた五頭の馬が近づいてきた。みんな同じ鎧を身に着けているから、この国の兵士なのだろう。

 彼らは私たちの傍までやってくると馬を止め、兵士のひとりが馬から下りた。


「こんなところでどうしたんだ? 迷子か?」


 たった今泣いていたから私もサラも相当目が腫れていたらしく、状況も相俟って兵士は私たちを迷子と判断したらしい。


 おぉぉ、どうしよう、不法入国者だなんて口が裂けても言えないっ!

 しかしどうやら認識阻害魔術が効いているようで、姿に関しては特に反応はなかった。

 それはよかったんだけど、さて、どう説明したものか。


 う〜ん……うん、よし、決めた。


「あの、違うんです、迷子じゃないんです。私たち、その、両親が……その……うぅ……」


 下手な嘘はつかずに経緯を伏せて両親を亡くしたことを説明しようとしたら、思い出してまた涙が出てきてしまった。

 兵士の登場にびっくりして泣き止んでいたサラもまた私にしがみついてぽろぽろと涙を流す。

 もう滅茶苦茶だ。タツキもどうしたものかとあわあわしている。


 ……が、泣いたのが逆に効いたらしい。

 兵士たちは何かを察して全員が馬から下りると私たちを慰め始めた。


「そうかそうか、辛かったなぁ」

「住む場所もなくなっちゃたのか、それは困ったよなぁ」

「こんなところにいたら魔物や魔族がくるから危ないぞ。俺たちと一緒に街まで行こう」

「お腹は空いてないか? おい、誰か菓子を持ってないか?」

「よし、今日の偵察任務は一旦切り上げてアルトンに戻ろう。今から俺たちの任務は、この子たちの護衛だ!」


 何だかすごい親切な人たちだ。

 びっくりしすぎて涙が止まった。


「あっ、あのっ、ありがとうございます……!」

「いいっていいって。きみたちもよく無事でいてくれたよ。あそこに城塞都市が見えるだろう? あの街の名前はアルトン。あそこなら孤児院もあるから、何も心配しなくていいからね」


 と、最初に馬を下りていた兵士が遠くに見える城塞都市を指し示した。

 ほうほう、あそこはアルトンって街なのね。てか、孤児院か……。

 確かに定住はしたかったけれど、孤児院はちょっと違うかな。


「あの……私、もう働けますし、孤児院のお世話にならない方法はないでしょうか。あっ! 一応、魔物相手だったら戦うこともできます!」


 そう考えると、冒険者ギルドとかがあれば最高なんだけどなぁ。

 サラはまだ小さいからできるだけ一緒にいる時間を持ちたいし、そうなると奉公とかよりもサラを連れたまま自分のタイミングで稼げるような仕事が望ましい。

 それに、自力で稼ぐ手段があるなら孤児院のお世話にならなくて済むはずだし……。


 うん、やっぱり冒険者ギルドがあるのが理想的だ。

 魔族領の妖鬼が立ち寄るような小さな集落には冒険者ギルドのようなものはなかったけど、人族の、あれだけ大きな街なら案外あるんじゃないかな。


 そんなことを考えていると、兵士たちは顔を見合わせた。


「きみが? そっちの子じゃなくて?」


 と、兵士が示したのはこれまで黙ったままのタツキだった。

 急に話を振られたタツキは「あ、僕も戦えます」とか、ちょっと間抜けな返答をしている。

 フォローしておこう。


「そうですね、私も戦えますけど、弟も戦えます」

「え? 弟??」


 明らかに私より年上に見えるタツキに驚く兵士たち。

 私とタツキはアイコンタクトを交わすと、タツキが察して空中に浮き上がった。


「僕はリクの守護精霊なんです。僕はリクよりあとに生まれたので、姉弟、兄妹でいうなら弟になりますね」


 タツキがそう説明すると兵士たちも納得したようだ。

 そして稀にしか存在しない守護精霊を珍獣でも見るような目で見上げている。

 ちょっと、タツキは見せものじゃないんだからね!


