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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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19.【ハルト】十歳 瀬田 理玖

 懐かしい夢を見た。


 前世の俺が小学校三年生になってから小学校を卒業するまでの、四年間の夢だ。

 こちらの世界で瀬田(せた) 理玖(りく)の顔を見たからだろうか。ちょうど俺が瀬田とクラスメイトだった頃の夢だった。



 そんな夢を見たからか、俺は自分の中にある瀬田 理玖という人物の記憶をはっきりと思い出した。




 俺の瀬田への最初の印象は、“特に目立つ存在ではない女子”だった。


 勉強や運動で活躍することもなく平均的。むしろ運動は苦手そう。

 賑やかな子たちよりも大人しい子たちのグループの中にいて、特別人付き合いが悪いという印象もない。

 一方で、群れずにひとりで過ごす時間も苦ではない様子だった。ときどき外へ遊びに行く友人たちを見送って、ひとり教室で本を読んでいる姿を見かけた。


 容姿は特に華やかさがあるわけでもなく、普通。

 いっそ地味……というか素朴で、特に目を引くような容姿でもなかった。


 良いも悪いもなく、全てが普通。

 だから当時のクラスメイトたちから印象が薄かったと言われたのだろう。

 ……“印象が薄かった”という周囲の反応に関しては、社会人になってから行われた同窓会で友人たちから聞いた話だけども。


 同窓会を欠席していた瀬田のことを覚えていたのは俺と、瀬田と仲のよかった女子たちくらいだった。その女子たちが言うには、彼女たちの中で瀬田は同じ年ながらもお姉さんみたいな存在だったらしい。

 瀬田は少し年の離れた弟妹がいたせいか小学三年生にしてすでに落ち着いた物腰だったので、“友達と喧嘩したときでも悲しいことがあったときでも、理玖ちゃんが黙って傍にいてくれるだけで気持ちが落ち着いたし、何だか安心した”と、彼女たちは言っていた。



 そう言われてみれば、そうだったのかも知れない。

 同年代なのに、同年代にはない落ち着きがあの頃の瀬田にはあった。

 だから“取っ付きにくい”なんて思っていたのかも知れない。



 自分で言うのもなんだが、あの頃の俺は怖いもの知らずというか人見知りを全くせず、誰とでも仲良くなれる自信があった。実際あの頃の俺は友達の輪の中心にいるような子供だった。

