16.【リク+α+ハルト】七歳 フォルニード村
天歴2513年。私は七歳になった。
“研究者”という謎が多く不気味な存在に魔族領では誰もが警戒していた。
それは私たち一家も例外ではない。
この日私は両親に連れられて、人族と友好を結んでいるという魔族の集落を訪れていた。その集落の名前はフォルニード村。
この村では人に近しい姿をしたあらゆる種の人型魔族が共同で生活している。人族も何人か暮らしているらしい。
位置的には魔族領の最南端にある広大な森の中。この森唯一の湖がある場所で、人族の国、アールグラントとの国境──関所まで徒歩二日ほどの地点にあたる。
「ねぇ、お父さん。なんで人族を警戒してるのに人族領近くの村に来たの? 危なくない?」
どうしてもそれが理解できなくて、疑問を口にしてみる。すると父はあっさりこう答えた。
「フォルニード村ほど安全な場所は魔族領内のどこにもないからだよ」
「安全?」
不思議に思いながら周囲を見回し、安全だと父が断言する根拠を探す。しかしそれらしきものは見当たらない。
そんな私の様子に父は「そうだなぁ……」と考え込む仕草をしてから答えてくれた。
「たぶんだけど、妖鬼が鬼人族の集落に時々立ち寄ることは誘拐犯たちに知られていると思うんだ。だったらそれ以外で安全に出入りできる村や町を回った方が安心だろう?」
父は私がちゃんと理解しているか確認するように一度言葉を切る。私は理解していることを伝えるために頷いて見せた。
「この村は種族こそ違くても住人同士の繋がりが強いから、何かあったら村全体で対処するんだよ。村人同士は顔見知りばかりだし、情報の伝達も早い。おかしな連中が来たらすぐに村中に知れ渡るから、お父さんたちも状況を把握しやすいんだ」
「なるほど〜」
そういうことなら納得だ。
実際どれくらいこの村が安全かはわからないけど、住民の結束力が強いなら外部から来た魔族も人族も下手な動きはしにくいだろうし、鬼人族の集落を回るよりかは安全かもしれない。
一頻り頷いていると、父に頭をくしゃくしゃと撫でられた。見上げれば苦笑している父の顔があり、優しい湖面色の目を細めてじっと見つめられる。
何でしょうか、お父様?
首を傾げると、母がくすくすと笑った。
「本当にセアはしっかり者ね。ちゃんと色々考えてくれているのね」
言われて気付く。別に子供らしさを装うつもりはないんだけど、今のは少し子供らしくない言動だったのかもしれない。
とりあえずここは笑って誤魔化してしまえ。
「お姉ちゃんだからね!」
「ふふ。やっぱり下の子ができると変わるのねぇ」
母は柔和な笑顔でそう言うと、私が手を引いているサラを見遣った。
サラはもう自力で歩けるし、安定して走れる上に足も速い。さすが妖鬼の子。
思えば私も三歳くらいから自分の足で旅するようになってたっけ。それくらいでないと妖鬼としては生き残れないんだろうな。
そんなことを考えつつ、サラの顔をじっと見る。
最近顔がしっかりしてきたサラは、愛くるしい美少女っぷりを遺憾なく発揮している。これだけ可愛いんだから、妖鬼であることを抜きにしても攫われかねない。
私がしっかり守らないと!