「それで、働く場所はあるのでしょうか」


 私は兵士たちの視線をタツキから反らさせるべく、少々大きめの声で改めて尋ねた。

 すると私に視線を戻した兵士たちは「それなら……」と、冒険者ギルドの存在を教えてくれた。


 やった、やっぱりあったんだね、冒険者ギルド!

 これで今後の生活基盤が作りやすくなった!




 こうして私たちは兵士に連れられて、オルテナ帝国の魔族領にほど近い城塞都市、アルトンへと向かった。

 道中私とサラは馬を操る兵士さんの前に乗せてもらって、初めての乗馬にテンションMAXだ。


 父母のことを思うと悲しい気持ちは消えないけれど、さっき思い切り泣いたおかげだろうか。何とか上手く気持ちを切り替えてやっていけそうだ、と思った。




 アルトンに着くと一旦全員で兵士用館舎に向かい、上司らしき人に状況を報告。その後許可を得て兵士さんのひとりが冒険者ギルドまで付き添ってくれた。

 ほかの四人の兵士さんは偵察の報告をしに行くそうだ。


 付き添ってくれた兵士さんはアーバルと名乗った。

 私は少し考えてから、今のメンバーで私の名前を呼ぶのがタツキのみであること、ここにくるまでのあいだに散々タツキが私を“リク”と呼んでいたことを考慮して、「リク」の方で名乗った。

 サラも普段から私がタツキに“リク”と呼ばれているのを聞いているからか、特に反応なしだ。


「で、この子が妹のサラ。それと、さっきの弟こと私の守護精霊がタツキです」


 タツキは今現在を含め、基本的にそばにいるときは精霊石の中にいる。タツキに理由を聞いてみたら、「奥の手は隠しておくものだよ」と言われた。

 能ある鷹は爪を隠すってやつですね、わかります。

 確かに何かあった場合、私にとってタツキは奥の手になり得る。だったらそのときまで隠しておくのもアリだろう。まぁ、アーバルさんたち兵士さんには見られちゃったけどね。


「三人でここまで来たのか。サラちゃんは戦えそうにもないし、だったらリクちゃんが戦えるっていうのは本当なんだな」


 オルテナ帝国は東大陸にある人族領の中で、最も危険な地域の魔族領と接している。ゆえに、私たちのような子供が単独で街の外にいること自体が彼らからしたら信じ難いことだったようだ。

 認識阻害魔術がうまくかかっているようで、私たちが正にその魔族だなどとは考えてもいない様子。

 よしよし。


「本当ですとも。でも今後については何をどうしたらいいのかわからなくて……。あそこでアーバルさんたちに助けて頂けて、本当によかったです。おかげさまで無事街に辿り着けましたし、冒険者ギルドで日銭を稼げば今後の生活の見通しも立てられることがわかりました。本当に、ありがとうございます」

「……っはぁ〜、リクちゃんはしっかりしてるんだなぁ。まさかこんな小さい子から“日銭”とか“生活の見通し”なんていう単語を聞くことになろうとは……」


 おっと。そうでしたそうでした。私は子供!

 ……いやいや、でもここでしっかり自力でやっていけますよアピールをしておかないと、孤児院に連れて行かれるかもしれないからな。

 このまましっかり者路線でいこう、そうしよう。


「あの、アーバルさん。この街の物価についてもお尋ねしていいですか? 毎日どれくらいの費用があれば生活できるでしょうか。あ、家を持とうとか考えていませんので、宿に泊まって生活する場合の一日当たりの必要経費を教えて頂ければ助かります」

「物価! 必要経費!!」


 と、私の言葉を繰り返しながら驚いているアーバルさんの顔が面白いんですけど!

