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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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18. 悲劇と覚醒

 天歴2514年。私は八歳になった。




 それは、何の変哲もない日のことだった。


 いつも通り私たち一家は周囲を警戒しながら旅を続けていた。

 そして襲撃があることもまた、いつも通りのように考えていた。


 それが、そもそもの間違いだった。




「妖鬼を発見。個体数は4。魔王種が1」



 底冷えするような声が聞こえた。

 本当に、その声が入ってきた耳から首筋、声を認識した脳までもがひやりと冷えたように感じた。


 反射的に振り返ったときには、母の胸が剣に刺し貫かれていた。

 目を見開き、声にならない悲鳴をあげようとするかのように口を開いた母が、濁った音と共に血を吐く。剣が引き抜かれると、そのまま地に伏した。


 信じられない速さで広がっていく血溜まり。


 母は暫く痙攣していたけれど、間もなく動かなくなった。



 ──死。



 私はそれを認識した瞬間、凍りついた。

 すぐ隣に別行動をしていたタツキが現れたことにすら、このときは気付かなかった。



 嘘のように一瞬の出来事だった。

 あんなに強かった母がほんの一瞬で、まるで指先で小さな虫を潰すように簡単に、命を奪われた。



 認識が、目の前で展開されている状況の速さに追いつかない。


 これは夢なのだろうか。



 夢か現か確認するように、私は忙しなく周囲を見回した。

 そうして目が止まった先。

 そこには、見たこともない漆黒の神官服を身に纏った男たちがいた。


 数は四人。

 血に濡れた剣を持つ男。

 杖を構えている男。

 大きな盾を持つ男。

 そして、曲刀を構えて今にも切り掛かってきそうな男。


 その男たちより手前に、家族の姿があった。

 母の流す鮮やかな赤、青ざめる父、泣き喚くサラ。

 夢にしてはやけにはっきりと、サラの泣き声が聞こえる。



 これは現実だと認識している冷静な部分とは裏腹に、意識の半分はこれを現実だと受け入れられず、混乱していた。



 お父さん、何で青い顔をしてるの?

 サラ、何でそんなに泣いてるの?


 お母さん……何で動かないの?




 キン、と強い耳鳴りがした。



「……あっ、あぁ、あぁぁあああ!!」



 感情や感覚の全てが掻き乱されるような不快感が全身を支配する。

 体の底から怒りが、悲しみが、そして力が、湧き上がってくる。

 それを抑えきれず、その膨大さに耐えられず、私は頭を抱えてうずくまった。


 周囲に蒼い輝きを帯びた風が巻き起こる。

 酷い頭痛の中、滲む視界にそれを捉え、痛みと強い違和感に苦しむ自分とは別のどこかで、この蒼い風を見たことがある、と思った。


 そう、あれは、前世の最期の瞬間。

 あのときに見た蒼い風と同じだ。


 あの、自らの死の……。



 視界に、母の姿が入った。


 そうだ、お母さんは死んでしまったんだ。

 あの、剣を持った、黒い神官服の男に……殺されたんだ!


