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魔王候補になりました。  作者: みぬま
第1章 それぞれの再スタート
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17.【タツキ】調査状況

 リクたちはフォルニード村に立ち寄ると言うので、僕は別行動させてもらった。

 目的はもちろん調査だ。


 僕は、僕らがこの世界に転生するきっかけとなった魔力暴走事故の原因を探っている。けれど思うように捗っていない、というのが実情だ。

 神様からは十分な力と知識をもらってるけど、それで簡単に解決できるわけではないのはこれまでの経験から身に染みて理解している。


 何せ魔力暴走事故に関して今現在判明していることはただひとつ。あの事故の原因がこの世界──この星にあるということだけなのだから。

 つまり僕自身が新たに掴んだ情報は何ひとつない状況なのだ。



 神様こと命を司る神イフィリア=イフィラ様はこう言っていた。魔力暴走事故を起こした星へ転生させる、と。

 だから始めはこの世界を探っていれば、数年内に手掛かりくらいは掴めるだろうと思っていた。


 軽く考えていたつもりはなかったけど、それが甘い考えなのだと知ったのはこの世界の広さとこの世界が抱える厳しさを目の当たりにしたとき。


 この世界はあまりに広く、あまりにも危険だった。


 転生して七年。しらみつぶしに当たっていた時期があったせいもあるけれど、現時点ではまだ世界の半分も踏破できていない。

 さらに言うなら、魔族領北部と一部の大陸は単独では歩き回れないくらい危険だ。


 精霊の身だから物理的なダメージの大半は回避できる。一方で魔力を介するダメージはある程度通ってしまうし、イフィラ神から力と加護をもらい受けている僕を越える力を持つ存在も当然のようにいる。


 戦闘経験の未熟さも相俟って、何度か精霊にとっての死を意味する消滅の危機もあった。時には手も足も出ず自力で逃走もできないくらいの窮地に陥って、リクの額にある契約の精霊石に緊急帰還という名の脱出を行って助かったこともあった。

 その結果、比較的安全だと思われる東大陸の人族の国から調べることにした。



 この世界には五つの大陸がある。

 前人未到と言われる世界で一番小さな大陸・中央大陸を基準に、雪深い北大陸、砂漠が広がる西大陸、森林が広がる南大陸、そして比較的気候が穏やかで最も国の数が多く、その面積も他の大陸を圧倒する東大陸が存在する。

 とは言っても、東大陸の半分は魔族領なんだけど。


 この東大陸も魔族領以外はほとんど調べたけれど、魔力暴走事故の痕跡もなければ聞き込みをしてもそれらしき噂ひとつなく。ほんの小さな手掛かりすら掴めなかった。



 正直、心が折れそうだった。

 ……いや、折れそうだった、じゃない。


 折れた。



 何年もたったひとりで、この広大な世界の中から魔力暴走事故の手掛かりを探し出そうと飛び回り、しかし成果はなく、何度も命の危機に瀕してきた。

 そうやって日々を過ごしていたある日、突然全身からごっそり気力が消え失せた。


 あるときは、何の脈絡もなく唐突に泣きたくなった。

 別のときには、大声で喚きたくなった。

 今でも思い出すだけで、何もかもを投げ出したくなるような日々の記憶。


 精神的に病んでいる。それは自分が一番よくわかっていた。

 こういう状態の人間を、僕は見たことがある。


 それは前世の記憶の中。

 前世のリクが、僕とよく似た状態に陥っていた。


 他の家族にはその片鱗も見せないのに、仏壇の前では空元気を忘れて素の姿を晒していた。

 急にぱたりと畳の上に横になって、目を開けているのに呼吸以外何もしないで、全く動かなくなったりした。ときどき、声もなく涙を流していたこともあった。


 あのときはリクが心配でずっと見守っていたけれど、なるほど、あのときのリクはこんな気持ちになっていたのかもしれないなと、今になって思う。

 自分の手には負えない負の感情と思考の渦の中でただただ立ち尽くして、やがて全てから遠ざかりたくなり、目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤み、最後には心を閉ざそうとする……そんな気持ちに。