 どうやって耐えたらいいですか。


 私は心を無にして笑いを堪えるも、口の端がピクピクしてしまう。

 そんな私の横で、私に手を引かれていたサラが全力で笑い出した。


「おにーちゃん、おもしろいかおー!」


 こらっ! それは言っちゃいけませんっ!!

 お姉ちゃんが笑いを堪えられなくなるでしょうが!!


「面白いって……あ、リクちゃんもそう思ってたんだね。いいよ、笑って。どうせ面白い顔ですよ……」


 あぁ、落ち込んじゃった。

 何とかフォローせねば。


「アーバルさん、私はつまらない顔の人よりも面白い顔の人の方がいろんな人を笑顔にできるから素敵だと思いますよ」

「あれ……フォローしてくれてるのかな? ありがとう。何だか涙が……」


 段々申し訳なくなってきた。話題を変えよう。

 えぇと、話題話題。


 そう思いながら辺りを見回すと、見るからに堅牢な大きい建物が目に入った。その周辺には冒険者っぽい服装の人々がいて、建物にも似たような人々が出入りしているのが見える。


「あ! あそこですか、アーバルさん!」


 前世ゲーマーの(さが)だろうか。

 話題転換のつもりが思いきりテンションが上がって満面の笑顔で建物を示すと、本当に涙目になりかけていたアーバルさんが視線を持ち上げた。

 そして一つ頷いてから涙を拭う。


「そうそう、あそこあそこ。今日はもう夕方近いから登録だけ済ませて、今夜はうちに泊まっていってよ。うちの奥さん子供好きだから、遠慮しなくていいからね」

「!!」


 何ですと!

 私は思わずアーバルさんの手を取り、両手でがっちりと握り締めた。


「アーバルさん、本当に何から何までありがとうございます! 我が家の家訓に“命の恩は必ず返すべし”というものがあるんです。このご恩は絶対、必ずや返させて頂きますね!」

「いやいや、大げさな……。でも恩に感じるならこの街にいるあいだ、気が向いたときでいいからうちに遊びにきてくれたら嬉しいな。リクちゃんたちいい子だから、きっと奥さんが喜ぶよ」


 アーバルさん、ほんっとうにいい人っ!


 私は本当についてると思う。

 どうしようもなく酷い目にも遭ったけど、捨てる神あれば拾う神あり、だ。

 私、オルテナ帝国に逃げてきて本当によかった。


「何というか……アーバルさんって、奥さん想いなんですね」


 さっきからアーバルさんは奥さんを喜ばせるために私たちを家に招こうとしている節がある。

 まぁ私としては全く気にならないけれど、随分奥様にご執心なんだなぁと思いまして。


 するとアーバルさんは照れ笑いを浮かべて、「実は先月結婚したばかりなんだ」と惚気のつもりかとんでもないことを(のたま)った!

 私的にはどん引きだ。


 いやいや、だって、普通ね? 新婚家庭にお邪魔するなんて無粋な真似できませんからね……!?