 別にガキ大将だったわけじゃないけれど、率先して行動することが多いせいか気付けばみんなが周りに集まってきた。


 そんな当時の俺が唯一、積極的に声をかけることも気軽に話しかけることもできなかった相手が、瀬田 理玖だった。


 小学校三年から六年にかけて同じクラスだったから瀬田とは四年間クラスメイトだったのだが、結局最後の最後まで親しく話せるようにはならなかった。

 それゆえに、いまだに俺の中で瀬田は“どうにも取っ付きにくい女の子”という印象が強い。


 だからこそ均一的に仲の良かった他のクラスメイトたちに比べ、瀬田が俺の中で強く印象に残る人物となったわけだが。



 今思えば確かに、瀬田は周囲から少し浮いていたのだと思う。

 同年代の子たちと瀬田の持つ雰囲気はまるで違っていた。


 まだまだ子供らしい遊びに夢中になれる年齢にも関わらず、瀬田はすでに落ち着いてしまっていた。

 喜怒哀楽が激しい子供たちの中、ただひとり、大きく浮きもしなければ沈みもせず。ただただ、ひたすらに平ら。

 常にどこか、現実から一歩引いているような。


 話す声も静かだったようで、瀬田の声の記憶が俺にはない。

 俺も賑やかなグループにいたから、大人しい子たちの会話に耳を傾けたりしていなかったしな……。




 それを思えば、あのときの瀬田は聞いたこともないくらい大きな声をあげていたな、と思う。

 覚醒時の叫び。

 ……いや、まぁ、あれは叫びたくもなるだろうけども。


 それは置いておいたとしても、“タツキ”という精霊へ指示を出したときの声も。

 あれが、俺が瀬田の声を初めて認識した瞬間だったように思う。

 だからあれが前世の瀬田の声と同じ声かはわからない。

 けれど、俺の声は前世と同じ声質だから、多分同じなんだろうな、と勝手に思う。



 だからだろうか。

 夢の中で前世の姿をした瀬田が、現世で聞いたあの声で。

 静かに俺の名前を呼んだ……ような、気がした。



 ◆ ◇ ◆



 目が覚めた。周囲はすでに暗い。

 半身を起こして周囲を見回すと、少し離れた場所でジルとバリスが夕食の支度をしているところだった。


「おや、目が覚めましたか? 調子はどうです?」


 すぐ近くで声がしたのでそちらを見ると、近くの木に寄り掛かって立っているイムの姿があった。

 穏やかに微笑んではいるけれど、絶えず周囲を警戒しているのがわかる。


「大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 答えるとイムは近寄ってきてその手を俺の頭に乗せ、優しい手つきで撫でてきた。

 初めて近くで見るその不思議な色の瞳が優しげに細められる。


「そうですか。ハルトくんは強い子ですね。もうすぐ夕ご飯の準備が整うようなので、食べれそうなら起きていて下さい」

「ありがとうございます」


 強い子なんて、初めて言われたな。

 というか、こうもあからさまに子供扱いされたのは今世では赤ん坊の頃を除けば初めてかもしれない。やはりイムが同年代の子供を持つ親だからなのだろうか。

 何となくくすぐったい気持ちになる。


「おぅ、ハルト。飯食えそうか?」


 向こうからジルが問いかけてきたので「食べれますので、俺の分もお願いします」と応じる。

 そんなやり取りのあいだにイムがまた木に寄り掛かってそれとなく周囲を警戒する姿勢になる。


「イムさん、そんなに警戒してたら疲れませんか?」


 気になって聞いてみると、イムはきょとんとした顔になった。

 それから何かに気付いて苦笑する。


「すみません、ずっとこういう生活をしていたものですから」

「……それは、妖鬼だからですか?」

「えぇ。いつ襲撃を受けても逃げ果せるように。生きるために」


 その言葉の重みに、俺は息を呑む。それほどまでに妖鬼として生きるのは過酷なことなのだろう。気を休める暇すらない生活なんて、俺には考えられない。

 だから、聞かずにはいられなかった。


「それは、瀬田……いえ、娘さんたちも、ずっとそういう生活をしてきたってことですよね?」

「そうですね。でも妖鬼に生まれたからには、この生活に馴染まないと生きていけませんから。その点、セアはちょっと心配です。あの子は口には出しませんでしたが、立ち寄った集落から離れるのをときどき嫌そうにしていましたからね。もしかしたら、定住に憧れていたのかもしれません」


 そのときの様子を思い出したのか、イムは困った顔になった。

 定住に憧れる。

 その気持ちは今なら何となくわかる。こうして一年近く旅を続けていると、時折立ち寄る集落に留まりたくなることがある。

 もちろん俺も口には出さないけど……もしかして、ジルたちには気付かれていたりするのだろうか。

 俺はジルのような人間を目指しつつジルの力になると決めたのだから、もっと気を引き締めていかないとな。


「飯が出来たぞー!」

「はい」


 俺は立ち上がるとジルの許へと向かう。が、イムはその場を動こうとしない。

 つい首を傾げながら振り返ると、


「あ、僕は……というか、妖鬼は食事を摂らない種族なので、お気になさらず」


 と見送るように手を振られてしまった。

 食事を摂らない……!?