 何れにせよ、この調査作業は『この世界のどこかで起こったこと』という情報以外に全く取っ掛かりがなく、どうしようもなくしんどいのだ。



 でも。


 僕は折れた心を何とか立て直した。

 役割を全うしようと考えを改めた。



 きっかけは、例の“研究者”の噂。


 東大陸の人族領での情報収集では出てこなかったものが、同じ東大陸の魔族領では噂となって飛び交っていたのだ。

 もっと別の調べ方をしていれば、人族領でも噂ぐらい聞けたかもしれない。だけど魔族の方が被害が大きいからだろうか、当たり前のようにその話題が耳に入ってきたのだ。

 この情報はほんの小さな手掛かりかもしれないけれど、なぜか僕にはとても重要な鍵のように思えた。



 折れるにはまだ早かった。


 諦めるにも、まだやり尽くしていなかった。



 そう思ったら、まだやれると思えるようになった。

 僕は停滞していた分を取り戻す勢いで、これまでと違った方針で行動を開始した。


 まず“研究者”について突き詰めて調べようと決めた。なぜなら、そいつらがいるとリクやその家族が危険な目に遭いかねないからだ。

 そうなると行動範囲が自然と魔族領へとシフトした。情報を集める場所はリク一家と一緒に立ち寄った割と安全な集落にする。魔族領の奥深くに入って命を危険に晒さないためだ。


 続いて、仲間探しについても考え始めた。


 イフィラ神は三つの条件を満たすなら、誰かに手伝ってもらっても構わないと許可してくれた。

 出された条件。それは、


 一つ。異世界の存在は口にしないこと。

 二つ。神が関与した転生については他言しないこと。

 三つ。イフィラ神の実在を秘匿すること。


 ただし魔力暴走事故が原因で転生した者に限り、これらを秘匿すると確約してもらってからなら話してもいいと言われた。

 正直、魔力暴走事故に関しては異世界のことを明かさずに説明するのは不可能に近いし、理由を伏せたまま手伝ってもらえるとも思えない。となると、実質協力者となり得るのは転生者に限られるんじゃないかな。


 転生者……リクしか思いつかないんだけど。

 この時代に、ほかにも転生者っているのかな。



 ちなみに異世界の実在と転生に関しては、ほかの転生者の口から情報が漏れる可能性もあるのではないかとイフィラ神に問いかけてみたことがある。

 するとイフィラ神は、「彼らが異世界や転生について語っても、異世界が実在するという認識を確信に近づけるには至らなかった」という過去の実例を基に判断して、放置していると答えた。


 ならばなぜ僕には口止めをするのかと問えば、僕があまりにも今回の転生に関する経緯を、そしてイフィラ神のことをよく知っているからだと言われた。

 実際にこの目で転生の現場を見ていた僕の言葉は曖昧さを伴うほかの転生者の言葉と比べて現実味が強く、聞いた者にどう捉えられ、どう影響するかわからないそうだ。



 続いて、“過去の実例”と言うからにはすでに、この世界に魔力暴走事故が原因で転生してきた人たちがいるのではないかと思い、それについても聞いてみた。


 結論から言うと、僕の予測は当たっていた。


 イフィラ神も正確には断定できないみたいだけど、今の時代は魔力暴走事故から数百年以上の時間が経過した時代なのだと言う。もしかしたら、千年を越える時間が経過している可能性もある、とも言っていた。


 なぜそんなことになっているのかと言うと、膨大な魔力の暴走によってあの事故が起きた時間と空間の認識がねじ曲がっている可能性が高いからだそうだ。正に時間と空間を越えて起こった事故というわけだ。

 確実に事故後の時代を選んで転生させた結果、僕やリクはこの時代に生まれ出ることになったらしい。


 そして僕らが生まれるまでの間にも、魔力暴走事故が原因で転生してきた転生者が何人もいて、彼らとはまた別に神の力が関与しない形で前世の記憶を持って生まれた転生者が存在していたそうだ。