 思うが、今日ばかりは背に腹は替えられぬ。

 今日はご厄介になって、早々に一宿一飯の恩を返して、新婚家庭に宿泊を勧められる部外者の気まずさについて遠回しに伝えておこうと心に誓う。



 心に誓っているうちに、冒険者ギルドに到着した。

 先にアーバルさんが扉を開けて中の様子を窺うと、振り返って私たちに手招きした。


「今日はギルド内も落ち着いてるみたいだ。ほら、右手側が受付だよ。今空いてるからさっさと登録してきちゃおう」


 ………。

 今の「今日はギルド内も落ち着いている」とは、どういうことでしょう。


 一抹の不安を抱きながら、私はサラの手を引いて冒険者ギルドに足を踏み入れた。途端に、建物内独特の籠ったざわめきが耳に入ってくる。

 向かって左側にある食堂兼酒場は盛況のようで、みんながみんな、早めの夕食を摂っているようだった。


 私はアーバルさんに促されるがまま、右手側の受付に向かう。列は三つあって、一番空いていた奥側の列に並んだ。

 アーバルさんが言うように空いていて、そう待たされることなく自分の番がやってくる。


「あら、アーバルさん。本日はどのようなご用件ですか?」

「今日はこの子のギルド登録の付き添いだよ」


 顔見知りらしい受付嬢にアーバルさんが私を示すと、受付嬢はその視線を私に移して少々驚いたような反応をした。

 しかしすぐに笑顔を浮かべると、


「冒険者ギルドへようこそ。本日はご登録頂けるとのことで、誠にありがとうございます。ご案内はわたくし、ララミィが勤めさせて頂きます」


 子供相手にも関わらず、大人に対するのと変わらぬ対応で自己紹介してくれた。


「リクです。よろしくお願いします」

「リクさん、ですね。こちらこそ、よろしくお願い致します。それでは早速こちらの用紙にお名前と年齢、出身地、種族、得意分野をお書き下さい。出身地は分からない方も多いので記入できなければ空欄で結構です。種族や得意分野も書きたくないという方々が結構いらっしゃいますので、記入できなければ空欄でも問題ございません。お名前と年齢だけはご記入下さいね。もし文字が書けなければ代筆も可能ですから、お申し付け下さい」


 説明とともに差し出された用紙を、私は思わず凝視した。

 文字かぁ。


 実は、この世界には複数の言語が存在している。

 大きく分けると大陸毎に違うらしいんだけど、この東大陸の中でも魔族と人族では使う言語も文字も異なって──というのは、今は昔のこと。

 私がアーバルさんたちと会話できている通り、東大陸では魔族と人族間の交流が増えており、それに従って共通語が誕生しているのだ。そして現在、東大陸の主流はこの共通語となっている。


 私も一応、両親の教育の賜物で魔族語も人族語も共通語も読み書きできるんだけど……。

 今や主流となっている共通語が……というか、その文字の形が、書けなくはないんだけどちょっと苦手だ。

 まぁ、字が下手でも子供だからご愛嬌ってことで許してもらえるだろうか。


 私は思い切って名前と年齢の欄を埋めた。

 それを横で見ていたアーバルさんが「その年で文字も書けるのかぁ」と感心する。

 あ、そっちですか。よかった、字が汚いとか以前に文字が書ける子供が希少で。


 そのあとは裏方さんが冒険者カードを作成中、ギルドの仕組みと利用方法についての説明が始まった。


「まずギルドでは依頼人からの要望を受けて、内容に応じて三つに分類してあちらの掲示板に貼り出しています。分類の一つ目が採取依頼。比較的安全な、薬草などの採取が中心の依頼です」


 ふむふむ。何となくイメージはできる。

 でも本命ではないかな。


「分類の二つ目が討伐依頼。最も危険な、魔物や魔族退治を含む依頼です。魔物が持つ素材を集める依頼もこちらに分類されます」


 なるほど。

 私としては、これがメインになりそうだ。


「そして分類の三つ目が、護衛依頼です。依頼主から特定の冒険者が指名されることが多いので掲示板への貼り出しは少ないのですが、依頼人の指定する人物や物品を指定された場所まで護衛するお仕事です」


 これは……失敗すると責任問題とかになりそうだし、サラと過ごせる時間が減りそうだからなしかな。


「これらとは別に稀に特殊依頼が発生する場合もございますが、特殊依頼はほぼ間違いなく指名を伴う依頼ですので、掲示板に貼り出されることはございません」


 特殊依頼ですと!?

 うわぁ、いかにも危険そう!!