 怒りが爆発的にこみ上げてきた。

 制御しきれない力が、怒りで更に噴き上がってくる。



「魔王種が一次覚醒をした。気をつけろ」


 盾を持った男が冷静に言い放つ。最初の冷たい声はこの男の声だったようだ。

 私の意識と怒りの矛先が盾の男に向く。


 しかし、すぐさま視界が塞がれた。父が私と男たちの間に立ったのだ。


「セア、逃げろ!」


 父は叫ぶなり不得手の攻撃魔術を詠唱し、曲刀を持つ敵に向けて放つ。

 しかし後ろに控えていた魔術師らしき杖を持った男が、結界魔術を構築。父の魔術はあっさりと防がれてしまう。


「タツキ、セアを連れて逃げろ! セアとサラを、頼む!!」


 父の必死な声が響く。

 すぐさまタツキは横から私の腕を掴み、サラを抱き上げた。


「リク、行こう!」


 呼びかけてくるタツキの強い声に、怒りに我を忘れて半ば現実から隔離されていた思考が戻ってきた。


 暴れるような感情と力の奔流が馴染むように私の中へと還ってくるのを感じながら、若干残る頭痛と耳鳴りに顔をしかめる。

 周囲に吹き荒れていた蒼い輝きを帯びた風も、吸い込まれるように私の体の中へと消えていく。

 それを確認すると、私は頭を切り替えた。今の状況から、自らがすべきことを思い出す。


 私のすべきこと。それは、妖鬼の掟を守ることだ。

 つまり、両親を見捨ててでもサラと自分を生かすためにこの場から逃げることだ。


 私は改めて敵の姿を目に焼き付けると、タツキを見上げた。


「サラは私に任せて、タツキは石に戻って!」


 タツキからサラを受け取り抱きかかえ、すぐさま身体能力強化の付与魔術を、今まで試したこともないような魔力量を込めて思念発動させる。


 これまでなら体を保護するために結界魔術も併用していたけれど、私は理解していた。

 さっきのは覚醒だ。覚醒を経て、私は自分がどれほど強くなったのか、どのような能力を手に入れたのかを本能的に把握していた。


 覚醒した私は常時薄い結界を纏っている状態だ。薄いが、身体強化の反動に耐え得る耐久力の結界であることがわかる。

 だから結界魔術は自分には使わない。代わりにサラに結界魔術をかける。


 そのとき、額の精霊石に一瞬だけ違和感を覚えた。

 これまで気付きもしなかった感覚。タツキが精霊石に戻った感覚なのだろう。

 覚醒のおかげで五感のみならずあらゆる感覚がこれまで以上に鋭くなったようだ。


 タツキが精霊石に戻ったのを確認すると、私は言葉も交わさずに父に背を向け、そのままなりふり構わずに全力で走り出した。

 自分でもびっくりするほどの速度が出る。制御しきれずに細い木に激突しかけるが、何とかギリギリで避ける。

 その後も一切振り返らず、ただひたすらに走り続けた。



 考えていたのはたったひとつのこと。

 サラを逃がすために、私が逃げること。



 それ以外のことを考えたら、涙がこみ上げてきそうだった。

 相当な速度で走っているのに、視界が悪くなるのは命取りだ。


 だから私は、必死に逃げることだけを考えた。



 そうしてどれくらい走っただろうか。

 気がつけば私は、魔族領東部、人族領のオルテナ帝国との国境に辿り着いていた……。






* * * * * ハルト * * * * *


 天歴2514年。春。

 俺はこの夏で十一歳になる。

 早いもので、城を出奔してからあっという間に半年以上が経過していた。


 神位種としての覚醒はまだしていない。

 神位種は十歳になってからの一年間で覚醒するらしいから、そろそろだとは思う。けれど覚醒というものがどのようなものなのかよくわからないため、一抹の不安を抱えていた。


 ジルにそれとなく聞いたけど、「こう、ぐわーっと力が湧いてきて、体中が痛くなって、落ち着いたらもう段違いの力が身についている感じだな」という、わかるようなわからないような微妙な説明をされた。

 ……いや、正直に言おう。よくわからなかった。



 俺たちはこの半年以上のあいだ、ずっと魔王ゼイン=ゼルの手下たちと戦い続けていた。

 魔王フィオ=ギルテッドにも会い、気さくなフィオは気軽に協力を請け負ってくれた……が、魔王自らが手伝うと戦争になってしまうので、かつて共に旅をしていたという獣人の老戦士・バリスを紹介してくれた。バリスも快く引き受けてくれて、今は三人旅だ。