 そんな人々が“過去の実例”に当たるのだという。



 ちなみに、三つ目の条件“イフィラ神の実在を秘匿すること”に関しても、イフィラ神本人に理由を聞いてみた。


 曰く。

 この世界には幾つか宗教が存在しているけれど、その中にはイフィラ神を崇めている宗教も存在している。ちょうどこの東大陸にある神殿がイフィラ神を信仰していたはずだ。

 しかし彼らはイフィラ神を崇め奉り、祈り、感謝し、懺悔することはあっても、どこか偶像を崇めているような面がある。


 神はいる。でも確信は持てない。

 ただそこに信仰があるから、倣っている。


 信者たちはそんな風に考えているようだ。

 イフィラ神側からすると、神が軽々しく世界に干渉できないことを思えば、それくらいの距離感がちょうどいいのだそうだ。


 まぁ神様も忙しいみたいだし、そうホイホイいろんな人とコミュニケーションしていくわけにもいかないのだろう。



 かく言う僕もイフィラ神と対面したのは一回だけだ。

 ただ、どのように連絡を取ったらいいか訪ねたら、今後の連絡手段として思念を魔力に乗せて会話する魔術“念話”に直接イフィラ神とやり取りできるオプション的な能力を付与してくれた。


 まだ大した成果があがってないから僕からは二〜三回しか使ったことがないけど、イフィラ神からは過保護な親かと突っ込みたくなるくらい、一ヶ月に一回は念話が飛ばされてくる。

 その大半が「精霊は寿命が長いのだから、急ぐ必要はない。無理だけはするな」といった内容だ。


 何度か死にかけていたのを見られていたのかもしれない。

 ……うん、見られていたんだろうなぁ。


 イフィラ神が僕のことをどう思っているのかは知る由もないけれど、手足となって動かせる貴重な部下といった面もあるだろうから、いろいろと気にかけてくれているようだ。

 何れにしても、僕も学んで大分無茶はしなくなった。少しは信用して欲しいところだ。





《タツキ、フォルニード村を出るよ》


 鬼人族の集落で情報を集めていると、リクから念話が飛んできた。


《わかった。今すぐ戻るよ》


 そう応じると、話をしていた鬼人族の青年に礼を言って、集落をあとにした。



 ◆ ◇ ◆



 秋が過ぎ、冬を越え、春を迎えた天歴2514年。

 リクが八歳になった。



 この日も僕はリクたちと離れて情報収集をしていた。

 リクも大分戦えるようになったし、あの一家がそう簡単に魔王の手下に負けることがないのはこの八年で十分わかったので、リクに呼ばれない限りこうして別行動を取っている。


 リクも僕が何らかの目的を持って別行動しているのを察しているようで、快く送り出してくれている。リクの両親も同様だ。

 守護精霊は守護対象に何かあったらすぐ駆けつけられるからこそ信用して貰えてるのかもしれないけれど。



 そんなわけで、身軽に飛び回れるようになったものの……不幸なことに、僕は戦闘狂と名高い魔王ルウ=アロメスの手下に目をつけられてしまった。


 魔王の手下である彼の名はメリオン。


 翼人の青年で、黒い翼を背に持ち、細身ながらも鍛え抜かれた肉体を持つ男だ。

 見た目に反して魔術もなかなかの威力で放ってくる。万能タイプとは、さすが魔王幹部といったところか。


 彼は(あるじ)に負けず劣らずの戦闘狂で、僕がこの人に絡まれるのはかれこれ、う〜んと……数えきれないくらいになる。



 出会い頭に火球を放たれて、反射的に火球を構成する魔力を分解する。これはイフィラ神からもらった力の一部だ。


 イフィラ神が僕にくれた力は高位精霊としての魔術への高い適性だけではなく、分解と再構成という特殊な能力も与えてくれていた。

 この力は物だろうが生物だろうが何でも分解や再構成ができるけど、相手に抵抗されると失敗することも少なくない。でもすでに術者の手を離れた、意志を持たない魔術なら簡単に分解できる。


 火球も魔力を分解されてあっさり消滅した。


「よーお。久しぶりだなぁ、タツキぃ」


 自分の魔術が無効化されたことなど気にも留めず、メリオンはにやにや笑いを浮かべながら姿を現した。なかなかの美丈夫なんだけど、僕は顔を見るだけでうんざりした気分にさせられる。

 そんな気分を隠しもせずにメリオンに投げやりな視線を送った。


「久しぶり……できたらもう会いたくなかったよ、メリオン」

「そう言うなよ、俺たちの仲だろ?」


 どんな仲だよ。

 絡み役と絡まれ役の仲かな?