 思わず前のめりになりかけたものの、寸でのところで堪えた。

 自分でも意味のわからないやる気が出たけど、危険なことに自ら飛び込むメリットなんてひとつもないじゃないかと心の中で言い聞かせる。


「依頼を受ける際には用紙の右下に番号が書かれていますので、その番号を受付に申し出て下さい。問題がなければそのまま受託処理が行われます」


 言われて、思わず私は掲示板を振り返った。

 確かに、依頼が書かれた用紙には右下に大きく番号が記載されている。

 なるほど、あれを伝えればいいのか。


「受託件数は依頼の種類毎に最大件数が定められていて、採取依頼では5件まで、討伐依頼は2件まで、護衛依頼は1件までとなっています。ほかの分類の依頼を併せて受託できるのは採取依頼と討伐依頼のみで、護衛依頼はほかの依頼を受けていたら受託できず、逆に護衛依頼を受けていたら採取依頼と討伐依頼は受託できないようになっています。ここまでで何か不明点はございますか?」

「大丈夫です、続けて下さい」


 私は掲示板からララミィさんに向き直って真剣な顔で頷くと、先を促した。

 ララミィさんは「かしこまりました」と応じて続ける。


「依頼達成時は冒険者カードと依頼達成の証明品を持って受付にお越し下さい。依頼達成の承認が下りましたら、報酬のお支払い手続きに入ります。詳細はその際の案内に従って下さい。続きまして、ランクについてなのですが」


 と、ララミィさんは一つのファイルを取り出す。

 広げたファイルには冒険者カードの見本が貼られていた。


 私的にはカードというか……小型プレートと呼ぶ方がしっくりくる。

 サイズは縦5センチ、横2センチくらいで厚みは2ミリくらい。カードというにはちょっと分厚め。

 一カ所だけ角近くに穴が開いていて、そこにチェーンを通して首にかけられるタイプのようだ。

 それによく見ると、うっすら魔法陣が見える。これってあれかな、タリスマンの応用かな。

 何れにしても、魔法道具の一種だと思われる。


「冒険者ギルドでは7つのランク制度を採用しています。ランクはスタートがランク1、そこから2、3、4……と上がっていきますが、採取依頼ではランク3までしか上がらず、ランク4以降は討伐依頼の成果に応じて上がっていく方式になっております。ちなみに通常の護衛依頼はランク5以降から受託できるようになります。そしてランク7に関しましては特別な認定が必要となり、現状保持しているのは勇者様や魔王様といった名だたる方々のみとなっておりますので、実質最高ランクは6だと思って下さい」


 ほうほう。じゃあランク7は世界でも極少数しか獲得できていないんだな……。

 そこまでランクを上げる必要性を感じないから、まぁいいんだけども。


「受託できる依頼のランクにつきましては、自分のランク以下の依頼のみとなります。依頼自体のランクは用紙の左上に大きく書かれておりますので、依頼を受けられる際はご自身のランクに見合うかご確認下さい。もし上のランクの依頼を受付に申し出られた場合は、その場でこちらからご案内させて頂きます」


 つまり身のほどを知らずに上位ランクの依頼を申し出ても、受付で断られるってことだよね。

 なるほど、なるほど。


「ご自身の現在のランクは冒険者カードに刻まれた数字で判断出来るようになっておりますが、それとは別に、大きく四つの色でその力量を示しております。ランク1から3は銅色、ランク4と5は銀色、ランク6は金色のカードになります。そしてランク7のカードは黒になるそうです」


 その後は獲得した素材の換金についても説明を受けて、最後にようやく出来上がってきた銅色のカードが手渡された。

 そこには名前とランク1の文字が刻まれていて、渡されると同時に自分の手元のカードとギルド側で保存する別のカードに魔力を注ぐように言われた。これで本人以外がこのカードを使っても別人であると判定できるそうだ。

 あれかな、念話をするために最初に魔力を相互認識するのと同じような仕組みかな。



 こうして私は無事、ランク1の冒険者となった。

 外に出るとすでに空は黄昏に染まり、私たちはアーバルさんの案内でアーバルさん宅へと向かった。


 これから人の中での新しい生活が始まるのだと、期待に胸が膨らんでいたことは内緒だ。

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