 魔王ゼイン=ゼルの手下は本当に多様な種族とその数の多さに苦戦したけれど、おかげで俺もジルとバリスの指導の下で鍛錬を重ね、魔族と渡り合えるようになっていた。


 そしてようやく、魔王ゼイン=ゼルの治める国、ゼル帝国にもう少しで到着するというところまで来ていた。



 しかし。



 最初に聞こえたのは、子供の泣き声だった。

 訝しみながらも俺たちは周囲に気を配りつつ、声の方へと向かった。


 嫌な予感はしていた。

 そして、その予感は的中した。



 向かった先には、見慣れない漆黒の神官服を身に纏った男たちがいた。

 俺たちはすぐさま茂みに隠れ、様子を窺う。


 男たちの数は四人。

 血に濡れた剣を持つ男。

 杖を構えている男。

 大きな盾を持つ男。

 曲刀を持つ男。


 その男たちと対峙しているのは、妖鬼の男性だった。

 足下には、すでに絶命しているらしき妖鬼の女性が血の海に沈んでいる。


 そして。

 妖鬼の男性の後ろに、泣き喚く小さな妖鬼の少女。

 立ち尽くしている黒髪の少年。

 その隣に、泣いている少女の姉と思われる、もうひとりの妖鬼の少女。


 姉妹の姉と思われる妖鬼の少女は、呆然とした表情で正面を……敵であろう男たちを見ていた。

 その視線が彷徨うようにして、横たわる女性、斜め前に立っている男性、泣き喚く少女をへと移っていく。

 その過程で少女の顔がこちらを向いたので、少し離れた場所にいる俺からもその顔がよく見えた。




 俺は、危うく叫びそうになった。




 知ってる顔だった。

 もしあの少女が魂還りで、何らかの理由で前世で命を落とし、俺と同じようにこの世界のこの時代に転生してきたのだとしたら、間違いなく知っている人間だ。



 瀬田(せた) 理玖(りく)……!!



 俺の中で、確信を伴ってその名が思い出される。


 “瀬田 理玖”は前世の小学生時代、四年間同じクラスだった女子の名だ。

 瀬田は俺の中では割と印象深いクラスメイトだった。ほかのクラスメイトたちからしたらむしろ印象が薄かったようだが。



 恐らく瀬田であろう少女は、強いショックを受けているようだった。

 それはそうだろう。あの絶命している女性はきっと今世の母親だろうし、目の前にいる男たちは恐らく噂に聞く“研究者”に関わる者たちだと思われる。

 そして瀬田自身は希少種の妖鬼。あの黒い神官服たちの狙いは恐らく妖鬼である瀬田たち親子だ。


 何とか助けられないだろうか。

 そう思ってジルに向き直った瞬間。


「……あっ、あぁ、あぁぁあああ!!」


 瀬田が叫び、頭を抱えてうずくまった。

 とんでもない量の魔力が膨れ上がり、渦巻くのを感覚的に察知する。その中心でうずくまる瀬田。

 咄嗟に飛出していきそうになるのを、ジルに肩を掴まれて止められた。

 そのとき。


「魔王種が一次覚醒をした。気をつけろ」


 盾を持った男が冷徹に言い放つ。


 “魔王種”、“覚醒”。

 その単語に、思わず俺は反応する。


 魔王種が、覚醒。

 つまり、瀬田が魔王種で、たった今、魔王種として覚醒したということだろうか。


 俺の視線の先で、うずくまっていた瀬田が右手でこめかみを押さえながらゆらりと立ち上がった。離れた場所にいてもわかるほどの、強い怒気が盾の男に向く。

 しかし、すぐさま瀬田と黒い神官服たちのあいだに妖鬼の男性が立ち塞がった。恐らく彼が、今世の瀬田の父親だろう。


「セア、逃げろ!」


 妖鬼の男性が叫ぶなり攻撃魔術を短縮詠唱して、曲刀を持つ黒い神官服に向けて放つ。

 しかしその後ろに控えていた魔術師らしき杖を持った男が結界魔術を発動。妖鬼の男性の放った魔術は結界に防がれてしまった。

 すぐさま妖鬼の男性が必死な声で叫ぶ。


「タツキ、セアを連れて逃げろ! セアとサラを頼む!!」


 “タツキ”と呼ばれた少年が瀬田の腕を掴み、“サラ”と呼ばれた幼児の少女を抱き上げた。


 先ほども男性は瀬田のことを“セア”と呼んでいたが、それが今世の瀬田──最早俺の中であの魔王種の少女が“瀬田 理玖”であるとほぼ確信しているのだが、彼女の今世の名前なのだろうか。