「びっくりすんだろ? もっと驚くべき事に、妖鬼は睡眠も取らないんだぜ? って、俺も昨日知ったばっかりなんだけどよ」


 ジルが豪快に笑いながらスープを注いだカップとパンを持ってやってきた。

 差し出されたそれらを礼を言って受け取りつつ、俺は信じられないと言わんばかりに首を左右に振ってしまった。


「考えられない。食べない、眠らないって、どうやって栄養と健康のバランスを取ってるんですか?」

「元々そういう種族なので僕にはよくわかりませんが、セアの守護精霊のタツキが以前こんなことを言ってましたね。魔力の絶対量が多い種族は、魔力そのものを無意識に生命維持活動に回している……とか。精霊も食事や睡眠を必要としない種族なのにタツキもちょっと変わった精霊のようで、そんな考察をしていました。セアだけはタツキの考察を賢い! って大絶賛してたので、タツキのいうことが理解できたのかもしれませんね。そういえば、セアもタツキも必要ないのに食事や睡眠を取りたがるときがありましたっけ。そう考えるとあの二人は揃って変わり者だったんですねぇ……」


 しみじみと思い出しながらイムは頷いている。

 しかし、その話を聞いて俺はまた一つ確信に近いものを掴んでいた。



 “タツキ”が普通ならそういうものだと思って考えもしないようなことを、わざわざ考察していた理由。

 それに理解を示した“セア”。

 食事や睡眠の必要がないのに、それらを取りたがる妖鬼や精霊らしからぬ欲求。


 もしかしたらあのふたりは、どちらも前世の記憶を持ったまま転生したんじゃないだろうか。

 というか、ふたり揃ってそれぞれの種族らしからぬ……いっそ人間っぽい考えをしているということが、そのことを証明しているように思えた。



 そう思ったら、直接会って話してみたくなる。

 もし二人が前世で同じ世界の同じ町に住んでいた人間で、何なら片方は元クラスメイトで、さらに前世の記憶を持っているのであれば。

 ぜひいろいろと話をしてみたい。他愛のないことでも何でもいいから、言葉を交わしたい──


 そう思ったところで、ようやく気が付いた。

 俺は、前世である日突然命を落とし、その記憶を持ったままこの世界に生まれ変わって……心のどこかでずっと、心細いと感じていたのだと。

 その気持ちを聞いてくれる誰かが欲しかった。共感してくれるであろう、同じ立場の仲間が欲しかったんだ、と……。




 俺はスープが冷めないうちに食事を摂った。ジルやバリスも同様にしている。

 そんな食事風景を眺めながら、考える。


 この旅が終わったら。

 魔王ゼイン=ゼルを倒したら、ジルは恐らく騎士国ランスロイドに戻らなければならないだろう。それが神殿が定めた決まりごとだ。

 その決まりごとをジルが守るかどうかはわからないが、多分、ジルはランスロイドを見捨てられない。きっとランスロイドに戻るのだろう。そう思う。

 バリスもフィオの許に戻るか、フィオに紹介されたときのように魔族領内を放浪する旅路に戻るのだろう。


 ならば、俺はそのあとどうしようか。

 ここ最近はたびたびそのことを考えていた。旅の終わりが近づいてきたからだろう。

 けれどようやく俺にも、この旅を終えたあとの目的がひとつできた。

 それは、“セア”と“タツキ”に会うことだ。


 ちらりとイムを見遣る。

 イムは相変わらず周囲への警戒を怠らずに立っている。


 俺は改めてジルとバリスに向き直り、


「ジルとバリスは、ゼイン=ゼルを倒したあとはどうするんですか?」


 確認の意味を込めて問いかけると、二人は顔を見合わせ、吹き出して笑った。


「何だ何だ、ハルトはもう魔王ゼイン=ゼルに勝つと思ってるのか。だが、そうだな。ゼインを倒したら俺はフィオに礼を言ってからランスロイドに報告に戻って、そのあとは今まで通り、ランスロイド国内で魔物の間引きをしたりしながら過ごすかなぁ」