 僕は深いため息をつきながら項垂れた。


「いつも言ってるけど、僕は調べることがあるから放っといて欲しいんだけど……ていうか、何でいつも僕の居場所がわかるんだよ。もしかしてストーカーなの?」


 おっと。つい前世の世界の言葉が出てしまった。

 でも何だかメリオン相手にいちいち訂正する気も起きない。


「そんなん勘に決まってるだろ!」


 ふふん、と得意そうに腕を組んで仁王立ちするメリオン。

 あぁよかった、ストーカーの(くだり)はあっさり流してくれた。というか、気にも留めていないみたいだ。さすがメリオン。


「ふぅん。どうせ僕が鬼人族の集落ばかり回ってるから、適当に目星つけてるだけなんじゃないの? まぁ何でもいいや。あんまり邪魔ばかりしてくると、本当に消すよ?」


 この顔で凄んでも恐がってもらえないことはよくわかっているから、あえて物騒な言葉と満面の笑みで脅しをかける。

 これはなかなか有効だったようで一瞬メリオンは顔を引きつらせた。けど、すぐに臨戦態勢に入る。どうやら威嚇と受け取ったらしい。

 まぁ、威嚇とも取れるか。今後は気をつけて脅そう。


「ふんっ。お前の事情など俺には関係ないな! 今日こそ白黒つけようぜ!」

「えぇ〜、いいよメリオンの勝ちで。てことで僕の負けね。参りましたー。それじゃ、さよなら」


 メリオンは外見こそ大人なのに中身はとことん子供っぽい残念な魔族だ。こんなのに付き合ってたら日が暮れる。

 なのでさっさと話を切り上げて地を蹴って空中へと浮き上がった。精霊であるおかげで空中移動が可能なのだ。


 今日はもうこれから向かおうと思っていた集落に行くのはやめて、別の集落に行こう。そうしよう。何せ面倒なやつに遭ってケチがついちゃったしね。

 そんなことを考えている間にも、地上からは火球、水球、空気弾、岩弾……と、次々と魔術が飛んでくる。本当に面倒くさい。


 思念発動で結界魔術を展開。反射特性と反射物への増幅特性を付加する。メリオンが放った魔術たちは僕の結界に触れるなり弾かれ、その威力を増して正確にメリオンへと跳ね返っていく。

 地上では慌てたメリオンが逃げ惑っているけれど、自ら立て続けに放ったのが災いした。最後に跳ね返っていった質量が数倍に増えた岩弾を避けきれず、メリオンは大岩の下敷きになって沈黙した。


 成仏して下さい。




 メリオンを無事やり過ごした僕は、そのまま移動を再開する。

 幸か不幸かこうして定期的に絡んでくるのはメリオンくらいだけど、それとは別の、良く会う魔族がもうひとりいる。今から彼がいそうな集落に行くつもりだ。


 “彼”とは、魔王フィオ=ギルテッドのことだ。


 元々冒険者だったフィオはときどき自らが統治する国を飛び出して、魔族領内を放浪するという悪癖を持っている。それゆえに、魔族領内を飛び回っていると割とよく見かける相手でもあった。

 向こうも同じように思っていたらしく、あるときフィオの方から話しかけてきたのだ。


「こんちは! 少年、よく見かけるけど何か探し物でもしてるのかい?」


 最初からフィオはそんな感じだった。


 その後もフィオは行き合う度に気さくに声をかけてくるようになり、何度となく言葉を交わすうちにこの魔王になら目的の表面だけでも話してみようかと思えるようになった。


「実は僕、“研究者”について調べているんです」

「“研究者”! それは俺も気になるところだね。これも何かの縁だ。俺も調べてみるから、次に会ったら情報交換しないかい?」


 願ってもない申し出だった。僕は二つ返事で応じると、フィオと念話ができるように魔力認識を行った。

 魔力は万物の素となる素材だけれど、生物がその体内に受け入れた魔力は少し癖のようなものがつく。癖というか、個性というか。それを認識し合うと念話を飛ばせるようになるのだ。



 そうして無事念話ができるようになった副産物で、ある程度の距離ならば魔力の気配で互いの存在位置を認識できるようにもなった。今もちょうどフィオの気配が近くにあるのを感じて、その方面に移動中だ。


 さて、こちらはあまり情報が手に入らなかったけれど、フィオの方はどうかな。


 そんなことを考えていた時。

 突然、全身が粟立った。


 この感覚は、初めての感覚だ。けれど本能が叫ぶ。

 リクが危ない!

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