 それに“タツキ”という名も、この世界では耳慣れないが……もしかして。

 そう思った瞬間。


「リク、行こう!」


 “タツキ”が強い語気で叫んだ。


 魔王種の少女に向かって、“リク”と。

 そう呼んでいた。


 その声を聞いた瞬間、俺の中で確信がより明確な断定に変わった。

 あの妖鬼の少女は、紛うことなき瀬田 理玖なのだと。他にも他人である可能性は残っていただろうし、本人に確かめたわけでもないのに、疑いようもなくそう思った。

 そして恐らく、あの“タツキ”という名の少年も転生者だ。

 しかも瀬田のことを知っている……むしろあのそっくりな顔立ちから、彼も魂還りで、瀬田の近親者であろうと予測する。


 そして気付く。

 前世の名前を知っている……。

 それは、俺のように真名で名付ける習慣がある血筋でもない限り、瀬田か“タツキ”、そのどちらかが前世の記憶を保持している可能性が高いことを示しているのではないか、と。



 そうこうしているうちに、“タツキ”に呼びかけられた瀬田は我に返り、一瞬何事かを考え込み、すぐさま黒い神官服たちに目を向けた。

 その視線の鋭さから、瀬田が今世でどれほど過酷な人生を歩んできたのかを垣間見た気がした。

 瀬田はその視線をそのまま“タツキ”に向け直し、


「サラは私に任せて、タツキは石に戻って!」


 “タツキ”から“サラ”を受け取るなり、間髪入れずに身体能力強化の付与魔術を思念発動したようだ。

 通常付与魔術は発動しても周囲が気付かないことが多い魔術なのだが、瀬田は膨大な魔力を付与魔術に込めたようだ。目には見えなくともその魔力の気配がこちらにまで伝わってきた。


 瀬田が続けて“サラ”に結界魔術をかけると、すぐ傍にいた“タツキ”が姿を消す。

 恐らく“タツキ”は瀬田が契約を交わしている精霊なのだろう。過去に一度だけ守護精霊を持つ人に会ったことがあるけれど、その人の連れていた精霊が精霊石に戻っていった際の光景が思い出された。


 “タツキ”が石に戻るとすぐさま瀬田は父親に背を向け、地を蹴った。父親を見捨て、脇目も振らず、全力で駆けていく。

 その速度は信じられないほど速かった。付与魔術であそこまで強化しているのか、元々の身体能力が高いのかはわからないが、俺が脚力強化のスクロールを使ったとしてもあの速度は出せないだろう。



「無事、妖鬼の子供は逃亡に成功したようだな」


 これまで黙って様子を見ていたジルが、ぼそりと呟いた。


「何で助けに入らせてくれなかったんですか?」


 思い出したように不満を漏らすと、ジルは困ったように頬を掻きながらも視線はいまだ対峙している妖鬼の男性と黒い神官服たちから外さない。


「そりゃあ、あれだ。人族には人族のやり方があるように、魔族には魔族のやり方がある。妖鬼ってやつは希少ゆえに掟が厳しい。年長者は年少者を守る盾となり、命を賭して戦う。そこに横槍を入れて助けに入ると、あの妖鬼の父親にとっては恥になる。だが、年少者は無事逃げ延びた。もう横槍を入れてもいいだろう」

「そうですな。実はあの親子にはわしも縁があって何とか助けたかったので、ここまで耐えるのに苦労しましたわい。とりあえず無事掟が守られたのを確認しましたからな。そろそろ、行きますかな?」

「おう」


 掟……?

 周囲が手を出せないほど厳しい掟なのだろうか。


 俺はいまいち納得できないまま、ふたりに続いて茂みから飛び出した。



 向かった先では、並の人族からは考えられない威力の攻撃魔術を放ちながら素早さを活かして神官服たちとの距離を維持する妖鬼の男性と、苛烈な攻撃に攻めあぐねている黒い神官服の男たちが半ば膠着状態で対峙していた。

 しかしこのままいけば妖鬼の男性側の方がじり貧になるのが目に見えている。魔力も体力も消耗するものだし、神官服たちはどうも妖鬼の男性が消耗して弱るのを待っているようだ。

 更に言えば、1対4では数の差がありすぎる。


 ジルとバリスは妖鬼の男性の左右に並ぶと「手助けしてもいいか?」と男性に問いかけた。

 男性は額に汗を浮かべながら「助かります!」と応じると、すぐさま攻撃魔術の手を止めて、思念発動で付与魔術をジルとバリス、そして俺にも気付いていたらしく、俺にもかけてくれた。