決意を新たに、改めてフォルニード村を見回す。
この村ではもうびっくりどころじゃないくらい、色んな姿形をした人型魔族が共同生活をしている。今まで立ち寄った集落は鬼人族しかいなかったけれど、それを思えばここはまるで別世界。
ここにいる人型魔族で図鑑を作ったら、ほぼ全種類の人型魔族が網羅できるんじゃないかなぁ。
それとは別に、規模という点で見ても魔族の集落でここまで大きいのは珍しい。
さらにこの村は活気に溢れていて、村民の様子から互いへの親しみと信頼関係の強さが見て取れる。なるほど、父が言っていた通りだ。
あと気付いたのは、珍しいことに異種族婚が多いという点かな。半数くらいがハーフやクォーターのようだ。ぱっと見ただけでもすぐにそういった人が視界に入る。
例えば、近くの木に寄りかかって本を読んでいる女の子とか。
たぶんあの子は猫の獣人と悪魔人のハーフかな。猫耳と猫の尾、側頭部に羊のような角、背に漆黒の羽。サラには負けるけど、顔立ちもすごく愛らしい。
違う方を見れば翼人と鬼人、あとたぶん、人族の血も入っていそうな青年がいた。
基本的に鬼人族は二本角だけど、混血によって一本角になることが多いと父から聞いたことがある。青年はまさに一本角で、背中から純白の翼を生やしていた。
なぜそこに人族の血が入っていると思ったのかというと、ほとんど勘だけど、あえて言うなら目線だろうか。
魔族は基本的に人族よりも五感が鋭い。それゆえに目を凝らしたり聞き耳を立てることは滅多にない。そうする必要がないからだ。
しかし人族との混血となると、五感も人族並みになる場合があるらしい。
……と、父が教えてくれた。
うん、たまにね、そういう魔族を見かける度に私がいちいち聞くからその都度父が教えてくれてたんだけども。
今気付いた。
私、なぜなにどうしてが多すぎるね。自分がこんなに好奇心旺盛だとは知らなかったよ!
ともあれ、青年は私以上に周囲を注意深く見ている様子だったから、人族の血が入っているのかなぁと思った。
いずれにせよ、その立ち姿は格好良い。厨二病心がくすぐられる。
私が村人ウォッチングで癒されている間に、父は通りがかりの村人に話しかけていた。
彼らの気さくさは外部から訪れる者たちにも適用されるらしい。父にも気軽に応じてくれている。
その間も私は周囲を見回していた。
よく見れば、私たち一家以外にも妖鬼がちらほらいる。
みんな考えることは一緒のようで、鬼人族の集落ではなく、このフォルニード村で情報収集と物資調達をしているようだ。
滅多に会わないけどやっぱり妖鬼仲間が同じ集落にいると嬉しいもんだな〜。
不意に、少し離れた場所にいた片角で隻眼の妖鬼のお姉さんがこちらに気付いて手を振ってくれた。私が大きく手を振り返すと、私を真似てかサラもぴょんぴょん跳ねながら一生懸命手を振る。
くぅっ、可愛い! 手を振ってくれているお姉さんも超美人!
やっぱり妖鬼は美形が多いんだなぁ……てか、美形しかいないのかな!?
そうなると私浮くね、浮きまくるね。魂還りだから仕方がないとはいえ、こうも美形揃いの種族だと私の異物感が半端ない。
意識せずため息をついていると、父に呼ばれた。妖鬼のお姉さんにもう一度手を振ってからサラを連れて父の元に向かう。
「なぁに、お父さん」
「セア、村の中央広場に人族がいるみたいだよ。どうも勇者……神位種らしい」
と、中央広場が見える位置を譲ってくれた。
人族ってたま〜に見かけるけど、神位種を見るのは初めてだなぁ。どれどれ。
手を双眼鏡のように構えて見ると、中央広場には巨漢と小さな男の子がいた。
魔族的特徴もないし、人族特有の警戒心がここまで伝わってくるからあの二人がそうなのだろう。
巨漢はいかにも豪快そうな大雑把な動きで村人と話をしている。身の丈はニメートル近いんじゃないだろうか。
鉄色の髪に上半身だけの赤い鎧がよく似合う。ゲームだったらタンクとして欲しくなるような、理想の戦士像がそこにあった。
一方男の子は私よりちょっと年上っぽい。茶色いフード付きマントに、身軽に動けるような服装。腰に短剣を佩いている。
髪は黒髪だ。お、おぉ、黒髪だ! この世界に来て黒髪ってタツキ以外だと初めて見たかも!
でも父曰く、ここより南にある人族の国、アールグラントでは一般的な髪色らしい。てことは、あの子はアールグラントから来たのかな〜。
てか、ん? あの男の子……今ちらっと横顔が見えたけど、すごく日本人顔だった。
しかも、何か……見たことがあるような?