 ジルは予想通りの答えを返してきた。

 対してバリスは顎に手を当てて悩んでいる。


「わしはどうしますかな。とりあえずジル殿と一緒にフィオに報告に行きますかな。その後は野となれ山となれ」


 適当らしい。実に彼らしい選択だ。

 俺はふとイムにも視線を向ける。


「イムさんはどうしますか?」

「そうですね……少々寂しいですが、また一人旅をしながらの逃亡生活になりますね」


 問いかけると、イムは迷わず答えた。それが妖鬼にとっての常識のようだ。決して奥さんの仇を討とうとか、娘たちを探そうとかは考えないようだ。

 だから思い切って言ってみる。


「でしたらイムさん、俺と一緒に娘さんたちを探しませんか? 俺、“セア”さんと“タツキ”さんの話を聞いて、ちょっとお二人に聞いてみたいことができたんです。もしよかったらですが、どうですか?」


 これにはイムも目を見開く。

 一方で、ジルとバリスは「それがいい!」と後押しの声を上げた。


「俺はハルトについて行ってやれないからな。イムが一緒にいてくれるなら安心だ」

「わしも老い先短いですからなぁ。ハルトは充分賢い子ですが、人族の子はもうしばらく保護者がいた方がよいでしょう。その点、同年代の子がいるイム殿なら適任でしょう」

「何を……。いえ、でもハルトくんは親御さんのところに帰らなくていいのですか?」


 そういえばジルとバリスには俺の事情を話してあるからその辺はスルーしてくれたけど、イムには言ってなかったっけ。


「あぁ、実は俺、勇者になるのが嫌で家出してきたので親許には戻れないんですよ。だからイムさんが一緒に来てくれたら嬉しいのですが……」


 じっとイムを見ていると、援護するようにジルやバリスもイムに視線を向けた。三人の視線を向けられたイムは、気圧されたように一歩下がる。

 しかし視線を斜め下に向け、「うーん…」と唸ると、意を決したようにこちらに向き直った。


「わかりました。そういうことなら、ゼイン=ゼルを倒したあとはハルトくんに同行しましょう。あの子たちのことだから、たぶん今頃は魔族領ではなく人族領に移ったはずです。以前タツキが認識阻害魔術をセアに教えていましたからね……。となれば、僕がいた方があの二人は見つけやすいかもしれません。あの二人の気配をよく知っているから、認識阻害魔術をレジストできますし」


 そう力強く請け負ってくれた。

 よしっ!

 今後の自分の目的が明確になると俄然やる気が出る。

 それに例の“研究者”のこともあるし、希少種であるイムをひとりにするのはきっと気掛かりになる。恐らくジルやバリスもその件については気にしていただろう。

 だったら行動を共にしてもらった方がいいだろうし、あんな事件がなければもうしばらく共にいられたのであろう親子のことを思うとこれが最善な気がした。

 もちろん、俺自身も“セア”や“タツキ”に会いたいし、一人旅は心細いからイムがいてくれると助かる。

 一石二鳥だ。


「それじゃあ、ジル。絶対ゼイン=ゼルを倒しましょうね!」


 気合いを入れて呼びかけると、ジルはいつも通り豪快に笑った。


「おうよ。ハルトも覚醒したし、魔術の天才イムもいる。百戦錬磨と名高い戦士のバリスもいる。こっちが負ける要素なんざねぇからな!」


 バリスも「違いない!」と同意しながらジルに倣って豪快に笑い声をあげる。そんな雰囲気につられて、イムも微笑んでいた。

 俺もあまりに居心地のいいこの面子の中で、これだけ頼もしい面々が揃っているのだから魔王ゼイン=ゼルに負ける要素なんてないと思った。

 だから一緒になって笑った。



 そんな調子で旅を続け、夏を目前に控えたある日のこと。

 俺たちはようやく目的地に辿り着いた。

 魔王ゼイン=ゼルの支配する国、ゼル帝国。

 その中心地にある、魔王の住まう巨城に。

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