 一瞬体が熱くなる感覚。

 付与魔術がかかった感覚と同時に、自分の知覚速度が上がり、体が軽くなったと錯覚するほどの身体強化が成されたことに気付く。

 どうやらこの妖鬼の男性は攻撃魔術よりも付与魔術が得意なようだ。


「神位種が2、獣人の戦士が1だ」


 盾の男がひやりとするような冷たい声音で仲間に報告する。


「あぁ? 成人の妖鬼に成人の神位種……しかもあの獣人、バリスだろ? しかもしかも、成人してなくても神位種がもうひとりいるんじゃ、無理だろ」


 血濡れた剣を持つ男が顔をしかめる。


「しかもあの妖鬼、付与魔術の干渉力が格段に強いですよ。その付与魔術をあの三人に施していました。我々に勝ち目はないでしょう」


 魔術師らしき男もぼそぼそと小さな声で忠告する。

 それを聞いた曲刀の男がバックステップで仲間たちの最後尾につく。無言のままだが、どうやら戦う気はなくなったらしい。


「……仕方がない。死体を回収して帰還する」


 盾の男がリーダーなのだろうか。盾の男が指示を出すとすぐさま魔術師が杖を地に伏している妖鬼の女性に向けた。

 すると地面から次々と木の根が生え、俺たちの目の前を切り裂くようにして天へと一挙に伸びていく。


「アイラ……!!」


 横で妖鬼の男性が悔しそうに叫ぶが、最早木の根の壁に阻まれてその向こうがどうなっているのかはわからなかった。




 誰も動けないまま、どれくらい立ち尽くしていただろう。

 唐突に木の根が腐ったように萎びて、魔力が拡散してしまったのかそのまま崩れるように消えていった。


 そうして開けた視界の先には、地面に広がる血溜まりだけが残されていた……。






 その後、俺たちは妖鬼の男性と自己紹介しあった。

 妖鬼の男性の名はイム。略せずに言うと“イムサフィート”だそうだ。

 彼から事情を聞いたが、どうやら俺たちはイム一家を襲った悲劇の一部始終をほぼ見ていたようだ。


 イムが言うには、神官服たちは気配もなく唐突に現れたのだと言う。


「一番最初に気付いたのは長女のセアでした。急に振り返ったので、私も一番最後尾を歩いていた妻を振り返ったのですが……そのときにはもう、妻は剣に貫かれていたのです」


 ほぼ即死状態だったらしく、あまりに衝撃的な出来事に彼の娘であるセアは凍りついてしまったそうだ。

 次女のサラが泣き出したときに、当時別行動中だった守護精霊……魔王種であるセアのためにと喚び出したセアの守護精霊のタツキが現れたので、彼に子供たちを託したのだと言う。


 どうやらイムも相当混乱していたらしく、セアの覚醒には気付かなかったようだ。


「本当に……何と申し上げていいのやら……」

「いえいえ、おかげでさまで僕も無事生き残ることができました。まさか、自分も生きてあの窮地を脱せるとは思ってなかったので、感謝しています」


 バリスの言葉にイムは恐縮している。

 この二人は道中でたまたま行き合った際、かつて魔王フィオ=ギルテッドの仲間だったバリスが魔王種のセアに気付いて声をかけたことがきっかけで知り合ったそうだ。

 といっても一度会っただけらしいけど、互いに印象深い相手だったようでしっかりと顔を覚えていた。


「しかし……あなた方は魔王ゼイン=ゼルと戦うのですか。彼の魔王は執念深く、私たち一家も何度となく襲撃を受けました。配下も多いようですし、相当厄介な相手でしょう」


 イムは魔王ゼイン=ゼルの配下から襲撃を受けた際のことを思い出したのか、深いため息をついた。

 しかしすぐに姿勢を正す。そして、真剣な表情で俺たちを見回す。


「あの……魔王ゼイン=ゼルとの戦いに、僕も協力させてもらえませんか?」

「「「えぇっ!?」」」


 思わぬ言葉が飛び出した。俺もジルもバリスも同時に声を上げて同時に目を見開く。

 しかしイムは穏やかな顔に柔らかな微笑を浮かべた。


「妖鬼の掟をご存知でしょうか。妖鬼の掟には、“命の恩は必ず返すべし”というものがあります。微力ながら、皆さんの力になれると思うんです。どうでしょうか?」

「どうでしょうかって……いいのかよ、娘たちを追わなくて」


 ジルが何とか驚きから立ち直ると、誰もが思ったであろうことを口にする。

 対して、イムはゆっくりと頷く。


「セアはもう八歳ですし、魔王種です。しかも先ほどそちらから聞いた話によると、一次覚醒をしたようですね。だったらもう、独り立ちさせる頃合いでしょう。サラもセアとタツキが一緒なら大丈夫でしょうし、問題ありません」