ま、いっか。
私はあっさり思考を打ち切ると、近くの村人と再び話し込み始めた父を見上げ──不意に、視線を感じた。
反射的に視線の元を辿る。
最初に視界に入ったのは髪。青だ。空色から始まり、毛先に向かって濃さと鮮やかさが増す青。きれい。そう思った。
次に純白の翼が目に入る。髪色がその白を一層際立たせている。
そして、目が合う。
金色。金色の目だった。
その瞳は、金色の中に砕いた宝石をちりばめたような不思議な虹彩をしている。
思わずあんぐりと口を開けてしまった。たぶん今、私の目はまん丸になっているだろう。
一方相手は少し眠たげな目をこちらに向けつつ、口が半開きになっていた。あちらも驚いているようだ。
……てか、またですよ。また現れましたよ! この子、超・美・人!
一体どういうことなの? 魔族は美形ばかりなの!?
いや、そんなことはない、普通に普通の容姿の人もいるし、ちょっと味のある顔の人だっている。
なのに今日のこの美形との遭遇率は一体何なの!?
眠そうな目をしているけど、本当に綺麗な子。年の頃は私と同じくらいに見える。
……えぇと、女の子、だよね?
私が思わず不躾に見ていると、
「きみ……紫目、なんだね」
先に声を発したのは目の前の少女だった。
その声も耳に心地いい幼くも優しい声。
「そう言うあなたは、金目なんだね」
そう返すと少女は頷き、ゆっくりこちらに近づいてきた。
紫目も金目も、魔王種の証だ。金目は魔術特化型魔王種に、赤目は身体能力特化型魔王種にあたり、紫目は特殊能力特化型と言われている。
魔王種としてのタイプこそ違うけれど、希少な魔王種仲間との思いがけない遭遇だ。
それが何だか嬉しくて、私からも少女に近づこうとした。
しかし。
「セア、そろそろ行くよー!」
父の声に振り返れば、少し離れた場所で父が大きく手を振っていた。
あぁ……。
残念に思って少女に向き直ると、少女はこちらに近づこうとしていた足を止めていた。
「そっか……きみ、妖鬼だもんね。気をつけてね」
父の言う「行くぞ」が何を示しているのかを察したらしい。
小さく手を振る少女に、なんだかちょっと親しみを覚えた。
「あなたも誘拐犯に気をつけて。またいつか、会えるといいね」
笑顔でそう告げると、私はサラの手を引いて父の元へと歩き出した。
* * * * * 金目の少女 * * * * *
セアと呼ばれた妖鬼の女の子は、自分の方が危険だろうにボクの身を案じて、また会えるといいね、と言い残して去っていった。妖鬼だからかあっさりした別れだったけれど、嫌な感じはしない。
ボクと同じくらいの年だろうにどことなく落ち着いた物腰をしていて、素朴なその顔が微笑むと不思議と安心感に包まれた。
ほんの少ししか話せなかったけれど、もっとちゃんと話してみたかったな、と思う。同世代の魔王種同士としてだけではなくて……もちろんそれもあるけれど、それ以上に。
こういう感覚はなんて言うんだっけ。
あぁ、そうだ。
ボクはもっと単純に、彼女と……セアと呼ばれていたあの子と、友達になりたかったんだ。
道の先を見遣れば、セアは両親と妹らしき子と一緒に村から出て行くところだった。
それを見送っていると、「マナ、どこにいるの?」という母の声が聞こえてきた。どうやら心配させてしまったらしい。
「ここにいるよ」
答えながらボクは、母の元へと向かうのだった。
* * * * * ハルト * * * * *
俺は勇者ジルの同伴者として、半ば強引に関所を通過することに成功していた。
フードを目深に被り、口元を布で隠した如何にも怪しい出立ちではあったが、顔を改めようとする役人にジルが「俺の連れを疑うのかぁ? あぁ?」と、チンピラみたいに凄んだらあっさり通してもらえた。
大丈夫か、この関所のチェック機能。
前世の空港でこんなザルなチェックしてたら簡単にテロリストが入国できちゃうぞ……。
ともあれ今回に関してはこのザルチェックに救われた。
俺は無事に魔族領に入り、ジルと共にフォルニード村までの二日間の旅を終えて、先ほどこの村に到着したばかりだ。
途中、魔物に襲われた際にはジルがフォローに回って俺に実戦経験を積ませてくれた。おかげで魔物相手なら問題なく戦えることを実感できた。