「そうですな。一次覚醒していれば多少危険な目に遭っても大丈夫でしょうし、八歳なら十分ですな」


 イムの言葉にバリスも同意する。


 八歳で独り立ち……!?

 本当に、魔族と人族ではあらゆる認識に相違が多々あるようだ。

 隣でジルもあんぐり口を開けて言葉を失っている。魔族と人族の違いについて俺に諭したジルですら驚くようなことだったらしい。


 だって八歳って……それこそ、俺が前世で瀬田と同じクラスになった頃の年齢そのものだ。

 小学生で独り立ち……過酷すぎるだろ。


「そ……そういうことなら、協力してもらえたらこちらも助かるが」

「はい。是非お手伝いさせて下さい。妻ほどではありませんが攻撃魔術も使えますし、娘ほどではありませんが付与魔術は大の得意です。きっとお役に立ってみせますよ」


 再度驚きから立ち直ったジルに、イムは細い腕で力こぶを作る動作をしてにこっと笑った。






 その日の夜のことだった。


 俺は違和感を覚えて目を覚ました。

 まだ夜中だ。

 見張り番で起きていたジルがこちらに気付いて声をかけてこようとする……が。


 突如、体の底から感情と感覚を掻き乱すような不快な何かが湧き上がってきた。

 同時に、暴力的なまでの強大な力が噴き上がり、全身を支配する。


「あぁっ……うわぁぁぁあああああ!!」


 叫ばずにはいられないほどの激痛が走る。

 頭が割れそうだ。

 視界が歪む。

 その視界の中で、ジルが駆け寄ってきたのがうっすらと見えた。


「ハルト、それが覚醒だ! 頑張って耐えろよ!!」


 叫びながら頭を抱えてうずくまると、力強く肩を掴まれ、強い耳鳴りの中でジルの声が耳に届く。


 覚醒、これが覚醒か。とんでもなく耐え難い痛みを伴い、抑えきれない膨大な力に翻弄される。

 ジルと共に見張り番をしていたイムも駆け寄ってきて、眠っていたバリスも目が覚めてしまったようだ。

 すぐ近くで三人の声がするが、耳鳴りが酷くてまるで聞き取れない。


 力の渦が自分の周囲に広がるのを感じる。

 それがこれから自分の力としてこの身に宿るのだと、本能的に認識する。

 強い力だ。強すぎる力だ。

 これまでの、同年代よりちょっと強いというレベルではなくなる。


 そうして理解する。

 ジルの人ならざるその身の強靭さは、覚醒を経て宿ったものなのだと。

 ジルの人並み外れた圧倒的な力は、こうして押し付けられたものなのだと。

 瀬田も、そうだったのだろうか。

 あんな窮地でこんな痛みと苦しみに耐えて力を得て、その後大した混乱もせずに自らのすべきことを成して見せた、瀬田も……。




 どれくらい苦しんだだろうか。

 どうやら俺は、いつの間にか気絶していたらしい。

 ぼんやりと目を開ければ、こちらを覗き込む大人たちの顔が並んでいる。

 みんな心配顔をしていたが、俺が目覚めると一様にほっとした顔になった。


「いやはや、あれほど凄まじい覚醒はわしも初めて見ましたな」

「あぁ、俺もほかの神位種の覚醒を見たことがあったが、あんなのは初めてだ」

「それほど強い力を得たということなのでしょうね。あぁ、ハルトくんはもう少し寝ていて下さい。今日はこのまま一日様子を見ましょう」

「そうだな。あれだけ膨大な力を吸収したんだから、力が馴染むのにも時間がかかりそうだ」


 そんな大人たちの声が心地よく耳朶を打つ。

 気付けば俺は、再び眠りの底に落ちていた。

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