ジルが言うには俺は基本も応用もできているから、あとは数をこなして臨機応変に動けるようになれば魔族相手でも十分戦えるそうだ。
物理極振りのジルは根っからの戦士タイプらしく、勇者補正で多少の魔術は使えるがあまり得意ではないらしい。
それにに対して俺は得意魔術であれば思念発動ができる程度に使いこなしているから、タイプ的には万能型なのだとか。
これもジルからもらったアドバイスだが、俺はパワーで劣る分を魔術で補う戦法を探るのがいいだろう、とのことだった。
なるほど、確かに。俺はこれまで武術は武術、魔術は魔術と別々で鍛錬してきたから上手く組み合わせるという発想がなかった。
魔術を剣術に活かす。剣術を魔術の補助として使う。そんな戦い方を探るのは確かに有効そうだ。
こんな感じで、ジルは見た目に似合わず学者のような観察眼で分析してくれる。
おかげで俺は自分では気づけない自分の強みや弱点を洗い出してもらえて、さらにアドバイスまでもらえてとても助かっている。思った通り、ジルからは学ぶことが多そうだ。
さて、とりあえず当初の目的地、フォルニード村に辿り着いたわけだが。
情報屋のハインツが言っていた通り、この村は多種多様な人型魔族が共同生活をしているようだ。あまり魔族自体を見たことがなかったのもあるけど、これだけ見た目の異なる人型魔族がいるとついきょろきょろしてしまう。
そしてよく見ると、人族もちらほら見かける。彼らはほかの人型魔族たちと友人のように語らい、笑い合っている。
俺からしたら何とも不思議な光景に見えるが、彼らにとってはそれが自然であることが雰囲気から察せられる。
俺とジルは村の中央広場に到着すると、まずは情報収集に努めた。
ジルが助力を願おうとしている魔王はジルの友人だそうで、名をフィオ=ギルテッドというそうだ。
大変気さくで親切な人物で、勇者になりたての頃のジルが魔族領の奥地に迷い込んだ際、助けてもらったのをきっかけに親しくなったのだとか。
そんなフィオ=ギルテッドの国は魔族領の西寄りに位置するらしく、そちら方面の情報を中心に集めていく。
「……おぉ? おい、ハルト。ちょっとあっち見てみろよ」
不意にジルが村の入り口方面を指差す。釣られてそちらを見ると、白銀の髪色の親子が村を出て行くところだった。
どうやら父親と母親、その娘ふたりの四人家族のようだ。
「珍しいなぁ! 妖鬼の親子だぜ。しかも両親とも揃ってて、子供もふたりもいるぞ。いやぁ、幸先いいモン見たなぁ」
「妖鬼って、希少種の? 家族連れってそんなに珍しいんですか?」
そんなに驚くようなことだろうかと思ったが、ジルの返答に俺は凍りついた。
「おいおい、妖鬼は希少種も希少種だぜ? 魔族からも人族からもその強大な力を狙われてる種族が五体満足でいるだけでも珍しいってのに、見たところ誰一人欠けずにいるんだぞ? 見てみろよ、あっちの妖鬼を。片腕がないだろ?」
と、ジルが村の中にいる別の妖鬼を視線で示す。続いて別の妖鬼にも目線を遣った。
「お、あっちにも妖鬼がいるな。やっぱり誘拐を警戒してみんなこの村で情報収集してるんだな。だが片目と角がひとつないだろ? それだけ妖鬼は命がけで日々を送ってるんだよ」
俺はジルが示す妖鬼たちを見遣った。それから周囲を見回して、ほかにもちらほらいる妖鬼たちを見る。本当に、五体満足な妖鬼は半数に満たなかった。
どれだけ過酷な生活してんだよ……。
「まぁ、これだけ多くの妖鬼がいるってこたぁ、この村がそれだけ安全だってことだ。なぁ、ハルト。お前も無理せずここに残っていいんだぜ?」
そんな道中何度となく問われた質問に、俺は若干うんざりしながら「お邪魔でしたらそう言ってください。勝手にあとをついて行きますから」と返した。
もう決めたのだ。ジルのような人間になると。ジルを助ける力になると。
ジルは「そうかい」と、諦めの笑みを浮かべている。
そろそろ説得しようとするのも諦めてくれると助かる。
「そんじゃ、ぼちぼち情報も集まったことだし、物資の調達をしたら行くか!」
「はい」
こうして俺たちはフォルニード村から出発し、魔王フィオ=ギルテッドが治めるギルテッド王国へと旅立った。




